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天国の鍵70

その七十 王族がいっぱい
 
セイルンに手を振って別れを告げ、ハンスとアリーナはマルスの家に入りました。
 すると、そこにはマチルダとロレンゾだけではなく、ハンスのお師匠のザラストまでいるではありませんか。
「おお、ハンス、無事にもどったか」
ザラストはうれしそうに言いました。
「ただいま。でも、天国の鍵は見つかりませんでした」
「いや、それでよい。ロレンゾから話は聞いた。お前は三人もの賢者に会ったというではないか。それだけでもたいしたものだ」
「その三人の中にわしは入れたかの?」
ロレンゾが疑わしげに言いました。
「いや、四人じゃった」
「ここで二度目にロレンゾさんにお会いした後、ソクラトンという人にも会いました」
「では、五人じゃな。それはすごい」
「天国の鍵は手に入りませんでしたが、天国のそばまでは行きました」
ハンスは三人に、これまでの旅の話をしました。
本当は長い話ですが、なんと言っても十歳、いや、この時はもう十一歳になってましたが、そのていどの子供ですから、ごく簡単にしか話せません。子供のこまるのは、こういう時、表現力のないことです。作者の私も、子供のころ一番苦手だったのは作文でした。
それでも、アリーナの助けを借りながらこれまでの出来事をすべて話し終えると、マチルダがアリーナに向かって、おどろいたように言いました。
「まあ、あなたはマルスの妹だったの?」
「ええ、母親はちがいますけど」
心の中には、自分の母親はグリセリードの女王なのよ、とちょっと自慢したい気持ちもありますが、もちろん口には出しません。
「でも、お願い。マルスには父親のことは言わないで。そうすると、あなたが妹だってことも秘密にしなければならないから、あなたにはかわいそうだけど」
 マチルダの奇妙な言葉に、ハンスとアリーナはびっくりしました。
「こういうことじゃよ」
 ロレンゾが、マチルダに代わって説明しましたが、それはおどろくべき話でした。なんと、あの平凡な若者にしか見えないマルスが、このアスカルファンを救った英雄だという話です。でも、それは別のお話ですから、今はこれ以上は言えません。
「では、あなたは国王オズモンドの妹さんなのですか?」
ハンスはびっくりして、マチルダに聞きました。
マチルダはにっこり笑ってうなずきました。 

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天国の鍵69

その六十九 二万メートルのダイビング

 ハンスとチャックは、空中浮遊の術を使って、山頂から飛び下りました。ハンスはアリーナを、チャックはセイルンを抱えています。(ここは、あまりに高すぎて、雲すら存在しないのです。空気はわずかにあります。科学的に言えばまちがいかもしれませんけどね)
 空中浮遊と言っても、しばらくはただ落ちているだけですから、いわばスカイダイビングですね。高度二万メートルからのスカイダイビングです。やってみたいですか? 平均時速百キロでも十二分かかりますから、たっぷり楽しめそうです。でも、本当にやったら、重力加速度のために途中から大変なスピードになって、ロケットの地上突入みたいに、空気摩擦で燃えてしまうでしょうね。
 ハンスとチャックは科学など知りませんから(実は作者もですけど)加速度も空気摩擦も関係ありません。なにしろ魔法の世界ですからね。途中からは空中浮遊の術で、落ちるスピードをゆるめて、のんびりと下降していきます。そして、雲のあるところまで来たら、セイルンは口笛を吹いて雲を呼びました。
「ちぇっ、悪魔なんかの助けを借りてしまった」
雲に四人が乗った後で、セイルンはいまいましそうに言います。
「結局、天国の中には入れなかったわね」
アリーナが言いました。
「うん、でも、いろんなことを知ったから、ここまで来てよかったよ」
ハンスは答えました。じっさい、この旅のあいだにハンスが得た物は、魔法だけではありません。アリーナやピエールたちとの出会い、五人の賢者や魔法使いとの出会い、そして、自分の中に生まれた知恵や勇気、それこそがこの旅で得た本当の宝でしょう。
「じゃあ、ぼくはここでお別れするよ。いつか人間が本当の善に目覚めるまでは、ぼくはこの世の大きな一要素でいられるわけだ」
チャックが三人からはなれて、ふわりと浮かび上がりました。
「あまり悪い事はするなよ。君とは敵になりたくないからな」
ハンスが言うと、チャックはにやっと笑って、すばやく体をアリーナに近づけ、そのほほにキスしました。アリーナはびっくりして顔を赤くしました。
「いずれまた会おう」
そう言ってチャックは手を振り、そのまま飛んで行きました。
「もうすぐカザフだ。君たちを下ろしたら、ぼくもグリセリードに帰ろう」
セイルンが言いました。アトラスト山からはアスカルファン側に飛び下りたのです。
 カザフの村が見えます。いつの間にか世の中はすっかり春になっていたらしく、ぽかぽかと暖かく、山村のカザフののどかで美しい風景が、なんだかひじょうに懐かしいものに思えます。セイルンは、ハンスとアリーナをマルスの家の前に下ろしました。
「じゃあな。戦が終わったら、そのうちまたグリセリードに遊びに来な」

