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「聖痕」6

(前書き)今回で、10年以上も前に書いた「聖痕」は終わりである。まあ、戦いそのものの予告編だ。私は軍事オタクではないので、この先は書けない。第二の大藪春彦が、この先を書いてくれないだろうかwww 月村了衛氏など、軍事に詳しそうだが。名前も「月光族」的だし。フィクションの上だけでも、月光仮面やセーラームーンの後を継ぎ、あの連中に「月に代わってお仕置きよ!」である。

なお、この話を実現不可能なテーマだと思っている人に、先ほど寝床で読んでいたバルザックの「暗黒事件」の一文を紹介する。作者バルザック自身の地の文での感想だ。

「裏切りということさえ無かったら、陰謀を企てることほど容易な仕事はないだろう」 




第十章 団結式


 


 レンタカーの返却もあり、俺は車を運転して高尾まで戻った。新宿に着いた時には、もう九時を過ぎていて、これから『P5』まで行くのも億劫だったので、電話で連絡して、武と明良は今日は戻らないということを、電話に出た冴湖に伝えた。


 翌日、俺が『P5』を訪ねると、純は俺に飛び掛らんばかりの剣幕だった。


「ちょっと、一体何なのよ。武たちが三日も帰らないなんて、何があったと言うの?」


 俺は、河口湖湖畔の家での話を、二人にした。


「あの静婆さんのお蔭で、とんだ騒動に巻き込まれちゃったわね」


純は冴湖を向いて言った。


「でも、こういうのは嫌いじゃないけどね。いつまでも、世間の目から隠れて生きるのもうんざりだし。で、この人の言っているのは、本当なんだよね?」


「ええ、本当よ。御免なさい。大事な事だから、心を読ませてもらったわ」


「いいですよ。俺も、そんな能力がほしいな」


「あまり楽しくない能力よ」


「じゃあ、オレたちも、ここでローゼンタールの調査をするんだ。どんな風にする?」


「本屋回りをして、資料を集めましょう。図書館だと、記録が残るから、まずいでしょうね。後は、インターネット喫茶を利用して、インターネットで調べるとか」


「よし、分かった。じゃあ、手分けして始めようか。オレは何がいいかな。本屋よりは、やっぱりインターネットかな」


「じゃあ、私が本屋回りをするわ。二郎さんは、図書館で、記録は残さないように、大事な部分だけ写真に撮ってきてくれるかしら」


「その前に、二人とも、変装して行動したほうがいい。鬘とメガネだけでも、かなり隠せるはずだ。特に、純君は、そんな派手な格好はダメだ」


「そっかあ。やっぱり、私、目立つもんねえ。じゃあ、思い切り、地味にしよう」


「それに、インターネット喫茶に長時間いると、怪しまれる可能性があるから、周囲の人間の心を読んで行動できる冴湖さんの方が、インターネット喫茶に行くほうがいい」


「あら、あたしは君(くん)で、何で冴湖はさん付けなの?」


「そりゃあ、まあ、キャラクターだ」


「どういうキャラクターよ」


「そんなの、どうでもいいでしょう。さあ、なるべく短い時間で、多くの情報を仕入れましょう。それに、お金ももっと稼ぐ必要があるんでしょう?」


「ああ、しかし、あまり競馬で稼ぎすぎると、怪しまれるんじゃないかな」


「でも、他に方法がある?」


「一つ、考えてることがある。犯罪だけどね」


「今更、何を」


純が鼻で笑った。


「我々は、要するに、大金持ちの全員を敵と考えていいんだから、その大金持ちの財産を奪うことも考えていいんじゃないかな。たとえば、銀行口座の金をそっくり頂くような手段が、何か無いか。冴湖さんのテレパシーを使って、できないもんだろうか」


冴湖は考え込んだ。


「私のテレパシーは、他人の心を読むことはできるけど、他人に心を伝えたり、心を支配することは、できないと思うわ」


「やってみたことは?」


「ないけど」


「じゃあ、実験してみたらいい。俺に、何か考えを送ってごらん」


突然、俺の心に、言葉が伝わってきた。(二郎さん、聞こえる?)


それは、不思議な感じだった。確かにそれは俺の心、つまり、俺の思念でありながら、俺の思念ではないのである。それは、やはり冴湖の声としか聞こえなかったが、しかし耳に聞こえた声ではなく、俺の心に直接聞こえたのだ。


「ああ、聞こえた。じゃあ、今度は、俺を操れるかどうか、試してごらん」


 俺の心に、(右手を上げろ)という冴湖の声が聞こえたが、それは聞こえたというだけで、俺を従わせる力は無かった。


「これは無理みたいだな。しかし、今の能力は、何かに使えるかもしれん。とりあえずは、後数回くらい、競馬で稼いでおこう。土日は競馬場に行くことにして、平日は、資料集めだ。ところで、今日は大河君はいないのか?」


「前の当たり馬券の一部を換金してくると言ってました」


「大丈夫かなあ。あまり大金だと、怪しまれるんじゃない?」


「競馬で勝った残りの分は、馬券のままでしばらくは持っておこう。必要な時に換金することにして。ある意味では、小切手よりも便利だから」


 俺たちは、渡にメモを残して資料集めに外出し、夕方に戻ってきた。『P5』の中は明かりがついていて、渡が退屈そうに我々を待っていた。三人とも5時に帰るとメモしてあったが、純も冴湖もまだ帰っていなかった。


「換金は無事にできたかい?」


「まあね。三連単などは大変な金額だから、換えるのは単勝複勝それぞれ一点だけにしたよ。それでも300万円だ」


「怪しんだ様子はなかったか?」


「いや。その程度の金額には慣れている、という感じであっさりと出してくれたよ」


俺は、小野寺の屋敷での出来事を渡に話した。


「多分、そんなことだろうと思っていたよ。まあ、あんたとあの女がここに来た時から、歯車が動きだしたんだな」


「で、どうだ? やる気はあるか?」


「当然さ。俺たちを実験材料にするような連中に、大人しくやられるはずはないだろう。あんたのほうこそ、いい迷惑じゃなかったかい?」


「いや、そうでもない。むしろ、楽しいよ。『天空の城ラピュタ』で、シータが空から落ちてきた時に、パズーが、これから冒険が始まるんだと思ったと言うじゃないか。あんな気持ちだな。それに、相手が、いわば、人類の生き血を吸って生きている吸血鬼どもだからな。何の気兼ねもなく戦えるってもんさ」


「そうか。実は、俺もそんな気持ちだ。よろしくやろうぜ」


差し出された渡の手を、俺は握り返した。


「あら、帰ってたの。早かったわね」


戸口で純の声がした。その後ろには冴湖の姿もある。外で一緒になったのだろう。


俺は、帰りに買って来た買い物の紙袋からビール缶を取り出してデスクの上に並べた。つまみはスーパーの惣菜とポテトチップスの類だが、ささやかな団結式というか、これからの仲間づきあいの記念の酒盛りをしようという寸法だ。


「月光族ってのは、酒は大丈夫なのかい?」


「まあね。たいして利かないが、少しは酔うよ。ほろ酔い程度にはね」


「オレはお酒は好きだよ。でも普通のつまみはいらない。つまみには甘いのがいいな」


「甘いのをさかなに酒を飲むのか?」


「なかなかオツなもんだよ。大福とか、ケーキがいいな」


まあ、普通の人間の中にも、そういう人種はいる。


結局、買って来た惣菜やつまみのほとんどは、俺が食ってしまった。どうやら、月光族というのは、菜食主義者で、しかも塩分の強いのや香辛料のきついのが嫌いなようだ。しかし、肉類が食べられないわけではないと言っていた。好きではないというだけらしい。


 ともあれ、俺と『P5』は、(俺の気持ちとしては)こうして本当に仲間になったのであった。


 


第十一章 作戦


 


 一週間後に、俺たちは、河口湖畔の家に向かった。その間に競馬を一度やって、資金は三億円になっていたが、それはまだ換金してはいない。三億円程度では、世界を相手の戦いにはまったく不十分だろうが、俺は、月村静あたりは、巨額の金を持っていると踏んでいた。長い間生きていれば、いろいろな情報にも詳しくなり、金儲けができただろう。終戦後のどん底の時代に、少し有望な会社の株を買っておけば、確実に大金持ちになっていたはずである。もっとも、戦後の日本が、あれほどの高度経済成長を遂げるとまでは予測できなかっただろうが。


 小野寺の屋敷に入ると、例のコモリ・イズミという若い女が我々を出迎えた。小野寺たちは、会議でもやっている所らしい。


「へえ、すごい家だね」


 純が嘆声を上げた。


「ここが、我々のアジトになるわけか」


渡も、あたりを見回して言う。


「どうぞ、こちらへ」


 イズミが我々を案内したのは、二階応接間だった。応接間というよりは、サンルームとでも言うべき、天井も壁も総ガラス張りの明るい部屋である。季節は秋の中旬で、まだ寒くはないが、明るい部屋は気持ちがいい。もっとも、月光族の人間が、日光を気持ち良く思うかどうかはわからないが。


 部屋に、他の5人はいた。小野寺、静、武、明良、ホシ・ヒカルの五人だ。(ホシ・ヒカルは、後で確認すると、「星光」という単純な漢字だった。コモリ・イズミは、「木守泉水」という珍しい字である。)


我々を見て、武は軽く頷いた。明良も会釈をしただけで、この二人はどうも愛嬌が無い。


「やあ、久しぶり」


小野寺が愛想良く言う。


「調子はどうだい」


静の言葉に、俺が答える。どうやら、後から合流したメンバーでは、俺が最年長らしいので、俺が代表したのである。


「まずまずってところかな。ローゼンタールや、世界の大富豪に関する本の中で、役に立ちそうなのは車のトランク一杯ある。インターネットなどで調べた分は、このCDの中に入っている。資金は、現在3億2000万というところだ」


武は頷いて、「ご苦労さん」と言った。


「後で、その資料は明良に渡してくれ。こちらでまとめた分は、これだ」


明良が、我々にA4サイズのコピーを渡した。その両面に、びっしりと名前が載っている。


「ローゼンタール系列33名、ロックフェロー系列89名、モーガン系列27名、その他、実業界が93名と、各国政府関係者が45名、科学者が13名、法律関係者が9名、王室関係が61名、貴族や旧貴族が103名、野党政治家17名、宗教関係者5名、宗教関係者は完全に中心人物だけだ。そしてジャーナリズム関係5名で、現在、全部で500名がリストに上っている。これに、二郎さんたちが調べたものから追加していく」


「しかし、それだけ殺す必要があるのか? たとえば、ローゼンタールとロックフェローの当主を殺すだけでは駄目か?」


「おそらく、それでは駄目だろう。後を誰かが引き継ぐだけだ。主要メンバーの大半を殺し、彼らの活動の基盤を破壊しなければ、意味がないと思う」


「もちろん、当主を殺すだけでも、十分な威嚇効果はあるだろうけどね」


静がつけ加えた。


「その中の、最重要の7名が、アンダーラインのついている人間だ」


俺はコピーを見た。ローゼンタール当主、ロックフェロー当主、モーガン当主の3人のほかに、ローゼンタールから2名、ロックフェローから1名、モーガンから1名にアンダーラインがついている。


「作戦の大要は、明良から説明してもらおう」


武の言葉に、明良が居ずまいを正した。


「暗殺の手段だが、一番簡単なのは、小型原爆を使うことだということになった」


「原爆!?」


「原爆といっても、1キロトン程度のもので、半径500メートルくらいを破壊するだけだ。これで、彼らの屋敷全体を爆破する。それが一番確実だ。最初は、ホワイトハウスや英国首相官邸も爆破しようかと思ったが、彼らはローゼンタールたちの手先にすぎない。我々に敵対攻撃をしてきた時に、彼らとの戦いは始めることにする」


