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少年騎士ミゼルの遍歴 20

第二十章 国王ロドリグ

 翌日、ミゼルたちは王宮に入った。青いタイルの貼られた門は。真昼の光に輝いて、宝石のようである。アブドラを見て、衛兵たちはうやうやしくお辞儀をする。
 大広間の王座に、国王ロドリグは座っていた。残忍冷酷との評判からミゼルたちが予想していたような野蛮な顔ではなく、白皙の、高貴で知的な顔である。ただ、顎の下まで垂れた漆黒の長い口髭は、ミゼルたちの目には、やはり異国風で違和感がある。
「お前らがヤラベアムから来た者たちか。我が国とヤラベアムとの不仲を知っていながらわしに会おうとは、なかなか心臓が強いな」
 ロドリグの声は、やや甲高いが、威厳がある。
「畏れながら、王様、国と国との争いは、もともと国王同士の喧嘩であり、国民とは無縁のものです。もしも、王様がヤラベアムの王と手を結べば、両国の国民はすぐにでも仲良くなりましょう」
 アロンが一同を代表して答えた。王の威厳を少しも恐れていない様子である。やはり、自分も王家の生まれであるという自負があるのだろう。
「なかなか言いたいことを言うの。名は何と言う」
「アサガイのマハンの息子、アロンです」
「アサガイのマハンか。知っておる。わしにも、よく貢ぎ物を持って来るが、お前のような息子がいたとは、知らなかったな。ところで、その娘はお前の妻か」
 ロドリグは、先ほどからちらちらと目をやっていたロザリンに目を向けて言った。
「いいえ、誰の物でもございません」
「ならば、わしに呉れぬか。わしの后の一人にして、思いのままの暮らしをさせてやろう」
 ロザリンは、にっこり笑って答えた。
「わたしは、今のままがようございますわ。でも、王様がたってお望みなら、私を買うのにふさわしい物をこの者たちにお与えください」
「何じゃ。金か細工物でも欲しいのか」
「いいえ、この国に伝わる秘宝、王者の剣と引き換えなら、私は王様の物になりましょう」
「王者の剣じゃと?」
 ロドリグは眉根にしわを寄せた。王者の剣のことは、彼はその存在をすっかり忘れていた。このアドラムでは、武人はたいてい半月刀を用い、王者の剣のような直刀は、好まれなかった。戦場でも用いたことがなかったため、王者の剣に対して彼は無関心だったが、それでも、王家に伝わる秘宝を女一人のために失うのは、はばかられた。
「それは、だめだ」
 ロドリグはそう答えたが、ロザリンが先ほどから王にかけている蠱惑の術は、その効き目をいっそう増しており、彼はロザリンが欲しくてたまらなくなっていた。
「なら、賭けをいたしましょう。王様の御家来の中で、もっとも武勇に優れた者と私が戦って、私が勝てば、王者の剣を頂き、負ければこのロザリンを王の物にする、ということでどうでしょうか」
 エルロイが言った。ミゼルは、慌てて、彼を引き止めようとした。
「いや、私が戦う」
 ミゼルが言うと、エルロイは、ミゼルに向かい、小さな声で言った。
「いいか、ミゼル、まず私がロザリンを賭けて戦う。それで負けた時は、今度はゼフィルを賭けてお前が戦うのだ」
 ミゼルは仕方無く、頷いた。
「ははは、わしの家来と戦うだと? このアドラムには、ルシッドがいると知っていて、そう言うのか?」
 ロドリグは、高笑いした。ルシッドは、アドラム一の勇将で、剣でも乗馬でも並ぶ者がなく、その名はヤラベアムまで鳴り響いていた。
「ルシッド殿が相手なら、望むところです。一度お手合わせしたいと思っていた」
 エルロイは答えた。
「いいだろう」
 勘定高い国王は、ルシッドが負けることは、絶対にありえないと踏んで、只でこの美女、ロザリンが手に入るとほくそえんだ。

