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少年騎士ミゼルの遍歴 34

第三十四章 美しい仲間

「とうとう、破邪の盾を手に入れる者が現れたか。これで、この神殿も役目を終えたわけだ。ミゼルよ、リリアも共に連れていくがよい。お前だけの力では、まだカリオスを倒すことはできないだろう。リリアには霊力がある。きっとお前を助けることができるだろう」
 神官は、感無量の面もちでミゼルに言うと、美しい娘に向き直って言った。
「リリアよ、この若者と共に行くのだ。この若者には、常人にない力がある。カリオスを倒せるのは、このミゼルだけだろう。今カリオスを倒さないと、やがては全世界が悪魔の支配下に収められるはずだ。奴を倒すのは容易なことではないが、お前たちが力を合わせれば、可能かもしれない。まずは、最後の聖なる武具、神の鎧と兜を手に入れるために、森の島エタムに行くがよい」
「でも、お父様、私が行くと、お父様はここで一人ぼっちになってしまいますわ」
「心配はいらぬ。お前がどこにいようが、わしの魔法でお前と話すことはできる」
「それなら、私は参ります。ミゼルさん、ご一緒してよろしいでしょうか?」
「ええ、それはもちろんですが……」
 ミゼルは、思いがけない展開に戸惑っていた。この美しい娘が仲間になるのは嬉しいが、あまりにも危険な旅に、この娘を伴っていいのだろうか。
「ミゼルよ、お前が思うより、この子は強いぞ。魔物と戦う力は十分にあるはずだ。世間知らずな娘だが、よろしく頼む」
 神官は、ミゼルの心を見抜いたように言った。
「はい、分かりました」
 ミゼルたちは、先ほどリリアが降りてきた階段を上って外に出た。
 何百段もある階段の先は、明るい出口になっており、そこを出ると、島の頂上の丘だった。ミゼルが洞窟を彷徨っている間に、外は朝になっていたようだ。東の海の上から、今、朝日が昇りつつあった。
「この出口は、魔法で封印されていて、普通の人には見えないのよ」
 リリアが教えた。
 ミゼルたちを見送るために付いてきた老神官は、そこで足を止めた。
「では、これでお別れだ。カリオスを倒した暁には、ここにもう一度戻ってくるがよい」
「はい、お父様。それでは、お体にお気をつけて」
「お前もな。では、さらばじゃ」
 老神官は、リリアを強く胸に抱いて、別れを告げた。その目には、うっすらと光るものがある。
 ミゼルとピオは、リリアとライオンのライザを伴って仲間たちの所に戻った。仲間たちは、突然現れたこの美しい娘と不思議な獣に驚き、戸惑ったが、もちろんこの新しい仲間の参加を喜んだ。しかし、ミゼルには、ザキルの、リリアの体をなめ回すようにを見る目が不愉快で、気にかかった。ピオもマキルもメビウスも、美しい娘の出現を喜び、はしゃいでいたが、ザキルの目つきは、それらの無邪気な喜びとは異なるもののように思われたのである。田舎者だが、ミゼルはそういう勘は良かった。

