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少年騎士ミゼルの遍歴 55

第五十五章 最後の戦い

「なかなかの腕前だが、たった二人だけになってこの私と戦えるかな」
 再び空中から声が聞こえた。
「二人ではない。この私もいるぞ」
 ミゼルとマリスの後ろからプラトーが大声で言った。
「プラトー、リリアとピオはどうするのです?」
 ミゼルが振り返って言うと、プラトーは、
「二人は眠らせて仮死状態にしてある。あとで甦らせればいい」
と答えた。
「その魔法使いも戦うのか。なら、いっそう面白い。それでは、こちらもあと二人甦らそう。神の武具とやらの力を頼んで自惚れておるようだが、わしは、その力を封じてみせよう。それでもわしの手下に勝てるか、やってみるがいい」
 カリオスの言葉とともに、空の闇の中に青白い炎が現れ、人の姿になった。
「エルロイ! それにお前はルシッドではないか」
 ミゼルは驚きの声を上げた。
「……そうだ。ミゼル、久しぶりだな。だが、今の私はお前の友人ではない。カリオス様の手下だ。遠慮なく掛かってこい」
 エルロイは、生きていたときの美しい顔のままだが、無表情にそう言った。 
「ミゼルとやら、わしはお前の手に掛かって死んだが、わしの力がお前より劣っていたとは思わぬ。あの馬の助けを借りずに、自分だけの力でこのわしともう一度戦ってみるがよい」
 ルシッドは、良く響く低い声で言った。その声は、万軍を叱咤し率いてきた威厳に満ちている。
「待て、お前達の相手はここにもいるぞ」
 マリスが声高く言った。
「マリスか、一度お前とは戦ってみたかった。だが、わしはミゼルの方を相手にしよう」
「マリス殿は私が相手をする。生きているうちは叶わなかったが、死んでからとはいえ、かの伝説の騎士マリスの相手ができるとは、光栄だ」
 ミゼルの前にはルシッドが、マリスの前にはエルロイが、それぞれ立って、剣を抜き放った。
 エルロイは、生きていた時と違って、ルシッド同様、肩当てと胸当てだけの軽装備である。そのためか、生きていた時の動きとは段違いの素早さで、彼はマリスに斬りかかった。マリスはその攻撃を剣で受け、受けると同時に剣を滑らせて攻撃に転ずる高度な技を見せた。彼のこの技をかわした者はこれまでいなかったが、エルロイはそれを予期していたかのように、左手の小さな盾でそれを受けた。
「マリス殿の戦い方は知っている。その手は私には通じない」
 エルロイは続け様に剣を打ち込んだ。マリスは、それを払い、かわすのに精一杯である。これほどの剣士と出会った事は初めてであった。
 一方、ミゼルの方も苦戦していた。
 ルシッドの剛力は、盾で受けても体全体が跳ね飛ばされるほどのものであり、その疾風のような打撃は、しばしばミゼルの神の鎧を通して彼の体を痛めつけていた。時折ミゼルが出す攻撃も、予期していたかのように簡単にかわされる。
 プラトーは、カリオスの魔法を封じるのに全精神を集中していて、二人の援護まではできない。 
何かがおかしい、とミゼルは考えた。これは単なる技量の差ではない。こちらの考えが、相手に読みとられているのだ。
「お父さん、奴らは、こっちの考えを読んでいます。どうしたらいいでしょう!」
 ミゼルはマリスに向かって叫んだ。
「やはりそうか。ミゼル、目を閉じて剣を大上段に構えろ! 気配を感じたら剣を振り下ろすのだ」
 ミゼルはマリスの言葉を理解した。目で見ている限り、次の行動について何かを考えざるを得ない。相手がそれを読みとるなら、こちらに勝ち目はない。目を閉じて相手の気配と殺気で相手を迎え撃つというこの危険な方法に賭けるしかない。
 ミゼルとマリスは心を空白にして、目を閉じ、静かに立った。
 はっと驚いたようにエルロイとルシッドは後ろに下がった。
「何をしておる、相手はかかしのように突っ立っているだけではないか。早く行かぬか!」
 カリオスの声がじれたように響いた。
 エルロイとルシッドの二人は、その声に促されたように、跳躍してマリスとミゼルに向かって斬りかかった。
 エルロイとルシッドの剣はマリスとミゼルの頭に打ち下ろされた。しかし、それとまったく同時に、マリスとミゼルの剣も渾身の力で振り下ろされていた。
 マリスとミゼルの兜は、真っ二つに割れた。そして、二人の頭から、一筋の血が流れ落ちた。
