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人命を司る職業の責任

一旦は「尊厳死(と言っていいと思う)」を自己決定した人間が、死の間際にその意思を撤回したらどうするか、という問題である。ここでは医師が「錯乱状態での、尊厳死停止の意思より、平静な状態での尊厳死の意志」を優先させたために患者が死に至ったことが法的な処罰の対象になるだろう、ということだが、こういう事態もあらかじめ容易に想像できることであり、その場合の処置も「契約」し、書面化しておくべきだろう。まあ、書面化しておいても問題視されるのが現在の状況だと思うが、この問題はもっと議論されたほうがいい。「国のガイドライン」が、この医師の行為を「殺人」とする根拠になるのかどうか、である。私としては、ガイドラインはあくまでガイドラインであり、法律と同一視すべきではない、と見る。
少なくとも、この医者も「被害者」でもある。人の生死を司る仕事というのは、その責任も重い。一歩間違えば「殺人犯」になるのだから。
そういう意味では、医師というのは「羨ましくない」職業かもしれない。
その一方で、(同様に、関係者=被疑者の人命に関わる)冤罪事件での警察や裁判官が「何一つ責任を取らない」というのは実に異常なことなのだが、まったく問題視されないこと自体がこれまた異常である。

(以下引用)



医師が「死」の選択肢提示 透析中止、患者死亡 東京の公立病院


3/7(木) 5:01配信


毎日新聞


 東京都福生市と羽村市、瑞穂町で構成される福生病院組合が運営する「公立福生病院」(松山健院長)で昨年8月、外科医(50)が都内の腎臓病患者の女性(当時44歳)に対して人工透析治療をやめる選択肢を示し、透析治療中止を選んだ女性が1週間後に死亡した。毎日新聞の取材で判明した。病院によると、他に30代と55歳の男性患者が治療を中止し、男性(55)の死亡が確認された。患者の状態が極めて不良の時などに限って治療中止を容認する日本透析医学会のガイドラインから逸脱し、病院を監督する都は6日、医療法に基づき立ち入り検査した。

【悲痛】女性が夫に送った最後のメール

 ◇ガイドラインから逸脱 都が医療法に基づき立ち入り検査

 外科医は「透析治療を受けない権利を患者に認めるべきだ」と話している。病院側によると、女性は受診前に約5年間、近くの診療所で透析治療を受けていた。血液浄化用の針を入れる血管の分路が詰まったため、昨年8月9日、病院の腎臓病総合医療センターを訪れた。外科医は首周辺に管を挿入する治療法と併せ、「死に直結する」という説明とともに透析をやめる選択肢を提示。女性は「透析は、もういや」と中止を選んだ。外科医は夫(51)を呼んで看護師同席で念押しし、女性が意思確認書に署名。治療は中止された。

 センターの腎臓内科医(55)によると、さらに女性は「透析をしない。最後は福生病院でお願いしたい」と内科医に伝え、「息が苦しい」と14日に入院。ところが夫によると、15日になって女性が「透析中止を撤回する」と話したため、夫は治療再開を外科医に求めた。外科医によると、「こんなに苦しいのであれば、また透析をしようかな」という発言を女性から数回聞いたが、苦痛を和らげる治療を実施した。女性は16日午後5時過ぎに死亡した。

 外科医は「正気な時の(治療中止という女性の)固い意思に重きを置いた」と説明。中止しなければ女性は約4年間生きられた可能性があったという。外科医は「十分な意思確認がないまま透析治療が導入され、無益で偏った延命措置で患者が苦しんでいる。治療を受けない権利を認めるべきだ」と主張している。

 日本透析医学会が2014年に発表したガイドラインは透析治療中止の基準について「患者の全身状態が極めて不良」「患者の生命を損なう」場合に限定。専門医で作る日本透析医会の宍戸寛治・専務理事は「(患者の)自殺を誘導している。医師の倫理に反し、医療とは無関係な行為だ」と批判している。外科医は女性について「終末期だ」と主張しているが、昨年3月改定の厚生労働省の終末期向けガイドラインは医療従事者に対し、医学的妥当性を基に医療の中止を慎重に判断し、患者の意思の変化を認めるよう求めている。