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少年騎士ミゼルの遍歴 19

第十九章 吉報

 ゼフィルを連れてアブドラの屋敷に戻ると、エルロイもロザリンも、ゼフィルがミゼルの手に戻った事を非常に喜んだ。
「私、この馬に一度乗りたかったんだ」
 ロザリンの頼みで、ミゼルはロザリンがゼフィルに乗るのを許した。
 アブドラの屋敷の中庭でゼフィルに乗ったロザリンは、思いもかけない見事な騎乗ぶりを見せた。
「あの子は、庶民ではないな。武芸の心得があるようだ」
 エルロイが呟いた。
 ロザリンに続いて、エルロイも乗ってみる。こちらも鮮やかな手並みである。
「いや、驚いた。この馬は、乗り手の気持ちが分かっているみたいだ。こちらの考え通りに、すぐ反応する。やはり、最高の名馬だ」
 ゼフィルから下りたエルロイは、そう感想を述べた。
 やがて、宮廷から戻ったアブドラが、ミゼルに吉報を伝えた。
「ロドリグ王と会えることになりましたよ」
 ミゼルたちは、歓声を上げた。
「ヤラベアムからの旅人とは珍しい、ということでお会いするそうです。ただし、ご承知の通り、このアドラムとヤラベアムは敵対していますから、どんな目に遭うかは分かりませんが、それでもいいですか?」
 ミゼルは仲間たちの顔を見た。
「もちろんですよ。この旅に出た以上、どんな危険も承知の上です」
 ゲイツが仲間を代表して言うと、他の仲間も頷いた。
「で、ロドリグ王との賭けの賭け代に何をするのか、決まりましたかな?」
 アブドラが聞いた。
「やっぱり、ここは私を賞品にすべきじゃない? もしもこの程度の顔でご不満なら、魔法で凄い美女に化けてもいいわよ」
と、ロザリン。
「いや、ゼフィルを賭ける方が安全だろう」
と、ミゼルは言った。せっかく手元に戻ったゼフィルと別れるのは、身を切るより辛いが、ロザリンを危険にさらすわけにはいかない。
「では、出たとこ勝負で行きましょう。ロドリグ王が目を付けた方を賭け物にするのです」
 ゲイツの提案に、一同は頷いた。

