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「聖痕」5





 


第八章 湖畔の家


 


 翌日、俺たち四人は、奥多摩へと向かった。高尾でレンタカーを借りて、森林地帯へと入っていくと、やがて河口湖が見えた。その湖畔から少し離れた森の中に、我々の目指す場所があった。


 そこは、何かの保養施設らしい広大な土地で、周りは2メートルほどの高さの板塀で囲まれている。門についたインターフォンに向かって、月村静が「小野寺さんに面会したい。私は月村静だよ」と言うと、自動式の門扉がすぐに開いた。おそらく、門の上の監視カメラで確認したのだろう。


 門から見えたのは、床面積は大きそうだが、形は厚めの紙マッチに似た、平凡な二階建ての建物であった。前面はほとんどガラス張りで、政府が税金や年金でよく作る保養施設風である。少なくとも、個人の住宅には見えない。


 玄関のドアも自動で開いた。入り口付近はホテルのロビー風で、床には厚い絨毯が敷かれ、ガラステーブルとゆったりとしたソファがあちこちにある。フランス窓からは前面の庭が眺められて、気持ちがいい。奥にはカウンターがあり、そのさらに奥は厨房だと思われる。入り口から入って、向かって右手に広い階段があり、そこから一人の中年男が下りてきた。


「おやおや、お珍しい。四十年ぶりですね」


 その男は、笑顔で静に握手の手を伸ばした。


「面倒が起こってね。あんたの協力が欲しいんだよ」


「ほほう? まあ、コーヒーでもどうですか」


 男はカウンターに歩み寄って、「コーヒーを五つくれ」と言った。中から若い女の声で「はい」という声が聞こえる。


 我々は窓際のテーブルの周りのソファに腰を下した。その間に俺は小野寺と呼ばれた男を観察した。日本人には珍しいタイプの彫りの深い中年美男子である。眉が太くて睫毛が長く、鼻梁が高い。「濃い」顔だ。昔のフランスの俳優で、確かシャルル・ボワイエというのがいたが、彼に少し似ている。着ているのは、ごく普通のジーパンにポロシャツだが、なかなかダンディな雰囲気だ。頭の毛はいわゆるロマンスグレーで、まだ薄くはなっていない。


「実は、ローゼンタールと戦うことにしたんだよ」


 静は世間話でもする調子で言った。


「ほほう。そりゃあ大変だ。勝算は、……無いんでしょうな?」


「まあね。でも、とにかく戦うのさ。で、あんたに、この若者たちが戦うための援助をして欲しいってわけ。具体的には、武器の調達。訓練場所の提供。通信手段の確保。移動手段の確保。その他、戦いと逃亡の手段のすべての援助」


「やれやれ。私の気楽な隠遁生活もお仕舞か。だが、正直退屈してもいましたから、気分がわくわくしないでもないですな。では、この若者たちにご紹介願えますか?」


 我々は、それぞれ自己紹介した。その間に、若い娘が我々にコーヒーを出した。大人しい感じの娘である。その娘は、我々の前に水のコップとコーヒーを置くと、すぐに引き下がった。


「ほかに、あと三人います」


自己紹介の後、武がつけ加えた。


「わかりました。では、今日から、この家と設備を、あなたたちの物として自由に使ってください。私は、あなたたちが戦うまでの間お手伝いして、それからは後方待機ということで、宜しいですかね?」


「ああ、そうお願いするよ。悪いね」


「いえいえ。静様のお頼みですからね」


その時、明良が「あのう」と二人に言った。小野寺と静は、明良に目を向けた。


「小野寺さんも月光族なんですか?」


「いいえ。私は、亜種ですよ。人よりは若くは見えますが、不老とはいきませんし、今、


七十歳ですから、後五十年も生きられるかどうか」


「この小野寺さんは、なかなかの技術者なんだよ。それとも科学者かな? 若い頃は学生運動などやっていて、武器にも詳しいから、きっとあんたたちのお役に立つよ。私は、そうしたドンパチにはうといからね」


「私よりも武器に詳しい人間がここにいますよ。後で紹介します」


「ここには何人の人がいるんですか?」


俺の質問に、小野寺は笑顔を向けて答えた。


「私以外には二人だけです。先ほどの娘も亜種で、コモリ・イズミと言います。それから、武器に詳しいと言ったのは、ホシ・ヒカルという若者で、奥の部屋にいます。ここには、いろいろと設備がありますから、そんなには退屈しないと思いますよ。しかし、月村様のお話では、これからあなた方は、大きな戦いをするのですから、外部との連絡は、慎重にお願いします。携帯電話とインターネットは、使わない方がいいでしょう。あれは、連中に完全に捕捉されていますから」


「固定電話はあるんですか?」


「いいえ、使ってません。この建物自体、倒産したある会社の持ち物で、登記簿からも抹殺されています。だから、今の所は、誰かがこの建物に不審を抱かない限り、この建物の存在を知る者はほとんどいないのです」


