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「こがね丸」6


6

<朗読>



 
 こうして黄金丸と鷲郎は我利を捨て、共有した条理に順い、共に手を携え目的を達成するために兄弟の契りを結んだ。そしてこの廃寺を棲み処に定めたのであった。もちろん浪々の身となった今は、二匹に食を与えてくれる主もなく、食べるものも思うに任せないこととなった。鷲郎は猟犬という立場を捨てたのだが、背に腹は代えられず、不本意ではあったものの



 「吾等の身とその志のためとあらば、慣れ親しんだ生業だから」



 と言うや、野山に出て猟をし、小鳥を狩って戻って来るのだった。二匹は鷲郎の働きでどうにかその日の糧を得、日を過ごしていた。



 ある日、黄金丸は用事があり一匹で人里へ出た。その帰り、畑中の道を辿り戻って来たときのことである。ふと見やると、遠くの山の端に野菊の乱れ咲く処があり、その中に黄色の獣が横になって眠っているのが目に入った。大きさからすると犬のようであるが、どことなく自分たち犬属とは異なるものらしい。その獣に近づきよく見ると、犬とは異なり耳が立ち口が尖っている。それはまさしく狐であった。その尾は先の毛が抜け落ちてみすぼらしくなっている。これを見て、黄金丸ははっと義父文角の話を思い出した。



 「文角義父さんがお話しくださった聴水という狐。きゃつはかつてわが実父月丸により、尾の尖端を咬み取られたという話だった。この狐の奴、尾の尖が千切れているぞ。こやつ、恐らくあの小悪の狐聴水に違いない。ああ、有り難いことだ。かたじけないことだ。今日このときこの場で巡り遭ったは、まさしく天の恵み。さあ、親の仇、ひと咬みにしてくれよう……」



 しかし黄金丸はさすが道を外すことを好まぬ義を知った犬であったので、たとい仇と言えども眠り込んでいるところを襲うのを快く思わなかった。また、もし聴水ではなく別の無関係な狐であったら無益な殺生をすることになるとも思った。黄金丸は眠っている狐の近くまでそっと忍び寄ると、寝ている狐に向かって一声高く叫んだ。



 「聴水か!」



 眠っていた狐は黄金丸の声に驚いたのなんの。驚きの余り、眠っていたその目も開けぬまま一間ほど跳ね飛んで、南無三とばかり一目散に逃げ出した。



 「おのれ、聴水。決して逃がしはせぬ」



 と黄金丸は大声で叫び、狐の後を追った。追われる狐も逃れるのに一生懸命だった。畑の作物を蹴散らし、人家のある里の方角へ全速力で逃れる。追う黄金丸。



 狐はとある人家の外回りに結い繞らした生け垣をひらりと飛び越えると、家の中へと逃げ込んだ。逃すまじ、と黄金丸もやはりひらりと垣根を越え、狐を追って家の中を走り抜けようとしたその時、家の中では年の頃六歳ほどの子供が夢中になって遊んでいた。黄金丸は誤ってその子供を蹴倒してしまった。するとその子は驚いて「わっ」と言って泣き叫んだ。何事があったかと子供の泣き叫ぶ声を聞きつけ、その親と思しき三十歳ほどの大男が家の裏口から子供のいる部屋へ飛び込んで来た。大男は、今まさに狐を追いその子のいる部屋を走り出ようとした黄金丸を見つけた。



 「あ、こいつ。我が子を襲ったのはお前だな。お前、俺の子を咬もうとしたな」



 と思い見定めると、かんかんになって怒り、そこにあり合わせた手頃の長さの棒を手に取るや、黄金丸に真っ向から「えいやっ」と手心を加えることなく、力任せに打ち下ろしてきた。多くの犬と咬み合い仕合を重ねて来たさすがの黄金丸であったが、大男の振り下ろした棒に肩を打たれた。



 「くっ」



 黄金丸はそう一声上げると、すぐに床にはたと倒れ落ちた。大男は倒れた黄金丸を見るや続けざまに何度か棒を振り下ろした。黄金丸は打ち叩かれ、もはや瀕死の有様であった。大男はおとなしくなった黄金丸を太い麻縄でぎりぎりと縛り上げた。黄金丸が大男に叩かれ縛り上げられている間に、親の仇聴水は命を危うく拾い、何処へともなく逃げ去ってしまった。黄金丸はあまりの無念に絶えかねて歯ぎしりをして吠え立てるばかりであった。黄金丸の心中も事の経緯も知るよしもない大男は、吠え立てる黄金丸を見て、