「しかし、原爆をどのようにして使うんだ?」


「幾つか方法はある。飛行機やヘリコプターで空から投下する方法、榴弾砲で近くの場所から砲撃する方法、時限装置で爆破させる方法などがあるが、飛行機だと、すぐに軍隊の追跡を受けるから、榴弾砲を使用する」


「しかし、どうして、外国にその武器を持ち出す?」


「その必要はない。日本よりも外国のほうが、そうした武器は溢れている。俺たちは、外国に行って、武器を奪取し、光の作った原爆内蔵の砲弾を使って攻撃するだけだ」


「あまり簡単な仕事じゃないな」


「最初から、それはわかっているさ。世界を相手の戦いなんだから」


明良に代わって、武が淡々と補足した。


「中近東の国の軍隊に忍び込んで、飛行機を奪取する案も考えたが、それだとどうしてもすぐに追跡されてしまう。地上からの攻撃の方が、後をくらましやすい」


「個人を暗殺するだけなら、ピストルやライフルでも十分じゃないか?」


俺は、どうも、原爆を使用するという考えは気に入らなかった。


「それも、逃走が難しい。俺たちは、数が少ない。一人でも犠牲は出したくない」


「まあ、原爆云々は、まだ仮の決定さ」


静が言った。


「これから、もっといい案が出てきたら、変えればいい。あんまり、一つの考えに凝り固まらないほうがいいのさ」


「実は、一人一人を個別に殺す案もあるにはある。しかし、確実性、安全性という点では、原爆には劣る。もっとも、原爆にしても、原料のプルトニウムを手に入れるのは難しいが」


「普通の爆弾ではどうだ?」


「まあ、それでもいい。だが、爆弾は、やはり確実性が無い。つまり、家のどの場所にいるかによって、相手が助かる可能性がある」


「根本的なところを聞きたい。俺たちの戦略目標は、相手を殺すことか、相手を威嚇することか」


「両方だ。主要な人間はどうしても殺す必要がある。後は、それを引き継ぐ人間が出るかどうかによる。威嚇によって、彼らが解体し、消滅するなら、そこで我々の作戦はひとまず終わりだ。各国首脳陣にしても、ローゼンタールやロックフェローが攻撃された時に、それを守ろうとするなら、我々の攻撃対象となるし、ローゼンタールたちから離れるなら、攻撃しない」


「ローゼンタールが消滅しても、その後釜となる大富豪グループが出てくるだけではないか?」


「その度に叩き潰す。そこは、我々月光族の有利な点だ。我々には時間だけはある」


「わかった。戦略面での方針はそれでいい。後は、具体的な作戦だな」


「まず、プルトニウムだが、これは原爆保有国のどこかから奪うことにする。俺が考えているのは、米軍から原爆そのものを奪うことだ。これは、沖縄の宜野座に保管されているはずだ。あるいは、旧ソ連の原爆貯蔵庫から奪う方法もある。ロシア連邦は、いわば倒産会社のようなもんで、軍隊の管理能力は著しく低下しているはずだから、原爆奪取は、それほど難しくはないと思う。原爆を奪取したら、それを榴弾型に改造して、榴弾砲で撃てるようにする。どんな榴弾砲でも撃てるように、砲弾の直径はアダプターで変更できるようにする。次は、その原爆を運ぶ方法だが、それには船を使う方法と飛行機やヘリコプターを使う方法がある。どちらも、通常の港や空港は使わないようにする」


 


 





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「聖痕」5





 


第八章 湖畔の家


 


 翌日、俺たち四人は、奥多摩へと向かった。高尾でレンタカーを借りて、森林地帯へと入っていくと、やがて河口湖が見えた。その湖畔から少し離れた森の中に、我々の目指す場所があった。


 そこは、何かの保養施設らしい広大な土地で、周りは2メートルほどの高さの板塀で囲まれている。門についたインターフォンに向かって、月村静が「小野寺さんに面会したい。私は月村静だよ」と言うと、自動式の門扉がすぐに開いた。おそらく、門の上の監視カメラで確認したのだろう。


 門から見えたのは、床面積は大きそうだが、形は厚めの紙マッチに似た、平凡な二階建ての建物であった。前面はほとんどガラス張りで、政府が税金や年金でよく作る保養施設風である。少なくとも、個人の住宅には見えない。


 玄関のドアも自動で開いた。入り口付近はホテルのロビー風で、床には厚い絨毯が敷かれ、ガラステーブルとゆったりとしたソファがあちこちにある。フランス窓からは前面の庭が眺められて、気持ちがいい。奥にはカウンターがあり、そのさらに奥は厨房だと思われる。入り口から入って、向かって右手に広い階段があり、そこから一人の中年男が下りてきた。


「おやおや、お珍しい。四十年ぶりですね」


 その男は、笑顔で静に握手の手を伸ばした。


「面倒が起こってね。あんたの協力が欲しいんだよ」


「ほほう? まあ、コーヒーでもどうですか」


 男はカウンターに歩み寄って、「コーヒーを五つくれ」と言った。中から若い女の声で「はい」という声が聞こえる。


 我々は窓際のテーブルの周りのソファに腰を下した。その間に俺は小野寺と呼ばれた男を観察した。日本人には珍しいタイプの彫りの深い中年美男子である。眉が太くて睫毛が長く、鼻梁が高い。「濃い」顔だ。昔のフランスの俳優で、確かシャルル・ボワイエというのがいたが、彼に少し似ている。着ているのは、ごく普通のジーパンにポロシャツだが、なかなかダンディな雰囲気だ。頭の毛はいわゆるロマンスグレーで、まだ薄くはなっていない。


「実は、ローゼンタールと戦うことにしたんだよ」


 静は世間話でもする調子で言った。


「ほほう。そりゃあ大変だ。勝算は、……無いんでしょうな?」


「まあね。でも、とにかく戦うのさ。で、あんたに、この若者たちが戦うための援助をして欲しいってわけ。具体的には、武器の調達。訓練場所の提供。通信手段の確保。移動手段の確保。その他、戦いと逃亡の手段のすべての援助」


「やれやれ。私の気楽な隠遁生活もお仕舞か。だが、正直退屈してもいましたから、気分がわくわくしないでもないですな。では、この若者たちにご紹介願えますか?」


 我々は、それぞれ自己紹介した。その間に、若い娘が我々にコーヒーを出した。大人しい感じの娘である。その娘は、我々の前に水のコップとコーヒーを置くと、すぐに引き下がった。


「ほかに、あと三人います」


自己紹介の後、武がつけ加えた。


「わかりました。では、今日から、この家と設備を、あなたたちの物として自由に使ってください。私は、あなたたちが戦うまでの間お手伝いして、それからは後方待機ということで、宜しいですかね?」


「ああ、そうお願いするよ。悪いね」


「いえいえ。静様のお頼みですからね」


その時、明良が「あのう」と二人に言った。小野寺と静は、明良に目を向けた。


「小野寺さんも月光族なんですか?」


「いいえ。私は、亜種ですよ。人よりは若くは見えますが、不老とはいきませんし、今、


七十歳ですから、後五十年も生きられるかどうか」


「この小野寺さんは、なかなかの技術者なんだよ。それとも科学者かな? 若い頃は学生運動などやっていて、武器にも詳しいから、きっとあんたたちのお役に立つよ。私は、そうしたドンパチにはうといからね」


「私よりも武器に詳しい人間がここにいますよ。後で紹介します」


「ここには何人の人がいるんですか?」


俺の質問に、小野寺は笑顔を向けて答えた。


「私以外には二人だけです。先ほどの娘も亜種で、コモリ・イズミと言います。それから、武器に詳しいと言ったのは、ホシ・ヒカルという若者で、奥の部屋にいます。ここには、いろいろと設備がありますから、そんなには退屈しないと思いますよ。しかし、月村様のお話では、これからあなた方は、大きな戦いをするのですから、外部との連絡は、慎重にお願いします。携帯電話とインターネットは、使わない方がいいでしょう。あれは、連中に完全に捕捉されていますから」


「固定電話はあるんですか?」


「いいえ、使ってません。この建物自体、倒産したある会社の持ち物で、登記簿からも抹殺されています。だから、今の所は、誰かがこの建物に不審を抱かない限り、この建物の存在を知る者はほとんどいないのです」


「携帯電話が使えないのは不便だな」


「大丈夫です。ホシ君が作った、我々専用の携帯電話がありますから。いや、トランシーバーと言うべきかな」


「ここにはどんな武器がありますか?」


と言ったのは明良であった。


「いろいろありますよ。しかし、拳銃、ライフルなどの小火器がほとんどで、世界を相手の戦いとなると、無理でしょうね。まあ、ホシ君に考えて貰いましょう。では、ホシ君に会いにいきましょうか」


 小野寺は立ち上がって、俺たちを案内した。家の奥に行くのかと思ったら、そうではなく、階段下の物置の床が、地下室への入り口になっていた。


 地下室は、家の地上部分よりも広大で、天井の高さも5メートルほどある。


「ここが射撃練習場。最長、300メートルまでの練習ができます。まあ、ライフルの狙撃練習なら、もう少し欲しいところですがね。それには、海外の施設を使って貰うか、北海道のオオツキさんの屋敷を借りるしかないですね」


「オオツキさん?」


「我々の長老の一人です。最年長者ですね」


俺は、前々から疑問に思っていたことを口に出した。


「月光族の人間は、どれくらいいるんですか?」


小野寺は、静と顔を見合わせた。


「まあ、あんたももう仲間だから話すけど、少ないよ。我々の女は、一生に二人か三名しか子供を生めない。いや、生まないんだよ。我々にとって、出産はひどく体の負担になるんでね。だから、一生、子供を生まない女もいる。私のようにね。そうだね、まあ、子供を一人生めば、寿命が50年縮まると思って貰えばいい」


「普通の人間との間に子供を作ることもできるんですね?」


小野寺は頷いた。


「それが、亜種だよ。でも、普通の人間との間の結婚が続くと、生まれる子の寿命はどんどん短くなる」


「純粋種は、どうせ滅びる運命なのさ。だからと言って、クローン技術やら何やらで、純粋種を保存することに意味があるとも思えない。普通の人間の寿命が短くても、それなりに充実して生きることはできるし、長いと逆に、人生を無駄に生きてしまうこともある。残念ながら、月光族の人間の中にも、無駄に長命だという人間もいる」


静の言葉には、痛みのようなものがあった。


 地下室の右半分が射撃練習場や室内体育館で、左半分は幾つかの個室になっていた。


「ここが研究室です」


小野寺が、その最初の個室のドアを開けた。


「お邪魔するよ」


 部屋は、かなりな大きさである。無数のテーブルがあり、そのそれそれに様々な器具が並んでいる。しかし、天井や壁の照明器具の大半は点灯していないために、それらがどんな物かははっきりしない。


「うちは、自家発電で電気はまかなっているんで、電力の無駄遣いはしないんですよ。とは言っても、太陽光発電ですから、コストはゼロですけどね」


小野寺が、俺の表情を読んで、説明した。


「ホシ君。ちょっといいかな」


小野寺が声をかけると、更に奥の部屋のドアが開いた。


「はい? 何ですか」


出てきたのは、まだ少年のような若者だった。せいぜい14,5歳くらいだろうか。もっとも、月光族の年齢はよくわからないが。


ぼさぼさの髪が額を覆い、眉まで隠しているので、顔つきが良くわからないが、可愛らしい顔つきのようだ。白衣を着ているが、小柄なためにそれが大きすぎる感じである。


「この人たちは、月光族の人たちだ。今度、ローゼンタールと戦うことにしたから、武器の援助をしてほしい」


「ローゼンタール? 何者ですか、そりゃあ」


小野寺と静は顔を見合わせた。


「やれやれ、最初から説明する必要がありそうだね」


「私たちも、ローゼンタールには詳しくないので、できれば、一緒に聞きたいですね」


武が静に言った。


「じゃあ、私のオーディオルームに行こう。ローゼンタールについてまとめたDVDがあるから、それを見てもらおうか」


 


