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原発村専用「ポイント還元制」wwww




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関電のポイント還元制度うらやましい










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隣のエイリアン 第六章





第六章 受験勉強とその他の勉強


 


原幕高校の入試出願は12月だから、その間に市販の高校参考書を購入して高校の学習内容を見てみたが、中学との差は大きいようだ。これは、中学までが義務教育であるためだろう。


高校の学習内容は、大学進学のための学習、というのが第一の目的であるようだ。試しに大学の入試問題を見てみたが、低水準の文明にはふさわしくない難問が多いように感じる。いや、それが難問である、というのは、「設問の意味や意図が理解できない」ということである。解答例を見て初めて、これはこういう回答を求めていたのか、と分かることが多い。だが、逆に、そういう回答をすればいいのだ、と暗記してしまえば、記憶力の優れた人間なら容易な試験かもしれない。少なくとも、創造性や論理的思考力の高度なものが求められてはいないようである。特に社会科(いくつかに分類されている)などは、知識を問うだけだから、おそらく私は満点を取れるだろう。理科も同様だ。(その知識内容が我々から見たら誤りであることもかなりあるが、試験に合格するのが目的なら、あえてその誤った知識を答として書けばいい。)数学も同様で、まだ高校の教科書そのものは見ていないが、高校参考書の内容から判断すると、「思考力」よりは知識の量が問題であるようだ。つまり、こういう問題パターンはこういう解き方をする、ということを大量に暗記すればいいのである。かえって、小学校の「文章題」などのほうが、方程式を使えないだけに理解や解答技術の習得が(徒労感があるために)困難なくらいだ。


結局、私にとって一番難しいのは国語ではないか、と思う。特に、「小説」というジャンルの、作中人物の「気持ち」や「心理」を考えさせる問題は、私にはほとんどお手上げである。


また、評論文というのも、辞書に出てこない「評論文特有語」が多く、設問意図もよく分からないものが多い。解答例を読んでも、なぜそれが「正解」なのか、理解できないのである。


まあ、英語などは、問題内容がとても易しいので、誤答をする可能性は少ないかと思う。リスニングもテレビの「洋画」や「海外ドラマ」を見て練習したので、大丈夫だろう。


もともと我々の聴覚は人間の数倍優れているので、どのような発音でも、またどのように小さな音でも聞き取れる。これはリスニングには有利である。(なお、「音楽」の性質もかなり我が星と地球では違う。我が星の音楽は、地球ではクラシック音楽と呼ばれるものに近い。特にバッハという作曲家の作品は、我が星の人間が作ったと言われてもおかしくない。一方、ロックとかポップスという音楽の大半は私には「騒音」としか聞こえない。幸い、我々の種族の耳には外部から侵入する音を自動調節する機能があるので、騒音は自動的に「ミュート」される。)


 


高校入試の勉強自体は半月ほどで終わったので、私は市内の図書館に毎日のように通って大量の本を読み進めた。


特に人類の歴史と政治というのは、私がこの地球に来た目的である「人類の査定」と大きく関わるので、図書館の本のすべてを読んだが、いくら読んでも、なぜ人類の歴史が戦争の歴史なのか、その根本原因が分からない。ほとんどすべての歴史の本は、「起こった出来事」が書かれているだけで、それが「なぜ起こったのか」は書かれていないのである。


宗教に関係する戦争も多いようなので宗教関係の本もすべて読んだが、なぜそのように荒唐無稽な説を無数の人たちが信じるのか、その根本が分からない。ほとんどの宗教は平和と愛を説いているのだが、その宗教が原因で戦争や殺戮が平然と起こされたりしている。


為政者の権力があまりに大きく、その為政者がすべて大馬鹿なのだろうか、とも思ったが、なぜそういう大馬鹿を為政者にしているのかが分からない。古い時代には為政者が暴力で社会を支配していたのだろうと推測はできるが、現代は「民主主義」がほとんどの国で採用されているらしいのだから。