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少年騎士ミゼルの遍歴 18

第十八章 ゼフィルとの再会

 翌日、ミゼルはアビエルと一緒にムルドの町を歩いてみた。アドラムの他の村々とは違って、白い石造りの家は庭木が植えられ、緑の木陰が多い。午後の日差しがその木陰越しに道に落ちて、不思議な香料の匂いと、どこかから流れるアドラム特有の胡弓の音色が、人を瞑想的な、夢幻的な気分に誘う。
 ヤラベアムの首都とは異なり、道はそれほど広くはなく、広場もない。中心街は迷路のようである。しかし、目を上げれば、金色の屋根の大きな宮殿と寺院が青空に聳えているので、道に迷うことはない。
 宮殿の正面にはやや大きめの道があり、そのあたりは商売の中心地らしい。壺や道具類や刀剣、果物の干物や干し肉などを並べた店のほかに、簡単な日覆いをしただけの露店も多い。
 とある酒場の前で、ミゼルは聞き慣れた馬のいななきを聞いた。
「ゼフィルの声だ!」
 ミゼルは声を上げた。
「ゼフィルって、お前さんがテッサリアで盗まれた、あの馬か? まさか、何でこんなところにいるんだよ」
 アビエルは疑わしそうに言ったが、ミゼルには確信があった。確かに、ゼフィルが自分を呼んでいた。ミゼルは、嘶きの聞こえた方角に走った。
 酒場の裏側に、ゼフィルはつながれていた。おそらく、風の中にミゼルの匂いを嗅いで、自分はここにいると伝えたのだろう。
 ミゼルは、ゼフィルの首を抱き、再会の喜びで涙を流した。やがて、涙を拭い、ミゼルは酒場の中に入っていった。
「裏につないである灰色の馬の持ち主は誰だ?」
 ミゼルの言葉に、「おう、俺だ」と声が上がった。奥のテーブルで酒を飲んでいた男である。見ると、見覚えのある男である。
「カブラのランドール! なぜ、お前がここにいる」
 ミゼルは叫んだ。
「そういうお前は、確かテッサリアの御前槍試合で優勝したミゼルじゃあねえか。お前こそなぜここにいる」
 カブラのランドール、実は盗賊ピオは、うそぶいた。
「それより、まず、僕の馬を返して貰おう」
「あれは俺の馬だ。欲しけりゃあ、売らんでもないが、まあ、五千金は貰わんとな」
 ミゼルは懐から金袋を出した。御前試合の優勝賞金一万金のうち、まだ七千金ほど残っている。ミゼルは五百金の金貨を十枚、ランドールに渡した。
 ピオは不思議そうにミゼルを見た。相手がすんなりと五千金という大金を出すとは思ってもいなかったからだ。
「お前も妙な奴だな。自分の馬を金で買い戻すのか?」
「金で済むことなら、無益な争いはしたくない」
「まあ、あの馬はロドリグ王に売ろうと、わざわざここまで運んできたのだが、お前が、それほどあの馬に愛着があるのなら、お前に売ることにしよう。持っていきな」
 ピオは、ぷいと顔をそむけて、なぜか気弱な口調で言った。 
ミゼルは、店の裏に戻ってゼフィルの手綱を柵からほどき、彼にまたがった。ゼフィルは本来の主人を乗せて、嬉しそうに嘶いた。
 店の中では、ピオの側で飲んでいたジャコモが、ピオに不満そうな顔を向けていた。
「五千金は安すぎたんじゃあないんですかい。わざわざ苦労して山を越えてここまで運んだのに」
「まあ、そう言うな。おい、ジャコモ、この金はお前にやる。これまで俺に付き合ってくれた礼だ。これだけありゃあ当分は遊んで暮らせるだろう。ただし、これから、俺とお前はもう仲間じゃねえ。道で遭っても知らん顔するんだぜ」
 ジャコモは呆然となった。
「ど、どうしてです。わっしが何かしたんですか」
「いや、そうじゃあねえ。俺は考えることがあって、一人になりたいんだ。いわば、人生の転機ってやつだな。お前とも、長い付き合いだったが、これからは別々の道を行こう」
「泥棒から足を洗おうというんで?」
「とは限らねえが、お前と一緒だと、お前につられてつい、する必要のない悪事までしてしまう、そいつが困るんだ」
「あっしを泥棒に仕込んだのはピオ、あんたですぜ」
「まあ、そりゃあそうだが、お前はどうやら、俺よりずっと悪党みてえだ。正直言って、お前という人間が少々鼻についてきたのさ。俺はこれから一人で気ままに生きていくつもりだ。お前も、少しは自重して、首をくくる羽目にならねえようにしろよ。じゃあな」
 ピオは、あきれているジャコモを残して酒場を出ていった。

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少年騎士ミゼルの遍歴 17

第十七章 首都ムルド

 翌日、マハンの家を出る時、アロンも付いていくと言ったので、一同は驚いた。
「何もできませんから、荷物運びでもさせてください」
 アロンの言葉に、ミゼルはためらいながら答えた。
「いや、人数が多いほうが、こちらも心強いが、お父上の許可は得られたのですか?」
「昨晩話しておきました」
 そこにマハンが現れ、アロンのことをよろしく頼むと言った。そして、思いがけないことをミゼルたちに告げた。
「実は、このアロンは私の本当の子供ではありません。レハベアムの元の国王モルデの息子なのです。十七年前、レハベアムで大僧正カリオスによって国王モルデが殺され、王位を奪われた時に、王はその一人息子のアロンを家臣の手に託し、その男は国外に脱出して、ここに旧知の私を頼ってきたのです。ロザリン殿が見たという未来は、もしかしたらアロンがレハベアムの王位に就くというお告げかも知れません。なら、アロンはここにいるべきではないでしょう」
「レハベアムの王位とは限らないわよ。アドラムかヤラベアムの王位かもしれないわ」
 ロザリンが言った。
「まさか! どうしてアロンがアドラムやヤラベアムの王位に就けるんですか」
「世の中、何が起こるか分からないものですよ。我々だって、ほんの三月前には、今頃自分がアドラムを旅しているなんて想像もしていなかったですからね」
 ゲイツがロザリンに代わって答える。ともあれ、アロンを新たな旅の仲間として迎えることには誰も文句はなかった。

