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天国の鍵21

その二十一 またしても脱線

中央グリセリードに入ったあと、ピエールとヤクシーは、グリセリードのようすを知るために、いろいろな人から話を聞こうとしましたが、前に言った事情で、人々はあまり話してくれませんでした。しかし、政治への不満が強まっていることだけはわかります。
「これは、うまくやればグリセリードを内側から倒(たお)すこともできそうね」
ヤクシーが言いました。
ここで説明しておくと、ヤクシーは、グリセリードの属国(ぞっこく、手下の国です。アメリカに対する日本みたいなものです)ボワロンに征服された小国パーリの王女だったのです。その後、奴隷(どれい、意味はわかりますね。日本の多くの家庭の父親みたいなものです)にされたりしていろいろ悲しい目にあったのですが、運命に負けず、強く生きているのです。
大人の話には関係なく、ハンスとアリーナは旅を楽しんでいます。ハンスから見ると、グリセリードはなかなかいいところに思えます。どこがいいかというと、ここには身分差別が少ないのです。アスカルファンは身分社会で、貴族と庶民ははっきり分かれていました。庶民と貴族は、生まれたときから区別され、庶民が貴族になることはほとんどありえないのです。貴族と庶民の間に騎士階級がありますが、それは仕事の上の区分みたいなもので、やはり騎士の中でも貴族と庶民は分かれていたのです。わかりやすい例を言えば、たとえば法律は庶民を取りしまるもので、貴族は法律にしばられません。人を殺しても、それが貴族ならかんたんにゆるされることも多かったのです。もっとも、うわべをうまくごまかしているだけで、法の不平等は今のどの社会だって同じようなものですけどね。
どうもむずかしい話が長くなりました。前にも言ったように、見えないものは存在しないと思っている無邪気(むじゃき、簡単に言えば、赤ちゃんみたいに何も考えないこと)な人が世の中には多いので、悪者たちは世の中を思い通りにうごかしているのです。かくれた悪をきちんと見抜いて、それに文句を言うことが大事なのです。大人しい人間が多ければ、上の人間にはつごうがいいでしょうけどね。でも、文句を言うには勇気が必要ですし、苦労も多いのです。だから、たいていの大人は文句があってもそれを口には出しません。そうして世の中はどんどん悪くなるのです。
いったい、これは何の話なんでしょうね。子供向けの王子や魔法のお話だと思っていたのに、と文句をつけている人にはあやまります。作者は大人と子供を区別していないのです。子供はただ言葉を知らないだけで、物事の真実を判断(はんだん)する力は大人とかわりません。大人はみんな賢いと思っているかもしれませんが、頭の中味は子供以下の大人もたくさんいます。借金をしたらいつか返さねばならないと知っていて、返すあてもない借金をしたり、財布の中身よりもたくさん買い物をしたり、人のものをぬすんだり、子供でもしないようなことを平気でやる大人は多いのです。そういう大人でも世間では子供よりは上に見られて自由がききますから、こまったものです。本当は小学生以下なのにね。

