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少年騎士ミゼルの遍歴 41

第四十一章 ウズの町

レハベアムに上陸してから二ヶ月ほどかかってケルたちはやっとレハベアム中部の町、ウズに達した。ウズは大河に面した大きな町だが、家々は貧しげな草葺で、寒い気候のせいか、町の周りの畑の作物も貧弱だ。道で出会う人々の顔も生気がない。人々の多くは黄色っぽい顔色をしており、背も低い。
ライオンを連れたミゼルたちの一行は人目を引いたが、彼らに話し掛ける人間はほとんどいなかった。面倒な事に関わり合いになるのを恐れているのだろう。
リリアが一行のために店で食料を買っていると、一人の若者がミゼルに話し掛けてきた。
「あんたたち、ヤラベアムの人間だね。ライオンを連れた妙な旅人がいると町中で噂になっているよ。もうすぐあんた方を役人が捕まえに来るはずだから、逃げた方がいい。もし、よけりゃあ、俺がいい隠れ場所を教えてやろう」
 ミゼルは若者を見た。肌の黄色い小柄なレハベアム人で、表情が読みとりにくいが、悪意はなさそうだ。ミゼルは若者に頷いた。
 若者はミゼルたちを町の裏側の山に連れて行った。林の中に隠れた洞窟があり、その中には焚き火の跡がある。
「ここが俺の別荘さ。ここでしばらく身を隠すがいい。もし、欲しい物があれば、俺が買ってきてやろう」
「あんたの名前は?」
「オランプだ」
 ミゼルたちはオランプと名乗る若者に自分たちの名を名乗った。
「ミゼルにリリアに、ピオにマキルとザキルだな。よろしく」
 オランプはミゼルたちに笑顔を向けた。
「いったい、ヤラベアムの人間が、こんな所で何をしているんだ? いや、言いたくなければ無理に言わんでもいいが」
「別に隠すつもりはない。実は、ぼくの父がレハベアムの虜になっている。それを救い出しに来たんだ」
「虜というと、あの不死人のことか?」
「そうだ。知っているのか?」
「ここでは有名な話だ。国王カリオスの魔力でも殺せない人間がいるとな。だが、永遠に地下牢の中に閉じこめられていては、不死の体も意味がないと、皆話している」
「そうか、やはり父はまだ生きていたか」
 ミゼルは感慨無量だった。自分がここまで旅をしてきたのは無駄ではなかった。
 オランプは、レハベアムの情勢をいろいろと話してくれた。大神官カリオスが前の国王モルデを殺して王位を奪った後、世の中が悪くなり、国民の暮らしは苦しくなったこと、ここでは貴族たちは平民を人間扱いしないこと、しかし法が厳しいので、人々は不満を口に出せないことなどである。
「だから、あんたたちがもしもカリオスを殺してくれるなら、俺達にとってはこんな嬉しいことはないのさ。だが、カリオスはとてつもない魔力を持っている。奴を倒すのは不可能だろうな」
 オランプは淡々とした口調でそう言った。
「そうとも限らんさ。奴が悪魔なら、こっちは神様が味方している」
 ピオが軽口を叩いた。
「この世に神がいるなら、もっといい世界を作っただろうさ。俺達にとっちゃあ、この世は地獄みたいなもんだ」
 オランプはシニカルな口調で言ったが、ミゼルたちのために必要な物を運んでくれることを約束して、町に戻っていった。