第九章 ローゼンタール


 


 DVDを見終わって、俺はひどくショックを受けていた。他の若者たちもそうだったと思う。前に静に聞いた言葉から、彼らが世界の富のほとんどを握っていることも、多くの政府を操る力を持っていることも知ってはいたが、今一つ信じてはいなかったのである。だが、今見せられた映像は、その事実のすべてを裏書きしていた。アメリカやイギリスの政権交代は、すべてローゼンタールと、そのアメリカでの仲間のロックフェロー一族の指示によるものであった。彼らは、思いのままに政治を動かし、あらゆる戦争は彼らの指示で行われてきた。その戦争ごとに、彼らは富を拡大してきた。そして、もちろん、彼らの意思に従わない大統領は、彼らの指示で暗殺されてきたのである。しかも、ローゼンタールは、バチカンを始め、さまざまな宗教界の内部にも入り込み、モサドからCIA,MI6にいたるあらゆる情報機関を手足として使っている。このような存在に、どのように立ち向かうことができるだろうか。


「なるほど。改めて見ると、いやな連中ですね」


 小野寺が呟いた。


「彼らは、自分たち以外の人間を動物だと見なしているのだよ。だから、どのような悪事でも平気で行える。それが彼らを無敵の存在にしているんだ。普通の人間なら、他の人間を不幸にすることに耐え切れない。だが、彼らは他の人間を人間とは思っていない。言葉を話す動物にすぎないと思っている。例のプロトコルは偽書ではあるが、彼らの精神をありのままに描いている。つまり、自分たちのグループ以外の人間には嘘をついていいし、財産を奪っても、殺してもいい。いや、積極的にそうするべきだというのが、彼らの考えなんだ。平気で他人から奪い、他人を殺す。そんな人間には、通常の善良な人間は対抗できるはずがないんだよ」


 静は苦々しげに言った。


「そして今、彼らは我々にまで手を出そうとしている。金も権力も腐るほどある彼らに足りないのは長寿だけってわけさ。あいつらに、長寿の秘密まで渡したら、人類の不幸は永遠に続くことになるだろうね」


「ローゼンタールとロックフェローのほかにも、彼らの仲間は無数にいるんでしょう?」


明良が聞いた。


「まあ、世界的大富豪の中で、マスコミにあまり登場しない連中はほとんどそうだし、世界の王室や貴族の生き残りもだいたいがそうだね。それに、宗教関係者や、財団などもほとんどがそうだ。赤十字やノーベル財団のような一見、慈善事業風の団体が、一番、彼らの活動の隠れ蓑になっているんだ。財団は、税金逃れの手段でもあるけどね」


「つまり、俺たちは大金持ちを皆殺しにすれば、いいんだ」


ホシの言葉に、静は笑って言った。


「ちょっと短絡的だが、それ以外には見分けもつかない場合もあるね。何しろ、彼らは右翼も左翼も宗教信者も警察官も軍隊もすべて手足としているから、厄介さ」


「これで、方針は決まった。まず、世界の資産家をすべて洗い出す。国籍も人種も問わない。これは人種問題とは無関係に、この世界を支配する悪党どもとの戦いだからだ。そして、世界の大企業、大資本家、大株主、及び、それに協力する政府グループの人間を殺していけばいい。それも、頭からだ」


武が淡々とした口調で言った。


「まるで、昔の共産主義者みたいだな」


俺は、この方向が間違っていないか気になって、言った。


「違うね。共産主義者ってのも、実は、連中が作り出した隠れ蓑さ。共産主義者が敵と見なした実業家は、小者に過ぎない。資本家と労働者の対立を煽って、自分たちが攻撃されないようにしたんだ。本当の大物は、実業などしない。彼らは、産業界に寄生する寄生虫だ。彼らの本業は、金融業さ。何も作り出さず、金で金を生む金融業は、ところが、絶対に必要な存在と思われている。共産主義者たちが金融業を攻撃したことはない」


静が言った。


「だから、武の言ったことは、正しい。もちろん、彼らを攻撃するときに、彼らと見分けのつかない普通の金持ちや、彼らの身辺の人間も殺されるだろう。つまり、我々はけっして正義だとはされない。しかし、正義を守っていては、この戦いはできないのさ」


「とりあえず、世界の大資産家、大資本家のリストと、その所在地を作り、その行動スケジュールを探ることと、彼らを殺す手段の検討から始めよう。明良、その調査をお願いする。ホシさんには、彼らと戦う武器を、渡と一緒に検討し、作ってほしい」


武が言うと、明良とホシは頷いた。


「我々は、ここに引っ越すことにするが、しかし、『P5』からすぐに人がいなくなるのもまずい気がする。ただの勘だがな。冴湖と渡と純は、当面の仕事は無いから、二郎さんと一緒に、我々とは別に、ローゼンタールについて調べてもらいたいが、いいかな?」


武の言葉に、俺は頷いた。心の中で、「俺一人、両手に花だな」と思ったが、静がこちらを見たので、あわてて他の事を考えた。


「注意したいのは、彼らについて調べる際に、我々がそれを調べているという痕跡をできるだけ残さないことと、集めた記録はすぐに廃棄できるようにすることだ。CDでもフラッシュメモリーでもいいが、敵の手に渡る前に、即座に廃棄することを、冴湖と純に言っておいてくれ。では、俺たちは、静さんたちと、もう少し計画を煮詰めておくから、二郎さんだけ戻って、冴湖たちに事情を話して貰いたい」


「オッケー。じゃあ、そのまま、しばらくはあそこにいるんだな。俺の事務所と『P5』は、まだ拠点としていていいわけだ」


「ああ。それじゃあ、頼む」




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「聖痕」4



 


第六章 競馬


 


 ヒムロ・サエコとタイガ・ワタルが俺の探偵事務所を訪ねてきたのは、2日後だった。


「あんたに、仕事を依頼したい」


 タイガ・ワタルはそう切り出した。事務所に姿を現した彼は、俺の推測どおり、身長が190ほどあり、幅も厚みも通常人の2倍近くある。ラグビーかアメフトの選手のような、あるいは重戦車のような体格だった。


「どういう仕事だ?」


「ローゼンタールの日本での活動拠点を知りたい。できれば、そのメンバーの情報すべても」


「商売のことなら、おそらく、一番の中心はゴルドン・サックス証券だな」


「そうじゃない。裏の活動の拠点だ」


「難しい仕事だな」


「それに、もちろん、危険な仕事だ。日本政府の高官でも知らないレベルの情報だろうからな」


「最上層部なら知っているだろうが、俺にはもちろん、そんなルートは無い。だが、あの婆さんなら、何かのルートがあるかもしれないな」


「婆さん?」


「月村静さ。何せ、おん年175歳だ」


そういう俺が、この前は彼女とデート気分で浮き浮きしていたことは内緒だ。


「おっと、サエコさんとやら。俺の心を読んじゃいけないよ」


サエコは軽く肩をすくめた。


「だけど、俺は、こちらからは動かない方がいいと思うよ。もしも、あちらがまだこちらの存在に気付いていない場合、こちらがあれこれ動くことで、存在を知られることになるからな」


「ふむ。なるほど、そうかもしれないな」


タイガ・ワタルは頷いた。俺はサエコに目をやって言った。


「君達には、時間は無限に近いほどある。俺なら、気楽に、毎日を楽しく生きるね。ローゼンタールのことは、相手が現れてから考えればいい」


「でも、相手と接触しなければ、相手を調べてもいいでしょう?」


「まあね。じゃあ、その依頼は引き受けよう。ところで、例の金儲けはどんな感じで進めている? 今のところ、あんたのテレパシー以外には、特殊な能力が無いなら、金を作るのも簡単じゃないだろう。これも月村婆さんに頼むか?」


「いや、それはしたくない。株か、ギャンブルをやろうと思うんだが、俺たちはそれも良くわからないんだ。あんたに教えてもらいたい」


「まあ、手っ取り早いのは競馬だろうな。あんたのテレパシーは、どのくらいの距離で心が読めるんだい?」


「普通の人間のひそひそ声を聞くくらいよ。せいぜい3メートルまでね」


「それじゃあ、パドックで騎手の声を聞くのも難しいかな。それともできるかな。あんたの能力があれば、もしかしたら金になるかもしれない。今日は土曜日だし、俺と一緒に競馬場にでも行ってみるか」


二人は顔を見合わせた。


「そうしよう。だが、今、金は100万円しか持っていないが」


「いいさ。今日は、別にこれといった確実な目当ては無いんだから。俺も少し、金を下ろして試してみよう」


 


 たしか今は、府中開催だったかな、と考えて、俺は二人を連れて府中競馬場に行くことにした。馬券を買うだけなら新宿や渋谷のウィンズでもできるが、サエコのテレパシー(本当は、双方向的なものではないようだから、別の名称が適切なのだろうが)を利用するには、競馬場まで行く必要があるわけだ。


 俺たちは、新宿から中央線で府中に向かった。


 府中駅前の銀行で俺は金を100万円下した。


 残念ながら、俺たちは特別観戦席に入れる身分ではないので、取りあえずは、パドックで馬を眺め、騎手の心を読むことにした。タイガ・ワタルを投票窓口の傍に待機させ、携帯電話で連絡してこちらの言う数字で購入させる手はずだ。もちろん、その前に勝ち馬投票券を買うマークシートの記入の仕方をレクチュアしたが。


 俺とサエコはまず第五レースのパドックを眺めた。競馬などやるのは久しぶりだが、やはり心が浮き浮きする。俺が競馬新聞で検討している間に、サエコはパドックを周回している馬の口取りの心を読む。やがて、騎手が騎乗する。


「あ、あの人」


「ん、誰?」


「8番の馬に乗った人、今日のこのレースは、必ず勝てると思っているわ」


「それは、馬の力かな、それとも、レースが八百長ってこと?」


「わからない。でも、相当に自信を持っている。あっ。八百長みたい」


「ふむ。ほかに、勝つ自信を持っているのは?」


「2番の馬の人と、7番の馬の人」


 俺は競馬新聞で第五レースの柱を見た。8番はほとんど無印で、黒三角が二つあるだけだ。そして、このレースの大本命が7番で、対抗が2番だ。7と8は同枠である。これは、大穴のパターンだ。


「わかった」


 俺は携帯電話でタイガ・ワタルに三連単の「8-2-7」を10万円、「8-7-2」を5万円、「8-2」の連勝を10万円、「8-7」の連勝を5万円、8の単勝を20万円、複勝を50万円購入させた。


 競馬初心者のタイガ・ワタルが、この指示にきちんと従えるかどうか不安ではあったが、「天与はこれを取らざれば、返りてその咎を受く」という言葉もある。いま、来たばかりのパドックで八百長らしい情報を手に入れたのも天与だろう。


 俺とサエコは投票窓口に向かった。ちょうど、タイガ・ワタルのでっかい体が窓口に見えた。記入されたマークシートを出して、勝ち馬投票券、つまり馬券に代えるだけだから、彼が百万円という大金をこの一レースに投入したことは周囲の人間に知られることはない。もっとも、8番の馬の単勝オッズが9.6からいきなり9.2まで下がってしまったのだが。


 さて、どうなるか。俺たちはわくわくしながら、レースの開始を待った。


 いきなり、8番の馬がハナを切った。一角で先頭に立ち、そのままゆったりと逃げていく。4,5馬身離れて他の馬のグループが続く。2は中団、7は最後方のようだ。やがて4角を回り、後ろの馬団が密集してくる。しかし、8のリードはそのままだ。府中の長いバックストレッチを、逃げる8番を他の馬が追う。