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天国の鍵20

その二十 社会科のお勉強

西グリセリードと中央グリセリードの境い目の低い山地を越えると、あたりは広くひらけて、畑が多くなってきました。もちろん、山や野原もたくさんありますが、畑の割合が多くて、民家の数も多いのです。
もうだいぶ秋も深くなってきて、麦の収穫はとっくに終わり、稲の刈り入れが始まってます。このあたりは水田ではなく、陸稲(おかぼ、りくとう)が畑に植えられてます。刈り取られた稲が稲架(はさ、はざ)にかけられて干されているようすはのどかなものです。
シャングーの町で身なりをととのえたハンスたちの一行(いっこう)は、見たところはグリセリード人です。もともと、グリセリードはいくつもの国が征服(せいふく)されて一つになった国なので、肌(はだ)の色や顔だちのちがいはだれもあまり気にしません。特に北部グリセリードは、ずっと西のアルカードの民族(みんぞく)が住みついたところなので、肌は白く、金髪や青い目もめずらしくありません。
今のグリセリードを統一したのは、グリセリード南西部の国でした。ルガイアという王様と、その息子のヴァンダロス大王という王様が、二代にわたってこの広大な大陸を統一したのです。
今はヴァンダロスの娘のシルヴィアナがグリセリードの皇帝、つまり女王になってますが、ざんねんながらシルヴィアナは政治の能力が無く、すべてを宰相のロドリーゴにまかせているのは前にお話したとおりです。ロドリーゴは国のことよりは自分の利益(りえき)を先に考える人間でしたから、シルヴィアナの代になってからはヴァンダロスの時代にくらべて国民の政治に対する不満は強くなっていました。とくに、二度にわたるアスカルファンとの無意味な戦いで、何万もの人間が戦場に送り出され死んだ事をうらむ人間は多かったのです。
ヴァンダロスは全国を統一(とういつ、一つにすること)した後も、関所(せきしょ、交通の要所におかれ、旅人の身元を調べる役所)をおかず、分国と分国との行き来は自由にさせていましたので、全国の文化や産物はあちこちに伝えられ、発展していました。ハンスたちが自由に旅ができたのもそのためです。
年に一回か二回の年貢(ねんぐ)か税金を納める以外は、庶民生活への干渉(かんしょう、あれこれ口出しすること。いちいち説明するのも楽じゃないです。でも、言葉をおぼえるのは大事ですからね。このお話は、学習小説でもあるのです。……なるほど、そうだったのか)をしないのがヴァンダロスの方針(ほうしん、やり方)だったので、国民の生活は気楽なものでしたが、前回の意外な敗戦の後、シルヴィアナとロドリーゴへの批判(ひはん、文句を言うこと)は強くなっており、その批判をおさえるために、政治を批判する者は処罰(しょばつ)するというお触れ(おふれ、知らせや命令)が出ており、国全体にいきいきしたところやのびのびしたところがなくなっていました。国民が自由に発言できない社会や国が、悪い社会や国であることは、いつの時代も変わりません。

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天国の鍵19

その十九 坊さんの正体

「だれだ!」
気配を感じたのか、部屋の中の坊さんが大声をあげました。
 その時、窓から何かが飛び込んできて、お坊さんののどにかみつきました。
 ピントです。
「うわっ」
坊さんは必死(ひっし)でピントをはらいのけようとしますが、ピントの牙は坊さんののどにくいこんでいます。見ていたピエールは心配になりました。もしもこのお坊さんがただの人間で、坊さんとしては悪いことかもしれませんが、生肉が好きだというだけだったらどうしましょう。
ハンスも同じことを考えていました。そこで、大急ぎでグラムサイトの呪文をとなえ、精神を集中して坊さんのすがたを見ました。すると、窓からさしこんできた月の光にうかびあがったそのすがたは、一匹の大猿だったのです。
ハンスは部屋の中にかけこんで、魔法の杖で大猿の頭を力一杯なぐりました。
大猿は「ギャッ」と一声鳴いて、息絶えました。
その晩は、もっと化け物が出てくるかもしれないので、四人は二人ずつ交互(こうご)にねることにしました。
夜が明けると、ピエールとヤクシーは寺の中をさがしてみました。もちろん、大猿の死体はそのままありましたが、そのほかに、気味わるいことに寺の床下には人間の白骨が十三体みつかったのです。
「こいつは、あの狐と大猿が旅人たちを食ったものだな」
「それに、このお寺のお坊さんたちもね」
ピエールとヤクシーは、子供たちにはその死体を見せないようにかくしました。
 この気味の悪い寺からなるべく早くはなれたくて、四人は朝御飯がすむと、さっさとそこを出て行きました。
「ねえ、あんたもしかして魔法使い?」
 アリーナがハンスに聞きます。
「うん」と短くハンスは答えました。
「魔法使いってほんとにいたんだ。ねえ、なにかやってみて。空飛べる?」
「できないよ」
「変身は? 鳥になれる?」
「できない」
「なあんだ」
 アリーナは、ハンスの魔法が、自分の想像していたものとはだいぶちがうようなので、がっかりしたようです。

