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自分たちへの「差別」に抗議する差別主義者(ネトウヨ)たちwww

「ネットゲリラ」の、杉田水脈とか小川榮太郎(「榮」の字はこれらしい。みんな律儀にこれで書いている。字体など、どうでもいいと私は思うのだが、自分の名前の漢字を他人が正しい字で書かないと怒る人もいる。そんなのいちいち覚えていられるかってえの)をからかった記事の読者コメント欄にネトウヨらしき人物(本人は否定しているが)が出てきて盛んに汚物コメントを撒き散らしているのだが、他の良識あるコメント者たちにたしなめられている。
ゲリラ氏は紳士だから、自分を批判するコメントも寛大に載せているが、それに甘える馬鹿も多い。以前に、ゲリラ氏の古い知人らしい人物(ゲリラ氏をなぜか「ひーちゃん」と呼んでいた)が糞コメントを毎回毎回載せてゲリラ氏批判をしていたが、それを出入り禁止にもしないゲリラ氏は人物だなあ、と思ったものである。
なお、下の「あ」および「う」という人物がそれで、それに対する常連のたしなめの言葉も付けて載せておく。

(以下引用)

コメント(23)


で、いつになったら過去のホモ叩き発言との整合性をつけるんですか?
あなたもやってることは変わらないんですよ


わずか半年も立たない以前のゲリラ兄貴発言


変態大行進
http://my.shadowcity.jp/2018/05/post-13202.html
短髪、口髭、小太り
http://my.shadowcity.jp/2018/06/post-13431.html


いくら安倍ちゃんが憎いからと言って、自分の発言に頬かむりで
アベトモ批判ってのはフェアじゃないと思うなあw


私?私はブレませんよホモは変態に決まってます
ケツの穴にチンポ突っ込む人間のどこがまともなんですかw



別垢からカキコ


ゲリラ兄貴からついに締め出しかw
もう少しケツの穴でかいかと思ってたんだけどな
自分もホモ叩きしてたじゃないかという指摘は余程都合がわるいようだw



言論統制で都合の悪い情報隠蔽とは安倍ちゃんとかわんないな


もうこないから安心しなw



なんか必死になってるのがまたでてきたwww
信者臭がプンプンするね(^.^)



一応言っておくと一番上のコメが承認制になってしばらく反映されなかったのね


まあ、おれはゲリラ兄貴の言うことを全部うのみにするほど世間知らずでもないし、話半分にネタとして読んでいて、ツッコミどころがあるときだけコメントしてたのでアンチに見えたのかもしれないが
別にネトウヨというわけでもないしそれなりに楽しませてもらってたんだけどね


まあ兄貴の私有地だから、何をしようと勝手だから迷惑だと言うなら来ないけど、ちょっとケツの穴小さい気がするし
「寛容」
さとは程遠い気がするな



>「寛容」 さとは程遠い気がするな
本気ならIPアドレス等何重にも厳格にして締め出すことできるし
全面削除もできる。
別垢でカキコできるんだから良いんじゃねぇのかw



メッチャ草生える



ここは野次馬さんの「私有地」。


社会的な特権が与えられる代わりに公的な言論空間として厳重に管理される出版物とは違うのよ。だから、何を書いても書かなくても、矛盾してもOK。そして、小川や杉田が垂れ流したことと「同列ではない」。


だって私的な言論空間なんだから。ブログって。


そもそも過去記事との整合性を気にするような連中がここを読みに来るわけがない。
気に入らなければ読みに来なければいいよね。カネもらってるわけでも、払ってるわけでもないんだし。


人様の庭先で「なんか言ってやった」感ではしゃぐのは滑稽。



ひとつだけ言っておくと、おいら、世間知らずのネトウヨと違って、変態はたくさん見ているよ。おシッコ浴びながら次第に勃起していくヤツとか、北海道からオンナの靴の話をするためだけに上京して、延々とその魅力を語り続ける公務員とか、定期買って毎日痴漢している前科多数とか、いつの間にか性転換していたエロ劇画家とかw まぁ、変態は変態、全ての異端はどこか痛んでいる。それは間違いない。痛んでいるからって、彼らに人権がないわけでもないがw



まあ一応言っとくと私も同性愛者のジンケンを否定してるわけじゃないですよ
ていうか誰にでも人権はありますからねw


同性愛者は変態だと思うけど、基本的人権は誰にでもあるから別に差別はしない。
でも夜郎自大に表に出てきて公的機関を使って自分の性癖を押し付けたり言論弾圧すんなと思うだけ。常識の範囲内だと思いますよ
立憲民主の支持率がダダ下がりなのもこの問題への国民の本音だと思うしね


場の雰囲気というのもあるんでこれ以上の書き込みは自重しますね



脱愛国カルトのススメで排斥されたと思わしいバカウヨが暴れていますな。
荒らして最後に論破という性癖はウヨ独特ですw



>同性愛者は変態だと思うけど


思いっきり差別してるよねwww それ立派な偏見だろ?



