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天国の鍵 7

その七 カザフ

「なかなか賢い小僧(こぞう)じゃねえか。よし、俺たちもいっしょに行ってやろう。こいつ一人じゃあ危ないからな」
若者が言うと、女の人は心配(しんぱい)げに聞きました。
「でも、マルスのところには?」
「どうせとちゅうでカザフは通るから、だいじょうぶさ。その後の予定はないんだし」
「そうね、パーリの独立のためにも、グリセリードのようすを見ておくのもいいかもしれないわね」
 二人は、ハンスにはなんのことかわからない話をしていましたが、男がハンスの方を向いて言いました。
「坊主(ぼうず)、グリセリードにはおれたちがつれていってやろう。どうだ?」
 人を小僧だの坊主だのと、失礼(しつれい)な言い方をする男ですが、悪い人間には見えません。大人がいっしょなら、なにより安心です。それに、もう一人の美人は、できるならこのままずっと一生ながめていたいくらいです。
「ありがとうございます。おねがいします。ぼくはハンスと言います」
「おれの名前はピエール、こいつはヤクシーだ」
「よろしく、ハンス」
ヤクシーとよばれた美女はハンスにほほえみました。やくしーなんて変な名前だな、と思いながら、ハンスは赤くなってうなずきました。

 翌日、ハンスたちは宿屋を出て山脈のふもとの村カザフをめざしました。
 ピエールとヤクシーは馬に乗ってます。その後ろから驢馬のグスタフにまたがったハンスがついて行き、犬のピントは彼らの前を走ったり、後ろからついてきたりします。
 ハンスは、ピエールという男がよくわかりません。身なりは商人とも騎士とも貴族とも農民ともちがいます。貴族の平服を着ていますが、態度(たいど)や言葉づかいは貴族にはとても見えません。ところが、ヤクシーの方は、身なりは質素(しっそ)ですが、きれいなかっこうをさせたら、どこかの王女だと言ってもみんな信じるでしょう。どうもあやしげな二人ですが、悪い人間でだけはなさそうです。
 やがてカザフの村が見えてきました。
 山のふもとにあるその村は、民家の数はおよそ百くらいの小さな村です。
 家と家の間はゆったりと広く、家の垣根の中では、暖(あたた)かな日ざしを受けて、山羊やニワトリやアヒルがえさを食べています。のんびりとした村です。
 ピエールたちは、その村の一番高いところまで上っていきます。
 すると、目の前に大きな百姓屋(ひゃくしょうや)があらわれました。
 家の前で小さな子供を遊ばせていた女の人が、彼らを見て手をふりました。

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天国の鍵 6

その六 若者と美女

 ハンスは、猿のジルバにたのんで宿屋の前で芸(げい)をしてもらいました。芸とは、たとえば逆立ち(さかだち)とか宙返り(ちゅうがえり)です。ジルバが犬のピントや驢馬のグスタフのせなかの上で逆立ちや宙返りをすると、宿屋のお客さんたちは感心してそれをながめ、芸が終わると、みんな少しずつお金をくれました。ぜんぶかぞえると、七リムと六十五エキュ、七千五百円くらいになりました。
 なかでも気前のいいお客は一人で五リムもくれたのです。
その人は感心して言いました。
「いやあ、よく仕込まれた犬や猿だなあ。まるで人間のことばがわかるみたいじゃねえか」
 言葉づかいは少し下品(げひん)ですが、気の良さそうな若い男です。もっとも、子供のハンスから見れば、大人はみんなオジサンですが。
「坊やたち、どこから来たの?」
その若者のそばにいた恋人らしい女の人が言いました。こちらは、ものすごい美人です。ハンスは思わずその人に見とれてしまいました。生まれてから今まで、こんなに美しい女の人を見たことはありません。でも、この国の人ではなさそうです。色が浅黒く、目鼻立ちが非常にはっきりしています。目は大きくて、瞳が黒いダイヤモンドのようにきらきら輝いています。きっと南国の人なのでしょう。言葉も少したどたどしい感じです。
「トエルペンです」
 男の方が女の人に説明(せつめい)しました。
「トエルペンってのは、アスカルファン中部の町だ。アルプ郡の、三番目に大きい町だな」
 この男はアスカルファンの地理にくわしいようです。旅なれているのでしょう。
「で、これからどこへ行くの?」
「グリセリードに行くつもりです」
 男の人と女の人はおどろいて目を見合わせました。
「おいおい、坊や、グリセリードがどんなところか知ってるのか? アスカルファンとは仲が悪くて、この前も戦争をしたばかりなんだぜ」
 そう言えば、そんなことを聞いたような気がしますが、でも、十歳の子供にとって四、五年前のころの話は大昔です。
「入るのはむずかしいのですか?」
「そんなこともないが、アスカルファンの人間だと知られるとまずいだろうな。殺されるかもしれん」
 ハンスは少し考えて言いました。
「じゃあ、口がきけない人間のふりをします。どうせ、よその国の言葉はしゃべれないんですから」
 男はその言葉に感心したようです。

