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天国の鍵28

その二十八 アリーナの脱走

「だから、あの子をさっさと殺しておけと言ったのだ。あの子が成長すれば、お前の地位をおびやかす存在になると言ったであろう」
「あの子はまだ十歳だ」
「他の人間が、あの子をかつぎあげて、お前に刃向かうことも考えられる。危ない芽は早いうちに摘(つ)んでおくことが、権力を保つ道なのじゃ」
「もう、エドモンドにあの子を殺すように命じた」
「エドモンドはあの子の父親のようなものだろう。殺せるものか。よし、わしの配下に命じてシルベラをさがさせよう」
 ロドリーゴは女王の部屋を出て、廊下を歩いていきます。ハンスはこっそりとその後を追いました。
 自分の部屋に入ったロドリーゴは、窓に向かってなにか呪文をとなえました。
 すると、間もなく窓から部屋の中に数羽のコウモリが飛んで入ってきました。
「お前たち、この国のあちこちを探して、十歳くらいの女の子を見つけたら、近くにいる毒ヘビに伝えて、かませるのだ。毒ヘビがいなければ、なんでもよい、人を殺せる動物を見つけて指図(さしず)して殺させよ」
 ハンスはここまで聞いて、こっそりとその場からにげだしました。
 おおいそぎで、仲間のところまでもどります。いそがないと、アリーナの命があぶないのです。
 ハンスの話を聞いたアリーナは、信じませんでした。実の母親が自分を殺せと命じたなんて。
「アリーナ、いや、シルベラ、これは本当なんだ。君の命はねらわれているんだ。早くここからにげよう」
 ハンスの言葉に、大人たちもうなずきます。
「では、南グリセリードからパーリに向かうことにしよう。うまくいけば、エスカミーリオと出会えるかもしれない」
 ヴァルミラの言葉に、ピエールとヤクシーも賛成しました。
 別れをおしむエミリアを抱きしめて、ヴァルミラは馬にまたがります。ピエールとヤクシーは、エミリアのところの荷車を馬に引かせて、ヤクシーとアリーナが荷台に乗り、ピエールが馬の手綱(たづな)をとります。もちろん、ヤクシーは、アリーナがにげないように見張るのです。
 しかし、エミリアの家を出て半日ほど行ったところで、一休みしようと馬車を下りたとき、アリーナはぱっとにげだしました。そして、道のそばの崖(がけ)から百メートルほども下を流れている川に飛び込んだのです。
 ハンスたちは、崖にかけよりました。ずっと下の水面に水しぶきが上がるのが見えます。

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天国の鍵27

その二十七 ロドリーゴ

 ハンスは、女王の言ったシルベラという名が、アリーナの本当の名前だと直感しました。でも、自分の子供を殺せと命ずる母親がいるでしょうか。女王にそう命ぜられた男もおどろいて女王を見上げました。
「シルベラ様を殺せとおっしゃるのですか?」
男は、七十歳くらいの老人です。身なりは騎士のようです。
「お前の不手際(ふてぎわ、まずいやりかたのこと)のせいでめんどうなことになったのだ。こうなれば、かわいそうだが、あの子を殺すしかなかろう。あの子の存在は世間に知られてはならぬのだ」
「しかし、女王さまにはいまだにほかにお子様はおられぬ身、たった一人のお世継ぎを殺すなどということは……」
「世継ぎ(よつぎ、あとつぎのこと)などいらぬわ。私が死ねば、後はどうなろうとかまわぬ。だれであろうと、この権力(けんりょく、他人や世の中を支配する力のこと)の座(ざ、地位や場所)がほしければ、力で奪(うば)い取ればいいのじゃ」
「ヴァンダロス様がその言葉をお聞きになったら、なげかれますぞ」
「そのヴァンダロスの他の子供たちをみな殺すことで、私はこの地位を手に入れたのだ。そうしなければ、私が殺されていただろうよ」
「しかし、なぜシルベラ様を我が子とお認めにならないのですか」
「もちろん、あの子はカスタネルダの子ではないからだ。夫が死んで六年もたっていたのではな」
「いったい、父親はどなたなのです。ロドリーゴ殿ですか」
「それなら、私はよろこんであの子を娘とみとめていただろうよ。もうよい、お前はさっさとあの子を見つけて殺せば、それでいいのだ」
 老臣はふかぶかとおじぎをして立ち去りました。
 それと入れかわるように、一人の男が入って来ます。
 年齢は六十くらいのようですが、髪も、胸までたらした長いあごひげも黒々としており、頭には金の輪を冠のようにはめています。
「お悩(なや)みのようだな、シルヴィアナ」
 女王に向かって、同等の者に対するような口をきくこの男は何者でしょう。
「ロドリーゴか。なんでもない」
「シルヴィアナ、わしに隠し事(かくしごと)は通用(つうよう)せんぞ」
 男の言葉に、シルヴィアナはあきらめたように言いました。
「シルベラがエドモンドのところからにげだしたのだ」
 女王の言葉に、男は顔色をかえました。
「なんだと?」