 だが、マリスとミゼルの剣は、エルロイとルシッドの頭部を完全に断ち切って、胸まで斬り下げていた。
 エルロイとルシッドは、二人の足元に崩れ落ちた。
「神の兜が斬られるとは……。何という力だ」
 ミゼルは呆然と呟いた。神の武具の力も、もはや通用しないのだろうか。いや、神の武具の力など無くても、カリオスは倒す!
 その時、空中に二つの影が浮かび、それは人の姿になった。一人は六十歳くらいの逞しい老人で、黒い頭巾に黒い服を着ている。鷲鼻の下に、長い口髭を生やしており、目には冷酷な光と奇妙なユーモアを漂わせている。これがカリオスだろう。アドラムの王ロドリグに少し似た風貌である。もう一人は、これはミゼルがこれまで見たこともないような美青年であった。エルロイよりもずっと美しい顔をしているが、カリオス同様、残酷そうな顔でもある。こちらがカリオスの息子のミオスに違いない。
「お前達の力は大したものだ」
 カリオスは、空中に浮かんだまま、ミゼルたちに言った。
「わしは、お前達を殺すには忍びない。それに、わしには、時空を越える力がある。このようなつまらぬ世界に恋々とする気はない。無駄な戦いはやめて、わしはこの世界からしばらくは消えることにしよう。またいつの日か会える日を楽しみにしているがいい。もっとも、それは何百年後かは分からんがな。ハッハッハッ。ミオス、わしの共をせよ。地獄に戻るのだ」
「はい、父上」
 二人の姿は、かき消すように見えなくなった。やがてあたりの闇が晴れて、ミゼルたちは神殿の奥の部屋にいた。
「カリオスは? どこへ逃げたのです」
 ミゼルは、プラトーを振り返って聞いた。
 プラトーは首を横に振って言った。
「無駄じゃ。もはや、我々の手の届かぬ所に行ってしまった。だが、奴の言葉どおり、いつかまた現れるじゃろう。その時には、我々はもはや生きてはいまいがな。おお、そう言えば、ここには不死人が一人いたな。マリス、お前は、もしかしたらカリオスを再び見ることができるかも知れんな」
 プラトーの言葉に、マリスは肩を竦めて答えた。
「もう二度と会いたくはないですな」
 プラトーは笑い声を上げた。
「さて、ピオとリリアを担いで山を下りよう。長い旅もこれで終わりじゃ。後は、お前達の好きなようにするがよい。この国の王になるのも良し、ヤラベアムに帰るのも良し」
「この国の王には、アロンがいいでしょう」
 ミゼルの言葉に不審そうな目を向けたマリスに、ミゼルはアロンの事を説明した。
「そういう人物がいるなら、ちょうどいい。帰りにアドラムに寄ってアロンとやらに会おう」
「アドラムに寄るまでもない。アドラムでの内乱はすでに終わって、アブドラたちの反乱軍が勝っておる。その戦いでは、アロンとロザリンの伝で呼んだヤラベアムの救援軍が力を発揮したようだ。ゲイツとやらは、お前達と一緒に見つけた、あの燃える水を使った商売が当たって、大富豪になっておるらしいぞ。アロンは、アドラムの再建はアブドラに任せて、今はヤラベアムの宮廷にいる。ヤラベアムに行けば、アロンにもロザリンにも会える」
 プラトーの言葉に、ミゼルはびっくりした。
「なぜ、それが分かるんです」
「ここに来る前に、ヘブロンの島で、魔法の鏡ですべて見ておるよ」
「そうですか」
 ミゼルは、アロンやロザリンが無事であったことを知って安心した。彼らのことは、ずっと気になっていたのである。
「この、神の武具はどうしましょう。兜は壊れてしまいましたが」
「もしも、お前がいらないのなら、どこか人知れぬ所に隠しておくのが良いじゃろうな。何しろ、一人で数万人もの軍隊に相当する恐ろしい力を持った武器じゃからな。野心家の悪人の手に渡っては、事だ」
「どこがいいでしょう」
「それは私が預かろうか。おそらく、私は、父のシゼルやミゼルが死んだ後までも生きているのだから、その後は神の武具の番人でもすることにしよう。そして、カリオスのような者がまた現れたら、戦うことにしよう」
「それはいい考えじゃな。もっとも、お前には神の武具は使えんぞ」
「きっと、その時はまた、このミゼルのような若者が現れますよ。さあ、ミゼル、故郷へ帰ろう。お祖父さんが待ってるぞ」
マリスは、ミゼルの肩を軽く叩いて、優しい目を向けた。
これでやっと、父が家族の元に戻ったのだ。長い旅もこれで終わりなのだと思うと、ミゼルの目には涙が溢れ出るのであった。
 