「携帯電話が使えないのは不便だな」


「大丈夫です。ホシ君が作った、我々専用の携帯電話がありますから。いや、トランシーバーと言うべきかな」


「ここにはどんな武器がありますか?」


と言ったのは明良であった。


「いろいろありますよ。しかし、拳銃、ライフルなどの小火器がほとんどで、世界を相手の戦いとなると、無理でしょうね。まあ、ホシ君に考えて貰いましょう。では、ホシ君に会いにいきましょうか」


 小野寺は立ち上がって、俺たちを案内した。家の奥に行くのかと思ったら、そうではなく、階段下の物置の床が、地下室への入り口になっていた。


 地下室は、家の地上部分よりも広大で、天井の高さも5メートルほどある。


「ここが射撃練習場。最長、300メートルまでの練習ができます。まあ、ライフルの狙撃練習なら、もう少し欲しいところですがね。それには、海外の施設を使って貰うか、北海道のオオツキさんの屋敷を借りるしかないですね」


「オオツキさん?」


「我々の長老の一人です。最年長者ですね」


俺は、前々から疑問に思っていたことを口に出した。


「月光族の人間は、どれくらいいるんですか?」


小野寺は、静と顔を見合わせた。


「まあ、あんたももう仲間だから話すけど、少ないよ。我々の女は、一生に二人か三名しか子供を生めない。いや、生まないんだよ。我々にとって、出産はひどく体の負担になるんでね。だから、一生、子供を生まない女もいる。私のようにね。そうだね、まあ、子供を一人生めば、寿命が50年縮まると思って貰えばいい」


「普通の人間との間に子供を作ることもできるんですね?」


小野寺は頷いた。


「それが、亜種だよ。でも、普通の人間との間の結婚が続くと、生まれる子の寿命はどんどん短くなる」


「純粋種は、どうせ滅びる運命なのさ。だからと言って、クローン技術やら何やらで、純粋種を保存することに意味があるとも思えない。普通の人間の寿命が短くても、それなりに充実して生きることはできるし、長いと逆に、人生を無駄に生きてしまうこともある。残念ながら、月光族の人間の中にも、無駄に長命だという人間もいる」


静の言葉には、痛みのようなものがあった。


 地下室の右半分が射撃練習場や室内体育館で、左半分は幾つかの個室になっていた。


「ここが研究室です」


小野寺が、その最初の個室のドアを開けた。


「お邪魔するよ」


 部屋は、かなりな大きさである。無数のテーブルがあり、そのそれそれに様々な器具が並んでいる。しかし、天井や壁の照明器具の大半は点灯していないために、それらがどんな物かははっきりしない。


「うちは、自家発電で電気はまかなっているんで、電力の無駄遣いはしないんですよ。とは言っても、太陽光発電ですから、コストはゼロですけどね」


小野寺が、俺の表情を読んで、説明した。


「ホシ君。ちょっといいかな」


小野寺が声をかけると、更に奥の部屋のドアが開いた。


「はい? 何ですか」


出てきたのは、まだ少年のような若者だった。せいぜい14,5歳くらいだろうか。もっとも、月光族の年齢はよくわからないが。


ぼさぼさの髪が額を覆い、眉まで隠しているので、顔つきが良くわからないが、可愛らしい顔つきのようだ。白衣を着ているが、小柄なためにそれが大きすぎる感じである。


「この人たちは、月光族の人たちだ。今度、ローゼンタールと戦うことにしたから、武器の援助をしてほしい」


「ローゼンタール? 何者ですか、そりゃあ」


小野寺と静は顔を見合わせた。


「やれやれ、最初から説明する必要がありそうだね」


「私たちも、ローゼンタールには詳しくないので、できれば、一緒に聞きたいですね」


武が静に言った。


「じゃあ、私のオーディオルームに行こう。ローゼンタールについてまとめたDVDがあるから、それを見てもらおうか」


 


第九章 ローゼンタール


 


 DVDを見終わって、俺はひどくショックを受けていた。他の若者たちもそうだったと思う。前に静に聞いた言葉から、彼らが世界の富のほとんどを握っていることも、多くの政府を操る力を持っていることも知ってはいたが、今一つ信じてはいなかったのである。だが、今見せられた映像は、その事実のすべてを裏書きしていた。アメリカやイギリスの政権交代は、すべてローゼンタールと、そのアメリカでの仲間のロックフェロー一族の指示によるものであった。彼らは、思いのままに政治を動かし、あらゆる戦争は彼らの指示で行われてきた。その戦争ごとに、彼らは富を拡大してきた。そして、もちろん、彼らの意思に従わない大統領は、彼らの指示で暗殺されてきたのである。しかも、ローゼンタールは、バチカンを始め、さまざまな宗教界の内部にも入り込み、モサドからCIA,MI6にいたるあらゆる情報機関を手足として使っている。このような存在に、どのように立ち向かうことができるだろうか。