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少年騎士ミゼルの遍歴 40


第四十章 最後の旅

「冬が近いなあ」
 船の舳先に近い甲板で、鉛色の空を見ながらメビウスが言った。それに答えるように、ピオが言う。
「聞いた話では、レハベアムは南北に長く伸びた大陸で、ヤラベアムとアドラムを合わせたのと同じくらいの長さがあるそうだ。首都シズラは、その北の方にあるというから、そこに着くまでには完全に冬になっているぜ。冬に入ると、この旅は苦しいものになりそうだ。雪の中の旅は、きついものだからな」
「レハベアムまでは、後何日くらいだろう」
 ミゼルがメビウスに聞いた。
「俺にもよく分からないけど、エタムからはそれほど離れていないらしいから、もうそろそろ見えるんじゃないかな」
 ミゼルは船尾でライオンのライザと戯れているリリアの所にぶらぶらと歩いて行った。
 ライオンのライザも、リリアの前では大きな犬か猫のようである。ザキルは相変わらずリリアに近づこうとするが、その度にライザに威嚇されて近づけない。もっとも、それでなくてもリリアの魔法の力を使えば、ザキルを懲らしめることは簡単なことだろうが。
「リリア、教えてください。不死の身になった人間は、もう元には戻らないのですか」
 ミゼルを見て微笑んだリリアは、ミゼルの問いに首を傾げた。
「さあ、どうでしょう。父のプラトーなら、元に戻る方法を知っているかもしれませんが、私は知りませんわ。でも、不死の身を得た人間は、たいていはそれを喜んでいるものです。自分から死を望むことはほとんどありませんわ」
「しかし、不死の身でも、年は取るのなら、いつかは生きるのにうんざりする日が来るのではありませんか?」
「そうかもしれません。でも、年老いて頭が呆けてきたら、もうそんな事も考えないでしょうね」
「僕は、そんなのは厭だな」
 ミゼルは、もう一つ思いついて訊ねた。
「たとえば、不死の人間の体をばらばらにしたらどうなります?」
「変な事を考えるのね。さあ、どうなるんでしょう、きっと、そのまま生きているんじゃないかしら」
「つまり、手足や頭や、胴体が別々に生きると?」
「多分ね」
「では、僕の父のマリスを無害な存在にしたければそうすればいいわけだ。もしも、そうなっていた場合、リリア、あなたの魔法で、それを元に戻すことはできますか?」
 リリアは、考え込んだ。そして、悲しそうに頭を振った。
「いいえ、できません。と言うより、自信がありませんわ。神以外の者に、そんな事ができるとは思えません」
「そうですか……」
 ミゼルは、自分の不吉な考えが、現実になっていない事を祈った。
 やがて、船の舳先の方からマキルの声が聞こえた。
「陸だ、陸が見えたぞ! レハベアムだ!」
 ミゼルとリリアは小走りに舳先に向かった。
 レハベアムは、船の前方に、灰色の空の下に小さな影のように見えていた。その黒い影は、うずくまる怪獣のようにも見えた。

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少年騎士ミゼルの遍歴 39

第三十九章 神の武具

ミゼルたちは、一人でシャクラ神殿に登っていったリリアの戻るのをじりじりしながら待っていた。シャクラ神殿には、神官や巫女以外が入ることは許されないのである。大猿や大蛇は、大昔から神殿を守っている神の使いらしい。ラミア一族の末裔であり、神官の娘であるリリアには、彼らは危害を加えないだろうというリリアの言葉で、ミゼルたちは山の麓で待つことにしたのだが、ミゼルにとってはリリアの無事が分からない不安に耐えていることのほうがずっと辛かった。
ちょうど太陽が真上に昇った頃、神殿に続く道にリリアが現れた。真っ白な服の上に銀色に輝く神の鎧を着、兜をかぶったその姿は、戦の女神そのものである。
「これが神の鎧と兜ですわ。さあ、ミゼル、すべての神の武具を身につけてみてください。神の武具は、一つずつでも強大な威力を持っていますが、三つが揃うと、その何百倍もの威力になるのです。おそらく、常人の力の数千倍か数万倍もの力になるはずです」
 リリアの言葉で、ミゼルはすべての神の武具、すなわち神の鎧兜、破邪の盾、王者の剣を身に着けてみた。
 そこに現れたのは、神話の中の英雄かと思われる神々しい姿であった。
「こいつはすげえ。普通の人間なら、ミゼルのこの姿を見ただけで地にひれふすぜ」
 ピオが感嘆の声を上げた。
 ミゼルは、自分の中にみなぎる力を感じていた。しかし、それが錯覚ではないかどうか確かめたい。
ミゼルは、傍らの大木に王者の剣を振り下ろした。直径がおよそ一メートルもあるその木は、豆腐か寒天でも切る程度の手応えで斜めに切り落とされた。
倒れる大木から慌てて飛び退くマキルとザキルに構わず、ミゼルは今度は自分の側にあった大岩に、真っ向から剣を振り下ろした。
これもまた、ゼリーでも切る手応えである。岩は、まっぷたつに切れた。
ミゼルは、王者の剣を日にかざして眺めた。青白く輝く刀身には、刃こぼれどころか、物を切った跡さえない。
「恐ろしい威力だ。カリオスがどんなに化け物みたいな奴でも、この三つの武具にはかなわないだろう」
 ピオが言った言葉に、リリアは首を横に振った。
「いいえ、カリオスの力をあなどってはいけません。神の武具を身につけても、人間は人間、相手は悪魔そのものに近い力を身につけた男です。神の武具は、通常の魔法を利かなくする力はありますが、悪魔の力を借りた魔法にどの程度通用するか分からないのです」
「しかし、普通の人間なら、この武具にかなう者はいないだろう。千人の軍勢でも、ミゼル一人で倒せるんじゃないか?」
 ピオが言うと、リリアはそれには頷いた。
「千人どころか、何万人でも倒せます。ミゼルほどの勇者なら、汗一つかかないでしょう。この神の武具は、着た者の力を増幅させるだけでなく、疲れを癒す力もあるのですから。三つの神の武具を身に着ければ、たった一人で、この世界全体を征服し、世界の王者になることもできるのです。しかし、普通の人間が神の武具を着ても、自分の全能力を一瞬で使い果たすだけです。神の武具は心正しい者しか身に着けることはできません。それがミゼルですわ」
 リリアの言葉を聞きながら、ミゼルは、自分がそれほどの人間なのかどうか考えた。つい半年前まで、田舎で羊飼いをしていた無知な少年である自分が、それほどの人間であるとは、とても思えない。しかし、もしもカリオスが噂どおり悪魔の手下であり、この世を悪の支配下に置こうとする人間で、自分がカリオスを倒す使命の為に神に選ばれた人間なら、そのために命を捨ててもいいとミゼルは考えた。それによって、自分の愛する人間のすべてが救われるのなら。
 ミゼルたちの一行は、船に十分な水と食料を積み込んだ後、森の島エタムを離れた。季節はまもなく冬になろうかという冷たい風の吹く頃であった。