                   完

後書き:この作品は、ロールプレイングゲーム的な話が書いてみたくて、試作品として書いたものであり、その中のプロットやデティールにはまったくオリジナル性はありません。中でも、幻惑的な敵との戦いで、目を閉じることで対抗するというのは、五味康祐の時代小説以来、何度も使われたパターンではないかと思われますが、まあ、あらゆる創作は先行作品を下敷きにした二次創作から始まるのだから、と、寛大に見てください。文中の地名は聖書などから適当に頂いた地名をそのまま用いたり、アレンジしたりして使っています。書いているうちに、レハベアムとヤラベアムがごっちゃになったところが、もしかしたらあるかもしれません。情景描写も心理描写も面倒なので、ほとんどしておりません。ひたすら、エンドマークに向かって進むだけの作品です。そういった欠点にもかかわらず、最後まで読んだ人が一人でもいれば嬉しいです。

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少年騎士ミゼルの遍歴 54

第五十四章 カリオスの四天王

「さて、神殿の奥に行ってみるか」
 プラトーの言葉に一同頷いて歩き出した。
 神殿の大広間の奥に入り口があり、その中は暗闇だった。
 その暗闇からは、風が吹きすさぶようなゴオーッという音が聞こえてくる。
「この先は地獄にでも続いているみてえだな」
 ピオが気味悪そうに言った。
「かもしれん」
 プラトーが真面目な顔で頷いた。
「だが、ここまで来たら、行くしかあるまい。皆、心の準備はいいか」
 プラトーが先頭になってミゼルたちはその暗闇に足を踏み入れた。
 そこは室内ではなく、まったくの異世界だった。
 まるで他の星にでも来たみたいである。空には無数の星が輝き、その星明かりで周りが見えるくらいである。そして、地上は、砂漠と岩山しかない。その岩山の形が、地球では見られない奇妙な形をしている。あたりはまったくの静寂である。
「お前達、わしに何の用があってここに来た」
 空から声がした。ミゼルは声のした方を見上げて叫んだ。
「カリオスだな。我々はお前を倒すために来たのだ」
 「面白い。わしは全能者として、することもなく退屈していたところだ。相手をしよう。だが、その前に、お前たちの力がどの程度のものか見せて貰おうか。お前たちは、わしの十二神のうち八人まで倒したようだな。だが、あと四人倒せるかな」
 その声と共に、空中に四つの影が現れ、地上に降り立った。
「十二神の一つ、アライス」
「同じくアフラ」
「同じくゼロイス」
「同じくミネヴァ」
アライス、アフラ、ゼロイスと名乗ったのは男の神で、ミネヴァは女の神だったが、どれも様々な鎧や兜に身を包んだ、雄々しく美しい神々だった。なぜ、悪魔の手下にこのような美しい神々がいるのか、ミゼルは不思議に思った。
「この四人は、わしの四天王。生きていた時は、その時代の地上最強の勇者であった。お前達の武勇がどれほどのものかは、この者たちと戦うことで分かるだろう。そこの女と老人の魔法は、わしの支配するこの世界では通じん。武勇の力だけで戦ってみるがいい」
「望むところだ!」
 マリスが武者震いをして答えた。彼にとって、このような場面こそ、もっとも待ち望んだ場面だろう。