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なぜアベノミクスという「黒魔術」が破綻しないのか

「逝きし世の面影」記事の一部である。
まあ、安倍政治への批判は少しでも政治に興味や知識のある人間が、有名無名、上から下までずっと行ってきたのだが、今回めでたく総理三期目に突入である。前に書いたが、「この世はもうじきお終いだ~」というより、「日本はすでに死んでいる」と言うべきだろう。安部だけでなく日本という国がゾンビ状態なのである。
だが、経済では、不思議なことに、国債や大手株を日銀や年金機構が買い入れるという「禁じ手」を安倍政権誕生以来、ずっとやっているのに、なかなか破綻が来ない。ならば、福祉政策にもカネを出せば良さそうなものだが、そちらは削りに削りまくり、大手企業と海外と自分の友達にだけカネを流し続けている。
なぜこのような異常な「アベノミクス」で経済破綻が起こらないのか、浜矩子さんあたりに解説してもらいたいものである。安部政治の息の根を止めるのは、経済破綻しかないだろうし、その時は日本全体が惨憺たる有様になるだろうから、経済破綻を待ち焦がれるわけにもいかないのである。



(以下引用)


最長不倒政権を目指す安倍晋三ですが、モリ加計騒動やお友達記者の準強姦もみ消し疑惑や自衛隊日報の隠蔽、公文書の破棄や改竄など数々のスキャンダルで、もう10回ぐらい倒れていても不思議でないのですが、・・・たぶん、最初の成立段階で死んでいるゾンビ状態だからですね。最初から立っていないので倒れる心配がない。
輪転機をグルグル回すアベノミクスは短期間の猫だましなら効果が期待できるが、所詮は瞬間芸である。最後には必ず破綻するネズミ講と同じ仕組みなのですが、そもそも今のような政府の赤字を中央銀行が補填する財政ファイナンスは法律で厳重に禁止されている御法度なのです。日本では歴史的に見て第二次世界大戦のような全面戦争以外ではアベノミクスのような財政ファイナンスは行っていない。(その意味では今の日本は全面戦争と同じ危機的な状態だった)
世論調査で安倍さんが今でも4割もの支持があるのは当然で、アベノミクスのソフトランディングは絶対に不可能なので安倍晋三が首相を辞める時は日本国自体が道連れで、国家破産は確実に約束されている。逃げ道が何処にも無い『絶体絶命』の状態なのである。
それなら、安倍政権が1日でも長く続いて欲しいと願うのは日本人の心情としてあまりにも当然でしょう。2012年12月16日の安倍政権の成立自体が御名御璽。終わっていたのである。



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祝 「新潮45」休刊決定

上手いねえ。「小川」が「小川栄太郎」であるのは言うまでもないだろう。






( ̄0 ̄)<♪
春の小川は へこへこするよ
岸の末裔や 吉田の孫に
姿みにくく 色見苦しく
避けよ避けよと きらわれながら


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「人は集団だと非論理的になる」か?

wiredというサイトから転載。ただし、論題が面白いので取り上げただけなので、記事内容は未読であり、私自身の考察が長くなるようなら、記事そのものはカットする予定。
「人はなぜ集団では非論理的になるのか」というのは実に面白い問題ではないか。そのことにうんざりしている人は無数にいるだろうが、それを普遍的問題として考えた人は少ないのではないか。
今、少しだけ読みかけている「ハーバート・スペンサー・コレクション」という文庫本の最初のあたりに、こういう言葉がある。(H・スペンサーは「社会進化論」つまり「優勝劣敗が社会の当然の姿」という意見の持ち主であり、「社会福祉政策は世界の幸福の基盤」という信念の私の仮想敵なのだが、彼の著書自体を読んだことが無いので、確認のために読んでいるわけだ。)