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少年騎士ミゼルの遍歴 33

第三十三章 謎

 それからしばらく歩くと、そこに両脇にスフィンクスの像のある、扉のついた壁があった。この奥が破邪の盾を収めた最後の部屋だろう。ミゼルの胸は希望で高鳴った。
 しかし、その時、入り口の横のスフィンクスの像が、見る見るうちに生き物の姿になった。体はライオンだが、顔は人間である。一人は男、一人は女の顔だ。
「人間よ。この部屋に何の用がある」
 スフィンクスたちは、軋るような、鳥の鳴き声に似た声で言った。
「破邪の盾を貰いに来た」
 ミゼルは答えた。
「お前は、ここに来るまでに獣や亡霊たちを倒してきた。お前の武勇の力は認めよう。だが、破邪の盾を持つ者には、知恵が無ければならぬ。お前に知恵があるか、確かめさせて貰おう。この問いに答えられなければ、お前はわしに食い殺され、永遠に地獄の辺地にさまようのだ。それが怖ければ、ここから帰るがよい。逃げたとて誰もお前を責めまい。もっとも、無事に帰れるかどうかは分からぬがな」
「逃げはせぬ。何でも聞くがよい。スフィンクスよ」
「身の程知らずな人間め。では、問おう。
わしはライオンの力を持ち、人間の知恵を持っている。そして、獣にも人間にも無い霊力を持っている。この世にわしを倒せるものは一つしかないのだ。それは何であるか答えよ」
 ミゼルの心に、一つの言葉が響き渡った。
「簡単な謎だ。古の神々ですら、勝てなかったものがある。それは、運命の力だ。お前たちの定めは、私に謎を破られることだったのだ」
 悲鳴のような声とともに、スフィンクスたちは消え去った。
 ミゼルは、先ほどの声は何だったのだろうと考えた。スフィンクスの問いに対する答は、自分が考えたのではなく、天から与えられたような気がした。
 天にいる誰かが俺を見守っている、とミゼルは考えた。それはきっと、死んだ母、ナディアだろう。
 ミゼルの前の扉は自然に開かれた。ミゼルは部屋に入って、そこに祭壇のような台があり、ビロードのような布の上に安置された破邪の盾があるのを見た。盾は静かな白い光を放っている。ミゼルがそれを手に取ると、心に何とも言えない安心感のようなものが広がった。これは破邪の盾の持つ霊力のためだろうか。
 帰り道では、もはや怪物や亡霊たちは現れなかった。
 ミゼルが試練の洞窟の入り口から顔を出すと、ピオばかりでなく、老神官とその娘、リリアも喜びの顔で彼を出迎えた。

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少年騎士ミゼルの遍歴 32

第三十二章 不死の泉

 疲労から僅かに回復して、立ち上がる気力を取り戻すのに、どれほど休んだだろうか。
(水、水が欲しい……)
ミゼルはやっとのことで立ち上がり、歩き出した。槍を地面から拾い上げ、それを杖代わりにしてよろめきながら歩いていくと、泉の水音は段々と高くなってきた。
 角を曲がると、そこに不死の泉はあった。
 神秘的な青い光とともに地面から溢れ出すその水は、見る者を永遠の安らぎの世界に誘うかのようである。
 ミゼルは、ふらふらと泉に近づいた。喉の渇きは、今では耐え難いものになっていた。体も疲れ、回復を求めている。この泉の水を飲み、体を浸せば、永遠の命が授かるのだ。それが、なぜ悪いのだ?
 泉に差し伸べられたミゼルの手は、しかし途中で止まった。
 ミゼルの心に、祖父シゼルの顔が浮かんでいた。シゼルの悲しみに満ちた顔は、こう言っていた。
「ミゼルよ、マリスを探してくれ。もう一度わしをマリスに会わせてくれ」
 ミゼルは目を閉じて、水の誘惑をこらえた。
 再び目を開いた時、不思議なことに、喉の渇きはおさまっていた。