 アサガイから、首都ムルドまで一週間ほどかかった。
 旅の間、アロンはずっとロザリンに話しかけ、周囲の者をやきもきさせたが、エルロイは素知らぬ顔である。それがロザリンには物足りないようだ。アロンというライバルが現れたことで、エルロイが少しは嫉妬してくれるかと思っていたのに、あてが外れたようである。
 やがて、彼らの前に、首都ムルドが現れた。ムルドの町は、アドラムの南部の山脈近くに開けた町で、近くには川が流れ、緑の多い豊かな土地である。王宮や寺院の荘厳な建物が遠くからでも目に付く。青いタイルの壁に、金色の円屋根が太陽に輝いて見える。
「宰相アブドラは、僕の知り合いですから、彼の家に泊めて貰いましょう」
 アロンの言葉で、ミゼルたちは、そのアブドラの屋敷を訪ねた。
 アブドラの屋敷は、マハンの屋敷にも輪を掛けて豪壮な大邸宅である。庭には噴水まである。様々な果樹の植えられた庭には、極彩色の鳥があちこちにとまっている。
「おお、アロン、よく来た。すっかり大きくなったな」
 アブドラは、マハンとよく似てでっぷり肥った目の大きい男である。温容の中にも、いかにも宰相らしい威厳がある。
「アブドラ様もお元気でなによりです。父が、よろしく申しておりました」
「マハンも達者だろうな。で、ここへはどんな用で来た。遊びかな?」
「まあ、そのようなものです。用はありますが、雲を掴むような話で」
「まあ、話はゆっくり聞こう。中に入りなさい」
 応接用の大広間で、アブドラはミゼルたちの話を聞いて、眉根にしわを寄せた。
「それは、無理な話だ。王者の剣は王家の大事な宝物。それを他人に渡すはずはない。それを口にしただけでも、お前たちは殺されかねないぞ」
 やはりな、とミゼルたちはがっかりした。
「だが、一つ方法がある。ロドリグ様は欲深で残忍な方だが、約束は守る人だ。あの方と賭けをして、勝てば王者の剣を手に入れることもできるかもしれない。それには、王者の剣に匹敵する宝が必要だがな」
 ミゼルたちは、ヴォガ峠の山賊から手に入れた宝石をアブドラに見せたが、アブドラは首を横に振った。
「そんな宝石など、王は腐るほど持っている」
「王のお好きな物は何ですか」
 アロンが聞いた。
「美女と、名馬だ。しかし、国中の美女はすべて後宮に集められているし、正妃のソリティア様以上の美女は世の中にいるまい」
「このロザリンではどうです」
 ゲイツが言った。仲間たちは驚いて、ゲイツを非難するように見た。
「いや、何も本気で献上しようというのじゃありません。賭けをして、勝てばよし、負けたら、ロザリンを一度献上した上で、隙を見て魔法で逃げてきて貰うのですよ」
 なるほど、名案だ、とミゼルは考えたが、どうもロザリンに済まない気がする。
「いい案じゃない」
 ロザリンは平気な顔で言った。アブドラは、何とも言わず笑っている。
「しかし……」
とアビエルが言う。
「確かにロザリンは可愛いし、美人と言ってもいいが、あのソリティアの絵に比べたらなあ……」
「何ですって!」
 ロザリンは、アビエルの無礼な言葉に怒って、懲らしめのために魔法を使おうとしたが、アロンがそれを押しとどめた。
「まあまあ、そんな危険な方法は最後の手段にして、何かいい案が浮かぶまで、少し待つことにしましょう」
 ミゼルたちは、アブドラの侍女たちに至れり尽くせりの世話をされ、腹一杯に御馳走を食って、その晩はゆっくり休んだのであった。