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天国の鍵68

その六十八 神さまの夢

「神ならもちろん知っている。だが、私は神と人間の間にいる者だ。未来を知る力はない。そして、神でさえも、起こったことを変えることはできないのだ。それができるのは、クロキアスというもう一人の神だけだが、クロキアスがその力を使ったことはない」
「では、神は何人もいるのですね」
ハンスが聞くと、天使はにっこりと笑いました。
「いるよ。すべての民族はそれぞれの神がいる。信ずる者のいるところに神は存在するのだ」
「では、神が人間を作ったのではなく、人間が神を作ったのか?」
セイルンが言いました。
「そうとも言えるが、宇宙全体が一つの神でもあるのだ。だから、人間は神によって作られたのだ」
「むずかしくて、よくわからないわ」
アリーナが言うと、天使はこう説明しました。
「まあ、こう考えてごらん。君たちは夢を見ることがあるだろう。その夢を見ているあいだは、それは現実だとしか思っていない。そして、夢からさめれば、それは夢であって、現実とはまったくちがうと思い込む。しかし、夢を見ている間は、それはたしかに一つの現実なのだ。君たちのこの生自体が、神の夢だと考えてもいいのだ。あるいは、夢の結果と言ってもいい」
「見者とは神そのものですか?」
ハンスはたずねました。
「そうとはかぎらない。人間でも、夢に見たことを実現するという意味では、神と同等なのだ。だが、人間は自らを信ずる力に欠けている。そのために、その力はいちじるしく制限されているのだ。さあ、もう行くがいい。お前たち人間の中から、いずれ七つの噴水のある賢者の庭に行き着ける者が現れるだろう。だが、それには長い時間がかかる。人間がみずからの心を探求し、善こそが人間全体の真の利益であり、悪などはその本人にとってすらなんの利益にもならないことを理解したら、そこに地上の天国は現れるのだ。ハンスよ、お前ももう富や魔法のむなしさはわかっただろう。富も魔法も、自分の望むものを容易に手に入れさせるものだ。だが、その容易さこそが人間を堕落(だらく)させるのだ。力をつくして手に入れたものでなければ、本当の価値はわからないものなのだ」
 天使はひときわ輝きを増しました。
 そのまぶしさに、思わずハンスたちが目を閉じて、もう一度目を開くと、そこは目もくらむようなアトラスト山の山頂でした。つまり、世界のてっぺんです。
 目を上げると、一つの光が、あまりに青すぎて暗く感じられるほどの青空の中を遠ざかっていきます。きっと、あれがさきほどの天使でしょう。

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天国の鍵67

その六十七 アリーナの秘密

 天使がハンスたちを連れて行った場所には、一つの鏡のようなものがありました。
「アリーナ、いや、シルベラ、お前には父親の顔を見せてやろう」
アリーナは、おどろいて天使を見ました。自分の父親がだれであるか、実はアリーナは知らなかったのです。そして、なぜ女王シルヴィアナが、その男のことを秘密にしているのかも。
鏡に映っているのは、栗色の髪をした、魅力的ないい顔をした中年の男です。どこかで見たような顔ですが、思い出せません。
「これだけではわかるまいな。では、これを見るがいい。これがお前の兄だ」
鏡に映った顔を見て、四人はびっくりしてしまいました。なんと、そこに映っていたのは、マルスだったのです。読んでいる人たちも、びっくりでしょう。インチキだ、という人もいるでしょうね。推理小説なら、まったくの脇役として描かれていた人間が真犯人だと言われるみたいなものですからね。
鏡は、もとの栗色の髪の男の像を映しています。
「この男の名はマルシアス。アスカルファンからグリセリードに来て、そこの宮廷で仕えた人間だ。そして、女王シルヴィアナが夫を失った後、彼と恋に落ち、お前をひそかに生んだのだ。グリセリードに仕えているとはいっても、単なる家臣で、しかも外国の人間と結婚することはできなかったから、お前のことも、マルシアスのことも隠されていた。だが、いずれは公表するつもりもあったのだが、そこにロドリーゴという男が現れた。ロドリーゴは魔法の力でお前の母をたぶらかし、自分を愛するようにさせた。そして、マルシアスを憎ませたのだ。マルシアスの心も、お前の母親からは離れた」
 マルシアスという名前には聞き覚えがあります。そう思ったハンスの心に答えるように天使が言いました。
「そうだ、ヴァルミラが愛していた男だ。マルシアスも、ヴァルミラを妹か娘のように可愛がっていた。だが、マルシアスはアスカルファンとの戦争で死んでしまったのだ。だから、アリーナよ、お前はアスカルファンに行き、マルスに会うがよい。グリセリードは今や戦いの中にある。お前の住むべきところは、平和なアスカルファンだ」
「グリセリードの戦いをやめさせることはできないのですか」
「われわれが手を下せば、簡単なことだ。だが、神は地上のことには関与しないのだ。それは神が地上を人間に任せたからなのだよ。善も悪も、人間の自由にまかされている。そこにこそ人間の存在の意味があるのだ」
 なんだか、ソクラトンと同じようなことを言っています。
「この戦いはどうなるのかな」
 セイルンが聞きました。すると、天使は、意外な事に「それは私にはわからない」と言いました。