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少年騎士ミゼルの遍歴 31

第三十一章 冥界の騎士

 ミゼルは、大蜘蛛の死体の側に転がっている騎士たちの亡骸の間から剣を拾い上げた。槍だと投げるか刺殺するかしかできないから、場所や相手によっては不利になるからである。剣は湿気ですっかり錆びていたが、相手を殴り殺すことはできるだろう。
 大蜘蛛を倒した場所からしばらく先に進むと、あたりが段々と明るくなってきた。それとともに水の流れる音が聞こえてくる。もしかしたら、不死の泉が近いのかもしれない。
 その時、ミゼルの前方の岩壁から不気味な声が聞こえてきた。
「愚かな人間よ。この先には通さぬぞ」
 岩壁に、染みのような黒い影が現れたかと思うと、それは人の姿になった。鎧を着た騎士だが、その顔は髑髏である。騎士の亡霊だろうか。
「我々は、破邪の盾と不死の泉を守る冥界の騎士だ。この先に進みたくば、我々全員を倒していくがよい」
 亡霊騎士は、一体だけではなく、見ている間に岩壁から続いて生まれてきた。まるで昆虫の脱皮のように、青白い姿が、岩壁を離れると茶色に色づいていく。
 最初の亡霊騎士が、剣を振り上げてミゼルに襲いかかった。ミゼルは手にした剣で、その攻撃を受け止めた。左手に持った槍は投げ捨て、身をかがめて、地面に落ちていた古びた盾を拾い上げる。
 盾で防御しながら攻撃すると、相手に加えた攻撃のうち、斬ったり刺したりした傷は相手に何のダメージも与えないが、一度切り離した手足は元に戻らないことが分かった。つまり、足を切り離せば、相手は立ち上がることができず、手を切り落とせば、剣を取って戦うことはできないのである。しかし、槍よりましとは言え、なまくらな錆び刀で、相手の手足を切り離すのは、容易な業ではない。
 一体目、二体目とミゼルは亡霊騎士を倒していった。しかし、騎士は次々と岩壁から生まれてくる。相手を倒すのに手間取ると、敵の数が増え、一度に二人三人を相手にしなければならない。騎士の技量は生前の技量のままらしく、騎士によって差があり、倒すのにも苦労の度合いが違う。六人目と七人目を同時に倒した時には、ミゼルは相当の疲労を感じ始めていた。しかも、その時には、敵はまだ二人残っており、さらにもう一人が岩壁から生まれつつあった。
 このままではやられる、とミゼルは思った。その時、ミゼルの頭に一つの考えが生まれた。亡霊の生まれる状態は、昆虫の脱皮を連想させたのだが、もしかしたら、生まれ出た瞬間には、亡霊は無力な状態かもしれない。
 ミゼルは気力を振り絞って、目の前の二人の敵に攻撃を加えた。一人、また一人と倒した時には、もう一人がすでに岩壁から外に出てミゼルに向かってきていたが、それも何とか倒し、ミゼルは亡霊騎士の剣を拾い上げて、急いで岩壁の方へ走り寄った。岩壁からは、次の亡霊が青白い上半身を出しかけていた。
 ミゼルは壁の横に立って、剣を振り下ろした。亡霊騎士は上体を切り落とされた。先ほどの錆び刀と違って、亡霊騎士の剣は、切れ味がいい。
 後は、次々と生まれてくる亡霊騎士に向かって機械的に剣を振り下ろすだけであった。
 だが、亡霊騎士は無限に生まれてくるかのようである。ただ剣を振り下ろすだけでも、ミゼルの疲労は耐え難いものになってきていた。
 およそ二百体ほども斬った時には、ミゼルの腕はもはや、振り上げるのもままならないほどであった。
 それから何体斬ったか、ミゼルの頭が朦朧となって手が上に上がらなくなった時、やっと亡霊騎士は岩壁から出てこなくなったのであった。

