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天国の鍵49

その四十九 アンドレ

「すみません、この町にアンドレという人はいますか」
ハンスが町の人に聞くと、その人はハンスを胡散臭そう(うさんくさそう、疑わしそう)に見ました。
「最高参事のアンドレ様かね? 何の用だ?」
「昔の知り合いからの言伝(ことづて)を持ってきたんです」
ハンスはうそをつきました。だって、ふつうの人に、天国の鍵をさがしているなんて言っても気がおかしいとしか思われませんからね。
男はそれを聞いて、アンドレの家を教えてくれました。
教えられた家は、なかなか立派な二階建てに石造りの家です。窓にはガラスまではまっています。ガラスは非常に高級なもので、ふつうの家の窓はただの穴に、開閉のできる木のおおいをしているだけなのです。
ドアのノッカーをたたくと、執事らしい人がドアをあけました。
「アンドレさんにお会いしたいのですが」
その人は不思議そうにハンスを見ました。こんな子供が何の用だろう、という顔です。
「アスカルファンのマルスとマチルダからの伝言を持ってきたのです」
「アスカルファン! マルスさん、マチルダ様! なつかしい名前だなあ」
顔が細長く、鼻の長いその執事らしい人は声をあげました。どうやら、この人もマルスやマチルダを知っているようです。
応接間で四人がしばらく待っていると、やがて部屋のドアが開いて、若い男と女が入ってきました。
ハンスはこれまでこんなに美しい若夫婦を見たことがありません。二人とも、まるで宗教画の天使のようです。どうも、出てくる人間がどれもこれも美しいばかりで、もうしわけないのですが、作者はもちろん、人間は内面のほうが大事だということは知ってます。しかし、人間、内面はわかりませんが、外面の美しい醜いは一目でわかりますからね。外面の美しいことは、それだけでもやはり大きな価値なのです。でも、自分の外面の美しさに自己満足して、内面を磨かないと、つまらない人間になりますから、顔のきれいな男の子、女の子は注意してください。
「マルスとマチルダの知り合いだって?」
「まあ、みなさんお元気かしら」
二人は口々に言いながら、ハンスと握手(あくしゅ)をしました。
ハンスは、実はそれほど深い知り合いではないことを白状し、本当の用件をつげました。
「いやいや、ピエールやヤクシーと何ヶ月もいっしょに旅したのなら、昔からの知り合いも同じだ。で、その詩とは?」
 ハンスとチャックは四つの詩をそれぞれ暗誦しました。

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天国の鍵48

その四十八 四つめの詩

「天国の鍵か? さあなあ。昔、わしの師匠からこういう詩を聞いたことがあるが、それかな」
 ハンスから話を聞いて、ロレンゾは言いました。
「どんな詩です?」
チャックが待ちきれないように言いました。
ロレンゾは目をつぶって、詩を思い出し、やがて暗誦(あんしょう)しました。
「水晶の湖の中、
薔薇色の明け方の光のごとく
金剛石の瞳を輝かせ
一千の魚が遊ぶ。
水に網を、
風の矛がきらめく場に
黄金の網を打てば、
輝く魚が一尾得られよう」
ハンスはその詩を暗記しました。
 ハンスとチャックは、これまでに聞いた三つの詩をロレンゾに聞かせて、その意味がわかるかどうか聞いてみましたが、ロレンゾは首を横に振りました。
「こういうものは、わしは苦手じゃ」
話を聞いていたマチルダが、口をはさみました。
「アンドレに考えてもらったらどうかしら」
「そうじゃ、アンドレがいた。しかし、アルカードは遠いからなあ」
それを聞いて、セイルンが言います。
「そのアンドレという人はアルカードにいるんですか? 大丈夫です。アルカードくらい、半日もあれば行けます」
ほう、とロレンゾはおどろいてセイルンを見ました。
 マルスたちの家で一晩泊めてもらった後、ハンスたちは翌日アルカードに出発しました。
 出発といっても、セイルンの呼び寄せた雲に乗るだけですから気楽なものです。ただし、アルカードはアスカルファンよりもずっと寒いので、ハンスとアリーナは厚着をし、今回は、動物たちはマルスの家であずかってもらうことにしました。マルスの子供のオズモンドは、ジルバやピントと遊べるので大喜びです。
 半日どころか、雲に乗っておよそ三時間でアルカードに着きました。
 アルカードのスオミラという町にアンドレという人はいると聞いたので、チャックに上空から教えてもらって、四人はスオミラの町の近くに降りました。
 スオミラはまわりを城壁にかこまれた城塞(じょうさい)都市でした。