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天国の鍵26

その二十六 女王シルヴィアナ

「ぼくが宮廷(きゅうてい)に行って、しらべてきましょう」
ハンスは思わず言ってしまいました。
ヴァルミラはきょとんとしてハンスを見ました。
「この子は?」
「ハンスという少年魔法使いさ」
ピエールが言います。
「もっとも、どのていどの魔法がつかえるのか、おれたちもよくわからねえがな」
「ロレンゾから教わったことがだいぶできるようになりましたよ。早足、遠耳、遠目、それに体を見えなくすることもできます」
ハンスの言葉に、他の人々は顔を見合わせます。
「そいつは便利(べんり)だ。じゃあ、ここにいたまま、宮廷のようすは見えねえか」
「それはむりです。となりの部屋くらいなら、透視(とうし)できますが」
「よし、じゃあ宮廷にしのびこんで、アリーナのことをしらべてみてくれ」
 ハンスはさっそくでかけました。
 早足の術を使って、人の十倍の速度で走り、セリアドについたのは夕方でした。
 セリアドはさすがに大きな町で、町の中央には寺院が並び、そのまわりをかこむように民家が無数(むすう)にあります。王宮は、町からはなれた丘の斜面に、南を向いて立っていますが、その大きさ広さはアスカルファンの王宮の三倍はあるでしょう。 
王宮の入り口には番兵が何人も立ってますが、体を透明にして、その前を通ります。
 王宮の中にはいろんな人がいます。役人や女官、騎士たちがそこここにたたずんで話をしたり歩いたりしています。そのだれもハンスには気がつきません。しかし、中庭を通るとき、そこにいた犬が、姿の見えないハンスの匂いに気づいてううっとうなり声をあげましたので、ハンスは少しひゃっとしました。
 日がしずんだので、王宮のあちこちに火がともされました。壁には松明(たいまつ)をかける器具があり、その松明にも火がともされます。その明かりに浮かび上がったさまざまな部屋の飾りに、さすがに、きれいなものだ、とハンスは思いました。
 王妃の部屋をさがして入ると、王妃らしい人が一人の男と話してます。男は、なにかの報告(ほうこく)をしているらしく、王妃のまえにひざまずいています。
 王妃は中年の美しい女の人です。少し太りぎみですが、色が真っ白で、威厳(いげん)があります。ハンスは、この女の人がアリーナに似ているかどうか、よく見てみました。
 やはり、似たところがあります。アリーナの無邪気(むじゃき)さはぜんぜんありませんが、顔だちは似ています。
 その時、女王が激しい口調で言いました。
「もしも、シルベラを見つけたら、すぐにその場で殺しなさい!」

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天国の鍵25

その二十五 滅亡のきざし?