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少年騎士ミゼルの遍歴 38

第三十八章 ゴラの村

 ピオの傷は浅かったが、毒の影響で、しばらくは左腕が使えなかった。
「なあに、右腕だけでも使えりゃあ十分だ」
 ピオは、それまでの重い幅広の剣をやめて、予備に持っていた片手で使える刀身の細いしなやかな剣に換えた。この剣では、斬ることはできず、突き専門だが、敏捷なピオにはこの方が向いている。
 ミゼルたちは、ゴラ族にどう対処するか相談した。
「このまま行けば戦いになるのは必至だが、無駄に人を殺したくない。なにかいい手はないかな」
 ミゼルの言葉に一同は首をひねって考えた。
「こちらにはリリアさんがいるんだから、そいつを利用しようぜ」
 ピオが言った。一同は、問うように彼を見た。
「彼女を神の使いに見せかけるのさ。神の命令だと言って、神の鎧兜をこちらに差し出させりゃあいい」
 成る程、とミゼルたちは頷いた。
 朝食が済むと、一行はライオンのライザの背に乗ったリリアを中心に、行列を作ってゴラ族の村に近づいていった。
 村の入り口にはすでにゴラ族の戦士たちが戦の準備をして備えを作り、侵入者たちを待ち受けていた。その中央にいる、一際巨大な体躯で豪華な羽根飾りをした男が酋長だろう。
 リリアは、魔法でその男の心を読んで、その男がやはり酋長のザンバで、その隣にいる老人が魔術師のトンガであることを知った。
 リリアはザンバの心に呼びかけた。
「ザンバよ、私はラミアの神の使いです。お前たちが守っているシャクラ神殿に祭られた神の鎧兜を受け取りに参りました」
 ザンバは、自分に聞こえた声が、他の者には聞こえていないようであるのに驚いて、周りをきょろきょろ見回した。
 リリアは、魔法の光で自分たちの周りを包んだ。その光輝は、ゴラ族の者たちに恐れを与えた。
「あれはまやかしじゃ。わしの魔法で、奴らの正体を暴いてみせる!」
トンガが叫んで、前に進み出た。
彼は魔法のダンスをしながら呪文を唱えたが、それは迷信深いゴラ族の人間には利いても、ミゼルたちには通用しなかった。
リリアが手を前に伸ばして、その指先から電光を発した。電光はトンガに当たり、二メートルほど後方に吹き飛ばした。
ゴラ族の者たちは恐怖の声を上げて、地にひれふした。
「まだ逆らう気なら、お前もトンガと同じ目に遭わせますよ」
 リリアの言葉に、ザンバは震え上がった。
「わ、わかった。あなた方の邪魔はしない。だが、シャクラ神殿には大猿や大蛇がいて、我々も入ることはできない。宝物が欲しければ、自分たちで行って取るがいい」
 ザンバの言葉にミゼルたちは頷き合った。