とすれば、国民は自ら大馬鹿者を為政者に選んでいる、ということである。


これは実に理解しがたいことである。


少なくとも、世界のほとんどの国は前世紀の半ばまでには民主主義を採用しているのだが、その後も戦争は起こり続け、今では「テロとの戦争」という、本来なら警察が対処すべき事柄まで軍隊を動員した戦争があり、収まる気配はないようなのだ。


つまり、地球人というのは、根本的に残忍で悪辣な生き物なのだろうか。とすれば、私は高校などに通うまでもなく、「地球人絶滅すべし」に一票を投じればいいということになる。


しかし、街で見る子供や老若男女の笑顔や、隣人である少女、平南美の笑顔を見ると、それはまったく信じられないのだ。


仮説としては、人類と我々の間には「欲望」の内容に大きな違いがある、ということなのではないか、と今のところは考えている。


哲学の本を読むと、「快楽主義」と分類されているエピクロス派の言う快楽は主に知的好奇心の充足による快楽であり、それは我々の精神的傾向そのものだ。また、デカルトの「方法序説」の最初の部分にも「考える喜び」が語られている。これは我が星の誰かが書いたとしてもおかしくない内容だ。


だが、世界を暴力で支配してきた人間の欲望というのは、それとはまったく違う欲望であるようだ。それは簡単に言えば、「他人に優越したい」という欲望であり、食欲や性欲などの生理的満足や装飾品による感覚的満足を何より優先し、そのためにはいかに悪辣なことでもする、ということであるらしい。


まあ、我々には理解しがたい精神だが、このようないわば「犯罪者精神」が放置されるどころか、むしろ賞賛されている、というのが太古から現在に至る人類史の基礎にあるのではないか、というのが私の仮説だ。


これはあくまで仮説にすぎないので、あと1年間、研究して結論は出したい。


 


ちなみに、パソコンよりも携帯電話、もしくはスマホというのがネット利用には一般的なようなので、その契約もして、スマホも入手した。


銀行口座も作り、510万円だけ入金した。ただし、最初に入金したのは10万円だけで、残りの500万円は銀行の電子情報を書き換えて作っただけである。現金が必要ならいつでもATMを念動力で操作して引き出せるから、銀行預金は必要ない。ただ、高校への入学金などは預金からの振り込みのほうが便利らしいと思ったのだ。


 


私が一人暮らしをしていることに、隣の平南美が興味を持っているらしい。「食事は大丈夫か」などと聞いてくる。


「あ、大丈夫です。買い置きがあるので」


と言うと、


「インスタント(インスタント食品の意味らしい)ばかりじゃ体に悪いですよ。私、作りましょうか」


「いや、お気持ちは嬉しいですが、本当に結構ですから」


と、この頃は私も普通の日本人らしい対応ができるようになった気がする。














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「越後屋、おぬしもワルよのう」にますます接近

やっている当人たちは真面目な顔でやったのだろうかwww




  1. さんがリツイート

    冗談で貼ったのに…


  2. さんがリツイート

    小判て!
    「山吹色のお菓子でございます」って昭和でも聞いた事ねぇぞ。慶応か!元治か!

    RT : 関電“金品”は金の延べ棒や小判 1億円以上受領の役員も







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道路際に立ち続ける人間自体が障害物

いや、通学路の「見守り活動」をしていたのなら、周囲の交通状況に気を配っていたと思うのだが、当人が自転車にはねられるというのはどういうことなのだろうか。
ながらスマホの女子高生に罪があるのは当然だが、「見守り活動」自体が歩行者や自転車の交通の邪魔になることもあるのではないか。この女子高生も、交差点付近では自動車が来るかどうかに注意はしていただろうから、歩行者道路の方に立っている人間に気がつかなかったのかもしれない。
道路際に立ち続けること自体が歩行者や自転車の邪魔になる、という意識を「見守り活動」をする人たちは意識すべきだろう。