 ミゼル、マリス、ピオ、リリアの四人は、並んでカリオスの四天王と向かい合った。
「行くぞ!」
 声を上げて、ミゼルはアライスに斬りかかった。アライスは、その打撃を盾で受け止め、盾の陰から剣を突き出す。しかし、ミゼルはその手は予想していた。わずか一寸の差で剣をかわし、その剣を左腕と鎧の間に抱え込んだ。このような戦い方を予想もしていなかったアライスは慌てた。
 ミゼルは、自分の剣をアライスの兜と鎧の間の隙間に差し込んだ。
 アライスは、首に剣を刺されて息絶えた。
 だが、この間に、ピオはゼロイスに、リリアはミネヴァにそれぞれ倒されていた。
「リリア!」
 ミゼルは叫んでリリアに駆け寄ろうとしたが、その前にミネヴァが立ちふさがる。
「今度は私の相手をして貰おう」
 ピオを倒したゼロイスも、ミゼルの所へ向かおうとした。
「待て! こいつを受けろ!」
 地面に倒れていたピオが体を起こして、剣を投げた。
 剣はまっすぐに飛んでいき、肩当てだけのゼロイスの腹部に刺さった。ゼロイスは、ぐらりと揺れたが、気丈にこらえて、自分の手でその剣を抜いた。
 ミゼルはミネヴァと戦っていた。
 これほど身軽な相手と戦うのは初めてだった。ミゼルの打撃をひらりひらりとかわしながら、思いも掛けない時に攻撃を加えてくる。軽装備の相手に対し、鎧兜で完全武装したミゼルは、動きの点では、圧倒的に分が悪い。
「ミゼル、動くな。相手の攻撃を受けて、機を待て!」
 マリスがミゼルに叫んだ。マリスの方は、死闘の末にアフラと呼ばれた神を倒し、ゼロイスと戦いながら、ミゼルの戦いぶりを見ていたのである。
(そうだ、神の鎧兜を着ているのだから、多少の打撃は耐えられるはずだ。相手が近づいた時こそ、攻撃の機会だ)
 次にミネヴァが攻撃した時、ミゼルはわざとその攻撃を受けながら、ミネヴァの体が動こうとする方角に突きを入れた。攻撃と同時に飛びすさろうとしたミネヴァに、その剣の先端が届いた。
「あっ!」
と声を上げてミネヴァは腕を押さえた。利き腕である右腕に傷を負ったのである。
 ミネヴァは剣を左手に持ち替えて、再び攻撃してきた。しかし、今ではミゼルはミネヴァとの間合いを掴んでいた。見える姿にではなく、その先の予想される位置に向かって剣を出せばいいのである。
 ミネヴァは、振り下ろされる剣の下に自分から飛び込んできた。
 自分の足元に倒れたミネヴァの美しい姿を見て、ミゼルは悲しみの情を感じたが、今はその場合ではない。
 ミゼルはリリアの所へ駆け寄った。
 リリアの傍には、すでにプラトーがいた。
 プラトーの腕の中で息絶え絶えのリリアは、ミゼルの顔を見て微笑んだ。
「ミゼル、役に立てなくて御免なさい」
「何を言うんだ。君をこんな目に遭わせるなんて、ぼくは何という事をしたのだ」
 リリアはかぶりを振った。
「いいえ、これは私も望んだことよ。ミゼル、楽しかったわ」
 リリアは目を閉じた。
「ミゼル、リリアは大丈夫じゃ。リリアとピオはわしが何とかする。お前は、マリスと共に、カリオスを倒すのじゃ」
 プラトーの言葉に、ミゼルはためらいながらも頷いた。
「マリス、ピオは?」
 ミゼルはピオの傍に片膝をついてピオを見ているマリスに聞いた。
「だいぶひどい傷だが、息はある」
 マリスは立ち上がった。
「これでお前と私だけになったな。思い残す事なく戦えそうだ」
 マリスは微笑してミゼルを見た。