 東京都医療安全課の話 生命尊重と個人の尊厳保持という医療法の理念通りに病院が適正に管理されているかを確認している。

 厚労省地域医療計画課の話 一連の行為は国のガイドラインから外れ、現在の医療水準や一般社会の認識からも懸け離れている。【斎藤義彦】

 ◇人工透析治療

 人工膜や腹膜を使い、血液中の老廃物や毒素、水を除く治療法。人工膜を使った血液透析では通常、週3回で各4時間、腕の血管を透析器につないで血液を浄化する。腎臓が機能しない腎不全に有効で、長期生存が可能になる。1950年代に実用化され、国内では67年に健康保険の適用になった。72年からは更生医療(現・自立支援医療)により自己負担が軽減され、広く普及している。患者らでつくる全国腎臓病協議会によると、薬や機器の進歩で患者負担が軽減され、大多数は苦痛なく治療を受けている。ただ、疲れが出て腰が痛くなったり、針を刺す痛みを強く感じたりする人も一部にいるという。


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「福祉」という言葉の意味

「神戸大好き」ブログ記事の一節である。
私は「神戸大好き」さんの文章から感じられる人柄は少々苦手だが、その記事の中で社会への鋭く面白い指摘をすることがよくあるので、一定の尊敬はしている。社会批評家として評価しているわけだ。
で、下のように「言葉の意味や定義」から考えを進めていく、という姿勢も私の好みである。議論の中で一番くだらないのが、「お互いに言葉の定義も無しに議論して、話がまったく噛み合わない」議論である。
私も、「福祉」という言葉の意味や定義は何なのか、疑問に思ったことがあるが、まあ、「祉」という字は「しめすヘン」に「止まる」で、しめすヘンは神関係の字に使うから、「神が(その場所に)止まること」くらいの意味かな、と簡単に考えていた。(もちろん、ここでの「止」は、意味ではなく「シ」という音を表わすのだ、ということは承知しているが、「形声文字」の「音」の部分も語義にまったく無関係なものだけでもない。)つまり、下の記事の考察を援用すれば、「その集団の中の弱者の幸福を増すような行為を皆がすれば、神がその集団にとどまり、集団全体に幸いを下す」というのが、かなりこじつけだが、「福祉」を漢字面から見た私の考察である。
その反対に、自分の利益しか考えない存在が集団の中にいると、集団全体から神は離れる、ということだ。日本全体がもはや神に見捨てられているのは、安倍、いや小泉以来の福祉予算削減が始まったころから決まっていた、というわけ。


(以下引用)




次世代の高齢者福祉ゴールデンプランとか、福祉事業が、どうちゃら、こうちゃらと、言われだしたとき
「福祉」っていったいなんだろうと考えた。


皆、わかって使っているのだろうか。

福祉施設・・・といえば、児童福祉施設、障害者福祉施設、高齢者福祉施設など、さまざまな入所施設をさす。


そういう「見えるもの」になれば、わかった気もするけど。

「福」はわかっても「祉」という漢字は、ここ以外で使ったことが無く、意味がよくわからない。


あれこれ考えて、結局、
思ったことは。


幸福とは、自分が、幸せになることで
福祉とは、社会や、公共が、人々を幸せにするために行うことー他を幸せにすること、だと思うに至った。


つまり地域福祉センターは、この近所の人の幸福感を増強するために存在する施設というわけ。



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近代帝国主義イデオロギー

『帝国主義の解剖学』を読んで考えた浮遊思考を幾つか。

・基本的に、現在のネトウヨ心理というのは、帝国主義時代の帝国の無知な大衆の持っていた「帝国主義心理」とほぼ同一であると見てよい。つまり、帝国主義とは、「現在の問題」なのである。笑うべきは、かつての帝国が凋落した現在でも、「帝国主義心理」は大衆の間に厳然と残っていることだ。それは、もちろん、その方が右翼的性質を持った政党(ほとんど保守政党はそれである。)には都合がいいので、彼らはマスコミや教育を通じて国民のそうした傾向を助長し煽動するからだ。