ながらスマホで自転車事故 女子高生を書類送検 兵庫県警


 →交差点で、通学路の見守り活動をしていた男性(77)が、高校3年の女子生徒(17)の自転車にはねられ一時重体となった事故
 →女子生徒は「スマホに気をとられ、前をきちんと見ていなかった」と容疑を認めている





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慌てる乞食は貰いが少ない

まあ、買い終わったら、いくら安くても需要は無いわけである。




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増税前に348円で飛ぶように売れていた薬局のティッシュ5箱。きょうは298円なのに山積みだった。


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笑いと差別

まあ、吉本興業の笑いのレベルやモラルのレベルはもともとこんなものだろうとは思うが、その吉本興業が安倍政権と癒着して税金まで投入されているわけである。
嘲笑というのは一番安易な笑いの手段であって、特に理由がなくても無理に嘲笑する理由を作ればいい。つまり、自分と違うものはすべて嘲笑の対象になるから、異国人や異人種、違う階級の人間、違う性の人間、病人・老人・障害者、チビ、デブ、ハゲすべて嘲笑の対象にできる。
笑いの低劣化に慣れた俗衆は、その差別ネタが無茶苦茶であるほど、その過激さを喜ぶわけである。



「猿としたらエイズ」「黒人とかな」 吉本芸人のネタにHIV陽性者ら批判「差別を強化」

吉本興業所属のお笑いコンビ「金属バット」のネタ動画に対し、HIV陽性者の団体や支援団体から批判の声があがっている。

「猿とエッチしたらエイズになるわ」「黒人とかな」――。


吉本興業所属のお笑いコンビ「金属バット」のこんな発言を収めたネタ動画が、YouTube上で84万回以上、再生されている。


HIV陽性者の団体や支援団体は「ショックというよりも呆れた」「差別や誤解を強化するのはやめてほしい」などと批判している。

M-1準決勝出場の実力派

問題となっているのは、2012年2月に投稿された5分43秒の漫才動画。「ブラックチャリティー3 〜ぼくらはみんな地球人〜」というライブの模様を収録したものとみられる。


金属バットは、2006年4月に結成された、小林圭輔さんと友保隼平さんの2人組だ。昨年の「M-1グランプリ」で準決勝に進出した実力派で、今年4月には人気番組「アメトーーク!」にも出演している。


ボケ担当の小林さんが、双子タレントの「マナカナ」こと三倉茉奈さんと三倉佳奈さんの見分け方を語り、友保さんがツッコミを入れる構成をとっている。

「カナはな、エイズなんやけど」

小林さんがマナさんの特徴を「風邪をひいたことがない」「ずっと健康」と説明した後、2人のやりとりはこんな風に続く。


「カナはな、エイズなんやけど」(小林さん)


「終わってるやろ!」(友保さん)


「ちゃうねん。まだ発症はしてないねん。カナのええとこっていうのはな、発症してないのにな、抑える薬打ってないねん、アイツ」(小林さん)


「終わってるやんけ!」(友保さん)


「そこがロックンロールやねん、アイツ」(小林さん)


「死ぬでそんなヤツ」(友保さん)

「そらエイズになるわ」

そこから、マナカナの「好きな男性のタイプ」に話題は展開していく。


「カナの好きなタイプがな、人間じゃないんよな。人間はいらんらしい、もう」(小林さん)


「どういうこと?」(友保さん)


「もう、猿、犬、馬とか…」(小林さん)


「獣姦なん?」(友保さん)


「そこらへんで勝負しよんねんな」(小林さん)


「いよいよやな。そらエイズになるわ。猿とエッチしたらエイズになるわ」(友保さん)


「黒人とかな」(小林さん)


「やめ、お前!」(友保さん)


「そこらへんで勝負しよんねんな」(小林さん)


「終わってんな、アイツ」(友保さん)

観客の笑いに絶望

このネタについて、HIVと向き合って生きる人たちはどう受け止めたのか。


NPO法人「日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス」代表の高久陽介さんは、BuzzFeedの取材に「ショックというよりも呆れた」と明かす。