「そのままっ!」


 俺は、心の中で大声を上げた。


 8番が先頭でゴールインしたが、2番手以下に何が入ったのかは分からない。それまで見届ける余裕がなかったのである。だが、掲示板を見ると、上から「8-2-7」となっていた。


 競馬新聞の予想オッズでは、三連単の「8-2-7」は7800円、つまり78倍だ。直前で70倍くらいに下がったとしても、10万円の投資は700万円にはなったわけである。それ以外の当たり分を合わせると、おそらくこのレースで1500万くらいにはなったのではないだろうか。


 俺たちは、顔を見合わせた。


「勝ったみたいね?」


「ああ。さあ、次に行こう。その前に、俺はいくらか換金しておくから、サエコはパドックに行っておいてくれ」


 俺はワタルの手持ちの馬券の中から、8の複勝だけを抜いて、それを払い戻し機に入れた。帰って来たのは160万円だった。50万円の3.2倍である。俺はそれをワタルに渡した。


 その後、サエコのテレパシーに引っ掛かる目ぼしい情報は無く、メインレースも本命―対抗で固く収まった。俺は気晴らしに自分の好みで馬券を1,2万円ほど購入したが、もちろん、すってしまった。


「あっ」


とサエコが小さく声を上げた。


「まただわ。今度は、11番と15番。特に11番ね」


 最終レースである。俺は新聞を見た。それほどガチガチの本命はいないが、11番と15番はどちらも大きな印はついていない。これが来れば、大穴だ。


「ほかには?」


「よくわからないけど、5番の騎手の乗っている馬は、いい馬みたいね。何で、自分が勝たないのか、不満に思っているわ」


5番は、なるほど一番の実力馬だ。ということは、この馬は今回は連にも絡まないということか。


「1番と4番の騎手は、強い自信を持っているわ。『まともなら、勝ち負けだ』と考えている。どういうこと?」


「今回は、まともな勝負じゃない、ということだろう」


 俺は、携帯でワタルに「11-15」の連勝複式を50万円と、11番の単勝20万円、複勝40万円、15番の単勝10万円、複勝40万円を購入するように言った。


 窓口に行くと、空いていてまだ購入する余裕があったので、俺は自分の金で「11-15-1」と「11-15-4」の三連単を30万円ずつ買った。


 12レースは、1着が11番、2着が15番、3着が1番だった。15番の単勝と「11-15-4」の三連単以外は、皆、当ったわけである。オッズは、11の単勝が9倍、複勝が4倍、15の複勝が5倍、11-15の連勝が120倍、11-15-1の三連単が250倍だった。つまり、俺の買った30万円は7500万円になったわけだ。


 俺たちは、金額の少ない複勝馬券だけを換金したが、それでも700万円になっていた。残りは、他人に怪しまれないように後日換金することにして、俺たちはその場を退散した。


 


第七章 世界との戦い


 


 タイガ・ワタルたちの前では「月村婆さん」などと言っていたが、俺はもちろん、月村静が好きなのである。少なくとも、外貌だけから言えば、俺がこれまで見たどのアイドルスターよりも美しいし、スタイルもいい。まあ、確かに、その目の表情が、深い淵のようで、そこは少々不気味だが、笑顔になれば、そんなことは忘れる。


 俺は、新宿駅西口から歩いて5分のところにあるカーライル・ホテルに月村静を訪ねた。その時同行したのが、ヒュウガ・タケルとヒカゲ・アキラの二人である。彼らは、この前の競馬で世話になった礼を俺に言いにきたので、話のついでに、三人で月村静を訪ねることにしたのである。


 これも話のついでに、俺はP5のメンバーの名前を確認しておいたが、漢字で書くと、「日向武」「日影明良」「大河渡」「氷室冴湖」「炎純」らしい。まあ名前などいくらでも偽名は作れるから、符牒の役割があればそれでいいのだが。


 夜には出歩かないだろうという俺の予測通り、静は部屋にいた。(ついでだが、例のオーラ、つまり、聖痕は、明るいところではほとんど分からないので、明るい場所にいる限りは、問題無いのである。だから、武と明良の二人が夜に行動するのも、陰に行かないように注意すれば問題はない。)


「やっと訪ねてきたね」


 月村静は俺たち三人を見て、部屋の中に通した。


「ローゼンタールについて、もっと詳しく聞きたい」


 ソファに腰掛けながら、武がぼそっと言った。


「私に聞くまでもないわ。市販の本に、ほとんど出ている。いわゆる『陰謀論』の本ね。ただ、問題は、それがほとんど本当だということ。現在、世界の金は彼らが発行しているし、世界の資源も彼らが独占している。世界のほとんどの国の政府は彼らが支配し、大統領や首相は彼らが決定している。ついでに言えば、様々な宗教もね。それだけよ。その事実が、誇大妄想狂の書いたいい加減な擬似『陰謀論』と混ぜ合わされて見えなくなっているだけ。まともな人間は、『陰謀論』など相手にしないという風潮が、彼らを助けているのよ。もちろん、その風潮も、彼らがマスコミを使って作ったものよ」


「では、俺たちが彼らに対抗する手段は無いんじゃないか?」


「さあね。しかし、彼らの実験動物になるのはいやでしょう。それに、彼らが世界中の金と権力を手にしても、寿命だけは手に入れられないというのは、私のようなへそ曲がりには痛快だわ。そのためだけでも、私なら戦うわね」


「日本での彼らの組織はどうなってますか?」


「日本政府そのものを彼らは自由に操れるのだから、組織云々はあまり意味が無いけど、日本での最高権力者はアルフレッド・モーガンという男ね。もう七十近い爺さんよ。その片腕が、カール・モーガン、アルフレッドの息子ね。こちらはまだ五十にはなっていないはず。でも、そのレベルの人間にあんたたちが会うのはちょっと無理かもしれないね。それに、どういう形で彼らと戦うの?」


「テロしか無いでしょう。つまり、ローゼンタール一族を皆殺しにすることです」


「悪くはない考えだけど、中々難しいでしょうね。さっきも言ったように、彼らは世界の政府のほとんどを動かせるのよ」


「彼らの考えを変えさせるよりは、その方がやさしいでしょう。その『陰謀論』が正しいなら、人類の近現代史すべてを支配してきた一族が、自分のやりたいことをあきらめるとは思えない。敵に対する一番安全な対策は、敵を殺すことです。白人が、『良いインデァンとは、死んだインディアンだけだ』と言ったようにね」


 月村静は、武の言葉にしばらく考え込んだ。武のこの考えは、おそらく彼女も考えてきたものだろう。


「まあ、私も、人を殺したことも何度もある人間だし、人を殺すことを悪いとも思わない。自分の身が危いときに相手を殺すのは、当然の権利さね。問題は、やるならうまくやるって事だね。これは月光族対ローゼンタール一族の全面戦争だよ。そして、あんたたち5人がその中心になるんだよ。その覚悟はあるかい? 逃げていれば、長生きだけはできるんだよ?」


「一度、仲間と相談してみますが、俺は戦いたいな。自分が、権力のお目こぼしで生きているというのは不愉快だ」


「俺もそうだ。まあ、しかし、他のメンバーはどうかわからないからな」


 明良が武に同意した。


「5人ってのは、俺は入ってないってこと?」


 俺は静に聞いた。


「まあね。あんたのような一般人に迷惑を掛けるわけにはいかないからね。私たちのことを黙っていてくれればそれでいいさ」


「いやだね。俺もあんたたちと戦いたい。何せ、世界全体を相手に戦うんだろう? 味方は増やしていかないと」


「あんたが良ければ、私は文句は無いよ。むしろ、嬉しいけどね」


「とりあえず、こちらの強みは、こちらが弱小なだけに、相手に存在をはっきりと知られる前に、準備ができるということだな」


明良が言った。


「やはり、まずは金だな。それで、武器を買う」


「ただの武器では意味が無いよ。普通の戦争をするんじゃないからね。相手の懐に飛び込んで、相手を倒していく、忍者的な武器が必要なんだ。そして、こちらの人数は少ないんだから、絶対にこちらはやられちゃいけない。もしかしたら、あんたたちの役に立つ武器を手に入れられるかもしれないから、明日にでも一緒に来るかい?」


 俺たちは頷いた。






拍手

「聖痕」3




 


第四章 P5


 


 翌日、朝の10時丁度に月村静は現れた。俺は女の服には詳しくないからいちいち服装の描写はしないが、彼女はどんな恰好をしても可愛いか、美しいことだけは確かだ。今日はスラックス姿で、彼女のきれいな足が拝めないのは残念だが。


「おはよう」


「ああ、おはよう。今日はいいニュースがあるよ」


「手がかりが掴めたのね。こちらにもいいニュースがあるわ。まず、これ、捜査の前払い金」


彼女は、俺の前に分厚い封筒を置いた。


「五十万円入っているわ。それだけあれば、当分の捜査の経費にはなるでしょう。もちろん、もっとかかるようなら、私に言って」


「有り難くいただくよ」


「それと、もう一つ、例の五人は、小岩か新小岩近辺にいる可能性が高いわ」


俺は驚いた。実は、俺が掴んだ手がかりも同じだったのだ。


「そりゃあ驚いたな。実は、例のクレーの絵を買ったのは、小岩の『P5』という事務所じゃないかと思われるんだ」


月村静は嬉しそうに笑った。


「凄いじゃない。たった三日で、問題を解決したのね」


「しかし、そちらも同じ答を出したんだろう?」


「ううん。こっちは、小岩近辺だろうというだけだから、そこから先に進むのは難しかったはずよ。あなたに頼んで良かったわ」


「じゃあ、これから、その事務所に行ってみようか」


「ええ」


というわけで、俺たち二人は小岩まで行くことにした。


東京にいる限りは、自動車で行動するより、電車や地下鉄を利用したほうが、早くて確実だ。俺と静は、総武線の座席に並んで座り、俺たちを(というより静を)じろじろ見る奴らの視線に耐えていた。だが、世にも稀な美少女を隣にして周囲の妬みの視線を受けるのは、そう悪い気持ちでもない。しかも、秋晴れの良い天気であるから、窓を開けて風を受けていると、まるで静とデートをしている気分だ。あんまり早くこの仕事を解決してしまうのも勿体無いなあ、と俺は考えていた。


 両国、錦糸町、亀戸、平井と東へ進み、荒川に架かる平井大橋を電車は越えた。新小岩と小岩は、荒川と江戸川に挟まれた中州のような部分である葛飾区にあり、江戸川を越えれば、そこはもう千葉になる。千葉に入って最初の駅が市川駅で、その北側には春には桜の美しい里見公園がある。高台である里見公園近辺から眺める江戸川の風景は、俺にはなじみの風景である。というのは、俺は学生の頃、そのあたりに住んで、大学には行かず、昼間は公園でぶらぶらし、夜には本八幡の知人の経営するスナックで飲んだくれていたからである。


「いい学生生活だったみたいね」


「ああ」と答えて、また静に心を読まれたことに俺は気がついた。


「御免なさい」


 静は笑った。


「退屈だったから、ちょっと読んでみたの」


 俺は、もう、彼女の超能力を疑う気持ちは無くしていた。こうなれば、彼女の前では精神的に素っ裸でいる覚悟をするしかない。


 俺たちは小岩駅で降りて、駅の北側に向かった。北側は住宅街だが、駅から5分ほど歩いた所に、『P5』はあるはずだった。


 住宅地図のコピーを片手に俺たちは歩き、やがてその事務所を見つけた。見かけは、事務所というよりは、小さな工場のように見える。というのは、周りが高い塀に囲まれているからである。事務所にしては敷居が高いという感じだ。実際、後で知ったところでは、もともとは小さな印刷工場だったらしい。


「有限会社『P5』」と書いてある小さなプラスチックの看板が門に貼られているが、守衛や門番はいないようなので、俺たちは門の呼び鈴を押して、インターフォンから何かの声が返ってくるのを待った。