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天国の鍵 5

その五 旅立ち

「ハンス、お前も少しは魔法ができるようになったから、旅に出るがよい。あちこちの国をめぐり歩いて、いろんな魔法使いに会い、魔法の勉強をするのだ。そして、この世界のどこかにある天国の鍵をさがしなさい」
「天国の鍵?」
「生きている人間が、生きたまま天国に行ける鍵だ。これまでいろんな魔法使いや騎士たちが探したが、まだ見つけた者はいない。それを見つければ、この世から悪はなくなり、この世がそのまま天国のような平和な世の中になると言われておる」
「飢えも寒さも、戦争も憎しみも無くなるのですか?」
「そうだ」
「それなら、ぼくはそれを探します」
「まあ、どこにあるかわからぬものだから、気楽(きらく)に気長(きなが)にやりなさい。お前にこれをあげよう」
 ザラストはハンスの前のテーブルにいくつかの品物(しなもの)をおきました。
 まず、世界地図、それから短剣(たんけん、ナイフのことです)、帽子、マント、長靴、ベルト、上着、ズボン、下着、皮袋(かわぶくろ、これは水筒の代わりです)、薬草や傷薬、少しの食べ物などです。
「それから、ジルバ、パロ、ピントをおともにつれていきなさい。きっとお前の役に立つだろう」
 ピントとは犬の名前です。白くてまだ小さな犬ですが、いったい本当に役に立つのでしょうか。
 ハンスはさっそくザラストの家をでることにしました。
「気をつけていくのじゃぞ。悪い魔法使いや魔女、泥棒や山賊(さんぞく)がとちゅうには、いっぱいおるからな」
 ザラストに手をふって別れをつげ、ハンスは驢馬(ろば)のグスタフにのって進みます。猿のジルバはハンスといっしょにグスタフにのり、オウムのパロはハンスの肩にとまっています。ピントはグスタフの前や後ろを歩いています。時々、かってに走り出して猫や兎をおっかけますが、すぐにもどってくるので、まいごにはなりません。
 季節は夏の終わりで、まだ日ざしが強く、街道(かいどう)はほこりっぽい感じです。
 夜は野原で野宿(のじゅく)します。火をたいて夜食を食べ、星をみながらねむるのです。マントの下に草をしけば、即席(そくせき)のベッドができますから、土の上でねても体がいたいことはありません。
 やがて目の前に大きな山脈(さんみゃく)が見えてきました。これを越(こ)えれば東の国グリセリードですが、この山脈を越えるのはたいへんです。
 とりあえず、ふもとの宿屋にとまろうと思いますが、お金はありません。