『言ってはいけないことを言って笑いをとる』という確信犯でやっているような印象。小さい子がウンコちんこと叫んで笑っているのと、同じレベルにしか見えなかった。めっちゃダサいし、何も面白くない


「私はお2人のネタの露悪的手法よりも、それを聴いて観客が笑っているということに、より絶望を覚えます。いまだに、エイズに対して、蔑んだりバカにされて当然のものだと内心思っている人がいるんだなと」


ライブは閉ざされた空間であり、ひいきの芸人のネタを見たい人たちが足を運ぶ場だ。それでも、高久さんはネット上で動画がいつでも見られる状態にあることを問題視する。


「いまの時代、こうしてネット動画で大勢の目に触れるということは、テレビに流れるのと同じ前提で、倫理観を持たないといけないはずです」


「もし、どうしてもこんなひどいネタをやるという芸風ならば、ネットに流さないでほしいですね」

「批評性や皮肉は感じない」

金属バットをめぐっては、昨年12月にライブで披露したネタをめぐっても「黒人が触ったもの座れるか!」といった発言が批判を集めている。


一方で、「ネタ全体で差別の構造を皮肉っている」「綺麗ごとを言っていても、結局差別するヤツは差別する、という風刺」といった擁護論も出された。


高久さんは「違うネタについては何とも比較しようがない」としつつ、「件の金属バットのネタ(エイズを扱ったもの)については、批評性や皮肉は何も感じませんでした」と言う。

茉奈さん本人は「爆笑」

また、「マナカナ」のネタに関して、三倉茉奈さんは2017年12月、Twitterで次のように投稿。半ば「公認」を与えるかのような発言をしている。


《面白いものを見つけてしまった…!! 金属バットっていう芸人さんが、「マナカナの見分け方」ってネタをやってらっしゃって、めっちゃ面白い! 最初はリアルで、途中からなかなか振り切ってらっしゃるし、ウソばっかりやけど笑、爆笑してしまった


この点に関して、高久さんはこう指摘する。


「私の問題意識としては、彼女個人への中傷はポイントではないので、特に意識しなくて良いかなと思います」


「少なくとも彼女はHIV陽性ではないのでしょうし。でも、彼女の大切な人がHIVに感染していると判明したら、きっと彼女に打ち明けることはないでしょうね」

検査のハードルが上がらないか

HIV陽性者を支援するNPO法人「ぷれいす東京」の代表・生島嗣さんも「差別や誤解を強化するのはやめてほしい」と金属バットの動画に懸念を示す。


「何が問題かというと、“他人事”意識がその根底にあること。目の前には、当事者はいないと言う思い込みです」


「もしそこにHIV陽性者やパートナー、感染不安を心配する人がいたら、顔が引きつりながらも周囲に合わせ、その反応がバレないようにつくり笑いをして、その場をやり過ごしていたことでしょう


「そして内心では、『HIVのことは周りには話していけないことなんだ。もし、バレたら、笑いの対象になるのだ』と感じるでしょう」


その結果、周囲に伝えることをためらい、検査を受けることのハードルも上がってしまう――。生島さんはそんな負のサイクルを危惧している。

天寿をまっとうできるように

HIVウイルスは後天性免疫不全症候群を引き起こすことから、かつては「死の病」として恐れられた。だが、現在は治療法の研究が進歩し、ウイルスとともに天寿をまっとうできるようになった。


「死ぬでそんなヤツ」「終わってんな」といった表現は、「死の病」という誤ったイメージを補強しかねない。


「猿とエッチしたらエイズになるわ」という言い回しについても、生島さんは「感染した人たちの感染経路へのネガティブなイメージづけにつながる」とみる。


「HIVはコンドームなど予防なしの行為で感染するのであって、誰とセックスをしたから、ということではありません。個人的にはまったく笑えませんでした」


BuzzFeedはこのネタの真意や披露していた時期、今後の対応などについて、金属バットが所属する吉本興業に問い合わせている。回答があり次第、追記する。










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隣のエイリアン 第五章






第五章 笑いと個性と恋愛


 