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天国の鍵47

その四十七 マルスの家

 雲に乗って空から下界を見ると、不思議な感じです。すべてが小さく遠くなり、その中にいると果ての見えない大きな砂漠の果てもちゃんと見えます。すべて、全体を知るためには遠くにはなれる必要があるのでしょう。近くで見ないと見えないものもあるし、遠くにいないと見えないものもあるのです。
 目の下を流れる雲に一部はかくれていますが、後方にはルメトトと出会った神殿が、ずっと遠くを見ると、砂漠のはずれのほうにはアズマハルの町も見えます。そして、雲が進んでいく方向には、地平の果てに青い線が見えます。あれがボワロンの海岸でしょう。
 やがてハンスたちの乗った雲は海の上に出ました。アスカルファンとボワロンをへだてる内海はそれほど大きいものではありません。それでも船なら四、五日はかかる距離ですが、そこをおよそ三時間ほどで渡り終え、雲に乗ってからおよそ半日後にハンスたちはアスカルファンに着きました。
「ひええ、もう着いちゃった」
アリーナが嘆声(たんせい)をあげました。
 アスカルファンの東の山脈のふもとにあるカザフの村に雲は下りていきます。その村はずれのマルスとマチルダの家にロレンゾはいます。
 グリセリードからパーリにかけて、南国を通ってきたので、あまり気づきませんでしたが、季節はすっかり冬になっています。山の近くはもう雪がつもっています。
「ううっ、寒い」
アリーナがぶるっとふるえました。この仲間の中では、ふつうの人間であるハンスとアリーナが、やはり暑さや寒さに弱いようです。
ハンスたちはマルスの家まで歩いていきました。
マルスの家の煙突からは、あたたかそうな煙が出ています。
「あら、ハンスじゃない。アスカルファンにもどったのね。無事でよかったわ」
ハンスの顔を見て、マチルダは声をあげました。
「この子たちは?」
「みんなぼくの旅の仲間です。アリーナにセイルンに、そしてチャックです」
マチルダはハンスたちを歓迎するためにごちそうを作ります。
ハンスからピエールたちの話を聞いて、みんな無事であると知ってマチルダは安心したようです。
ロレンゾも久し振りにハンスの顔を見てうれしそうですが、マルスの方は、この四人の子供が何者なのかわからず、とまどっているようです。精一杯あいそ良くふるまっていますが、ぎこちない感じがするのは、正直な人間は元来、社交的な演技がへただからです。つまり、うそとほんとの使い分けができないのですね。女の人の場合は、だいたい演技がうまいものですが、男にはこういう正直な不器用者が昔は多かったのです。

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天国の鍵46

その四十六 四人と四匹

セイルンは、ハンスたちの方を向いて言いました。
「こいつの言うことを聞いちゃあいけないぜ。悪魔というやつは、口からでまかせが得意なんだ。こいつは、最初は自分には悪の観念は無い、なんて言っていて、いつのまにか悪の弁護をしている。つまり、ちゃんと悪が悪いという自覚はあるんだ。悪魔と議論したって意味がないんだ。なぜって、悪魔には、論理に従おうという気持ちはまったくないからな。わがままな赤ん坊と議論をするようなものさ」
 それにしても、チャックが悪魔だというのにはおどろきました。しかも、その悪魔が天国の鍵をさがしているなんて、どうなっているんでしょう。ハンスとアリーナは、このままチャックを仲間にしていていいのかどうか、まよいました。
「チャック、もし君が仲間になりたいなら、ぼくたちには危害を加えないと約束してくれ」
 ハンスの言葉に、チャックはうなずきました。
「ベルゼブルの名にかけて誓おう。君たちには危害は加えない」
ハンスはセイルンを見ました。セイルンは肩をすくめて、まあいいだろうという顔をしました。
「おれたちは、このままパーリにとどまるから、これでお前たちとはお別れだ。元気でな」
ピエールが言うと、ヴァルミラが
「パーリでの仕事が終わったら、またアスカルファンで会いましょう」
と言いました。
「お父さんの敵討ちは終わったのですか?」
ハンスが聞くと、ヴァルミラは少しさびしそうな笑顔でうなずきました。
「ええ。これでもう私には何もすることがないわ。復讐という血生臭い仕事ですら、何も生き甲斐がないよりはましね」
「何を言うの。あなたほどすべての能力に恵まれた人はいないのに」
ヤクシーがヴァルミラをはげまします。ハンスたちにはよくわからない話ですが、父親の敵討ちは、ヴァルミラには満足よりも空しさを感じさせるものであったようです。
 ハンスたちはピエールたちに別れをつげて、ボワロンに向かって出発しました。これからは子供だけ四人です。しかも、そのうち二人は人間ではありません。いったい、これからどうなることでしょう。
「めんどうだから、おれがみんなを雲に乗せてやろう」
セイルンが言いました。なるほど、竜と雲はつきものです。
 セイルンが空を向いて、口笛のような鋭い声をあげると、たちまち空中に雲があらわれました。
 人間だけでなく、猿のジルバ、犬のピント、驢馬のグスタフまでみんな雲に乗ります。オウムのパロは最初自分で飛ぼうとしましたが、雲の方が速いので、これも乗りました。