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少年騎士ミゼルの遍歴 37

第三十七章 蛮族の襲撃

「もうすぐ、ゴラ族の村ですわ。シャクラ神殿は、彼らに守られていて、中に入るのは難しいと思います」
 リリアが言った。川から少し離れた所で、なるべく動物に襲われずにすみそうな場所を見つけ、ミゼルたちはそこで夜営することにした。
「ゴラ族は、毒矢を使うから、気を付けてください。刺さると命にかかわります」
 食事をしながらリリアは皆に注意した。
 その夜、眠りについてしばらくすると、ミゼルは誰かの手で揺り起こされた。
 リリアだった。
「起きて。近くに敵がいます」
 ミゼルも周りの気配には敏感な方だが、リリアは魔法の力で敵の接近を感じ取っているようだ。
 ミゼルは隣に寝ていたピオとメビウスを起こし、敵が近くにいることを告げた。
 起きてすぐは、周囲は漆黒の闇に見えたが、やがて目が慣れてくると、二十数メートルほど先の木陰に敵がいるのが分かる。
 ミゼルは襲撃に備えて弓を構えた。敵は体に白い塗料を塗っていて、闇の中でも見分けがつく。弓にはいい的だ。ミゼルとピオは、盾を地面に据えて、その背後に身を隠し、敵の動きを観察した。
 やがて、鋭い羽音と共に、矢が飛来した。一本目に続けて無数の矢が飛んでくる。
 ミゼルは盾の陰から弓で応戦した。
 相手の数は十数名のようだ。いずれも名人級の射手である。弓勢は弱いが、正確そのものの矢である。しかし、ミゼルの弓の腕は彼ら以上であった。闇の中では、こちらの矢がどこに飛んだかはほとんど分からず、誤差の修正が困難だが、この程度の近距離ではほとんど問題にならない。ミゼルの矢は次々に敵を倒していく。
「うわっ!」
 ミゼルの側でピオが悲鳴を上げて腕を押さえた。矢が刺さったらしい。
「動かないで! 体に毒が回ります」
 リリアがピオの傷に口を当てて毒を吸い出し、薬草の手当をして、毒消しの呪文を唱えた。
 闇の中の攻防は、一時間ほど続いた。ミゼルが射倒した敵の数は十名以上になり、残る数名の敵は、とうとうあきらめて退却していった。
 ほのぼのと夜が白みかかった中で敵の死体を確認したリリアは、
「ゴラ族の戦士ですわ」
とミゼルに言った。