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少年騎士ミゼルの遍歴 30

第三十章 地下の怪物

 階段の先は神殿の大広間になっており、その奥に洞窟への入り口はあった。
「ここが試練の洞窟の入り口じゃ。武器は何か持っておるかな」
 老神官は、ミゼルに言った。
「この短剣だけです」
 ミゼルが見せた短剣に、神官は頭を振った。
「そんな物では、巨大な怪物とは戦えまい。ここに、武器がある。何でも好きな物を選ぶがいい」
 入り口の横には、様々な武器が並んでいた。槍や剣が多いが、ハンマーや大鎌、鎖付きの鉄球といった特殊な武器もある。
「この槍にしましょう」
「槍か。いいだろう。剣よりも遠くまで届くし、投げることもできるいい武器だ」
 この神官も、武芸の心得があるのだろう、とミゼルは思った。
 柄の丈夫な、穂先もしっかりと留められた槍をミゼルは選んだ。
「では、行くがいい。父の二の舞はせぬようにな。お前の望みは、不死の身になることではないのだからな。それを忘れるな」
 神官に頷いて、ミゼルは洞窟に入っていった。
 洞窟の中は案外広かった。人間が数人並んで進める幅があり、天井までは頭上二メートルほどの高さがある。自然の鍾乳洞を利用して、それにいくらか手を加えて作られた迷路らしい。幅の狭い所は、明らかに人間の手で広げられていた。自然の太陽光線は入らないはずだが、うっすらと明るいのは光苔のような発光植物が洞窟の壁に生えて燐光を発しているせいのようだ。
 洞窟は地下に向かって下がっていた。あちらこちらで曲がっているので、東がどこの方か、分かりにくい。途中に幾つも分かれ道があり、下手をすると、同じ道を何度もぐるぐると回って体力と気力を消耗しそうであったが、リリアの忠告に従って分岐点では目印に小石を置いて、一度通った所は二度通らないようにしたため、ミゼルは着実に進むことができた。
 洞窟の中には、様々な得体の知れない動物がいた。大鼠やナメクジはまだ身近な生き物だが、巨大なウミウシや蟹や大蛸までいるのは、おそらくこの洞窟が海底とつながっているからだろう。中には、体全体が蜘蛛の巣状で、その中央に巨大な目玉がある、不思議な生き物もいたが、壁にぺたりとくっついているそいつは、ミゼルが通るのをじろりと睨んだだけで、動こうとはしなかった。
 大鼠や大蟹は、時々ミゼルに襲いかかったが、それを撃退するのは簡単だった。
 ある角を曲がろうとした時、ミゼルは厭な気配を感じて足を止めた。かすかに、生き物の動く音がする。ミゼルは槍を構えて、そっと角の向こうを覗いてみた。
 そこにいたのは、一匹の巨大な蜘蛛だった。体は、人間のおよそ三倍ほどあるだろうか。
洞窟のその一画に巣を作り、ここを通る者を網にかけて餌食にしているのである。地面には、蜘蛛の餌になった騎士たちの骨や鎧兜が無数に転がっている。
 ミゼルは思案した。ここまで、この道以外の道はすべて通っており、この道を進まないと、先には行けない。この化け物と戦うしかないようだ。
 ミゼルはゆっくりと進み出た。蜘蛛の化け物は、侵入者を察知して、こちらに頭を向けた。その赤く光る目が不気味である。
 四方の壁には、蜘蛛の糸が張り巡らされている。これに触れれば、身動きがとれなくなるだろう。ミゼルは注意して歩を進めた。蜘蛛は、一飛びにミゼルに飛びかかった。ミゼルはその腹に向かって槍を突き上げた。槍は見事に蜘蛛の腹に刺さったが、蜘蛛は痛みを感じた様子もなく、ミゼルにのしかかる。ミゼルは蜘蛛の体で押しつぶされた。
(腹では駄目だ。頭を狙うしかない)
 ミゼルは必死で考えた。昆虫の中には、体の一部をやられても平然と動ける物が多い。この蜘蛛もその一つだろう。
 ミゼルは、全身の力を籠めて蜘蛛の体の下から抜け出し、蜘蛛の腹に刺さった槍を引き抜いて、今度はその頭部を狙った。蜘蛛は、自分の体の下から抜け出したミゼルに向き直り、ミゼルを噛み殺そうとしてその巨大な口を開いていた。ミゼルは、その口の中を目がけて力一杯に槍を投げた。槍は蜘蛛の口蓋の上の方から脳に向けて刺さり、その端は蜘蛛の頭部から外に突き出した。
 大蜘蛛は、体をのけぞらせて痙攣し、地響きを上げてミゼルの横に倒れた。
 ミゼルは、額の冷や汗を拭って、ほっと大きく安堵の息をついた。