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少年騎士ミゼルの遍歴 53

第五十三章 人と悪魔

 ミゼルたちが地上に落ちたのを見て、すぐさまアルージャが稲妻の杖を振り上げたが、素早くプラトーがミゼルたちの前に再び光の壁を作った。
「ミゼル! 弓を射るのよ。光の壁は、魔力は防ぐけど物は通すわ」
 リリアの言葉で、ミゼルは背中の矢筒から矢を抜いて、アルージャ目がけて射た。
 矢は見事にアルージャの胸に突き刺さった。
「うぐっ!」
 アルージャは口から血を吐いて倒れた。思ったより、物理的な力には弱い。
 ミゼルは今度はゴンダルヴァ目がけて矢を射た。
「馬鹿め!」
 ゴンダルヴァは、飛来する矢に炎の息を吹きかけた。
 矢は炎に包まれて燃え上がった。
 しかし、続けてガルーダ目がけて放った矢の方は、ガルーダの首に刺さった。と思った瞬間、その矢はガルーダの体に跳ね返されていた。一瞬のうちに体を鋼のように固くしたらしい。
「矢ではだめか。なら、剣で戦うまでだ」
 ピオが前に飛び出た。アルージャのいない今、相手の魔力はさほど恐れる必要はない。
 マリスもその後に続き、それぞれ、ゴンダルヴァとガルーダの前に剣を構えた。
 ゴンダルヴァがピオに斬りかかろうと意識がそれた瞬間、ミゼルの矢がゴンダルヴァの顔の真ん中の一つ目に刺さった。
「ぎゃああっ!」
 ゴンダルヴァは凄まじい悲鳴を上げた。
 マリスはガルーダに斬りつけるが、ガルーダはその度に体を固くして、剣を跳ね返す。だが、リリアが念を送ってガルーダの思念を掻き乱すと、彼の術は破れ、マリスの剣が初めてガルーダに傷を負わせた。一度傷つくと、その苦痛から彼の精神はもはや集中できず、もはや体を固くすることはできなかった。
 ピオは、目が見えず剣を盲滅法振り回すだけのゴンダルヴァを、その剣を注意深く避けながら料理し、マリスもガルーダをやがて倒した。
 ミゼルとリリアは、息を弾ませているピオとマリスに駆け寄った。
「残りの四つは?」
 マリスがミゼルに聞いた。
「いつの間にかいなくなっている」
「しかし、こいつら、デモンの武将と言っていたな。ならば、カリオスは、悪魔そのものなのか? なら、人間の力で奴を倒すことなど、不可能だろう」
 マリスの言葉にミゼルとピオは顔を見合わせた。
 プラトーが、微笑を浮かべて言った。
「お前たちは、悪魔というものを大げさに考え過ぎとる。悪魔とは、ただ一つの存在ではない。人間の悪の思念の実体化した物が悪魔なのだ。だから、悪魔はいつでもどこでも現れるし、その強さにも天と地ほどにも開きがある。カリオスの魔力は強大だが、もともと人間であったことは確かだ。ならば、同じ人間に倒せぬはずはあるまい」
 マリスは、プラトーの言葉に頷いた。
「じゃあ、さっきの魔物は、要するに人間の心が作り出した物なんだな。じゃあ、人間よりは弱いに決まってらあ」
 ピオの言葉を聞いて、プラトーは厳しい顔で首を横に振った。
「それも間違っておる。人間の作り出した物が人間より弱いとか、劣っているとは限らん。人間ほどの万能性はないにせよ、ある部分では人間以上かもしれん。簡単な話、お前が持っているその剣も鎧も人間が作り出した物だが、人間の体よりも頑丈で、斬る力守る力は生身の人間より遙かに優れておるだろうが」
 ピオは頭を掻いた。
「分かったよ。だから油断するなってことだろう」
 ミゼルたちはピオの単純さに微笑した。