・同書にある、「近代帝国主義イデオロギー」についての杉本淑彦氏の定義。(色字は夢人による強調)
植民地とは直接の経済的利害得失関係のない宗主国民衆一般に、膨大な公的資金の投下が必要となる植民地維持拡張政策を受け入れさせる論理」(同書P88)
植民地維持拡張政策には膨大な公的資金投下が必要になり、しかも、それは宗主国一般民衆の利害関係とは実は無関係な話だ、というのは、あまり誰も指摘していないことのように思う。すなわち、植民地経営とは一般国民にとっては「税金の無駄遣い」であったにも関わらず、それが国民全体の利益であるかのように思わせたのが「近代帝国主義イデオロギー」の役割であったわけである。
もちろん、それと併行して、宗主国による植民地経営は「文明の恩恵に浴する」植民地の現地人にとっても幸福である、という「偽装人道主義」イデオロギーも用いられた。日本帝国支配下の朝鮮についてもネトウヨがしばしば言う「日本の支配下で朝鮮は文明国化した」はまったく同じ論理(屁理屈)であるのは言うまでもない。或る国が文明化するかどうかは、その国の国民自身が選び取ることであって、他国の強制による「文明化」は単なる「宗主国(侵略国)の都合によるインフラ整備」でしかない。

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馬鹿を煽動するのは容易

ヒトラーが、なぜ「第一次大戦でのドイツはユダヤ人の裏切りによって敗北した」と言っていたのか、その根拠を知りたくてネットを探しているうちに、それとはあまり関係ないが、「ネトウヨ(つまり、低レベル右翼)はこうして作られる」(ヒトラーの手法)がなかなか面白いので転載しておく。林何とかという、おそらく学者さんの講演の一部である。
なお、若きヒトラーを組合に勧誘に来た組合員の言葉は、まさに安部政権下の日本を現わしているようだ。いや、資本主義国家はだいたいそんなものだろう。だが、言っていることは正しくても、対人的なゴタゴタで信用を失うというのが左翼運動の悪しき特徴であるのはどの時代のどの国でも同じであるようだ。
ちなみに、ネトウヨの作り方、というのは、赤字で示した次の言葉だ。もちろん、これは低レベル左翼の作り方でもある。

「大衆は大衆自身がそれぞれもっている精神的弱さ、怠惰、無能、失敗、病気、怨念、嫉妬など転訛するべく我を忘れるような強烈なイデオロギーを求めている」



(以下引用)赤字部分は夢人による強調。



当時、ヒトラーは建築現場の日雇い現場で働いていました。とこ



ろがある日一人で昼食をとっているところに労働組合の活動家がやってきて「国家は資本主義階級の仮構であり、祖国はブルジョアジーが労働者階級を搾取するための道具である。法律の権威はプロレタリアを弾圧する手段であり、学校は奴隷要因と奴隷所有者を飼育するためある」と説得するのです。



このヒトラーを説得しようとした一労働組合員の言葉は、私(林



順治)にはつい最近聞いたことのように錯覚を覚えます。つい最近



とはいって私が1960年代の学生のころですが、全学連の運動家



が休講中の教室に入ってきて始めるアジ演説とそっくりだからで



す。



その事はさておき、ヒトラーは社会民主党員の言うことよく理解



することができませんが、興味があったので本やパンフレットを読



んでから、ヒトラーは社会民主党員にたびたび質問をし、議論する



ようになります。すると彼らは暴力とテロ行為に出たのです。社会



民主党員の数人がヒトラーに向かって「建築現場を立ち去るか、こ



こから落とされるか、どちらが好いか」と詰め寄ってきたのです。



ヒトラーは社会民主党員のこのようなやり方を彼なりの分析をしていますが、きわめて示唆的です。というのはこれに類するようなやり方が日本の学生運動や労働組合の一部で1970年代の初めまでは行われていたからです。ヒトラーは『わが闘争』で恐るべき次のようなことを言っています。



「もし社会民主党員に対してもっと真実さに満ちた、しかも同じような残虐な実行力をもったイデオロギーで対立すれば、たとえ非常な苦しい闘争の後でもきっと勝利するにちがいない」と。



なぜなら「大衆は大衆自身がそれぞれもっている精神的弱さ、怠惰、無能、失敗、病気、怨念、嫉妬など転訛するべく我を忘れるような強烈なイデオロギーを求めているからだ」と。



何か後のヒトラーのナチの暴力とテロをまざまざとみるようですが、ヒトラーがこのやり方を社会民主党員から学んだというのでから、半分は本当の話でしょう。しかしこのような運動組織論を17、8才のヒトラーが体得したとは思われません。おそらくミュンヘン一揆までの体験を生かし、今後の選挙活動の予告として『わが闘争』に綴ったものでしょう。