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天国の鍵66

その六十六 天使のテスト

「天国の鍵とは、見者の夢の中にしか存在しないものなのだ。お前の持っているこの指輪は、太古の神々を呼び出す力を持つ不思議な指輪だが、天国の鍵ではない。それに、お前の持っているもう一つの指輪は、悪魔をも従わせる恐ろしい力を持った、ダイモンの指輪だ。そのどちらか一つでも持っていたら、お前は地上すべてを支配する大王になれる。もしもお前が地上をそのまま天国にしたいのであれば、この二つの指輪で地上をお前の好きなように作り変えればよいではないか」
 天使の言葉に、ハンスは考えこんでしまいました。その時、ハンスの心に浮かんでいたのは、ソクラトンの部屋で見た、あの印です。あの印は、永遠の未完成としての人間を表していたはずです。ハンスは自分自身をふりかえってみました。そして、これを読んでいるみなさんなら、思わずハンスに向かって、「この間抜け!」と言いたくなるような返事をしました。
「この指輪は二つともお返しします。一人の、ふつうの人間がそんな力を持てば、その人自身が大魔王になってしまうでしょう。この指輪は、人間が持つべきものではありません」
天使は、その返事を聞いて、にっこり笑いました。
「お前は正しい答えをした。たいていの人間なら、この誘惑(ゆうわく)に負けて、私の提案を受け入れただろう。その場合、その者は、永遠に地獄に落とされることになっていたのだ。お前は、自分自身を知るという、最高の課題を克服したのだ」
この言葉に、思わずチャックが、問い詰めるように口を出しました。
「天使のくせに、嘘をついたのか?」
「おや、お前は悪魔の一族ではないか。嘘ではない。私の言った事をたしかめるがよい。私は、この指輪の力を話し、ハンスに、この指輪を使ってみろとすすめただけだ。そうすればどうなるとは言わなかったはずだ」
「ちえっ。天使ってのがソフィストだとは知らなかったぜ」
と言ったのはセイルンです。ソフィストとは、哲学者の一派で、口先たくみに相手をだますような議論をする人たちです。
「お前も、竜のくせに人間の世界で暮らして、人間のような考え方をするようになったようだな、セイルン」
天使はセイルンを見て、にっこり笑いました。
「では、天国には入れてもらえないのですか」
ハンスはがっかりして言いました。
「そうだ。だが、ここまでやってきたお前たちの努力には報いてやろう。こちらにきなさい」
 天使は後ろを向いて歩き出しました。
 ハンスたちは、その後をついて行きました。