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少年騎士ミゼルの遍歴 52

第五十二章 十二神

 カリオスの神殿は、まったく人気が無かった。建物の中は薄暗く、冷気が漂っている。自然の寒さだけではなく、異世界からの冷気のようである。
 馬を下りて神殿の中に入ったミゼルたちは、神殿に飾られた様々な邪神の像を気味悪く眺めながら神殿の奥に向かった。
「人間が、ここに何の用がある」
 突然、その邪神の像の一つが目を開き、物を言った。人間の体に牛の頭を持った神だ。
「ここから先には人間は通さぬ」
 もう一体の像が言った。こちらは、同じく人間の体に鳥の頭をしている。大きさは、どちらも人間の三倍ほどである。
 すると、その大広間にあった十二の像が一斉に動き出した。
「我々十二神がお前たちの相手をしよう」
 そう言ったのは、異国の武士の鎧を着た神である。こちらは人間の顔だが、一つの頭に三つの顔があり、六本の腕を持っている。しかもその一つ一つに剣や槍を持っている。
「こんな者たちなど、私一人で十分だよ」
 裸体に薄物の衣服を纏った、美しいが残忍そうな顔をした女神が前に出た。その髪が蠢いているのは、髪の一本一本が蛇なのである。
「お前達、私を御覧」
 女神の言葉に、ミゼルたちは思わず女神を見た。
「見ては駄目! あいつはゴーゴンよ!」
 リリアが叫んだ時には既に遅く、ミゼル、ピオ、マリスの三人の体は石に変わっていた。
「やれやれ、これだから俗人は困る」
 プラトーがその手に持った杖を三人の体に打ち下ろしながら呪文を唱えると、三人の体は元に戻った。
「リリア、あいつと戦えるのはお前だけだ。行け!」
 プラトーの言葉に頷いて、リリアはゴーゴンに立ち向かった。
 ゴーゴンは石化の目で睨み付けてリリアを石に変えようとするが、リリアは目を閉じて、心の目で相手を見ながら進んでいく。
 ゴーゴンは悲鳴を上げて逃げようとしたが、すでに遅く、振り下ろされたリリアの剣が、その体を真っ二つに唐竹割りにしていた。と同時に、ゴーゴンの体は消え去った。
 普通の体に戻ったミゼルたちは、それぞれ別の邪神の像を相手に戦い始めていた。
 マリスは、人身牛面の像と、ピオは人身鳥面の像と、ミゼルは六本腕の武人像とそれぞれ戦っている。
 ミゼルは武人像の持つ六つの武器に手古ずっていた。一度に六人を相手にしているようなものである。武器の中には、投網や分銅付きの鎖もあって、離れた距離からでもこちらを襲ってくる。
 飛来するそれらの武器を破邪の盾で受け止め、跳ね返しながら、その間隙を縫って攻撃する。
 一本目、二本目と相手の腕を切り離すと、相手の攻撃力は弱まっていった。
 やがてミゼルの剣が相手の心臓に突き刺さり、武人像は消え失せた。
 マリスとピオもそれぞれ苦戦しながら相手を倒したようである。
 だが、十二神像は、まだ八体残っている。後ろに控えて戦いを眺めていた残りが、ずいっと前に進みでた。
「なかなかやるな。だが、我らは倒せまい」
 最初に出てきたのは、先ほどの四体より一際大きい神像だった。騎士の姿をし、顔も体も人間だが、目は一つ目で赤く光り、妖気が漂っている。
「我はデモンの武将ゴンダルヴァ」
「同じくガルーダ」
「同じくベルゼブル」
「同じくアルージャ」
 ガルーダと名乗ったのは、背中に羽根が生え、顔に嘴を持った神であり、ベルゼブルは人間の体に蝿の頭を持った、毛むくじゃらの裸体の神である。アルージャは、白衣に杖を持った老人だ。見たところは、普通の人間にも見えるが、目が緑色に光っている。
「まずはわしから行こう」
 アルージャが杖を振り上げた。すると、雷鳴と共にミゼルたちの上に稲妻が落ちた。
「しまった。遅かったか」
 プラトーが叫んで、ミゼルたちを光のカーテンで包んだ。
 床に倒れているミゼルたちをリリアが介抱する。回復の呪文を三人に掛けるが、すぐには意識が戻らない。
「光のカーテンを作るとは、なかなかやるな。だが、それならわしの出番だ」
 ゴンダルヴァが長剣を抜いてミゼルたちに歩み寄る。
 プラトーは、印を結んで呪文を唱えた。
 ミゼルたちを包む光のカーテンが宙に浮いた。
「愚か者め! このガルーダ様がおる事を忘れたか」
 ガルーダが、背中の羽根を羽ばたかせて飛んだ。その後ろから、ライオンのライザが飛びかかり、地面に引きずり下ろす。
「何だ、この動物は」
「それはただのライオンではない。地獄の番犬ケルベロスが姿を変えた物だ」
 プラトーの言葉と共に、ライザの姿が変わっていった。体中から光りを放つ巨大な黒い犬の姿になり、口からは炎を吹いている。
 ライザに組み敷かれて、ガルーダはもがいている。
 その間に、ミゼルたちは意識を取り戻した。
 ライザはガルーダの喉笛に噛みついたが、ガルーダを救いに来たゴンダルヴァの剣が、そのライザの肩口に斬りつけていた。
「ライザが危ない!」
 リリアは指から電光を放った。
 止めを刺そうと剣を振り上げたゴンダルヴァは、その電光に目がくらんで、狙いを誤った。
「ちっ、小娘、それしきの魔力で我々と戦おうというのか」
 ベルゼブルが、その蝿の頭の吻から黒い息を吹いた。すると、見る見るうちに光のカーテンは消え去り、ミゼルたちは地上に落下した。