 「こん畜生、人の子を傷つけておきながら、まだ飽きたらず猛り狂って吠え立てるのか。この憎き山犬め。見ておれ、後で目に物を見せてくれるからな」



 そう言うと、麻縄で縛り上げられた黄金丸を引っ立てて、家の裏手の槐の木にその縄の端をつなぎ止めた。



 不倶戴天の親の仇を思いがけず見いだして仇を討とうとしたのに、その当の仇を取り逃がしたばかりか、その上さらに自分の身は、子供を誤って倒したという些細な罪で縛られ、さらに邪慳にも棒で打ち据えられるとは、と、黄金丸はその無念を痛く悲しんだ。しかし、さすがの猛犬の黄金丸も人間に刃向かうわけにはゆかず、じっとその痛恨に堪えていたものの、あまりの悔しさに流す涙の雫は地を穿ち、口惜しさの余り地団駄を踏めばその繋がれた槐の木を揺れ動かすほどであった。



 さてその頃、義を分かち合った兄弟鷲郎は、里に用事がある、と朝早く出かけた黄金丸が日がとっぷり暮れても戻ってこないので、心配してやきもきしていた。何度か寺の門まで出ては、あちらこちらを眺め廻してみるけれど黄金丸とおぼしき姿は見えない。もしや万一のことだが黄金丸の身に何かが降りかかり、怪我でもしておるのではなかろうか、と気が気ではなくなった。



 「彼はもちろん並々ならぬ犬であるから、むざむざ野犬狩りなどに遭い打ち殺されたりなどせなんだろうが。そうは言うものの心配だなあ」



 と、頻りに黄金丸の身を思い煩っていた。そして遂にその心配が募った鷲郎は棲み処を出、黄金丸の姿をあちらこちら探しつつ里の方角へ向かった。とある人家の傍らを通りすがったそのとき、垣根の中から聞こえてくる苦しげなうめき声が耳に入った。あれ、何か知らん、と耳を欹てて聞いてみれば、何を隠そう、かの黄金丸の声にそっくりではないか。



 「これは、黄金丸の声!」



 と確信した鷲郎は結い繞らされた枸橘の生け垣の破れ目の穴から中に入ろうとした。穴をくぐる鷲郎の腹に枸橘の葉の棘が容赦なく刺さったが、痛みをこらえながらどうにかこうにかくぐり抜けることができた。鷲郎は黄金丸らしき呻き声の出所に向かってこっそり忍び寄った。すると太い槐の木に麻縄でくくりつけられ、弱って蠢いている犬がいるではないか。それは、まさしく黄金丸であった。鷲郎は黄金丸の傍らにさっと走り寄り、抱き起こし、黄金丸の耳に口を当て、



 「おい、黄金丸。気を確かに持てや。俺だ、俺だ、鷲郎だ」



 と、大男に気づかれぬよう小声でそっと呼びかけた。その声は黄金丸に届いたようで、苦しげにようやく頭をもたげ、



 「おお、わ、鷲郎か。来てくれたのか。ああ、嬉しい」



 と、苦しい息で途切れ途切れに返答をした。鷲郎は黄金丸の体をきつく括り付けてあった荒縄を急いで咬み切ると、黄金丸の体の傷を舐めてやった。そして、



 「どんな具合だ、黄金丸。苦しいか。一体全体どうしてこんな有様になったんだ」



 と傷ををいたわりながら尋ねた。黄金丸は鷲郎の暖かいとりなしに感謝しながら身を震わせ、こうなった事の経緯を言葉短かに語り聞かせ、最後に小声で言った。



 「鷲郎、ともかくここをすぐに離れよう。こうしている処を見つかりでもしたら、吾等ともども、命が危ない」



 これを聞くと鷲郎もすぐ合点し、



 「よし。よいか、黄金丸、俺の背中に乗れ。乗れるか」



 「うむ、どうにか。鷲郎、かたじけない」



 「何を言う、そんな話はここを落ち延びてからでも遅くはない。さあ、行くぞ。よいか、しっかりつかまっておれよ、黄金丸」



 鷲郎は深傷を負い動くことさえままならぬ黄金丸を素早く背負うや、先ほど通り抜けた生け垣の穴を抜け、棲み処の寺へと急ぎ戻るのであった。





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酔生夢人
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男性
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仙人
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考えること
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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