「はい、どなた様でしょう」


 若い女の声が返ってきた。


「月光族の者です。重要な話がありますので、入れてもらえませんか」


 月村静が言うと、インターフォンはしばらく沈黙した。やがて固い声が返ってきた。


「月光族って何でしょうか」


「夜になると体が光る一族です。もちろん、あなたたちもそうだと分かっています」


「少々お待ちください」


 5分ほどして、やはり固い声で「どうぞ、お入りください」と返事があった。


 玄関と事務室の間には壁があり、いったん右に曲がってからその壁のドアを開くようになっている。玄関の天井にモニターカメラが2台あるのに俺は目を止めた。外部からの侵入者に対する警戒が厳しいようだ。他人に対する警戒心が強いということは、世間の目から隠れている集団である可能性が高い。


 事務所のドアを開いて現れたのは、まだ20歳にはならないと思われる若い娘だった。背が高く、長い黒髪を肩より長く垂らしている。驚くほど目が大きい、印象的な顔だ。美人……なのだが、あまりに生真面目な感じである。白いシャツに、下は体にぴったりとした黒いスラックス姿である。シャツはスラックスの外に垂らし、学生っぽい感じもあるが、学生風の若々しさは無い。


「どういったご用件でしょうか」


「少し、話が長くなりそうなので、座ってお話させてください」


娘は2秒ほど考えて頷いた。


玄関のすぐ右手が応接室らしい。我々はそこに通された。


俺は応接室の壁に懸かった絵に月村静の注意を促した。クレーの絵である。彼女も頷いた。


「正解、ね」


やがて、今度は若い男が応接間に入ってきた。身長は百八十と、俺は目算した。入り口の高さとの関連で出したのだが、俺よりは2,3センチくらい高そうだ。顔は、……不思議な顔だ。ちょっと日本人には珍しい、彫りの深い無表情な顔で、インディアンの戦士の風貌がある。長めの髪が額に軽くかかっていて、その表情をさらにわかりにくくしている。身なりは、ジーンズのズボンの上にTシャツを着て、そのTシャツの上からサファリジャケット風の革の上着をきている。おそらくカンガルー革のような軽い革だろう。靴に目をやって、俺は少し驚いた。建築現場などで履く作業靴で、爪先が鉄の物だ。もし彼に空手の心得でもあれば、この靴は強力な喧嘩道具になる。


以上を俺が一瞬で観察する間に男は我々の前を横切って、ソファに腰を下した。男の長い脚の筋肉が発達していることも俺は観察した。こいつは、相当の身体能力を持った男だ。


「ヒュウガ・タケルと言います。ここの代表者です」


「私は、月村静。こちらは、あなた方を探すお手伝いをしてくれた、探偵の飛鳥二郎さんです」


「で、ご用件は?」


 男はソファの背に体を持たせかけて、我々を見るともない半眼で静かに聞いた。


「あなたたちの身に危険が迫っています。というより、月光族全体の危険と言うべきかしら」


「月光族とは何ですか。初めて聞く言葉ですが」


「聖痕、つまり、夜になると体が光る一族ですわ。あなたたち五人がそうだということはわかっています」


「ほほう。で、あなたもそうなんですか?」


「ええ。そして、体が光る人間は、その他に様々な超能力を持っているはずです」


「私は普通の人間です。他の社員もそうですが」


月村静は軽く肩をすくめた。


「時間がもったいないわ。お互いに正直に話しましょう。あるいは、まだ自分の超能力に気がついていないだけかもしれませんが、今はとにかく、目の前の危険に備える必要があります」


「どんな危険ですか」


「ローゼンタール一族が月光族の秘密を探っています」


「ローゼンタール……。あの世界的大富豪のローゼンタールですか?」


「ええ」


「何のために」


「不老長寿の秘密を我が物にするためです」


「ほほう。その月光族は、不老長寿なんですか」


「そうです。あなたたちは、まだそれほど生きていないから、自覚していないのでしょう」


「あなたが本気で話していることはわかりますが、しかし、正直言って、荒唐無稽な話ですね。三流の伝奇小説みたいだ」


「しかたありませんね、では、少し手品でもみせましょう」


 月村静は、テーブルの上に飾られた花鉢に目をやった。


「花占いでもしましょうか」


 花鉢の中には何本もの花があったが、その中で、黄色い蘂の周りを白い花弁が囲んだ花の花びらが、一枚落ちた。「本当」と静は呟いた。そして、二枚目が落ちた。「嘘」。三枚目。「本当」。花弁は次々に落ちていく。そして、最後の花弁。「本当」。その花弁はふわっと宙に浮いて、ヒュウガ・タケルの前にすっと移動し、彼の手の甲の上に止まった。


 彼は表情を変えなかった。


「なるほど。確かにあなたは超能力をお持ちのようだ。だが、私たちに何ができるんですか? 私たちには、あなたのような超能力はない」


「まずは、敵に対する備えをすることです。それ以外のことは、敵が現れてからの話です。まず、日本でも外国でも、どこへでもすぐに動けるように、パスポートを作っておいてください。そして、人目につかない形で、お金を作っておいたほうがいいでしょう」


 ヒュウガ・タケルは頷いた。


「わかりました。あなたの言うとおりにしましょう。私の仲間に会いますか?」


「会いたいわね」


 タケルは俺の方にちらっと目をやって、静に目で問いかけた。


「この人も仲間として扱っていいわ。でも、本人の意見を聞いてみましょう」


 静は俺に向き直った。


「あなたは、約束通り、彼らを探しましたから、謝礼の二千五百万円はいつでも支払います。このまま、我々とは縁を切って、平穏無事な生活に戻ってもいいのですよ。それとも、この先も我々と一緒に行動しますか。その場合、冗談抜きで、命の保証はできませんよ」


 俺の頭の中には、二千五百万という数字がくるくる回っていた。これまで手にしたことのない大金である。それだけの金があれば、どれだけの贅沢ができるだろう。だが、次の瞬間、自分は、それほどやりたい贅沢などなかったことに気がついた。それよりも、目の前の奇妙な事件の成り行きに、どうしようもなく興味を引かれていたのである。


「もちろん、あなたたちと行動を共にしますよ。ここまで来て、さよならは無い」


そう答えながら、はたして、それで良かったのかという声が、心の中で響いていたことは確かである。


 


第五章 顔合わせ


 


 ヒュウガ・タケルという名前がどういう字なのか、俺はまだ知らなかったが、そのうちわかるだろうと、気にはしなかった。


 タケルは立ち上がって、俺たちを事務室へ案内した。事務室と呼ぶべきかどうかはわからないが、そこは二十畳くらいの大部屋で、入り口の左右の壁は大きな窓で採光性はいいが、半透明の磨りガラスである。今は、その窓が大きく開かれていて、家の周辺の中庭と、ガレージらしきものが見える。


 部屋には2台ずつ、コの字形に6台のデスクが並び、そこに4人の人間がいた。皆、10代後半か、20代前半の若者だ。


 その時、俺が受けた印象を言葉にするのは難しい。ある種の知的な波動を感じたと言うべきだろうか。おそらく、最初にこの若者たち一人一人と個別に会っていたら気がつかなかっただろう精神エネルギーを、ここにその5人が集まることで、俺が気がついたということだろう。そのエネルギーは、たとえば、深い学識のある偉人と会話する中で、自然に感じる知的エネルギーに似ている。


 彼らは、見かけそのものはまったくの若者であり、通常ならその年代の若者の持つ未熟さや軽薄さをまったく感じなかったのが、俺が感じた異様な印象の正体だった気がする。


「紹介しましょう。こちらがヒカゲ・アキラ」


 奥の二つのデスクの一方に座っていた青年が軽く頭を下げた。純日本風の美青年で、いわゆる梨園の御曹司といった感じの二枚目であるが、やや暗い雰囲気である。陰険な感じと言ってもいい。


「こちらが、タイガ・ワタル」


 右側の席に座っていた若者が、にっこりと笑って会釈した。こちらは開けっぴろげな笑顔で、ひどく親しみやすい雰囲気の青年だ。がっしりと肩幅の広い体格で、頭を角刈りにしているところは、自衛隊員の雰囲気だ。座ったままだが、背もかなり高いように思われた。


「こちらはヒムロ・サエコ」


 左側の奥の席に座っていたのは、先ほど玄関で我々の応対をした若い女性である。無表情に会釈をする。


「で、最後にホムラ・ジュン」


「最後にって、まるでオレが一番下っ端みたいじゃねえかよ」


そう抗議の声を上げたのは、このメンバーの中では一風変わった感じの娘だ。年齢はまだ15,6歳といったところだろうか。変わっているというのは、他のメンバーがわざわざ地味な身なりをしている風なのに、この娘は、ロック歌手みたいな狼ヘアーを赤く染めているのである。着ている物も、鋲を打った革ジャンと革のミニスカートのようだ。顔立ちはボーイッシュで、しかも自分のことを「俺」と言っているが、女の子であることは間違いなさそうだ。


「おう、よろしくな。あんちゃん、おばさん」


 俺のことをあんちゃん呼ばわりはいいにしても、静をおばさんは無いだろう。


「元気のいい子だね。でも人のことをおばさん呼ばわりは良くないよ」


 静がにこやかに微笑んで言った。そのにこやかさが怖い。


「だって、あんた、見かけ以上に年取ってるだろ?」


「へえ、幾つだと思う?」


「そうだなあ。二十五ってとこ?」


「まあ、そんなところさ。でも今時の二十五はおばさんかい?」


「その話し方がおばさんっぽいの」


「まあ、子供の相手をしていてもしょうがない。自己紹介をしようか。私は月村静。あんたたちと同じ、光る体の人間さ」


「俺は飛鳥二郎。普通の人間だ。商売は私立探偵だが、あんたたちの秘密は誰にも言わないつもりだ」


「へえ、私立探偵なんて、ホントにいるんだ」


「おい、いい加減に黙れ。隊長に話させろ」


 不機嫌そうな唸り声を上げたのは、ヒカゲ・アキラと呼ばれた男だ。やはり、陰険そうな感じの話し方だ。


「あいよ。黙ります。でも、隊長、無口だからな。ちゃんとしゃべれんの?」


 減らず口を叩いて、それでもジュンは口を閉じた。


「月村さんの話では、俺たちはローゼンタール一族に狙われているということだ」


「ローゼンタール? まさか。あの世界的大富豪が、俺たちの何を狙うというのだ?」


 そう言ったのは、タイガ・ワタルである。響きの良いバリトンの声である。こういうタイプは唄がたいてい上手なものだ。


「俺たちは、月村さんの話では、不老長寿の種族らしい」


「へえ、面白い。じゃあ、じゃあさ、どれくらい生きるの?」


「そうさね。短くて二百年、長いのは四百年てとこかね」


「それが、若いままで? すごいじゃない。そりゃあ、ローゼンタールが欲しがるわけだ」


「そうは言っても、実験材料になるのはいやだろう?」


「どんな実験をするの?」


「わからないね。そこが問題さ。とにかく、我々のような人間の存在が世間に知られるだけで、我々は世間の人間の憎しみを買うことになるんじゃないかと私は思っている。サンジェルマン伯爵のような、はみ出し者も昔はいたもんだが、我々の存在は人に知られないほうがいいんだよ」


「ローゼンタールから逃げ切れますかね」


と言ったのは、タイガ・ワタルだった。


「何しろ、世界一の金持ちで、先進国の国家予算以上の金を持っている連中だ。政治の上層部とのつながりもある。彼らの力をもってすれば、我々を探し出すのは容易でしょう」


「だから、どうするのかを皆で考えようというのさ」


「ねえねえ」


と言ったのはホムラ・ジュンだ。彼女を1分以上黙らせておくのは難しいようだ。


「じゃあさ、あんた、さっき25歳って言ったのは嘘だね。本当は何歳?」


「黙れ、ジュン。そんなのどうだっていいだろう」


不機嫌な声はヒカゲ・アキラだ。


「175歳さ」


「てことは、今が2010年だから、ええと、1835年生まれだ。何時代?」


ジュンの言葉にワタルが答える。


「江戸時代だな。少なくとも、幕末の日本を知っているわけだ」


「その幕末が問題さ。じつは、日本の開国を影であやつったのもローゼンタール一族さ。日露戦争に資金を出したのもそう。明治以来の日本の政府はローゼンタールの思いのままに操られていたんだよ」