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天国の鍵45

その四十五 善と悪の議論

 セイルンは、生意気な口調でハンスたちに言いました。
「老師が、お前もハンスたちといっしょに天国の鍵をさがせと言ったんだ。おれはべつに天国なんか興味(きょうみ)ないけどね」
 そして、セイルンは、ハンスたちのそばにいるチャックを見ていいました。
「なんで小悪魔がおまえたちといっしょにいるんだ」
チャックはむっとした顔で言いました。
「お前こそ、竜の子供だろう。なんで人間のふりをしている」
ハンスたちはあきれて二人の言い合いを見ていました。
 チャックはアリーナに向かって弁解(べんかい、いいわけのこと)するように言いました。
「こいつの言うとおり、ぼくは実は悪魔なんだ。でも、悪魔の中でも人間に近い種類でね。まあ、悪魔というよりは妖精と言ったほうがいいくらいで、確かに人間の道徳にはまったくしばられないから、人間から見たら悪いこともするが、それはぼくらにとっては悪でもなんでもないんだ。悪という観念がぼくらにはまったくないんだよ」
「ようするに、大人なみの知能を持った赤ちゃんなんだ」
セイルンがあざ笑うように言いました。こっちのほうは、見かけは七、八歳くらいなのに、言うことは大人びています。
「なんで悪魔が天国の鍵をさがすんだ?」
ハンスが聞くと、チャックは笑って言いました。
「おもしろそうだからさ」
「しかし、地上が天国になったら、君たちは消えてしまうかもしれないぜ」
「それもいいさ。ぼくには自己保身の欲望なんかない。その点、人間なんかよりずっと天上的な生き物さ」
「悪魔が天上的とはお笑いだな」
セイルンが言うと、チャックも言い返します。
「お前の師匠のロンコンも、ブッダルタとやらもわかっていない。この世になぜ悪があるのかということをな。その点、ルメトトはさすがだ。ちゃんと悪の存在意義を知っていた」
「悪魔の自己弁護を聞いていると、まるで悪が善よりも善みたいな気がしてくるぜ」
「まあ、考えてみるがいい。この世の人間がみんなロンコンやブッダルタみたいになったとしたらどうだ。地上がそのまま天国になるとはそういうことだ。そんな世界の何が面白い。我々がいるからこそ、この世はこんなにも面白い世界になっているのではないか」
「悪の存在意義とは、この世を面白くすることか。では、その悪のために悲しみ、嘆く被害者たちはどうなる」
「そんなのは俺たちの知ったことじゃない」