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「直葬」と私の人生観

私は、両親が60歳くらいで亡くなっているので、60歳を超えた時から、自分もそろそろかな、と思って、残りの人生は余生だと思っている。若いころはかなり悲観主義者で、20歳くらいで死んだほうがいいかな、と思っていたので、60歳まで生きれば十分以上だ。まあ、若いころにいつも憂鬱だったのは、「生活への不安」「将来への不安」「自分への自信の無さ」などが主な原因で、それらの「鬱感情」を何とか誤魔化しながら案外長く生きてきたわけである。まあ、昔思ったよりは悪くない人生だったと思う。動物や虫に生まれる可能性もあったのだから、人間に生まれただけでも幸運というものだろう。
で、死ぬ時には遺体は「ゴミ」として処理してほしい、と前に書いたのだが、それが無理なら「直葬」というのがいいかな、と、この記事を見て思ったわけだ。
なお、現在の私は別に早死にしたいと思っているわけではない。早く死のうが遅く死のうが同じことである。たとえば、愉快な学生生活を送り、大学卒業と同時に車に轢かれて死んだとしたら、それは最高に幸福な一生だったのではないか。他の人がその死を「早すぎる」「残念だ」と思うのは勝手だが、それは当人とは無関係である。また、何か素晴らしい事業をしようが、のんべんだらりと怠けて一生を終えようが、死ねば同じことだ。社会への貢献というのは、「その人がいたことで、世の中がほんの少しでも良くなった(幸福になった)」で十分だ。また、貢献が無くても、周囲や社会に迷惑をかけさえしなければいいのである。

(以下引用)








(写真=ユニクエスト提供) © Asahi Shimbun Publications Inc. 提供 (写真=ユニクエスト提供)

「こういう弔いの形もありなんだなと思いました」


 東京都在住の田中一也さん(仮名・59歳)。おととし、11歳年上のいとこをがんで亡くした際に、通夜や葬儀・告別式をしない“お別れ”を経験した。あっさりした性格だったいとこは生前から、「死んだときは、一切何もしなくていい」と意思表示していた。


 都内の病院で田中さんや家族がいとこをみとった翌日、遺体は病院からいとこが住んでいた千葉市の火葬場へ直行。田中さんを含む近親者7人が火葬場に集まり、火葬を終えた後、近くの葬祭会館で軽く食事をして解散した。ものの1時間半で全てが終わった。


 九州出身の田中さんにとって葬儀といえば、通夜から多くの親戚や知人が集まって、1泊2日で行うイメージ。だからいとこの弔い方には驚いたという。


「読経も戒名もなし。すしは“竹”。ビール中瓶1本でお別れだった。その後、出勤できたぐらいあっさりとしていた」


 一抹の寂しさはあったものの、いとこの闘病生活は1年強におよび、心の準備はできていた。近親者でみとったので、故人と向き合えたという感覚もあった。


「これぐらいシンプルでいいのかもしれない。(通夜、葬儀・告別式をやる一般的な)葬儀で若い僧侶の説法に感動することもないし、通夜の食事もおいしいわけではないし。僕が死んだときも直葬にしてもらおうかと思うこともあります」(田中さん)


 形式的な儀式を極力省いた葬儀のかたち「直葬」がいま、都市部を中心に増えている。直葬とは、故人が亡くなった後、安置所か自宅に遺体を運んで安置し、その後、直接火葬場に移し、荼毘に付すという方法。近親者のみで行う。会葬者を呼んで通夜や告別式を営み、それから火葬する一般的な葬式に比べて、お金もかからない。


「ここ15年ほどで“葬儀はシンプルにしたい”という明確なポリシーを持った人が増加傾向にあります」


 こう話すのは、終活や葬式の相談・施行などを行う「葬儀を考えるNPO東京」代表の高橋進さんだ。かつて直葬は、故人が身寄りのない人や困窮者の場合に、自治体が葬儀費用を賄って行われる方法だった。


「今は、故人の遺志や家族の意向で選ぶ傾向にあります。中には菩提寺があっても直葬を選ぶ人もいるほど。それだけ従来の葬儀のあり方に疑問を持つ人が増えている証しでしょう」(高橋さん)


『葬式は、要らない』などの著書で知られる宗教学者の島田裕巳さんは言う。


「直葬が広がる背景には、死んだ人の扱いはなるべく簡単に済ませるべきという考え方が強まっていることもあります。血縁意識の低下から、“絶対に葬儀に呼ばなくてはいけない人”という存在もなくなってきている。都会のみならず、地方の葬儀も簡素化が進んでいる実態を見れば、そんなに遠くない未来に葬式そのものが消滅する時代が来るかもしれません」