「ふふん。陰謀史観ですか」


 ヒカゲ・アキラが鼻で笑った。


「本当さ。これは、私自身がアーネスト・サトウから聞いた話だからね。まあ、その頃の日本人にローゼンタールの名前を知っている人間はいなかったから、私のような庶民の娘に話しても問題無いと思ったんだろうよ。というよりも、本当はまあ、私があいつの心を読んだんだけどね」


「へえ、心を読めるんだ。羨ましいな。ちょっと、隊長の心を読んでよ。オレとサエコとどっちが好きかって」


「馬鹿野郎! そんな話をしてる場合か。あんた、本当に心が読めるのか?」


途中から静に向き直ってアキラが聞いた。


「まあね。でも、月光族の能力は一人ひとり違うから、誰でもそうなるわけじゃないよ」


静の返事は、どうやらアキラの聞きたいことだったらしい。それで、アキラは黙り込んだ。


「あんたたちにもそれぞれ何かの超能力があると思うけど、それがいつ表面に出てくるかは分からない。だいたい、20代で出てくるものだけど、早い者は十代後半から発動する。誰か、そういう力を持っているかい?」


 静は皆の顔を見回した。そして、サエコの顔に目を止めて微笑んだ。


「あんただね? そうか。私と同じテレパスか。中々辛い思いをしたようだね。信じていた人間の汚い心を目の前に見るのは、いやなもんだ」


サエコは顔を蒼ざめさせている。


「もちろん、他のみんなはそのことを知っていたんだね? まあ、当然だろうね。こんな大事な秘密を知らないままで、仲間にはなれないからね」


「後の人間には、特殊な能力は無いよ。今のところはね」


ジュンが言った。


「もっとも、私は、歌って踊る才能はあるけどね。リーダーとワタルは喧嘩の天才だし、アキラは……何だろう。人を不愉快にさせる才能?」


自分で言って、ゲラゲラ笑い出す。アキラはむっとした顔だが、何も言わなかった。どうやら、この仲間も一枚岩というわけではないようだ。


 無口なリーダーのタケルがぼそっと言った。


「とりあえず、あなたのお蔭で、我々の周りに危機が迫っていることはわかった。そのことに感謝しよう。パスポートと金策のことも、努力してみる」


「ああ、そうしておくれ。私は、新宿のカーライル・ホテルというホテルにいるから、何かあったら連絡するがいい。何でも協力するよ」


 静は、リーダーのタケルに頷いて、俺に向き直った。


「じゃあ、私たちはこれで退散しようか。この連中は、これから相談もあるだろうからね」






 俺は、静の後について、部屋を出た。その前に、俺は自分の名刺をリーダーのタケルに渡し、用があれば(用心のために、電話ではなく)訪ねるようにと言っておいた。


 

拍手

聖痕2

 


第二章 聖痕


 


夕暮れの街は寒々として物寂しい。俺のアパートは高円寺にあり、新宿からそう遠くはないが、夕方になるとあまり人通りは多くない。


 地下鉄に乗り、新高円寺の駅で降りた後、駅からは歩いて2分くらいだ。木造のアパートだが、三畳の台所と六畳の居間の二間があり、それに風呂とトイレがついている。一人暮らしには十分な部屋だ。


 俺はアパートの鍵を開けて(正確には錠を開けてだが、なぜか鍵を開けてと言う人間が多い)中に入り、薄暗くなっている室内の電気をつけた。幸い、台所も奥の部屋も片付いている。俺はわりと綺麗好きな方なのだ。ただし、台所の三分の一はゴミ袋で占領され、そのゴミの半分はビールの空き缶だ。俺の冷蔵庫の中には、常に缶ビールが2ケースは入っている。その代わり、食い物はインスタント食品ばっかりだ。


「どうぞ」


俺は月村静を招き入れた。


奥の部屋には、書き物用の勉強机と椅子が窓に面して置いてあり、来客用のテーブルには卓袱台しかない。


「お茶とビールとどっちがいい?」


室内の様子を眺めていた少女は、俺の言葉に振り向いた。


「ビールがいいわね」


俺は冷蔵庫からビールとグラスを取り出した。グラスも冷凍庫で冷やしてあるのだ。茶箪笥からカキピーとタコ燻を出して皿に盛る。


「腹がすいてるなら、何か作ろうか?」


「いらないわ。有難う」


俺たちはビールを注いだグラスの縁をコツンと合わせて乾杯した。


「いい部屋ね」


「そうかい? 今どき、学生でもこんな安アパートには住みたがらないぜ」


「寝る所があって、台所があって、トイレとバスまでついているなら、立派なものよ。それに、きちんと片付いているわ」


「女っ気が無いのが玉に瑕だな」


「そう? あなたの方が必要としていないんじゃないの?」


「いやいや、こちらはいつでも受け入れオーケーなんだけどね、どうも女に縁がなくて」


「……外は暗くなってきたみたいね。じゃあ、お見せしましょうか。電気を消してくださる?」


俺は、彼女の言葉に、当然ながら、ある期待をした。要するにこの女は、俺と寝るためにここに来たんだろう、と思ったのである。俺は自惚れは強くないから、こんな美少女が、何で自分のような男に、と思わないでもなかったが、世の中にはそういう趣味の(悪趣味とは言わないが)美女もいるのだろう、と考えて自分を納得させたのである。


「勘違いしないでね。電気を消すのは聖痕を見せるためよ」


俺は首をひねりながら、彼女の言葉通り、電気を消した。


室内は闇に包まれた。と思ったが、次の瞬間、闇の中に人形(ひとがた)のぼんやりとした姿があるのに俺は気がついた。それが、月村静の体が発光しているのだと気付くのには2秒ほどかかったが、俺はあっけにとられてその光を見つめた。


それほど強い光ではないが、闇の中で彼女の顔がかすかに輝き、その表情も見て取れる。彼女の手も足も、服に隠れている所以外はすべて発光しているのである。


「これが私たち一族の印、聖痕よ」


部屋の電気がついた。彼女がつけたのだ。


「その、体が光るのがかい?」


「そう。だから、成人した後は普通の人々の目からこの聖痕を隠して生きていく必要があるの」


「ちょっと、腕を触らせてくれるか?」


俺は差し出した彼女の腕を見た。その白い腕には、どのような化粧品も塗料もついていなかった。しかし、俺は職業柄、疑り深い性格である。台所から濡らしたタオルを持ってきて、それで彼女の右腕の表面をこすった。


「痛いわよ」


「御免。じゃあ、もう一度電気を消すよ」


闇の中で、俺が手に捕まえている彼女の右腕は、やはり全体がかすかに青白く光っていて、俺がタオルでこすった部分とその他の部分に違いは無かった。


俺は電気をつけた。


「納得した?」


「じゃあ、人の心が読めるというのも本当なのか?」


「そう言ったでしょう?」


「よし、じゃあ、俺が今何を考えているか言ってくれ」


「……どうせみんなインチキに決まっているさ。絶対何かのトリックだ。俺を騙して何の意味があるんだろう。こんなきれいな顔をしているのにもったいない。この女、いったい何が目的なんだ。……もっと読む?」


「……もういい。まだ完全に納得したわけじゃないが、ある種の読心術はできるようだな」


俺が完全に降参しなかったのは、ポオの小説で読んだ、あるエピソードが頭にあったからだ。その小説で、デュパンという探偵が、友人の態度を観察することで、その友人の心の動きを見事に読んでみせる場面があったのだ。これは超能力ではなく、推理力である。


「デュパンねえ。そういうやり方も確かにあるわね」


「そうだろう」


と答えて、俺はぞっとした。この女は、俺が今デュパンのことを考えていたことがなぜわかったのだ。


「さあ、どうしてかしら。やっぱり超能力?」


少女は笑ったが、その笑顔は少々不気味にも見えた。


「まあいい。とりあえず、あんたの言葉がみな本当だとして話を進めよう」


「それがいいわ。でないと別の探偵を探すことになるから」


「しかし、何で俺を選んだんだい?」


月村静はにっこりと笑った。


「あなたが信頼できる人間だからよ。あなたが大木君と話している間に、あなたの心を読ませてもらったわ。と言うより、心の色を見たの。いい加減なところもあるけど、根本的に善人で、けっして人を裏切らない人間だとわかったの」


はて、俺はあの男と話している間、どんなことを考えていたんだろう。どうも、このいい加減な話に適当につきあって、金だけ貰おうとか考えていたような気がするが。


「いいのよ。あんな話を頭から信じるような人間ならかえって頼りにならないわ。あなたの反応は健全だということ。それに、あんまり真面目すぎる正義漢もこちらが疲れるしね」


そうか、と俺は頷いて、また彼女が俺の心を読んでいることに気付いた。俺は、この事態をどう考えるべきか、わからなくなっていた。


「もしもあなたが厭なら、なるべく心は読まないようにするわ」


「……できればそう願いたいね。相手があんたのようなきれいな人じゃあ……わかるだろう?」


彼女はくすりと笑った。


「大丈夫。慣れてるわ。若い男だろうが年寄りだろうが、男がきれいな女を前にして考えることはみんな同じ。そのへんのポルノ漫画と同じよ」


「ま、まあそういうことだ。じゃあ、今後の相談をしよう。俺たちが探す相手がどこにいるのか、まったく手がかりは無いのか?」


「それをあなたに探してもらいたいの。新聞記事やテレビのニュースで、不自然な物を見つけたら、それを追ってほしいのよ」


「不自然な物というと?」


「その事件の関係者に、聖痕の持ち主か、超能力者がいるという気配よ」


「超能力か。どんなものがあるって言ってたっけ?」


それから一時間ほど、俺は彼女から超能力についてのレクチュアを受けたが、どうも子どもだましのような気がしてならなかった。そんな能力が本当にあるなら、もっと世間で騒がれているだろう、と思ったのだ。まあ、百歩譲って、月村静のテレパシーは本当だとしても、それ以外の念動力やら予知能力やらという能力が存在するとはまったく信じられない。


「じゃあ、明日はあなたの事務所に行くわ。明日からは新聞はすべて購入して、詳しく見てね。テレビもニュースは必ず見ること」


 月村静は、「ちょっとバスルームを貸してね」と言って、風呂場に入った。やがて出てきて、


「もう、外は暗くなっているから、気をつけないとね」


「はあ?」


「メーキャップをしたのよ」


 俺は彼女の顔を見た。かすかに、化粧をしているようだ。なるほど、彼女の体が本当に発光するのなら、化粧品で体の露出した部分を隠す必要があるのだろう。


「なんなら、泊まっていってもいいぜ」


「嬉しいお言葉だけど、今日は別の予定があるの。また明日ね。事務所は代々木でいいんでしょ?」


「ああ、何時に来る?」


「そうね。10時でどうかしら」


「わかった。待ってる」


 俺は玄関のドアを開けてやった。亜麻色の髪の少女は軽く頭を下げて、夜の闇の中に出て行った。


 


第三章 クレーの絵


 


 俺の事務所は、JR代々木駅南側を出て右にしばらく行った所にある。蕎麦屋の側の雑居ビルの2階だ。この蕎麦屋の蕎麦は知られざる名品で、俺の昼飯は夏冬問わず、ここのざる蕎麦だ。金がある時は、それが天ざるになる。駅の南口を真直ぐ行くと有名な予備校があるが、俺の事務所のあたりは案外と閑静である。