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天国の鍵65

その六十五 セラフィム

 ハンスは、天国の鍵をさがすために、もう一つの道に行く決心をしました。たった一人で、この世界に別れを告げて。
「みんな、ぼくは洞窟にもどるよ。でも、さっきの左の道にはぼく一人で行く」
ハンスが言うと、アリーナが不思議そうに「どうして?」と言いました。
「あの道を行くと、二度とこの世界にもどれないらしいんだ」
他の三人は、ハンスの言葉に、ちょっと考えこみました。
「ぼくはいっしょに行くよ。ここまで来て、最後をたしかめないんじゃあ、来たかいがない」
チャックが言うとセイルンも
「おれもそうだ。なあに、どこの世界で生きるのも同じさ」
と言いました。
「セイルン、君はだめだ。君がいないとアリーナは地上に帰れない」
ハンスは言いました。
「あら、私も行くわよ。仲間はずれなんていやよ」
アリーナは怒ったような声をあげました。
 しかたなく、ハンスは他の三人とともに洞窟にもどりました。
 洞窟の薄暗がりの中を歩いて、歩いて、……。
 やっとさっきの分かれ道のところに来ました。
 こんどは左の道に行きます。
 そしてまた薄暗がりの中を歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、……。
 いったいどのくらい歩いたのでしょうか。
 なんのまえぶれもなく、あたりは突然、白い光に満たされました。
 そして、ハンスたちの目の前に一人の男が現れたのです。白いローブを着たその人は、体全体から白い光を放っています。
 天使かな、とハンスは思いましたが、背中には羽根ははえていないようです。
 顔は非常に美しく、どことなくアンドレにもトリスターナにも似ています。
「お前たちは天国に行く気か。生きた人間のままで天国に入ることはゆるされぬことだ」
 男はおだやかですが、威厳のある態度でハンスたちに言いました。思わず、このままここから帰ってしまおうかとハンスは思ったくらいです。
「わたしたちは天国の鍵を持っています」
 ハンスは勇気をふりしぼって言いました。
「天国の鍵? 見せてみなさい」
 男の前にハンスは水晶の湖の魚が吐き出した指輪を差し出しました。すると、男は首を横に振り、「これは天国の鍵ではない」と言いました。

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天国の鍵64

その六十四 善への意思

 ここから帰れば、すべての宝が自分のものになる、帰らなければ、永遠に地上にもどれない、という二つの道の一つをえらばねばならないのです。たしかに、もう一つの道をえらべば、あるいは、地上に住むすべての人に天国への道が開かれるのかもしれませんが、そこにはハンスはいないのです。むずかしい言葉で言えば、自己犠牲(じこぎせい)というやつです。他人のために、自分の大切な物、時には命をも失うことです。
 ハンスはアリーナが好きでしたから、何よりも、アリーナと二度と会えなくなることはつらいことです。しかし、アリーナが自分の母親に見捨てられ、命さえもねらわれたというのは、この世に悪があるからです。ソクラトンの言ったように、本当に悪にも存在意義があるのでしょうか。たとえ、後でつぐなわれたとしても、罪のない人間の流す一滴の涙は、本当につぐなうことができるのでしょうか。善しか存在しない世の中というものは、退屈で無意味な世界になるのでしょうか。
 ハンスはこの世の悪というものをそれほど見てきたわけではありません。しかし、たとえば、貧しさのために飢え、苦しむ人々の姿は、あってはならないものであり、戦で親や家族を失った人々の悲しみも、あってはならないことだと思えます。じっさい、このお話には書かれていませんが、ハンスたちが歩いてきた道にも、そうした苦しみや悲しみの姿は本当はあったのです。お話というものは、楽しさが大事ですから、そうした悲しい姿は、作者の私はあまり書きたくないのです。自分の生活を考えてみてもそうでしょう? いつでも楽しい事ばかりの生活をしている人間なんて、そんなにいません。いたとしても、一家の働き手が仕事を失えば、あるいは、家族の一人が重い病気にでもなれば、その楽しさもいっぺんでおしまいです。明日からは、生きていくことは苦しみ以外の何物でもなくなるでしょう。中には、そうした中でも自分は明るく生きられるという自信のある人間もいるかもしれませんが、たいていの人間は、そうではありません。自分では気づいていなくても、常に、この世の悪におびやかされているのです。
 ハンスが生まれてすぐ捨てられたというのも、親からすれば自分が生きるために自分の子供を犠牲にしたのでしょう。自己犠牲の反対ですね。これも一つの悪です。ハンスが教会のお坊さんに拾われたのは幸運なことでした。でなければ、ハンスは生まれてすぐに死んでしまい、マザーグースのゴタムの賢人みたいに、この話はそこでおしまい、ということになったわけです。つまり、ハンスにとってこの世界が存在するのは、教会のお坊さんの一つの善行によってです。たとえ、それがいやいやながらした、義務的な善行だったとしても(実際、そうだったのです)、それはハンスにあらゆるものをもたらしたのです。
 そうしてみると、一つの善によって生かされたハンスは、自分では意識していなくても、その瞬間に心の底に善への強い意志が生まれたとしてもおかしくはないのです。例の、阿頼耶識ですね。現代風に、潜在意識(せんざいいしき)と言ってもいいですけど。これが、天国の鍵という言葉が、なぜハンスをここまで引っ張ってきたかという理由です。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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