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天国の鍵 4

その四 見知らぬ国々

「そうだろう。お前たちが考えているということは、そのようにぼんやりとしたものなのだ。そのカエルの体の中まですべて細かく、しかも同時に想像し、そこにあらわれろ、と命令すれば、それはそこに現れる。だが、そんなことは誰にもできぬ。神さま以外にはな」
「ザラストにもできないのですか」
「そうだ」
なあんだ、魔法使いといっても石ころをパンやお金に変えられないんだ。ハンスはがっかりしました。それなら、騎士(きし)にでもなって手柄(てがら)をたてて、お姫様とけっこんしたほうがずっといいや。
「そのほうがいいかもしれんぞ、ハンス」
 またザラストに心を読まれてしまいました。
「だが、石ころをパンやお金に変えることはわしにもできる。見ておけ」
ザラストは机の上の紙をおさえていた小さな重石(おもし)を手にのせて呪文(じゅもん)をとなえました。すると、それはぱっとパンに変わりました。
 ハンスはびっくりしました。
「食べてみろ」
 手にとると、焼きたてのふかふかしたいい匂いのパンです。一口かじると、こんなおいしいパンはこれまで食べたことはありません。
 ……気がつくと、ハンスは石ころを手に持ったまま立っていました。
「こういうのは、ただの目くらましだ。魔法のほとんどはそういうものだが、それでもふつうの人間にとっては危険(きけん)なものだ」
 これなら、やはり魔法を習いたいと思って、ハンスはそれからはまじめに魔法のれんしゅうをしました。そのせいで、軽いものを念力で動かしたり、そよ風をふかせたり、動物と心で話すことはできるようになってきました。
 夏のあついときなど、そよ風をふかせる魔法を知っていると、とてもべんりです。でも、トンボやバッタに命令して動かす魔法は、あまり役に立ちません。せいぜい町の意地(いじ)の悪いおかみさんたちの背中に飛びこませて悲鳴をあげさせるくらいです。動物と心で話すことはできますが、命令するのはかんたんではありません。
「おい、ジルバ、こっちへ来い!」
「いやだね。あんたがこっちへ来な」
こんなぐあいです。
オウムのパロからはいろいろなことを教わりました。なにしろ百年も生きている鳥ですから、あちこちいろんな場所を見ており、いろんなことを知ってます。北の国アルカードの森や湖、雪におおわれた山や氷の川、南の国ボワロンの砂漠や太陽、海をこえた西の島国レントのおだやかで美しい風景(ふうけい)など、ハンスは見てみたくなりました。

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天国の鍵 3

その三 魔法の教え

 ザラストに怒られたジルバは、ぶるぶるふるえました。よほどザラストがこわいのでしょう。
「このいたずらものめ。ハンスにはまだ本物の魔法はつかえぬ。力のない者が魔法を使うとあぶないのだ」
 ジルバはこそこそとかくれました。
「ジルバは人間の言葉が話せるのですか」
「見てのとおりじゃ。動物の中には人間に近い心を持つものがおる。猿や犬がそうじゃ。鳥はずっと単純(たんじゅん)だが、うちのオウムのパロは百歳になる鳥だからお前よりずっとかしこい。ヘビやトカゲの心は人間とはまったくちがう。だが、なれた魔法使いなら彼らを命令にしたがわせるのはかんたんだ。だから、ヘビ、トカゲ、カエル、コウモリを見たら、それが魔法使いの手下でないか、気をつけることだ。悪い魔法使いもたくさんいるからな。ある魔法を使えば、動物と心で話すこともできるし、彼らに人間の言葉を話させることもできるが、他の人間がおどろくから、あまりやらないほうがいい。ジルバはお前になれているから、わしのいましめを忘れてうっかり話してしまったのだ」
「ぼくは早く魔法をおぼえたい。早く魔法を覚える魔法はないのですか。かしこくなる魔法とか」
 ハンスの言葉にザラストはおどろいて言いました。
「お前はじゅうぶんにかしこい。そんなことを思いつくだけでもたいしたものだ。魔法とは、心の願いを本物にすることだから、願いを持って、それを信じることがたいせつなのじゃ。かしこくなりたければ、毎日そう願いなさい。しかし、お前の中に、かしこさのたしかなすがたがなければ、それはお前のものにはならないぞ」
「かしこさにすがたがあるのですか?」
「ある。それは、お前がかしこさという一言で言っているものを、よりこまかくくわしく考えることだ。たとえば、おぼえること、思い出すこと、見分けること、正しく考えること、かしこさにもいろいろある。大きくふくざつなものは実体化(じったいか)しにくく、小さくこまかなものは実体化、つまり本物にしやすい。たとえば、ハンス、カエルを想像(そうぞう)してみろ」
「そうぞう?」
「心の中で考えてみろ」
「考えました」
「そのカエルはどんな色だ」
「青です」
「大きさは。模様は。前脚に指は何本ある」
「ええと……わかりません」