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少年騎士ミゼルの遍歴 51

第五十一章 プラトー現る

 巨鳥が落ちるより一足早く地上に降り立ったリリアは、落下してきたピオとマリスも無事に着地させた後、頭上を見上げた。
 巨鳥は、その巨大な体で空全体を覆いながら地上に落ちてくる。
 リリアは全霊を込めて巨鳥の落下を支えようとしたが、その巨大な体は、さすがにリリアの魔力では支えられなかった。僅かに落下の速度を緩めただけで、巨鳥は地上に激突し、カリオスの神殿のある山の傍の小高い丘を一つ破壊した。
 空中を飛んで、リリアはその落下した場所に行った。濛々と立ち上る土煙が下に見え、その中心部は、まるで火山の噴火跡みたいに穴が開いている。
「ミゼル、ミゼル!」
 リリアは泣くような声を上げてミゼルを呼んだ。
 穴の中にリリアは降りていった。
 散乱した巨鳥の羽毛の間は異臭がたちこめ、裂けた皮膚の隙間から赤い肉が見える。ところどころに巨鳥の骨が突き出ているが、その一つひとつが、まるで滅びた宮殿の柱のような大きさである。
 やがてリリアは赤い肉の裂け目の深いところに埋まるように倒れているミゼルを見つけた。
 血にまみれた顔をし、死んでいるかと思われたミゼルは、リリアが抱き起こすと、目を開けてにっこり笑った。
「やあ、リリア、何とか大鷲は倒せたようだな」
「ミゼル! 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。気を失っていただけだ。さすがに神の鎧だ。あれだけの落下に耐えられるとは。多分、鳥の肉に包まれていたせいで、衝撃が弱められたのだろうけどね」
 ミゼルはよろめきながら立ち上がった。
「早く戻ろう。マリスたちが危ない」
 リリアは、ミゼルの体に体力回復の呪文をかけ、自分と共に、彼の体を空中に浮かばせた。
 幸い、ミオスは、手が尽きたのか、まだピオとマリスに攻撃はかけていなかったようだ。ミゼルとリリアの無事な姿を見て、二人は喜びの声を上げた。
「さて、いよいよカリオスの神殿に乗り込むとするか」
 ピオが元気に叫んだ。
「おや、あれは?」
 マリスが急に頭上を見上げて言った。
 天の彼方から、きらめく輝きがこちらに近づいてくる。
 その光は、やがて四人の所に降りてきた。
「お父様!」
 地上に降り立ったのは、リリアの父、風の島ヘブロンの老神官プラトーであった。
「リリア、久しぶりだな。元気か」
 プラトーは、リリアを強く抱きしめた後、ミゼルたちに向き直った。
「お前たちも、なかなか良くやっているようだが、カリオスを倒すのは相当な難事じゃ。老いたとはいえ、わしの魔力は、リリアよりは上だ。わしも一緒に戦おう」
 ミゼルは、感謝の気持ちでプラトーの手を握りしめた。
「では、敵の本拠に乗り込むとするか」
 五人は、新たな気持ちで、雪の上をカリオスの神殿に向かって馬を歩ませた。プラトー一人は、ライオンのライザの背中に乗っているのである。