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天国の鍵18

その十八 妖怪の寺

「おお、明かりだ。人がすんでいるぞ」
ピエールがよろこびの声をあげました。
 四人は、馬と驢馬は引いて、闇の中をつまずいたりころんだりしながらすすみます。
 やがて、その明かりが目の前に近づきました。どうやら、家の窓のようですが、お寺のようです。
塀(へい)にかこまれた門から入って、寺の玄関にたどりつきましたが、たてものの中はほとんど明かりがありません。
「ごめんください」
 大声でピエールが呼ぶと、奥から「どなたじゃな、こんな夜おそく」と声がかえってきました。
 出てきたのは、ずいぶん年をとったお坊さんです。頭はつるつるで、長い真っ白なあごひげをはやしています。
「すみません。旅の者ですが、こんばん一晩(ひとばん)ここにとめてもらえませんか」
「そうか。今からよそに行けというわけにもいくまい。夜着などはないが、そのへんでねむるだけならいいじゃろう」
「ありがとうございます」
ピエールは礼を言いました。
 お坊さんがひきさがると、アリーナが言いました。
「なんかへんだぜ、あの坊さん」
「どこが?」
ピエールが問い返すと、
「いやになまぐさいにおいがしたんだ。生肉か、血のにおいだ」
「晩飯でも食っていたんだろう」
「あんた、グリセリードの人間じゃないからわからないのかもしれないけど、ここはブダオ教の寺だ。ブダオ教では肉食はきびしくいましめられているんだ」
「この子の言うとおりよ。私もいやなにおいを感じた」
 ヤクシーの言葉に、ピエールは考えこみ、「たしかめてみよう」と言いました。
「みんなでいきましょう」
 ヤクシーの言葉で、四人はこっそり足をしのばせて、寺の奥に近づいていきました。
 奥の部屋から明かりがもれています。
 先頭のピエールが部屋をのぞきこむと、中ではなんと、先ほどの坊さんが、口から血をしたたらせながら、生き物の死体をむさぼり食っているではありませんか。
 ピエールはぞっとして、後ろの三人をふりむいて小さい声で言いました。
「アリーナの勘(かん)が当たった。あの坊さんも化け物だ」

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天国の鍵17

その十七 山中の怪物

「こりゃあ、野宿(のじゅく)になりそうだな」
ピエールが言いました。
 その時、道のそばの木のしげみから、グルルッという獣(けもの)のうなり声が聞こえました。驢馬のグスタフや馬たちはおどろいて棒立ち(ぼうだち)になります。
 ピントはワンワンとほえたてます。
「怪物か?」
ピエールは腰の剣を抜いてみがまえます。ハンスも杖をかまえました。ヤクシーとアリーナもナイフをぬきます。
ザザッとしげみをわけて飛び出してきたのは、まさしく怪物です。体は虎ですが、頭は猿で、大きさは人間の二倍ほどあります。
その怪物は近くにいたヤクシーに飛びかかりましたが、ヤクシーはさっとそれをかわします。きっと武芸(ぶげい)の心得(こころえ)があるのでしょう。よけながら、ナイフで怪物の前脚に切りつけます。
怪物は次に、ピエールにおそいかかります。ピエールの剣が怪物の肩口(かたぐち)を斬りましたが、怪物はまだまいりません。
ハンスは怪物に心でよびかけました。
(お前はなんでぼくたちをおそうのだ!)
怪物の答えがかえってきます。
(もちろん、食うためだ。お前は動物と話ができるようだな。なら、そこの犬と猿だけでゆるしてやるから、そいつらをおいて行け)
(いやだ!)
 怪物はこんどはハンスに向かってきました。
 ハンスは杖で怪物の頭をなぐりました。すると、どうでしょう。剣やナイフで切られてもあまりこたえなかった怪物が、おそろしい苦痛(くつう)のさけびをあげて倒れたのです。
 そして、みるみるうちにその体がちぢんで、姿がかわっていきます。死んだすがたを見ると、その怪物は、せいぜい犬くらいの大きさの老いた狐です。
「おどろいたな。化け物の正体は、古狐か」
「でも、私たちの剣やナイフがきかなかったのはなぜかしら」
「あたりどころがまずかったんだろう。とにかく、ハンスのおてがらだ」
ハンスは得意(とくい)な気分でしたが、出番(でばん)がなかったアリーナはおもしろくなさそうです。
四人は野宿できそうな場所をさがしてしばらく歩きました。すると、やがて闇(やみ)の中にぽつんと一つ、明かりが見えてきたのです。