「ある行動の仕方がーーその政策がいかに疑わしく、その善悪の結果がいくら重大なものであってもーーひとたびわれわれの祖先の従うところとなると、大部分の民衆は〈それは正しいことか?〉と自問することさえなく、同じ行動を続ける。慣習というものは、極めて議論の余地がある論点について一瞬も考慮せずに結論に至り、ごく疑わしい命題を公理に変え、ほとんど自明の真理さえも考慮に値しないものとして排除するという、羨望すべき力を持っている」(「政府の適正領域・第一の手紙」森村進編訳)

これは「慣習」についての言葉だが、集団の議論における「鶴の一声」、つまり、権力者やその代理人の一言で集団の意見が決定する、という事実によく似ていて、このことは民主主義を標榜している国でも独裁国家でも変わらない事実である。ただし、権力者が「柔弱」な性格の場合は話が別である。その場合、議論は錯綜し、誰にとっても不平不満の残る結果になりがちなのではないかwww 

要するに、「集団だと非論理的になる」というのは、単に「論議を尽くさない」か、「正しい論理が、不合理な論理を持つ強者によって抑えつけられる」だけの話である、と思うわけだ。
わりと簡単な結論になったようなので、引用記事はそのまま引用してみるが、未読である。

(以下引用)

人はなぜ集団では非倫理的になるのか?

なぜ人間は、集団で行動すると恐ろしい行為に走りやすいのだろうか。集団の一員として競争に参加すると、の「内省」にかかわる領域の活動が鈍るという研究結果が発表された。


TEXT BY KADHIM SHUBBER
IMAGE BY SHUTTERSTOCK
TRANSLATION BY TOMOKO TAKAHASHI, HIROKO GOHARA/GALILEO

WIRED NEWS (UK)



人間が集団になるとどんなに残酷な存在になりうるかについては、誰もが、直接的に体験したことがあるか、あるいは今後体験するかもしれない。1対1の交流は常識によって制御された「人間的」なものであっても、「われわれ」と「彼ら」という概念が入ってくれば、事態は急速に恐ろしいものになりうる。

集団になるとから倫理が奪われる?

なぜ人間は集団で行動すると、恐ろしい行為に走りやすいのだろうか。この疑問については数多くの説があるが、それらの説は大きく3つのカテゴリーに分けられる。第1は、「われわれ」の利益のために「彼ら」を犠牲にして行動するのは「合理的」だから、という説明。第2は、集団のなかに入ると、人間は匿名的な存在になり、個人の責任がごまかしやすいから、という説明。第3は、集団になると、個としての自己意識や、自分なりの道徳観念が薄れるから、という説明だ。


マサチューセッツ工科大学(MIT)、カリフォルニア大学バークレー校、カーネギーメロン大学のチームはこのほど、この第3の説についてもう少し詳しく見ることにした。その結果、われわれは集団になると、「倫理と関係する脳の領域」の活動が鈍るらしいことが明らかになった。


この研究では、大学生23名が、画面上に一連の文章が表示されるゲームに参加した。すでに個々の被験者自身について調査が行われており、これらの文章はそれらを表示する内容となっていた。それらには例えば、「Facebookに600人以上の友人がいる」などのソーシャルメディアに関するものと、「皆で共有している冷蔵庫から食べ物を盗んだことがある」などの道徳的な問題に関するものが含まれていた。


被験者は、ソーシャルメディア関連のメッセージが表示されたらボタンを押すよう指示された。そしてこのゲームは、別の被験者と個人同士で、または、被験者グループとグループ対戦で賞金を争って対戦するかたちで行なわれると説明されていた。そして、ゲーム中の脳の活動がMRI(核磁気共鳴画像法)を使って観察された。

しかし実際には、ゲームは被験者の注意をそらすためのもので、研究チームの本当の目的は、脳の「内省」にかかわる領域、内側前頭前皮質の活動を観察することだった。



実験結果によれば、チームの一員としてゲームに参加した場合の被験者は、個人として参加した場合に比べて、道徳にかかわるメッセージが表示されたときの内側前頭前皮質の活動が顕著に低かった。


さらにゲーム終了後、研究論文に載せるための対戦相手の顔写真を被験者に選ばせたところ、内側前頭前皮質の活動が低かった被験者は、チームメイトに比べて写りのよくない対戦相手の顔写真を選ぶ傾向を示した。

群集心理はどう影響するのか

「重要なのは、こうした相関性が道徳的なメッセージに特異的だった点だ」と、研究チームは『NeuroImage』誌に発表した論文の中で述べている。「コミュニケーションに関するメッセージでは、<写真の選択>と<脳活動>の反応に相関性はみられなかった」。