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少年騎士ミゼルの遍歴 16

第十六章 アロン

 シケル山を後にしてから三日目、ミゼルたちはオアシスの町アサガイに着いた。美しく水を湛えた湖の側にできた小さな町だが、町並みは美しく、砂漠の宝石という呼び名も頷ける。ナツメヤシの葉陰で一休みした後、ミゼルたちはムスタファから聞いていたアサガイの長、マハンを訪ねた。
 アサガイの中でも一際豪壮な建物が、マハンの屋敷である。
 門番に取り次ぎを頼むと、一行は応接間に通され、すぐにマハンが現れた。でっぷりと肥った、五十代の男である。チョコレート色の肌色は、アドラムの男に共通のものだが、マハンと一緒に現れたマハンの息子アロンは、彼とは対照的に色白で細身である。この二人が父子とは、ちょっと信じられない。
「ムスタファ様のお知り合いなら、私にとっても大切なお客人だ。どうぞ、ゆっくりしていってください」
 マハンは、愛想良くミゼルたちに言った。
 砂漠の旅ではほとんど期待できない風呂の馳走に与り、ミゼルたちは長い旅の疲れを癒した。そのあとは盛大な晩餐会である。
 マハンは、ミゼルたちの旅の話を面白そうに聞いた。
「いやあ、あなた方は、実に素晴らしい冒険者だ。わたしらのように、生まれてから死ぬまでこの土地を一歩も離れることのない者にとっては、まったく憧れるしかない暮らしですな」
「と言っても、いいことばかりじゃありませんよ。今にも死にそうな目にも何度も遭ってますからね」
ゲイツが言う。まったく、エルロイとミゼル、ロザリンの三人がいなければ、こんな旅など不可能だったに決まっているのだ。
「ロザリンさんは、魔法が使えると聞きましたが、どんな事ができます?」
 アロンがロザリンに向かって言った。アロンは、先ほどからロザリンばかりをずっと見ていたのである。
「空を飛んだり、地中に潜ったり、稲妻を起こしたり、体を透明にしたり、考えるだけで物を動かしたり、はるか遠方の様子を見たり、いろいろね。でも、体調によって出来不出来はあるけど」
「未来を見ることは?」
「一つの可能性としてなら、出来るわ。つまり、その未来を見たことで、何か作為をすると、それで未来は変わるの。もちろん、小さな変更だけのことも大きな変更のこともあるけど」
「私の未来を見てください」
「悪いけど、お断りするわ。未来を見る魔法は人間を不幸にするの。悪い未来なら、それで絶望するし、いい未来でも、それで慢心して未来を悪くする事が多いの」
「単なる一つの可能性でしょう? 未来が変更可能なら、将来のための教訓となっていいじゃありませんか」
 アロンの熱心な願いに負けて、ロザリンは心を集中して、アロンの未来を見た。
「アロンさんは椅子に座っているわ。冠をかぶって。どこかの国王になっているみたい。その側にお后がいるみたい。顔がはっきり見えない。あ、見えた……」
 ロザリンは顔を真っ青にして言葉を切った。
「お后は、誰です?」
 アロンの質問に、ロザリンは無理に笑って首を横に振った。
「私の知らない人よ。でも、結構美人だったみたいだから、安心していいわよ」
「あなたではなかったですか?」
 ロザリンは驚いてアロンの顔を見た。
「なぜ、それが分かったの?」
「あなたを一目見た時から、僕はあなたと結婚しようと決心していたからです」
「でも、その未来は実現しないわよ。だって、私には、すでに心に決めた人がいますからね」
「エルロイ殿ですか?」
 この、アロンという男は、ひどく勘のいい男のようである。
「そうよ」
「でも、エルロイ殿には、ほかに愛している人がいるみたいですよ」
「まさか、そんな人、見たことも聞いたこともないわ」
 側で聞いていたミゼルは、エルロイの愛する人が、あのソリティアではないかと思ったが、何も言わなかった。