「私の父デロスは、エスカミーリオの陰謀(いんぼう)で殺されたのだ」
ヴァルミラは、吐き捨てるように言いました。
「まさか、そんな! 味方がデロス様を殺すなんて」
「私がグリセリードにもどったことを知ったら、エスカミーリオは私をも殺そうとするはずだ。いや、その前に私のほうがあいつを殺すつもりだがな」
ヴァルミラは、にやっとものすごい微笑(びしょう)をうかべました。
「なんということを。ヴァルミラ様、そんなことはおやめください。どこか田舎にかくれていれば、大丈夫です。いいえ、なんなら、ここにずっといてかまいません。あなたお一人くらい、私が食べさせます」
 乳母のエミリアは大きな胸にヴァルミラを抱きしめて、泣きながら言います。
「ありがとう、エミリア、でも、ここにいると、お前にもめいわくがかかる。人のうわさになる前に私たちはでていくよ」
食事のしたくのためにエミリアがでていくと、ピエールがヴァルミラに言いました。
「この子をどうしようか。本当に女王の子なら、俺たちの話を聞かれた以上、放すわけにはいかんし」
「あんたたちが何をする気かしらないけど、とにかくこの国にそむくつもりだってことはわかるわ。みんなつかまって死刑になるにきまってるわよ」
 アリーナが、つっかかるように言います。
「アリーナ、お前の母親は、ロドリーゴの言うがままになって、良くない政治をやっているのだ。そのために人々は苦しみ、前の戦では何万人もの人が無意味に死んでいった。私の恋人のマルシアスもだ」
アリーナは、ヴァルミラの言葉に黙(だま)りこみました。
「グリセリードはあまりに大きくなりすぎた。グリセリードのほとんどは、グリセリードに征服(せいふく)された小国だ。パーリのようにな。ヴァンダロス大王の時代には、征服された国はみなグリセリードの一部として等しくあつかっていたが、今はちがう。征服された国々の人々は奴隷のようにあつかわれ、グリセリードをうらんでいる。そのうらみがいつか爆発(ばくはつ)して、この国をほろぼすだろう。私がアルカードからはるばる旅をしている間にも、すでに周辺の国々で農民や征服された国々の人々の反乱が起こっていた。もちろん、それらは、強大なグリセリードの軍隊の前にほろびさったが、私は確信した。グリセリードの命運(めいうん、運命のこと)はすでにつきていると」
 ヴァルミラは、むしろ静かな、悲しみをたたえた口調(くちょう)で言いました。
「みんなロドリーゴが悪いのよ。お母様は悪くないわ」
 アリーナはつぶやくように言いましたが、その言葉には力がありません。
 他の三人も、アリーナとヴァルミラが気の毒で、なんと言っていいかわかりません。

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天国の鍵24

その二十四 アリーナの謎

「そういえば、この子は確かにシルヴィアナ女王にどこか似ている」
ヴァルミラは、アリーナの顔をつくづくながめて言いました。
「おれは父上似だって言われてるぞ」
アリーナが訂正(ていせい)しました。
「亡くなったカスタネルダ殿下(でんか)か? 殿下が亡くなったのは十六年も前だ。お前はどう見ても十歳かそこらだろう。父親は誰だ?」
アリーナはそっぽを向きました。
「宰相のロドリーゴか?」
「まさか、あんな奴!」
ロドリーゴが国民全体からきらわれていることは子供でもわかります。
「とにかく、女王のシルヴィアナがお前の母親だというのはたしかなんだな。これは大変な話になってきたな。女王はそれを隠しているはずだから、このことが世間に知られたら、お前の身じたい、危ないことになるぞ」
「母上は、私に会いたがっているはずだ!」
アリーナは、男の子の言葉づかいをやめて、さけびました。乱暴(らんぼう)な言葉づかいは、もしかしたらおしばいなのかもしれません。
「お前はどこで育てられた」
「母上の敵(てき)になんか話すもんか」
「西グリセリードのどこかよ。そこの騎士たちがこの子をさがしていたわ」
とヤクシーが言いました。
「西グリセリードなら、代官はエドモンドだな。ヴァンダロス大王の忠義な家来だった老臣だ。ロドリーゴに遠ざけられて、ずっと西の辺境に追いやられているが……お前はエドモンドのところで育てられていたのか?」
アリーナは答えません。
「とにかく、往来では人目につく。私の乳母の実家がこのあたりにあるから、そこで話そう」
ヴァルミラの言葉で、五人(とジルバ、ピント、パロ、グスタフ)は街道からわき道にそれて、その乳母の家に向かいました。
ヴァルミラの乳母は、太ったおばさんでしたが、ヴァルミラを見て感激して泣き出しました。
「まあ、ヴァルミラ様、あなた様は、あのアスカルファンとの戦いでお亡くなりになったものだとばかり思ってました。私は毎日のように泣いておりましたよ」
「エミリア、あの戦いはまちがっていた。敵はこの国の中にこそいるのだ」
 ヴァルミラの言葉に、乳母はきょとんとしています。