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少年騎士ミゼルの遍歴 29

第二十九章 地底の神殿

 ミゼルとピオが洞窟の中の海を泳いで、透明な水の上をしばらく進むと、洞窟の日が入らない部分に入って暗くなった。しばらくは、頭上に二メートルほどの空間があったが、やがて天井が低くなり、とうとう頭上の空間はまったくなくなった。
 ミゼルとピオは顔を見合わせたが、互いに頷くと、水に潜って先に進むことにした。
 二十メートルほど潜水して進み、頭上に再び光が射してきた所で、二人は浮かび上がって水上に顔を出した。
 そこは、巨大な空洞であった。しかも、その内部は一つの建造物となっており、自然の地形を利用してはいるが、様々な装飾や彫刻は、そこが古代の神殿であることを示していた。空洞部分の広さは、およそ二百メートル四方、高さは二十メートルほどもあるだろうか。正面の階段の奥には、さらに何かがありそうだ。彫刻は、ミゼルやピオが見たこともない、異国風のものである。ある者は、牛頭人身、ある者は、人面鳥身、様々な姿の怪物に混じって、古代の衣服をまとった英雄の彫像がある。天井には穴があって、そこから光が射し込み、この地下神殿や洞窟全体を美しく照らしている。
 ミゼルとピオが、体から水を滴らせながら神殿の階段を上がろうとした時、頭上から声がした。
「お前達は何者だ。聖なる神殿に何の用がある」
 二人が見上げると、階段の最上部に、異国風の白い僧服をまとった長身禿頭の老人の姿があった。この神殿の神官だろう。彼は二人を厳しい目で見下ろしている。長い髭は白いが、体つきは非常にたくましく、年は五十代後半くらいだろう。
「無断でここに入った無礼はお許しください。我々は、この神殿に奉納されている破邪の盾を拝借するために参った者です」
 ミゼルは、丁重に言った。
「破邪の盾を何に用いる」
「レハベアムの国王、カリオスを倒すためです」
「なら、お前は、騎士マリスの息子か」
「父をご存じですか?」
「十一年前に、ここに来た。だが、神の試練に耐えきれず、不死の道という堕落を選んだのだ」
「不死の道という堕落?」
「そうじゃ。不死の体を持った者には、神の恩寵は与えられぬ。聖なる武器は使えず、悪魔を倒すこともできぬ。ただ、己が生き長らえることができるだけじゃ。しかも、不老の身ではないから、容赦なく年はとる。三百年もたてば、息をしているだけの、無惨な生ける死者になるだけだ。さらに時が経てば、肉体は滅んで、亡霊のような影となって、地上をさまようのじゃ。それが不死ということじゃよ。お前も、神の試練を受けてみるか? だが、これまでその試練に耐えた者は一人もいないぞ。死んだ者は数百人、不死の身になった者が僅かに三人いるだけだ。その三人のうち二人は、もはや影か亡霊同然の姿になっておる」
「私の身はどうなってもかまいません。どうか、その試練を受けさせてください」
 ミゼルは、その神官らしい老人に懇願した。おそらく、これがロザリンの言っていたプラトーだろう。
 その時、地上につながっているらしい岩壁の横の階段から、何者かが降りてきた。ミゼルとピオは、思わずそちらを見て、ぎょっとした。階段から降りてきたのは、一頭の大きなライオンだったからである。
 そのライオンは、四、五段くらいずつ跳ねながら降りてきたが、床に降り立つと、ミゼルとピオに向かって、うなり声を上げた。
「ライザ、おやめ。その方たちを傷つけてはなりませんよ」
 ライオンに気を取られて気が付かなかったが、階段の上から降りてきた者がもう一人いた。それは、真っ白い古代風の服を着た金髪の若い娘だった。 
(女神だ)、とミゼルは思った。それほどに美しい娘である。
「お父様、この方たちは?」
 その美しい娘は、神官らしい老人に向かって聞いた。
「リリアか。お前は、もう覚えていないかもしれんが、十一年前に、ここに来たマリスという騎士がいただろう。その息子だ」
「ああ、覚えていますわ。だって、この島で、お父様以外に私が話をした唯一の男の方ですもの。それで、この方たちは何の用でいらしたのかしら」
「破邪の盾を貰いたいそうだ」
「まあ、では、あの試練をお受けになるのですか? おやめなさいな。そのために命を失った方が何百人もいるのに」
 リリアは、じっとミゼルの目を見た。ミゼルは、その無邪気な瞳に、思わず目をそらしてしまった。先ほど、この娘を見た瞬間に抱いた恋心を、読み取られるのではないかと思ったからである。
「マリスの息子よ。名前は何という」
「ミゼルです」
「そうか。ミゼル、もしも、お前がどうしても破邪の盾が欲しいのなら、この神殿の奥にある、試練の洞窟に行け。東へずっと進んでいけば、その一番奥に、破邪の盾を納めた部屋がある。しかし、そこに行き着くまでには、洞窟の中の様々な怪物や魔物と戦わねばならん。そして、途中に、不死の泉があるが、その泉に身を浸したり、水を飲んだりしてはならん。そうすれば、破邪の盾のある部屋への入り口は閉ざされ、盾を得ることはできなくなるのだ」
 老神官の言葉に、ミゼルは頷いた。
「分かりました」
「まだ、これだけではないぞ。この試練は、一人で受けねばならん。それでも行く気か」
「はい」
「ミゼルさん、洞窟の中は迷路になってます。分岐したところに来たら、必ず何か目印を置いておくのです。あせって同じ所を何度も回らないようにね」
 リリアの優しい言葉に、ミゼルは感激した。
「そこの男は、ミゼルが出てくるまで、その辺で待っておくがいい」
 神官の言葉にピオは、頷いてミゼルの側に歩み寄り、
「しっかりやれよ」
と言った。
 ミゼルはピオに頷いて神殿の階段を上っていった。