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少年騎士ミゼルの遍歴 36

第三十六章 大河の鰐

次の日から、リリアは、ピオの後ろ、ミゼルの前を歩くことになった。後ろのザキルの視線から少しでもリリアを隠すためである。しかし、リリアの後ろを歩くことは、ミゼルに絶えずリリアを意識させることになった。ふとした動きに現れる、リリアの体の女らしい曲線や、手足や首筋の白さがミゼルを悩ましい気持ちにさせる。自分もザキルと同じだ、とミゼルは自分を心で罵った。リリアの後ろを歩いている間中、ミゼルの心にはリリアしかいなかった。この旅の目的も、父マリスや祖父シゼルの事も忘れて、ただリリアを見る喜びしかなかったのである。
上陸して四日目、一行はシャクラ神殿の前を流れる大河に出た。大河の向こうには火山があり、その中腹には、明らかにシャクラ神殿と思われる建物がある。
川の水は深くはなさそうだが、それでも二メートル以上あり、歩いて渡れるほどではない。一行は、川の側に生えている木を切って筏を作ることにした。
作るのに半日ほどかかったが、筏は出来上がった。人間だけでなく、ライオンのライザや馬のゼフィルも乗れるほどの大きな筏だ。
対岸までは、およそ百メートルほどだろうか、彼らが筏で渡るその側を大鰐が何匹かゆっくりと泳いでいく。ミゼルたちは、鰐を見るのは初めてだが、その大きな口にびっしりと生えた鋭い歯を見れば、これが危険な生き物であることはわかる。
突然、その中の一匹が、筏に前足を掛けた。筏がぐらりと揺れる。鰐は、案外素早い動作で、のそりと筏に上がってきた。
ゼフィルは嘶き、ライザは身構えて唸り声を上げた。
ピオが剣を抜いてその大鰐に斬りつけたが、その堅い皮に跳ね返される。
「刺せ、刺すんだ!」
リリアを後ろにかばっていたミゼルは、それを見て叫んだ。
マキルが愛用の銛を構え、投げた。銛は大鰐の腹部に突き立った。大鰐はその苦痛で暴れ、揺れ動く筏からザキルが落ちた。
ミゼルは、剣を抜いてジャンプし、鰐の上方から、その頭に深々と剣を突き立てた。鰐の頭は筏の材木に剣で留められ、鰐はなおも体をぴくぴくと動かしていたが、やがてその動きを止めた。
マキルの方は、その間に水に落ちたザキルを拾い上げている。ザキルは、彼を狙って近づいてきた他の鰐の口から、辛くも救われた。
筏には、鰐たちが上ろうとし続けたが、ミゼルとピオが剣を抜いてそれを追い払い、筏はやっとのことで対岸に到着した。

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少年騎士ミゼルの遍歴 35

第三十五章 エタム上陸

 光り輝く秋空の下、船はエタムに向けて出発した。爽やかな風の吹くヘブロンの島はミゼルたちの背後にだんだんと小さくなっていった。
 ヘブロンを出て十日ほどたつと、空気が淀んだようになり、暑熱が増してきた。空は黒い雲に覆われ、一日のうちに晴れと雨が何度も交代する。雨がやむと、黒い雲の帳から黄金色の光の筋が海上に降り注ぐ。だが、むっとするような暑さは変わらない。
 やがて水平線上にエタムの島影が黒々と見えてきた。ヘブロン島が見えた時の印象とは異なり、陰鬱な印象の島である。海の色もヘブロンの透明なサファイア色とは違って、重苦しい緑色である。
 その陰鬱な印象は、島に近づくにつれてますます強くなった。島全体に密生したジャングルが、暗い感じを与えているのである。
 砂浜の海岸に船を付けて碇を下ろし、停泊する。その日は海岸周辺を散策しただけで、森林の奥に入るのは明日にすることにした。
 翌日、ミゼルたち六人は海岸から坂を上がって密林に入って行った。目指す所は、島の中央にある火山である。
「あの火山の麓に、シャクラ神殿という蛮族の神殿があります。もとはラミアという白人の一族の神殿でしたが、およそ二百五十年前に蛮族に滅ぼされ、その生き残りがヘブロンに渡ったのです。父と私は、その最後の二人なのです」
 リリアがミゼルに言った。
「ラミアは、レハベアムやヤラベアムの人々の祖先でもあると聞いたことがありますが?」
 ミゼルが聞くと、リリアは微笑んで答えた。
「それは神話時代の話ですから、私には何とも言えません。人の種類としては、多分同じなのでしょう」
 一行は、ピオ、ミゼル、メビウス、マキル、リリア、ザキルの順に並んで密林の中を進んで行った。
 奇妙な動物や植物が彼らの前に現れたが、まだそれほど危険な物には出くわしていない。
 夕方に夜営の準備をし、六人は食事をした。その食事の後でリリアがミゼルに話があると言って他の者から少し離れた場所に呼んだ。
「実は……こんな事、話しにくいんだけど、隊列の順序を変えてほしいの。ザキルが私にしょっちゅう嫌らしい事を言うの」
「どんな事を言うんですか」
「そんな事、私の口から言えませんわ」
 ミゼルは考え込んだ。おそらく、男と女の間の淫らな話だろう。ミゼルは、ザキルがリリアにそのような気持ちを抱いているというだけでも、激しい怒りと苦痛を感じた。この清らかな人に、そんな気持ちを抱くとは。
「わかりました。明日から、順序を変えましょう」
 ミゼルは、リリアにはそう答えたが、リリアが加わったことで、ザキルという人間がこれから旅の重荷になりそうな、いやな予感がしていた。

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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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