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少年騎士ミゼルの遍歴 15

第十五章 燃える水

 盗賊団と出逢ってから五日目に、ミゼルたちは砂漠の中にある小高い山を見た。
「これがシケル山だな。預言者モーザスが燃える木を見たという伝説のある山ですよ」
 ゲイツの言葉に、ロザリンが言い返した。
「あら、伝説じゃないわよ。魔法使いの間では有名な事実よ。登ってみる?」
「そうだな。たいして大きな山でもないから、時間はかからないだろう」
 エルロイとミゼルも賛成した。エルロイが賛成なら、アビエルが反対することはない。
山は、高くはないが、なだらかな丘を越えたところから一度下がり、再び高くなっていく形をしており、その窪地に伝説の燃える木はあった。
「燃える木は、本当にあったんだ。しかし、不思議な燃え方だ。木が燃えているというより、木の周りの空気が燃えているように見える」
 エルロイが呟いた。
「しかし、いやな匂いね。これでは、神のお告げの印というより、悪魔の祭壇にふさわしい匂いだわ」
 ロザリンが言った言葉に、一同頷いた。
「油臭い匂いだな」
 ミゼルが言った。
「油だって? そうだ、これは油の匂いだ。獣の油とも、植物の油とも違う匂いだが、何かの油ですよ」
 ゲイツは、興奮した様子で、あたりの様子を調べた。
「見てみなさい、このあたりの地面一帯が黒っぽい。これは、地面から油が沁み出しているんですよ」
「地面から油が出る? そんな馬鹿な!」
 アビエルは、ゲイツの言葉を一笑に付したが、ゲイツは、地面に落ちていた枯れ枝に、その粘り気のある、砂粒混じりの黒い液体を付けて、燃える木に近づけた。すると、まだ火にも触れないうちに、その枯れ枝にもぼっと火がついたのであった。
「ごらんなさい。この黒い水は、油ですよ。砂から沁み出した油です。石の油だな。石炭があるなら、石の油があってもおかしくはないでしょう」
「じゃあ、この地面の下には、その石の油の泉があるってことか」
 アビエルも、真顔になった。エルロイとミゼルにはまったく興味のない話だが、ゲイツとアビエルの二人は、これが商売のネタになることが、直観的に分かったのである。
「でも、こんなひどい匂いの油じゃあ、使い道はないわよ。少なくとも、私はこの匂いは大嫌い」
 ロザリンはこの発見を素っ気なく片づけた。
「まあ、いずれこの油の使い道は考えることにしましょう。私は、何となく、これがとてつもない大儲けの可能性を持っているような気がしますよ」
 ゲイツの言葉は後に事実になるのだが、この時の五人には、まだそれは分からない。とりあえず、彼らはシケル山を下りて先に進むことにした。

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少年騎士ミゼルの遍歴 14

第十四章 再会

「ロザリン!」
ミゼルとロザリンは抱き合って再会を祝した。エルロイもさすがに嬉しそうに微笑んでいる。
「あの砂嵐は、もしかして君が?」
「そうよ。役に立った?」
「役に立ったどころじゃない。君のお陰でみんな命を救われた」
砂漠に落ちる夕陽の中で、円座を作って座る仲間に、ロザリンは別れて以来の出来事を語った。
「山の中で、小鳥になって飛び立った後、しばらくは山全体の様子を調べながら飛んでいたの。そろそろ帰ろうかな、と思っていると、そこに突然鷹が現れたのよ。いくら私が魔法使いでも、鳥になっている時は鳥の力しかないから、逃げようとしたんだけど、逃げ切れずに捕まって、鷹の爪と嘴で大怪我しちゃったの。でも、殺される前に運良く下に落ちて、そこにいたお爺さんに救われたのよ」
「あんな山の中に人間がいたのかい?」
と、アビエル。
「ええ、隠者ね。魔法使いよ。それも、かなり偉い魔法使いだったわ。彼は私の怪我の手当をしてくれたんだけど、怪我が治るまで一週間くらいかかったの。でも、その間に彼から幾つかの魔法を教わったから、その時間は無駄じゃなかったけどね。ここにやってきた空中浮遊も、その一つ。それに、自分にはいらないから、と言って、この魔法書もくれたわ」
 ロザリンは、一巻の巻物をミゼルたちに見せた。
「でも、中身は古代語で書かれていて、私には読めないのよ。ヘブロンにいるプラトーという魔法使いに聞けば分かる、と言っていたわ」
 美しい砂漠の星空の下で、五人は遅くまで語り合った。だが、ロザリンは、この時にはまだ、エルロイの心に住み始めたある面影の事は知らなかった。

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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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