「なるほど。改めて見ると、いやな連中ですね」


 小野寺が呟いた。


「彼らは、自分たち以外の人間を動物だと見なしているのだよ。だから、どのような悪事でも平気で行える。それが彼らを無敵の存在にしているんだ。普通の人間なら、他の人間を不幸にすることに耐え切れない。だが、彼らは他の人間を人間とは思っていない。言葉を話す動物にすぎないと思っている。例のプロトコルは偽書ではあるが、彼らの精神をありのままに描いている。つまり、自分たちのグループ以外の人間には嘘をついていいし、財産を奪っても、殺してもいい。いや、積極的にそうするべきだというのが、彼らの考えなんだ。平気で他人から奪い、他人を殺す。そんな人間には、通常の善良な人間は対抗できるはずがないんだよ」


 静は苦々しげに言った。


「そして今、彼らは我々にまで手を出そうとしている。金も権力も腐るほどある彼らに足りないのは長寿だけってわけさ。あいつらに、長寿の秘密まで渡したら、人類の不幸は永遠に続くことになるだろうね」


「ローゼンタールとロックフェローのほかにも、彼らの仲間は無数にいるんでしょう?」


明良が聞いた。


「まあ、世界的大富豪の中で、マスコミにあまり登場しない連中はほとんどそうだし、世界の王室や貴族の生き残りもだいたいがそうだね。それに、宗教関係者や、財団などもほとんどがそうだ。赤十字やノーベル財団のような一見、慈善事業風の団体が、一番、彼らの活動の隠れ蓑になっているんだ。財団は、税金逃れの手段でもあるけどね」


「つまり、俺たちは大金持ちを皆殺しにすれば、いいんだ」


ホシの言葉に、静は笑って言った。


「ちょっと短絡的だが、それ以外には見分けもつかない場合もあるね。何しろ、彼らは右翼も左翼も宗教信者も警察官も軍隊もすべて手足としているから、厄介さ」


「これで、方針は決まった。まず、世界の資産家をすべて洗い出す。国籍も人種も問わない。これは人種問題とは無関係に、この世界を支配する悪党どもとの戦いだからだ。そして、世界の大企業、大資本家、大株主、及び、それに協力する政府グループの人間を殺していけばいい。それも、頭からだ」


武が淡々とした口調で言った。


「まるで、昔の共産主義者みたいだな」


俺は、この方向が間違っていないか気になって、言った。


「違うね。共産主義者ってのも、実は、連中が作り出した隠れ蓑さ。共産主義者が敵と見なした実業家は、小者に過ぎない。資本家と労働者の対立を煽って、自分たちが攻撃されないようにしたんだ。本当の大物は、実業などしない。彼らは、産業界に寄生する寄生虫だ。彼らの本業は、金融業さ。何も作り出さず、金で金を生む金融業は、ところが、絶対に必要な存在と思われている。共産主義者たちが金融業を攻撃したことはない」


静が言った。


「だから、武の言ったことは、正しい。もちろん、彼らを攻撃するときに、彼らと見分けのつかない普通の金持ちや、彼らの身辺の人間も殺されるだろう。つまり、我々はけっして正義だとはされない。しかし、正義を守っていては、この戦いはできないのさ」


「とりあえず、世界の大資産家、大資本家のリストと、その所在地を作り、その行動スケジュールを探ることと、彼らを殺す手段の検討から始めよう。明良、その調査をお願いする。ホシさんには、彼らと戦う武器を、渡と一緒に検討し、作ってほしい」


武が言うと、明良とホシは頷いた。


「我々は、ここに引っ越すことにするが、しかし、『P5』からすぐに人がいなくなるのもまずい気がする。ただの勘だがな。冴湖と渡と純は、当面の仕事は無いから、二郎さんと一緒に、我々とは別に、ローゼンタールについて調べてもらいたいが、いいかな?」


武の言葉に、俺は頷いた。心の中で、「俺一人、両手に花だな」と思ったが、静がこちらを見たので、あわてて他の事を考えた。


「注意したいのは、彼らについて調べる際に、我々がそれを調べているという痕跡をできるだけ残さないことと、集めた記録はすぐに廃棄できるようにすることだ。CDでもフラッシュメモリーでもいいが、敵の手に渡る前に、即座に廃棄することを、冴湖と純に言っておいてくれ。では、俺たちは、静さんたちと、もう少し計画を煮詰めておくから、二郎さんだけ戻って、冴湖たちに事情を話して貰いたい」


「オッケー。じゃあ、そのまま、しばらくはあそこにいるんだな。俺の事務所と『P5』は、まだ拠点としていていいわけだ」


「ああ。それじゃあ、頼む」




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酔生夢人
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男性
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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