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少年騎士ミゼルの遍歴 50

第五十章 魔獣たち

「ドラゴンまで倒すとは驚いたな。だが、安心するのはまだ早いよ。こちらにはまだいくらでも新手がいるからね」
 ミオスの声が響いた。
 その声と同時に、神殿の向こうから何者かが現れた。川を渡ってこちらに歩いてきたのは、三体の動く石像である。騎士の姿をし、手には巨大な剣と盾を持っている。その剣と盾が陽光にきらめいた。
 こちらに近づいてきた姿を見ると、その石像は、高さが五、六メートルほどある。片足でミゼルたちを簡単に踏み倒せる大きさだ。
 ミゼルたちはそれぞれ離れて三体の騎士に対応した。
 石像たちの動きは緩慢であるが、振り下ろす剣の勢いは凄まじい。ミゼルたちは、その剣を避けながら石像の足に斬りつける。しかし、足に傷を負っても、石像たちには何の変化もない。
「手足を切り離すのよ! 手首を切りなさい」
 リリアが叫んだ。
 ミゼルは、自分に剣を振り下ろす石像の手首に斬りつけた。一度では切り離せないが、二度、三度と連続して斬りつけると、石像の手首は剣を持ったまま地に落ちた。
 すると、その手首が再び宙に浮き上がり、石像目がけて飛んでいき、その心臓に突き立ったのである。リリアが念力を掛けたのだ。
 石像は自らの巨大な剣を心臓に突き立てられて、地面を揺るがせながら倒れた。
 他の二体の石像も、マリスとピオに手首を切り落とされ、同じやり方で倒された。
「石像も駄目か。なら、これではどうだ」
 再びミオスの声が響いた。
 その言葉と同時に、空の彼方に一点の黒い姿が現れ、見る見るうちに大きくなっていった。それは小山ほどもある巨大な鷲であった。体は先ほどのドラゴンよりも大きい。
 凄まじい羽ばたきと共に舞い降りた巨鳥は、あっという間にその足の爪でピオとマリスを掴み、再び空高く上がっていった。はるか上空から二人を落とすつもりだろう。いかに神の武具を着ていても、そうなれば二人の命はあるまい。
「ミゼル、行くわよ!」
 リリアが叫んだ。
 ミゼルの体は宙に浮かんだ。
 先ほどとは違って、自分の意志でではなく、何かの力でただ運ばれていくだけである。その代わり、速さは段違いに速い。
 目のくらむような上空である。
 下に雲が見え、その下の地上はもはやぼんやりとした藍色にしか見えない。
 上を見ると、あの巨鳥の姿があった。太陽に向かってなおも上昇している。
 ミゼルは背中の矢筒から矢を抜いて、巨鳥に狙いをつけた。
 矢の射程に巨鳥の姿が入った。
 ミゼルの手から矢が放れ、矢は巨鳥の背中に突き立った。だが、巨鳥は、何の痛痒も感じないように飛び続ける。
「リリア、ぼくをあの鳥の背中に下ろしてくれ!」
 ミゼルは、自分と並んで飛んでいたリリアに向かって叫んだ。
 リリアが頷くと同時に、ミゼルの体は巨鳥の真上に来ていた。
 巨鳥の両翼の間に飛び乗ったミゼルは、その巨大な羽毛に掴まりながら、王者の剣を抜いて鳥の背中に突き立てた。一度だけでなく、何度も何度も斬りつけ、鳥の背中に穴を開ける。さらに、剣で切り裂きながら、その血塗れの肉の中にミゼルは体ごと潜り込んでいった。
 巨鳥は、自分の体の中に潜り込んだ異物による痛みを感じて、苦痛の叫びを上げた。
 どろどろの肉塊の中で、ミゼルはやがて巨鳥の心臓を探り当て、そこに王者の剣を突き刺した。
 巨鳥はピオとマリスを掴んでいた足を放した。
 落ちていく二人を、リリアが思念で受け止め、空中に浮かばせる。
 しかし、巨鳥の体内にいるミゼルに対しては、どうしてやることもできない。
 心臓に剣を突き立てられ、命を失った巨鳥は、地上に向かって落下していく。
リリアたちもその後を追った。

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少年騎士ミゼルの遍歴 49

第四十九章 ドラゴンとの戦い

 ドラゴンは、ミゼルたちに向かって大きく口を開けた。その巨大な口の中には、ぞっとするような牙が鋸の歯のように並んでいる。牛一頭でも丸呑みに出来そうな口だ。もちろん、人間など一噛みで食いちぎるだろう。
「皆、空を飛ぶわよ。でも、私の思念の集中は三百数える間だけしか続かないから、危なくなったら逃げて」
 リリアの言葉が、各自の心の中に響いた。と同時に、ミゼル、ピオ、マリスの体がふわりと宙に浮いた。
 最初は空中での動きに戸惑った三人だが、ちょうど、水の中を泳ぐような要領で空中を動けることに気づくと、三人はドラゴンの周りに分散した。
 目標が分かれて、どれを攻撃したらよいのか迷ったドラゴンに、まずピオが後ろから斬りかかった。ピオの剣は、ドラゴンの背中の固い皮を切り裂いたが、その巨大な体の表面を三十センチほど斬っただけでは、相手に何の痛手も与えない。
 続いて、マリスが今度はドラゴンの首に剣を突き立てた。しかし、これも棘が刺さった程度にしか感じないようである。だが、ドラゴンは、これまで受けた事の無い傷に憤怒して、ピオとマリスを叩き落とそうとして体に比して小さなその両手を振り回した。
「ミゼル、俺があいつの的になるから、弓であいつの目を射ろ」
 ピオが叫んで、わざとドラゴンの正面に回った。
 ドラゴンは目の前の敵に向かって両手を振り回したが、ピオがそれを巧みに交わす。その間に、ミゼルはドラゴンの両目に、続け様に矢を射た。
 矢は過たず、ドラゴンの両目に突き立った。
 ドラゴンは苦悶の叫びを上げた。
 と同時に、ミゼルたちが空中を浮遊する力が衰え、ミゼルたちは着地した。
 視力を失ったドラゴンは、もはや脅威ではなかった。敵の姿が見えず、ただむやみに手や尾を振り回して相手を打ち倒そうとするドラゴンを、ミゼルたちは遠巻きにして眺めているだけで良かった。

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HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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