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天国の鍵23

その二十三 ヴァルミラ

「ははは、あんなでかい声で話したら、聞くなというほうが無理(むり)だ」
はっきりとこちらを向いたその客を見て、ピエールとヤクシーは同時に声を上げました。
「ヴァルミラ! なんでこんなところに」
「しっ!」
ヴァルミラと呼ばれた相手は、二人に声を低めるように注意しました。後ろを向いていたときは、身なりから、男だとばかり思ってましたが、女の人です。しかも、大変な美人です。きりりと男っぽい顔立ちですが、日本なら、宝塚の男役みたいな感じで、男にも女にもあこがれられそうなタイプです。ハンスはぼうっとなってその女の人に見とれました。
「その名は言うな。私の名は、ロレンゾということになっている」
「ロレンゾだって? よりによっていやな名を選んだな」
「ほかに思いつかなかったのだ。マルスやピエールよりはグリセリード人らしいしな」
どうやら、この人はマルスのことも知っているようです。そう言えば、マルスのところの赤ちゃんの名前がヴァルミラでした。きっとこの人の名をつけたのでしょう。
「エスカミーリオを殺しにアルカードからここまでやってきたのだが、エスカミーリオは南アルカードの代官になったと聞いて、そこに行くとちゅうだ。あんたたちは?」
「パーリの独立のために、まずグリセリードのようすを調べにきたんだ」
「そうか。エスカミーリオへの復讐(ふくしゅう)が終わったら、あんたたちに協力しよう。どうせ、戦いしか能のない女だ」
「あなたが協力してくれたら百人力、いいえ、千人力よ」
ヤクシーが、ヴァルミラの手を強くにぎって言いました。
 ハンスにはさっぱりわけがわかりませんが、この三人が危ないことをたくらんでいることだけはわかります。
 その時、三人の話をじっと聞いていたアリーナが、じりじり後ずさりしたかと思うと、ぱっとかけだしました。
「あの子は?」
ヴァルミラがピエールに聞くと、ピエールはとまどうように答えます。
「シルヴィアナ女王の子だと自分では言っているが……。よくわからねえんだ」
「まずい!」
ヴァルミラは疾風(はやて、しっぷう)のように走り出し、五十歩ほど先でアリーナをつかまえました。そのすばやさに他の者はあぜんとしています。
アリーナは、ヴァルミラの手からのがれようとじたばたあばれますが、ヴァルミラががっちりつかまえてにがしません。
「この子が本当に女王の子なら、今の話を聞かれたのはまずかった」
ヴァルミラが、二人に追いついたピエールとヤクシーに、後悔するように言いました。

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天国の鍵22

その二十二 危ない会話

あんまり関係のない話が続いたもので、ハンスたちがどこへ行ってしまったのかわからなくなりそうです。
ハンスたちは、いま、中央グリセリードの西側にいます。のんびり旅をしているうちに、グリセリードの首都セリアドもあと数日で見えてきそうなところまで来ました。
見ていると、街道は軍馬や兵隊の行き来が多いようです。もちろん、各地から首都セリアドに産物を運ぶ商人たちの荷馬車も多く行き来してにぎやかです。
街道のそばには、そうした旅人をめあての茶店がたくさんならんでいます。
「腹がへったな。なにか食べていこう」
ピエールの言葉に、アリーナが真っ先に賛成します。
 茶店で手軽に食べられるのは肉饅頭です。餅などもあります。アスカルファンではあまり見られない食べ物ですが、けっこういけます。
「そろそろセリアドだな。セリアドを一目見たら、おれたちはパーリに向かうつもりなんだが、お前たちはどうしたいんだ?」
「ぼくは、南グリセリードに行ってみたい。そこのどこかに、ブッダルタという賢者がいるそうだから、その人をさがしたいんだ」
ピエールとヤクシーは顔を見合わせました。
「そいつに付き合ってやりたいんだが、おれたちはあんまりここで長い時間はつかえないんだ」
ピエールがこまったように言いました。きっと、パーリの独立とやらが頭にあるのでしょう。
「おれは女王に会えば、それで旅は終わりだ」
アリーナが言いました。あくまで、自分はこの国の女王の娘だと言い張るつもりのようです。
「女王に会うったって、かんたんじゃねえぞ。下手をすりゃあ、門番にとがめられて、打ち首だ」
ピエールがおどします。
「女王の娘をだれが打ち首にするもんか」
とアリーナ。
 ハンスは、さきほどから自分たちの後ろの席に、こちらに背を向けてすわっていた先客が、こちらの会話に聞き耳をたてているのに気づいていました。その客は、急にこちらに体を半分向けて、低い声でおどすように言いました。
「だれが女王の娘だと? 世間をさわがすような嘘をつくと、役所に引っ張られるぞ」
 ピエールとヤクシーは、話を聞かれたと知って青ざめました。ピエールがどなります。
「だれだ、あんたは。おれたちの話をこっそり聞きやがって!」

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HN:
酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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