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少年騎士ミゼルの遍歴28

第二十八章 風の島ヘブロン

 六日目の朝、船の前方にヘブロンの島影が見えた。
 朝日を受けて薔薇色に輝く岸壁は、神々しい雰囲気を漂わせている。
 ここから見える東側の海岸のほとんどは切り立った岩壁だが、しばらく島に沿って船を走らせると、やや岩壁が低くなったところの下に白砂の海岸が見えた。
 ミゼルたちは、船をそこに付けることにした。海の水は完全に透明で、朝の光が縞を作って海底まで届き、群れて泳ぐ魚が無数に見える。海底の珊瑚礁の上には、よく見ると海老や蟹がおり、その上を透明なクラゲが泳いでいる。そして、海草の赤や緑が美しい。
 船の碇を下ろしてミゼルたちは上陸した。海に飛び込むと、海水は温かである。
 先頭に立って歩いていたピオが足を止めた。
 その指さしたところには、人間の背丈ほどもある巨大な蟹の姿があった。
 ミゼルたちはぞっとした。
 蟹は、侵入者を察知したのか、岩壁に沿って動き、大きな岩の後ろに姿を隠した。
 ミゼルたちは、ほっと息をついた。
 海岸からしばらく登っていくと、岩壁の上に出た。そこから、さらになだらかに斜面は続いていたが、島の様子はここからでもだいたい分かる。島は、盾を伏せたような形をしており、岸壁の高さは、およそ十メートルから五十メートル、島の上部は起伏こそあるが、全体がなだらかな丘になっていて、地形は単純だ。それでも、一日で回れる大きさではない。丘の蔭には林も小川もあるようである。そして、風の島の名の通り、島全体を涼しい風が吹き巡り、気持ちがいい。
 ミゼルたちを見て、野ウサギや鹿が不思議そうな顔をしているが、逃げることもしない。敵を見たことがないのだろうか。
 小川の側で、ミゼルたちは一休みした。草の上に身を横たえて、久しぶりの大地の感触を味わう。川の水を手で掬って飲んでみると、なんとも言えない清涼な味がした。
「破邪の盾は、ヘブロンの神殿にあるという話だが、そのヘブロンの神殿は、人の目には見えないそうだ」
ミゼルは、ピオに言った。
「神殿というくらいだから、大きな物だろう。見えないってことは、何かの魔法がかかってるって事かな」
「多分、そうだろうな」
 ミゼルが答えると、メビウスが、
「そうとは限らないよ。地下神殿かもしれんしね」
と言った。
「成る程。だが、入り口くらい見つかりそうなものだ」
 ピオが頷きながら言った。
「もしも、これまで何人もの人間が、入り口を見つけきれなかったのなら、それは時間帯の問題じゃないかな」
 メビウスの言葉に、ミゼルとピオは不思議そうな顔をした。
「どういう事だ?」
「ある一定時間しか現れない入口さ。さあ、そろそろ船にもどろうぜ」
「おいおい、神殿を探すのはどうする」
「その為に船に戻るんだよ」
 狐につままれたような顔で、一行はメビウスに従って船に戻った。
 浜辺に停泊していた船の碇を上げ、メビウスは島の周囲に沿って船をしばらく走らせた。
「よく岸壁を見ていろよ。海面との境に空洞があったら知らせるんだ」
 メビウスは船を操縦しながら、皆に命令した。
 海は干潮になってきていた。
「そうか、干潮の時だけ、洞窟の入り口が海面上に現れるんだ!」
 マキルが叫んだ。海についての知識の無いミゼルとピオには、まだ何の事かわからない。
 船は、島の西側に来ていた。西に傾いた太陽に照らされて、空洞らしい黒い空間が見えたようにミゼルは思った。
「船を止めてくれ! あそこに入り口みたいなものがある」
 それは確かに洞窟の入り口だった。しかし、洞窟の下半分は水没しており、船が入れる大きさではない。仕方なく、ミゼルとピオの二人だけで、洞窟の中に泳いで入ることにした。

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HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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