興味深いことに、すべての被験者が脳活動において同じような反応を示したわけではない。チームで競争することに非常に強く影響された被験者もいれば、それほど影響を受けなかった被験者もいる。集団のなかに置かれると、より自分を見失いやすいタイプの人と、そうでない人がいると考えられるが、その理由は今回の研究では検証されていない。


研究の筆頭著者ミーナ・シカラは、プレスリリースの中で次のように述べている。「このプロセスだけで集団間紛争を説明することはできない。それでも今回の結果は、少なくとも一部のケースにおいては、自己の道徳基準を積極的に省みることが、『群集心理』の影響を弱めるのに役立つ可能性を示している」

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マリリン・モンロー、ノーリターン

小川栄太郎などと言うと、私のような古い人間はどうしても「小沢栄太郎」という役者を思い出してしまうが、評論家としての実績がゼロの人間が、安倍礼賛本を出した途端にマスコミに盛んに取り上げられるようになるのは笑止である。まあ、杉田水脈も、安部の子分だからこそ議員にもなれ、大きな顔をしているわけで、中身はただの低能の下種にすぎない。
野坂昭如の唄ではないが、「この世はもうじきおしまいだー」と言いたくなる、政治状況である。


(以下引用)


  1. さんがリツイート
  1. 返信先: さん
  2. フライデーに領収書をスッパ抜かれていましたね。
    1. さんがリツイート
    1. 小川榮太郎と安倍晋三の関係 2012年『約束の日 安倍晋三試論』を安倍首相資金管理団体の晋和会が都内で総額700万円以上購入、大手書店でベストセラー 2017年『徹底検証「森友加計事件」朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』を自民党本部が5000部約750万円爆買い各都道府県連支部に100冊ずつ発送

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なぜマルキシズムは嫌悪されるのか

井沢元彦の「逆説の日本史」は面白いのだが、その中に時々出てくるマルキシズム批判や現代の反体制運動への批判(労働運動などもそのひとつとされているようだ)や嫌悪感というのが、どこから来ているのか、考えてみる価値はありそうだ。
というのも、私自身、若いころには共産主義や反体制運動に対して、その内容も知らないうちから嫌悪感しか感じなかったからである。その理由を心理分析すると面白いと思う。
なぜ、まったく無知な人間(庶民であり、マルキシズム的に言えば、搾取される側だ)が、共産主義思想、あるいはマルキシズムに嫌悪感を感じるのか、これは考察する価値はあると思う。

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バイアスのかかった中庸

  1. 「私はいかにして、「党派的だ」と非難されるのを心配することをやめ、党派的発言を愛するようになったか」というタイトルの小論を思い付いた。もちろん、映画「Dr Strangelove」の副題のもじりである。党派性を避けようとする心性そのものが、思考を正常な論理展開から捻じ曲げ、「無理に作った中庸」という奇妙なものにする、ということもありそうだ。
  2. 小田嶋隆 @tako_ashi 9時間前
  1. というよりも、「党派性」というワードを攻撃し、一般人が党派的に振る舞うことへの警戒心と恐怖心を広める言説の普及に腐心しているのは、つまるところ世の中から党派を根絶することによって利益を得る党派、すなわち「現体制」(ステイタス・クォー)だったりするわけですね。
  1. 党派性こそが諸悪の根源であるかのような言説を躍起になって広めようとしている人々の狙いは、多少とも党派的な立場に依拠してものを言っている人間のすべてを「何かに取り憑かれた狂信者」扱いにすることを通じて、起こっている議論そのものを封殺することなのではあるまいか。
  1. 党派性から逆算して問題への解答を導き出す態度や、党派への忠誠を再優先事項として現実への関わり方を決定する生き方が非人間的であるのはもちろんだが、一人の人間が特定の問題について自分の考えを深めた結果として、一方の党派を支持するに至るなりゆきが他人に非難される筋合いはない。
  1. 党派性そのものを悪と決めつける言説は、人々の論争的な問題への関与を抑圧する結果をもたらす。というのも、政治的なイシューは、多かれ少なかれ人々を党派的な立場に分断する傾きを持っているもので、とすれば、党派性を禁じられた人間は、自発思考を断念せざるを得なくなるからだ。
    1. 誰であれ特定の問題について自分の考えを表明すれば、当然、支持なり不支持なりの立場を選択することになる。このこと、つまり、一人の人間が2つの対立する立場のうちの一方に立つことを余儀なくされるなりゆきを「党派性にからめとられる」てな調子で安易に非難する人間を、私は信用しない。



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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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