 俺はあまり才能は無いが、寝覚めだけはいい。今日も朝の6時前には目を覚まして、身支度をした後、すぐに事務所に出勤した。朝飯は、乗り換えの駅構内の立ち食い蕎麦だ。駅の中の立ち食い蕎麦も案外と美味いもので、下手な名店よりもずっと安くて美味い。天玉蕎麦という奴が、俺の定番だ。熱い汁に落とした卵と、汁を吸いかかった天ぷらのハーモニーが、幸福感を与えてくれるのである。


 代々木駅を出ると、事務所とは反対側に少し歩き、喫茶店チェーンのルノワールでモーニングサービスの厚切りトーストとゆで卵、ミニサラダとコーヒーで朝食の第二段を行いながら、朝刊各誌に目を通す。と言っても、まだ仕事時間ではないから、単に昨日のプロ野球の結果を見るだけだ。ひいきの選手が活躍していると嬉しいものだが、俺の一番のひいきのイチローは大リーグに行ってしまったから、少々淋しい。


 再び駅前を通って、キヨスクで新聞数誌を買い、事務所に到着。まだ時間は九時前だ。早起きの人間には時間に余裕がありすぎる。


 事務所の中はいつもどおりきちんとしていたが、今日は美しい来客の予定があるから、もう一度チェックした。ガステーブルにケトルを載せ、火をつける。コーヒーの準備である。俺はコーヒー中毒で、一日に4,5杯は飲む。来客がコーヒー嫌いであった時のために、電気ポットにも電気を入れてお茶の支度をしておく。


 10時になった。月村静はまだ来ない。俺はちょっとがっかりした。俺は時間にルーズな人間が嫌いなのである。約束の時間に遅れる人間は、他人の時間を尊重していない無神経な人間だからだ。しかし、俺の判断は先走ったようだ。時計が10時1分になる前に、事務所のドアが開いて、美しい顔が見えた。


「御免ください」


彼女は笑顔を見せた。彼女の笑顔は、昨日見たかどうか忘れたが、実に魅力的である。アイドル歌手以上に美しいが、あまりに落ち着きすぎ、冷静すぎるためにこちらを萎えさせるような美貌が、笑顔で和らげられる。


「遅れたかしら?」


「いや、丁度です。どうぞ、そちらへ」


彼女が坐ると、俺は言った。


「お茶とコーヒー、どちらがいいですか?」


「コーヒーがいいわね。あなたのご自慢なんでしょう?」


俺は、彼女が俺の心を読めることを思い出した。


「御免なさい。もう読まないわ。でも、人間って、昨日と今日で状況が違うことがよくあるの。だから、自分の安全のために、相手が知人でも、最初、少しは読む習慣があるの」


「大変だね」


俺は言って、ポットに入れてあったコーヒーを二つのカップに注いだ。


「あら、本当においしいわ」


「安い豆だけどね」


「淹れ方が上手なのね」


彼女の今日の身なりは、昨日の白いミニのワンピースではなく、薄いベージュのバギーパンツ姿だった。上もそれに合わせたTシャツとジャケットの重ね着だ。亜麻色の髪とベージュの服が、良く似合っている。


「さて、仕事にかかろうか」


「ええ。テレビもつけておいて下さる?」


ついうっかりしていた。俺はテレビが嫌いなので、事務所にあるテレビの存在すら忘れていた。本当は、世間の事件の情報を得るために、テレビのニュースも見るほうがいいのだが。


「実はね、手がかりが一つはあるの」


「へえ、どんな?」


「探している七人のうち、五人くらいは一緒に行動している可能性が高いのよ」


「なぜそれが分かるんだ?」


「例の七人の絵を描いた人間は、予知夢を見る能力があるんだけど、その夢の中で、その五人が一つの事務所で机を並べている光景を見ているの」


「へえ、そいつは大きな手がかりだが、しかし、その夢に見た光景がいつの話なのか分かるのかい?」


「それが分からないのよね。でも、私たち一族の長老である方が、関東地方に大きな精神的エネルギーの集合を感じると言っていたから、東京近辺に彼らがいることは間違いないと思うわ。それに、私たちが自分を守るためには、仲間同士集まっているほうが有利なのは確かだから、もしも彼らがお互いを仲間だと認識したら、集まって行動するようになるのは、とても自然な話だわ」


「それが現在、五人まで集まっているわけか」


俺は、心の中で、500万円掛ける5は2500万円、と胸算用した。もしもその五人を見つけだせば、あと五年は遊んでも暮らせる。


「その予知夢には、ほかに、場所を特定できるような手がかりは無かったのかな?」


「壁に、クレーの絵が掛かっていたことくらいね。でも、その事務所の場所そのものを探す手がかりにはならないでしょう」


「いや、そうでもないさ。もしも、そのクレーの絵を買ったのが最近なら、調べる手段はある。じゃあ、俺は今日はそれを調べよう。あんたも来るかい?」


月村静は首を横に振った。


「歩き回るのは苦手なの。明日も朝10時に来るから、その時、結果を教えてね」


「分かった」


俺は、月村静を送り出しながら、気にかかっていたことを聞いた。


「なあ、あんたみたいな美人が町を歩いたら、軟派されて大変だろう?」


彼女はくすっと笑った。


「そういう人間が側に来たら、さっと逃げるようにするの」


「ああ、そうか、あんた、心が読めるもんな」


でも、逃げられないこともあるんじゃないかな、と俺は思ったが、まあ、これは本人の問題だ。


「それじゃあ、さよなら」


「ああ、また明日」


俺は、彼女が出た後、電話帳を調べて、数箇所の画廊や絵画ブローカーに電話を掛けた。もちろん、壁に掛かっていた絵がただのレプリカである可能性の方が高いし、どこぞのデパートで買ったものである可能性も大いにある。しかし、捜査の99%は無駄なものであり、その無駄があって始めて本物の手がかりが入手できるのである。


 

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「聖痕」1

ほったらかしにしていたフラッシュメモリーの内容を見ていたら、昔書きかけた「聖痕」という小説が出てきて、今読むとなかなか面白いので、10章あたりまで転載する。ただ、かなり前に書いたので、記述内容に既に古いところもある。たとえば今どき、CDなど、若い人には骨董品だろう。この後を書くにも、今では私は東京の地理なども忘れていたりするので、すべていい加減な空想だけで書くことになるわけだ。

(以下自己引用)


聖痕


 


プロローグ 黒い河


 


泥土の微粒子で濁った黒い河は、降り続く雨に川面を膨れ上がらせ、折れた木の枝や草を運びながら渦を巻いて流れていた。その川に沿った家の、開け放した窓から外の湿気とむっとするような樹々の匂いが入り込む。室内は蒸し暑く、羽虫が数匹飛んでいるが、部屋の中にいる二人の女にはそれが少しも気にならないようだ。


粗末な丸い木製テーブルに向かい合って座っている二人の女は、どちらも若く見えるが、その目の中を覗き込めば、外貌では誤魔化せない深い年輪が見て取れるだろう。


二人はぽつりぽつりと話している。


「でも、そりゃあ、あまりにも漠然としすぎてるねえ」


銀色の髪をした方の女が言った。話し方は婆さん臭いが、見かけは女優やタレントにも珍しいほどの美少女だ。ちょっと見では17歳くらいだろうか。


「私の杞憂ならいいんだけどねえ。なにしろ、あいつらに私たちのことを知られたら、何をされるかわからないからね」


こう言ったのは、日本風の顔立ちをした長い黒髪の美女である。こちらは25歳くらいに見える。白衣を着ているところを見ると、女医だろうか。


「あいつらときたら、世界中の金の半分を手に入れていながら、これ以上、何が欲しいのかね」


銀色の髪の少女がため息をついて言った。


「決まっているさ。私たちにあって、あいつらに無いものさ」


「馬鹿馬鹿しいねえ。多少、人より若く見え、長く生きられるからといって、それが何になるんだろう」


「それが羨ましくてならないという連中が多いんだよ。私も、ここに10年いて、そろそろ怪しまれそうだから、もうすぐここを引っ越すよ」


「やれやれ、私たちは世間に迷惑をかけていないのに、何でこんなにこそこそしなきゃあいけないんだろう。で、あんたの予知夢では、あいつらと私たちの間で、大きな戦いが始まるというんだね?」


「まあね。でも、戦うのは私たちじゃないよ。私たちのような婆さんじゃなく、もっと若い連中さ。夢では、名前まではわからなかったけど、7人いたね」


「7人の侍かい」


二人は笑った。


「男が五人、女が二人だ。7人の顔はこんな感じだね」


女医風の女はテーブルの隅にあった大学ノートに手早く絵を描いた。


「へえ、なかなか上手いじゃないか。あんた、女医より絵描きが向いているよ」


「道を間違えたかね。もしもあんたがこれから日本に行くなら、この7人に会ってみるのも一興だね」


女医はノートの1ページを破り取って相手に渡した。


「ふうん。こんな顔した連中か。こりゃあ、漫画かアニメの主人公たちの顔だね」


「アニメってのは良く知らないけど、みんななかなか可愛い顔した若者たちだよ」


「まあ、私たちだって、本当の年を知らなけりゃあ美女で通るけどね」


「あんたも、世界中を歩いていると、ずいぶん危ない目にあったんじゃないかい。見かけがそんなだから」


「まあね。手篭めにあわされそうになったのは数え切れないさ。そんな相手がどうなったか知りたいかい?」


「別に知りたかないよ。あんたのことだ。大怪我で済んだら幸いってとこだろう」


「さて、じゃあ、私はそろそろ行くよ。あんたがもし引っ越すなら、引越し先の手がかりくらいは残しておいておくれよ」


「わかってるさ。じゃあ、あんたも元気でね。気をつけるんだよ。下手をしたら私たちの一族全部が皆殺しになるかもしれないんだからね。一応、大槻の爺さんのところには連絡しておくよ」


二人は、顔を寄せ合って、軽く別れの挨拶をした。


「やれやれ、この雨はやまないねえ」


「あと一晩、泊まっていったらどうだい?」


「いいよ。雨に濡れるのは嫌いじゃないから」


銀色の髪の「少女」は、軽く手を上げて雨の中に出て行き、その姿はジャングルの道の中に消えていった。


 


第一章 「私立探偵」飛鳥二郎


 


私立探偵という商売は、日本では成り立たない。刑事事件の捜査は警察の一手販売で、それに素人が手を出すことはできないのだ。本当は毛唐の国だって事情は同じなのだろうが、あちらの連中は格好をつけるのが上手だから、いかにも私立探偵が警察と同じくらいに活動できるという風を装っているのである。しかし、外国だろうが日本だろうが、警察に頼みたくない秘密の捜査というものはあり、それに使うのが興信所である。俺は、その興信所の所長兼所員兼お茶汲みその他もろもろである。つまり、俺一人でやっている。世間の皆さんが思うより興信所の需要は多いのである。結婚相手の素姓調査や夫婦間の浮気調査はもちろん、外資系の一流企業になると、社員の採用にまで興信所を利用する。身元の怪しい人物と深い関係を結ぶ前に、相手の素姓を確かめるのは、ある意味では当然だろう。


しかし、今回の調査は、俺がこれまでやってきた依頼とは大分違う内容のようだった。俺が依頼主と会ったのは、新宿駅西口に近い高級ホテルのティーラウンジだった。仕事の依頼をしたのは、大木茂と名乗る、まだ20歳そこそこの若僧で、ジョルジュ・アルマーニと思しき舶来の背広を着て、(「舶来」などと言うと、いったいお前は何歳だ、と言われそうだが、俺はまだ27歳である。言葉使いが古いのは、俺の癖だ。)立派な身なりの男だ。顔は、まあ普通だ。平凡だが、真面目そうで、そう悪い顔ではない。タレントで言えば、妻夫木某に似ている。腕時計も靴も、派手ではないが、すべて高級品である。かなりの金持ちのボンボンだろう。