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天国の鍵 2

その二 魔法使いの弟子

ハンスが道端にすわりこんでいる間考えていたのは、こんなことです。
「ああ、この目の前の木の葉がお金に変わったら、それでパンが買えるのになあ。いや、石ころがそのままパンやチーズに変わったらもっといいや。もし、自分が魔法使いだったらこんなところでおなかをすかせてなくてすむのに」
そんなところに本物の魔法使いがあらわれたのですから、これは絶好のチャンスというものでしょう。
ハンスの頼みに、その魔法使いだという老人は考えこみましたが、やがて答えました。
「弟子にしてもいいが、魔法をおぼえるのはかんたんではないぞ。お前のようななまけ者はりっぱな魔法使いにはなれないだろう。今でも、お前は楽をするために魔法を使いたいと思っているだろう」
 それはその通りですが、でも楽をするためでなければ、魔法に何の意味があるのでしょう。そう考えたハンスの心を読み取って、老人は大声で笑いました。
「それもその通りじゃ。お前はなかなか賢い子だ。よし、弟子にしてやろう。ついて来い」
魔法使いは歩きながら、自分の名はドクトル・ザラスト、この国で一番えらい魔法使いだ、と言いました。でも、本人がそう言っているだけかもしれません。
ザラストの住みかは、ふつうの町中にありました。家の中には犬と猿と猫とオウムがいます。
「お前はこれからここで修行(しゅぎょう)をするのだ。はじめに、あそこの木の落ち葉を動かすれんしゅうをしなさい。それから、この動物に心で話しかけるれんしゅうをしなさい。それができたら一番下の魔法使いになったということだ。できるまで毎日それだけやるのだぞ」
 それから毎日、ハンスはその課題(かだい)をれんしゅうしましたが、一月たってもまだできません。でも、ザラストの家にいれば、飢(う)え死にすることはありませんから気楽なものです。
 動物に話しかけるのも、心でよりも、つい言葉に出してしまいます。言葉で言わないと反応(はんのう)がないのだから、つい退屈(たいくつ)して口に出すのです。
「あーあ、退屈だなあ。もっとかんたんに魔法がおぼえられないのかなあ」
すると、猿のジルバが人間の声で言いました。
「ザラストの魔法の本を見ればいい」
ハンスはぎょっとおどろきました。猿が人間の言葉を話すなんて。
「ザラストの魔法の本はどこにあるんだい?」
ハンスが聞いた時、家のドアがあいて、ザラストが帰ってきました。ハンスがジルバと話しているのを聞いていたのか、ザラストは大声で怒りました。
「こら、ジルバ、お前はハンスに何をさせようとした」

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天国の鍵 1

その一 魔法使いハンス

 ハンスは魔法の練習(れんしゅう)をしていましたが、うまくつかえません。お師匠(ししょう)、つまり先生のザラストは何も教えてくれないのです。
 落ちてくる木の葉に念力をかけて右に行け、と命令すると左に行くし、左に行け、と命令すると右に行きます。下に行け、というと下に行きますが、これはあたりまえ。
 ハンスは十歳です。
 生まれた国はアスカルファンという長い名前の国です。地理にくわしい人は、今のヨーロッパぜんたいだと思ってください。そこの真ん中のトエルペンという町に生まれたのですが、両親の顔は知りません。生まれてすぐに教会の前にすてられ、それを見つけたお坊さんに十歳までそだてられました。
 十歳になると、鍛冶屋(かじや)さん、いろんな鉄の道具を作る人ですが、その鍛冶屋さんのところではたらかされることになりましたが、ハンスははたらくのが嫌いなので、そこを逃げ出しました。
 逃げ出してもお金がないので、何も買うことはできません。
 道端(みちばた)でおなかをすかせてすわりこんでいると、通りかかった一人の老人がハンスに声をかけました。
「ハンスよ、どうしたのだ」
 ハンスは、この老人がなぜ自分の名前を知っているのだろう、とふしぎに思いましたが、答えました。
「おなかがすいて動けません」
「先のことも考えず、鍛冶屋を飛び出したりするからじゃよ。お前は、その無考えのためにこれからも苦労するぞ」
 どうやら老人は自分にお説教か忠告をしているようですが、今のハンスにはちっともありがたくありません。それより、お金でも食べ物でもめぐんでほしいところです。
「金がほしいか。ならあげよう。ほら」
 老人は、ハンスの考えていることがわかるようです。老人の手から受け取ったお金は一リム、日本のお金なら千円くらいです。
 ハンスは大喜びしました。これまでハンスは五十エキュ、つまり五百円くらいしか手にしたことはないのです。一リムもあれば、三日くらいは生きのびられそうです。でも、その先は?
「ありがとう。でも、おじいさん、なんでぼくの考えていることがわかるの?」
ハンスの言葉に、老人はちょっと間をおいて答えました。
「わしは魔法使いなのじゃよ」
「魔法使い! ならば、ぜひぼくを弟子(でし)にしてください」
 弟子とは生徒のことです。

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趣味:
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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