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天国の鍵44

その四十四 再会

「ぼくたちもアスカルファンに行こう。ロータシアに行く前に天国の鍵のてがかりはすべて集めておきたいし、どうせアルカードに行くとちゅうなんだから」
 ハンスの言葉にチャックはうなずきました。
「それでいいかい、アリーナ?」
ハンスはアリーナに聞きました。アリーナにとっては、完全にグリセリードの外に出ることになりますから、心細いでしょう。
「もちろんいいわよ。アスカルファンやアルカードを見るのは楽しみだわ」
ハンスだけを相手にしている時とちがって、なんだか上品な口ぶりでアリーナは答えました。
「さて、アスカルファンに行くとなれば、ここから砂漠を横切って西に行き、ボワロンの北の海岸から船に乗ることになるな」
チャックが言うと、アリーナが聞きました。
「あんたたち、空を飛べるんじゃないの?」
「浮かぶのはできるが、飛ぶのはむずかしいな。精神の集中は、限度がある。あまり長い時間はできないんだ。高いところから落ちるとあぶないし、精神も疲れるからね」
チャックが答えます。
「そうか」
とアリーナは納得(なっとく)しました。
 その晩は、砂漠の星空を見ながら眠り、翌日、三人は砂漠の北西のボワロンに向かって出発しました。
 三人が歩き出して数時間たった頃、上空を飛んでいたパロが何かを見つけて下りてきました。そして、言いました。
「東のほうから、ピエールたちが来る」
ハンスとアリーナは大喜びしました。もしかしたら、ピエールたちはグリセリードで捕らえられて、殺されたのではないかと心配していたのです。
 砂漠の彼方から、ラクダに乗って駈(か)けて来るのは、本当にピエールとヤクシーとヴァルミラです。ヤクシーのラクダには、もう一人乗ってますが、だれなのでしょう。
「やあ、ハンス、シルベラ、元気そうだな」
ピエールは、ひらりとラクダから飛び下りて、ハンスとアリーナを抱きしめました。続いて、ヤクシーとヴァルミラも下ります。ヤクシーといっしょに乗っていた子供も下りました。見ると、ロンコンのところにいたセイルンではありませんか。どうしてこの子がピエールたちといるのだろう、というハンスの疑問に答えるようにピエールが言いました。
「この子はセイルンだ。おれたちとアズマハルで遭(あ)って、ハンスたちの後を追っているというんで連れてきたんだ」

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天国の鍵43

その四十三 旅の行く先

「どうだい、これからしばらくいっしょに旅をしようじゃないか。そうすれば、きっと天国の鍵をさがす仕事もやりやすいだろうし」
チャックがハンスたちに言いました。
「それがいいわ。ねえ、ハンス?」
アリーナがうれしそうにハンスに言います。
ハンスは本当はチャックを仲間に入れたくなかったのですが、しぶしぶうなずきました。
「これで、三つのてがかりがわかった。あとは、この詩の意味をゆっくり考えて、ほかにてがかりがないか探しながら旅を続けよう」
チャックが言いました。すっかり三人の中のリーダー気取りです。
「さっきのルメトトの言葉は覚えたかい?」
チャックはハンスに言いました。アリーナはびっくりしてチャックに聞きました。
「あの影みたいな男と何か話したの? ただ黙って見つめあっていただけかと思った」
「心で話したのさ。一度に二人の人間の心に語りかけるなんて、さすがは三千年も生きているだけある」
チャックの言葉にアリーナはもう一度びっくりします。
「しかし、サファイアの菫とは何だろうな。本当にサファイアで作った飾り物なのか、それともただの菫のことなのか」
ハンスがつぶやくように言うと、チャックが笑って言いました。
「菫のことは知らないが、ヘルメスが出没する小部屋はたぶん、ソクラトンの部屋のことだ。ソクラトンの住むところは、まさしく、叡智の森の中だし、実際にその家のそばには黒い松が生えているんだ。ぼくはもう一度ソクラトンのところに行くはめになりそうだ。こんなことがあるから、今まで多くの者が天国の鍵を探すのをあきらめたのさ」
「しかし、ソクラトンのことが何で三千年前の詩によまれているんだよ。ソクラトンはふつうの人間だろう。まさかルメトトみたいに三千年も生きているわけじゃあるまい?」
「いつも同じ詩だとはかぎらないさ。ルメトトほどの大魔術師なら、世界のすべてをわかっていてもおかしくはない。その時その時で天国の鍵となる言葉も変わるのかもしれない」
チャックの言葉に、またアリーナが口をはさみました。
「なんだ、天国の鍵って、ただの言葉なの? つまんない」
 それはハンスも同じ気持ちでしたが、しかし、それが一つの言葉だったとしても、本当にそれで地上が天国に変わるのなら、探す価値はあるという気もします。考えれば、大昔からあらゆる賢者や宗教家、哲学者がさがしてきたのもそれなのではないでしょうか。
「これからどうする? ぼくはアスカルファンのロレンゾに会いに行くつもりだが」
チャックの言葉に、ハンスはおどろきました。やはり、七人の大魔法使いの一人はロレンゾだったのです。

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HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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