挨拶を交わした後、俺は話を切り出した。


「それで、どのようなお話でしょうか?」


「ええ、実は人を探して欲しいんですよ」


「ああ、人探しですか。いいですよ」


人探しもよくある依頼だ。


「ただし、探す手がかりが非常に少ないんで、難しい仕事だと思います。それに、この仕事自体を秘密にして欲しいんですよ」


これもそう珍しいことではないが、確かに仕事は難しくなる。新聞などでの人探し広告ができなくなるわけだが、しかし、そういう手段を取るなら、興信所に依頼するまでもないとも言える。もちろん、同時並行で行うパターンも多い。


「わかりました。で、手がかりは?」


「これです」


男は、テーブルの上に紙切れを置いた。ノートの1ページを破り取った物だ。そこには、7人の男女の絵が描いてある。上手な絵だが、どことなく漫画風の趣もあって、リアルな絵とは言いがたい。それに、タッチが何となく古めかしい。手塚治虫か水野英子の時代のタッチだ。


「これは……実在の人物ですか?」


「ええ。そうです」


「それにしちゃあ……。みんな美男美女すぎますね。それに、このコスチュームは何ですか。まるで……テレビのゴレンジャーとかなんとかいった戦隊物のコスチュームじゃないですか」


「いや、服装はもちろん、そのままじゃないと思います」


「ほかに、手がかりは?」


「ありません」


俺は、この依頼は断ろうと思った。漫画みたいな絵1枚で、この広い日本中からそれと同じ人物を探すなど、不可能である。


「謝礼ですが、一人見つけるごとに500万円、掛かった費用は別に支払います」


俺は出かかった言葉を飲み込んだ。一人見つければ500万円! 7人なら3500万円だ。俺の年収が500万円くらいだから、1年かけて1人見つけても十分に引き合う。


「まあ、……難しい仕事ですが、やってみましょう」


俺は、心の底で、(こんな雲を掴むような仕事は、他の仕事の片手間に適当にやればいいさ。それでまぐれ当たりで一人でも見つかればそれで500万手に入るのだからな)と思っていた。


「そうですか。実は、条件が一つありまして、この仕事はある人と一緒にやって欲しいのですよ」


俺はまた、この仕事を断ろうと思った。監視付きの仕事など御免だからだ。しかし、その時、背後に人の気配を感じ、俺は振り返った。


俺は呆然となった。これほど美しい少女を見たのは初めてである。年齢は16,7くらいだろうか。髪はおそらく染めているのだと思うが、栗色で、肌が透き通るように白い。やや冷たい表情が高貴な雰囲気である。目は大きいが、それを細めて見る癖があるようだ。服は白いあっさりとしたミニのワンピースで、膝上まで出ているほっそりとした脚が悩ましい。


「こちらは、月村静さん。この方と一緒に探してほしいのです」


俺は想像上の尻尾を振りながら表面上は冷静に言った。


「まあ、それが仕事の条件なら仕方ないですね。あまり仕事の邪魔になるようだと困りますが」


少女はくすりと笑った。それが、なんだかこちらの心を見透かしたみたいで、俺は口を閉じた。


「本当に、手がかりはこの紙切れ一枚、相手の名前も何も知らないんですね?」


「そうです。でも、月村さんは、その人たちに会えば多分分かるはずです」


なるほど、だから一緒に探さねばならないわけだ。そして、俺は、この美少女と長い捜査の旅をするわけで、その間には当然ああなったり、こうなったり……。


俺の妄想は少女の発言で破られた。


「当然ですが、この仕事の間は、他の仕事はやめてこの仕事に専念していただきます。高い料金をお支払いするんですから」


少女の話し方は、思ったより大人びていて低い声だったが、悪くない声である。しかし、言った内容は問題だ。俺はもういっぺんこの依頼を断ろうかと思ったが、俺の中のスケベ心はそれを許さなかった。なにしろ、この美少女と一日の大半をご一緒できるのだ。金が手に入らなくても、やる価値はある。


「わかりました。その条件で働きましょう。別に期日は無いんでしょうね?」


「できるだけ早く見つけてほしい、ということだけです」


「いいでしょう。難しい仕事ですが、全力を尽くします」


俺はリップサービスを言って、相手と握手した。心の中では、早くこの美少女と二人きりで話したいので、こいつを追っ払おうと思っていたのである。


 


「さて、どこから始めましょうかね」


俺は美少女月村に向かって言った。相手は、ラウンジ特有の低いソファに腰をおろしていて、そのミニスカートの奥があわや、という感じであり、俺の喉はからからだった。いやまあ、女の子のパンツを見て嬉しがる年ではないが、やはり、これほどの美少女だと、そのう……。


「まず、自己紹介をしておきましょう。それをあなたが信じるかどうかは別として、後であなたに恨まれないように」


「自己紹介? お名前は、確か、月村静さんですよね。それ以外に何が必要なんですか」


「私の年が、175歳だということ」


「へ?」


「まあ、冗談だと思ってもらってもいいですよ。とにかく、私は、あなたのお祖母さん以上の年齢だということを覚えておいてください。それともう一つ。私は、人の心が読めます」


俺はこれに対して何と答えていいか分からなかった。この女、大変な美少女だが、頭がおかしいらしい。


「はあ、そうですか。そりゃあ便利ですね。私もそんな能力があればいいと思いますよ」


「……あなた、SF小説を読んだことは?」


「あまり無いですね」


「筒井康隆の七瀬物など、知らないんでしょうね」


「はあ、残念ながら」


相手は肩をすくめた。


「まあ、いいです。とにかく、私に対して、妙な気持ちは持たない方がいいと思いますよ。あなた自身のために」


「いやあ、私は、仕事一筋ですから、大丈夫ですよ。けっしてあなたに失礼な真似はしません」


「……では、仕事の話をしましょう。私たちが探している相手は、特殊な人間たちです。非常に長命で、見かけはとても若く見えます」


「あなたのように?」


「そうです。私もその仲間です」


「そりゃあ、羨ましいな。若いままで長生きするってのは、人類の永遠の夢だ」


「ところで、あなた、この世界が、ごく少数の世界的財閥によって支配されていることは知っていますか?」


「まあ、そんな風に考えている人々もいるようですね。いわゆる陰謀論者ですか」


「その大財閥の筆頭が、ローゼンタール一族です。彼らは、ヨーロッパとアメリカの富の7割を所有しています。世界のほぼ5割の富と言ってもいいです。その彼らにもけっして手に入らないものが、長命と若さなのです」


俺は、何となくこの話の先が読めた。


「それで、あなたたちを彼らが狙っていると?」


「そうです。先日、私たちの仲間が一人殺されました。仲間とは言っても、亜種なのですが」


「亜種?」


「ええ。私たちの仲間には純粋種と亜種がいるのです。亜種は、普通より少々長命というだけで、せいぜい150歳くらいまでしか生きられませんし、若さもどんどん失います」


「それでも、150歳まで生きればギネス物でしょう」


相手は肩をすくめた。


「亜種は、普通、寿命が来る前に自ら命を断ちます。肉体も精神もどんどん劣化しながら、生命だけを維持していても仕方がないですからね。普通、100歳くらいで自決します」


俺は、この馬鹿話にどこまで付き合えばいいのか、と、ちらと考えた。


「やっぱり信じてもらえないようですね。まあ、その方が自然な反応ですし、私たちにとっても一般人がそう思ってくれている方がいいのですが」


「いや、信じないなんて、そんなことありませんよ。で、先ほど言っていた、殺された仲間はローゼンタールに殺されたのですか?」


亜麻色の髪の少女は俺の顔をじっと見た。その眼は、深い湖の色をしていた。


「そうです。彼らは、私たちを探しています。私たちを捕まえて研究材料にするつもりなのです。遺伝子操作技術によって、自分たちも長命と若さを手に入れようとしているのです」


「しかし、先ほど、あなた方の仲間が一人殺されたと言いましたが、遺伝子研究のために、何も研究材料を殺す必要は無いでしょう」


「おそらく、捕まえた相手が亜種であったことに気付かず、間違いをしたと思って処理したのでしょう」


「処理?」


「そう、彼らがよく使う言葉です。殺せ、と言う代わりに、処理せよ、処置せよ、処分せよと言うのです」


「ところで、そろそろ本題に入りませんか。私たちが探す相手の特徴が、長命と若さというだけでは探しようが無い。異常な長命なら、周囲の人に分かって評判になるはずですがね」


少女は頷いた。


「そうです。だから、我々の一族は、25歳前後に失踪することが多いのです。そして、あちこちの土地に数年住んでは引っ越すことを繰り返すか、あるいは、人間が住まない山奥で暮らすことを選びます」


「どちらが多いのですか。つまり、ジプシーみたいに移動するのと、山奥に住むのと」


「若いうちは移動生活をし、年を取ると山奥に定住することが多いようです」


「ふむ。じゃあ、山奥の定住者から探しましょう。移動生活者の行方を捜すのは大変ですから」


「残念ながら、私たちが探している相手は、皆、実際にも若いのです。生まれたのが1980年から90年頃ですから、見かけと実年齢も一致しています。ですから、山奥に住む必要は無く、移動生活をする必要も無いのです」


「じゃあ、お手上げだ。ほかに特徴は無いのですか?」


少女は考える表情になった。


「おそらく、彼らは特殊な能力を持っています。一般にESPと呼ばれる精神的超能力です。私のテレパシーもその一つです」


「テレパシー?」


「精神感応力、相手の心を感じ取る力です。よろしいですか。いま、私たちの右の奥の方に、40歳くらいのサラリーマン風の男がいます。あの人は、友人とここで待ち合わせをしていましたが、今、携帯電話に、約束の時間に来られないと連絡があったので、すぐにここから出て行くはずです。あ、その前に、残ったコーヒーを飲みます」


俺は右奥の方を見た。確かに、月村静の言う通りサラリーマン風の男がいて、静の言葉が終わると同時にコーヒーカップを上げて中身を飲み干した。そして、レシートを掴んで立ち上がり、レジに向かった。


俺はあっけに取られたが、まだ彼女の言葉を完全には信じていなかった。人を待っている人間は、相手が来なければいらいらした様子をするだろうし、やがて出て行こうとする気配はあるものだ。それをタイミング良く指摘すれば、まるで心を読んだように見せかけることもできるだろう。それとも、そうした推理も本当に心を読んだことになるのか?


「そのESPには、ほかにどんな能力があるのですか?」


「テレキネシスというのがあります。これは、考えることで物体を動かす力です。しかし、これまでは数ミリ程度移動させた例しか知られてません」


「数ミリでも、パチンコになら使えるな」


静はおかしそうに笑った。


「私たちは、よくやりますよ。今からお見せしましょうか」


俺は頷いた。


30分後、俺はパチンコ屋で、ドル箱を回りに7つも積み重ねた月村静を呆然と見ていた。


「これくらいにしましょう。時間の無駄です」


まだ開きっぱなしの台から立ち上がって静は言った。


「お、おい、この球はどうする」


「あなたの好きにしてください」


俺は店員に球を運ばせ、換金商品に換えると、それを裏の換金所で金に換えた。


俺はその金を月村静に渡そうとしたが、彼女はそれを押し返した。


「取っておいてください。あなたは、今月の家賃もまだ払っていないじゃないですか」


俺がその金を返そうとしながら考えていたのが、まさにそのことだった。この金があれば、家賃を払って美味い物が食えるなあ、と。


「まもなく夜になります。あなたのアパートへ行きましょう」


月村静は黄色く暮れかかった空を見上げて言った。俺はその言葉にどぎまぎした。


「勘違いしないでください。あなたのアパートに行くのは、あなたに私たち一族の印を見て貰うためです。聖痕を」


「聖痕?」


俺は聞き返した。

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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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