 これまで累計15万件を超える葬儀を担当し、全国で葬儀ブランド「小さなお葬式」を展開するユニクエストによれば、現在、直葬(プラン名「小さな火葬式」)を選ぶ人が4割であるのに対し、「通夜、告別式ともに実施」を選ぶ人が3割、「告別式のみ実施」を選ぶ人が3割と、すでに同社では直葬が主流だ。


「喪主として一度大掛かりな一般葬を経験して、それを疑問に感じたことから、直葬を選ぶケースが増えています。大きな葬式だと会葬者の対応に追われ、ゆっくり故人と向き合う時間もなく、本当にこれで良かったのかと後悔が残ることもあるそうです。そうした方は、次に近親者が亡くなったときには、直葬などシンプルな葬儀を選ばれることが少なくありません」(ユニクエスト広報担当者)


 多くの会葬者を招いてその対応に追われる一般葬と比べて、故人とゆっくり向き合う時間を作ることができるのもメリットなのだ。また、葬儀費用を大幅に抑えられることも利点の一つ。一般葬の場合、平均額は約178万円。一方、直葬は平均15万~30万円と、6分の1以下に抑えることができる。通夜の飲食費や斎場の式場料、祭壇費用などがかからないためだ。


「通夜の飲食もそれを楽しめるわけではないし、香典返しも果たして本当に必要なのかと、疑問に感じる人が増えるのも当然の流れです」(島田さん)


 では、直葬を選びたい場合、具体的にどうすればいいのか。火葬許可証の申請など役所で行う死後の手続きは遺族がやることも可能だが、遺体の搬送などは荷が重い。儀式を省いたとしても葬儀会社などプロに頼むのが一般的だ。


「棺など必要なものも個別に手配すると手間がかかり、費用も高くつくことが多いので、葬儀社に頼んだほうが安心。悲しみの中、作業に追われるより、故人と向き合う時間を大切にしたほうがいい」(高橋さん)


 直葬を希望する場合、最低限必要な次のような物品やサービスがセットになった一番シンプルなプランを選べばよい。遺体の安置場所を確保し、病院や施設など亡くなった場所から、故人の遺体を寝台車にのせ、自宅や一時的な安置場所に搬送する。遺体を棺に納め、安置する。法律で定められた時間の死後24時間以上経過してから、火葬場の予約時間に合わせ、霊柩車で火葬場へ出棺する。もちろん、物も用意してくれる。遺体を入れる棺、棺用布団、故人に着せる仏衣一式、遺体保冷のためのドライアイス、枕飾り一式、骨壺、そして遺体をのせて移動する寝台車や霊柩車だ。(本誌・松岡かすみ)


※週刊朝日  2019年2月15日号より抜粋







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「一番嫌いなのは努力」

「谷間の百合」さんのブログ記事を全文転載。(容量関係で写真はカット)
私は、前に書いたように「近代の病としての『生き甲斐』症候群」というテーマの文章を書くつもりだったが、下の記事で書かれているのが、まさに私の言いたいことである。

総理大臣も乞食も、「起きて半畳、寝て一畳」であり、一度に飯が100人前食えるわけではないし、百畳のベッドがあろうと寝ている間に使うのは畳一畳分だ。一流レストランの美味い食事だろうが、自分で作る原価150円もしないうどんを食うのと美味さにさほど違いは無い。周囲に気を使わないだけうどんの方がマシであるかもしれない。一流の女優になろうが、そこに至るのに枕商売をしなければならないのなら売春婦と変わりはない。男優も同じだ。スポーツの名選手など、死ぬほどの努力をしてその地位に到達するのだが、見ている観客はテレビの前で何ひとつ苦労もしないでそのプレーを楽しめる。幸福なのはどちらで賢いのはどちらだろうか。(もちろん、その道が好きで、一流になり、その努力自体が楽しかったのなら、それは素晴らしいことである。)

なお、私は「輪廻」はあまり信じないが、むしろ「人の影響は何らかの形で永遠に残る」という「精神不死論」を信じている。ある英詩の中にあったと思うが、死は二度あり、肉体の死が一度目、そしてすべての人から忘れられるのが二度目の死であり本当の死である、という趣旨の思想がある。だが、私は、その人間の残したものは子供や友人や知人や、文章や作品を残したらその読者や鑑賞者の中に何かの痕跡を残し、それが様々なヴァリエーションとなって世界を少しづつ変えていく、と思っている。つまり、精神は不死である、ということだ。たとえば私の中には江戸時代の「共産主義者」安藤昌益の魂がわずかに入っているのである。
もちろん、良い影響だけではなく悪い影響も含めて「精神は不死」だということだ。