やがて9月は終わり、10月になった。このひと月足らずで日本の小学校中学校の学習内容は完全に暗記し、高校1年から始めるなら不自由はまったく無さそうである。日常生活での「人間」との対応も「テレビドラマ」や「映画」などで学習はしたが、理解できないことも多い。特に理解できないのが「流行語」と「笑い」で、ここの人間は他人と会っている時には絶えず冗談というものを言っているように見える。その冗談というのがひとつも面白くないのである。むしろ、冗談を言っているのだ、と了解がついた瞬間に、冗談を聞いた人たちは笑う、という「約束事」としか見えない。


いや、我々の星の人間はもともと感情に乏しいのだが、それでもまったく笑いを理解しないというわけでもないのである。不合理性というのが冗談の基本である、という点では我々の感覚と類似している。つまり、「意想外な不合理性」への反応としては、驚くか笑うかどちらかという点は同じなのだ。ただ、我々はそれに対してせいぜい「口角を歪める」程度の反応しかしない。声を上げて笑うことは無いのである。感情をそのまま表に出すことは「はしたない」と考える「作法」がある、と言えば近いだろうか。そして、「無理に作った笑い」あるいは「笑いを狙った言動」には困惑してしまう。


そもそも不合理性というのは「困った事態」であるわけで、笑いとはその不合理性の指摘なのだから、あまりたびたび生じては困るのである。


しかし、そう思う一方で、人間の笑顔というのは私を魅了する。特に子供や若い娘の笑顔というのは私を感動させるのである。不思議である。


こういうことを考えたのは、お隣の住人であるタイラ・ナミ(漢字では平南美と書くらしい。)と出会う度に彼女が笑顔を見せるのだが、その笑顔を見るたびに彼女が好きになることを私が自覚したからだろう。もちろん、我々の星では恋愛も結婚も無いから、これは恋愛感情ではないだろう。


我が星での友人関係はどうかと言えば、出逢う人間すべてが友人(日本でも沖縄という地方には「イチャリバチョーデー(行き逢えば兄弟)」という言葉があると或るテレビ番組で見たことがある。)のようなものだし、我々は「個性」というものを特に尊重しないので、誰かを特に選んでその人とだけ深くつきあうということもない。


しかし、この星(あるいは、この日本という国)では、「個性」というものが尊重されているらしい。小学校や中学校の教科書に「個性の尊重」という言葉がしばしば出てくるし、ネットで高校を調べた時も、「個性の尊重」を教育理念としている学校は多かった。


そして、漫画やテレビドラマや映画など様々なメデイアでの「恋愛」や「友情」が結ばれる要因は、相手の個性によるものであるようだ。中には、不良だから好きになる、暴力的だから好きになる、という、ネガティブな条件がむしろ有利に働くという理解しがたい「個性→恋愛」というものもある。まあ、これは野生動物時代の本能の痕跡だと思う。つまり、強い個体に従属していれば餌などが確保しやすい、ということだろう。


 


少なくとも日本で一番嫌われているのは「無個性」というものらしい。そして、「恋愛」の一番のポイントは「顔の美醜」であるらしい。


だが、我々は、かなり前に言ったように、顔も体型も自由に変えられる。


つまり、顔がどうこうだから好きになるとか嫌いになる、という前提がそもそも存在しないのである。そもそも、美醜の概念が地球人とは違うだろう。


まあ、この地球でも整形手術というのがあって、その点では我が星と大差はないのだが、それでも顔が「美しい」とか「醜い」とか、スタイルがいいとか悪いとかいうのが恋愛の最大の要因であるというのは、不合理の極みである気がするが、それは感情に乏しい我々の基準で軽々しく判断すべきことではないだろう。

















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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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