(以下引用)



木枯し紋次郎が到達した境地。

木枯し紋次郎の中村敦夫さんが出家得度しておられるのは知りませんでしたが、「日刊ゲンダイ」のインタビュー記事を読んで、その「悟り」の一端を知ることができました。
人は「悟り」というものを自分とは縁のない境地だと思っているようですが、それは日常と背中合わせにあるものでそれに気が付くかどうかだとわたしは思っています。
記事から一部抜粋したものを以下に転載します。

「一番嫌いなのは努力。努力するとロクなことはない。朝起きてマラソン始めたら心臓マヒを起こしたりね。目先のことでビクビク、くよくよせずに、時間を長くゆったり生きる。あまり過激な努力をしないことです。みなさん、自分を査定して、高く見積もり過ぎる傾向があると思いますよ。そりゃ、そこそこ成功している人はいるだろうが、そんなに変わらないでしょう。金に汚いかどうかの違いだけです。私は動物の一匹として生まれてしまった。死にゆく運命です。生を受けたことは、そんな幸せな贈り物ではないが、当たってしまったわけだから、ゆっくり楽しめるものは楽しむ。死後の心配する人がいるけど、「あんたどっから来たんだ」ってね。人間の存在なんて暫定的な存在だと思う。いろんなこと分からなくていいんですよ。全部分かってうまくやろうという貧乏根性を捨てること。そうすれば、人生、別のことが見えてくると思います。」




「あんたどっから来たんだ」というのは「死をみること帰するがごとし」で死は「来たところに帰る」ことだと言っておられるのです。(岡潔はそれを「懐かしいところに帰ること」だと言いました。)
したがって、人間の存在が暫定的というのも死んだら終わりという意味ではなく輪廻転生のことを言っておられるのだと思います。
中村さんの言われる貧乏根性、わたしにはよく分かります。
オリンピックや万博に血道をあげるのも貧乏根性です。
(わたしはそれを田舎者根性だと言ってきました。)
子どもに勉強しろと言うのも貧乏根性です。
どうせ、死ぬまでの人生、どうしてゆっくり楽しもうとしないのでしょうね。
努力なんかしなくていいのです。
わたしも、ブログを書く以上本を読んだり勉強しなくてはいけないかなと思った時期もありましたが、考えてみたらわたしは勉強をしたという記憶がありませんでした。
だから いままで通り見たこと聞いたこと感じたことを書くだけでいいのだと開き直ったところでした。
全部分かってうまくやろうという貧乏根性を捨てれば、別のことが見えてくる、それが「悟り」なのだと中村さんは言いたいのではないでしょうか。
どう生きるべきかなんて考えることは余計なことなのです。
何も考えず、日常するべきことを淡々とするだけでいいのだと。
日本人と言うべきか現代人と言えばいいのか、人は生活をしていないように思います。
生活以外のことで生きているというか、生かされているように思えてなりません。
奴隷として。
生活をしていないのですから「悟り」は遠のくばかりです。



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いじめ問題の究極の解決方法

私は本気で、いじめ被害で自殺するような子供は、ぜひこういう行動に出てほしいと思っている。それは「英雄的行為」だとすら思う。
そして社会もこのような行為はいじめへの「正当防衛」だという目を持ってほしい。親も、それを恥じるのではなく、「よくやった。私は君を誇りに思う」とハリウッド映画でよくあるセリフで称えてほしいものである。
たとえ相手を殺し、子供が前科者になったと言っても、国自体が犯罪国家のようなところでは、前科者とは言っても「誇れる」前科というのもあるだろう。日本人の逃げ腰の事なかれ主義が、日本を犯罪国家にしているのである。被害者が逃げてばかりいるから加害者を増長させ犯罪的行為が蔓延する。その萌芽は学校で作られているのだ。「復讐は何も生まない」というのは大嘘である。




別高校に通っていた私の友人もクラスの不良からしつこくいじめにあっていたが、ある日、またからかいに来た不良を隠し持ったスパナで顔面滅多打ちにし、馬乗りになっていじめっ子の額が割れて血ダルマになるまで殴り続けたら、以降は誰からもいじめられなくなったらしい。




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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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