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天国の鍵16

その十六 山の怪物のうわさ

 シャングーの町は、眠ったように静かです。土壁(つちかべ)のたてものは白く、屋根は赤いかわらぶきです。通りにはあまり人はいず、兵隊たちがときおり通るだけです。町の中心部には、道端に品物をならべて売っている大道商人のすがたや、店の前の入り口を広くあけてお客さんを待っている酒場(さかば)もあります。
 ハンスたちは酒場にはいって食事を注文しました。
 小麦粉を水でこねてゆでたり焼いたりしたものや、それをスープにいれたものがグリセリードの主な食事のようですが、そのほかに、鶏肉料理や豚肉料理、卵料理などもあります。豚肉料理はアスカルファンよりおいしいとハンスは思いました。
 ピエールは、土地のお酒を飲んで、気持ちよくよっぱらっています。長い旅のあとですから、お酒もいっそうおいしいのでしょう。
「ここの食事はうめえや」
 あいかわらず下品な言葉づかいでアリーナが言いました。アリーナは、四人の中でも一番の大食いです。あの小さな細い体のいったいどこに入るのかと思うくらい食べます。
 ハンスたちはこの静かな町が気に入ったので、ここにしばらく滞在することにしました。
 盆地ですが、町の中心には大きな川が流れており、川のそばにはヤナギの木がたくさんはえていて、それが水にうつってとてもきれいです。
 この町には神秘的(しんぴてき)な力があるのか、ハンスはここにいるあいだに、ロレンゾの教えた魔法のうちいくつかが本当にできるようになりました。まだ確実(かくじつ)ではありませんが、ロレンゾが教えたのはうそではなかったようです。 
そろそろ出発しようかな、と思ったころ、ハンスたちはみょうなうわさを聞きました。この町から東へ向かう街道に、怪物が出て、旅人を食べるという話です。
「そりゃあ、山賊(さんぞく)だな」
 ピエールが言うと、ヤクシーがうたがわしそうに
「なら、なんで怪物という話になるのよ。山賊ならめずらしくもないでしょう」
と言いました。
「人々がこまってるなら、おれたちが助けようぜ」
と言ったのはアリーナです。
「まあ、どうせ通り道なんだから行くしかないな」
とピエールも言いました。
 そこで四人は荷物をまとめて出発しました。
 町を出てすぐに、道は坂道になり、山にさしかかります。
 ちょうど日もくれかかって、あたりはものさびしくなってきました。最初(さいしょ)は強気(つよき)だった四人も、だんだんこころぼそくなってきました。
 とうとうすっかり日がしずみました。

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天国の鍵15

その十五 シャングー

 ハンスの連れている動物たちもアリーナはすっかり気に入ったようです。ときどき馬から下りてピントとかけっこをしたり、ジルバと木登りをしたり、とにかく元気な女の子です。動物たちも自分とあそんでくれるアリーナが大好きになったみたいです。
 ところで、ハンスのお師匠のザラストは、世界には七人の大魔法使いがいると言っていました。そのうち五人は名前がわかっているが、あとの二人はわからない。五人のうち一人は自分だが、あとの四人は、アルカードのソクラトン、グリセリードのロンコン、グリセリードの南の森に住むブッダルタ、パーリのルメトトで、そしてレントよりもさらに西の未知の大陸ロータシアに一人いるらしいということです。その中の一人が、もしかしたら天国の鍵のありかをしっているかもしれないとザラストは言いました。自分で言うほどザラストが大魔法使いであるようには見えませんが、とにかくその四人をさがしてみようとハンスは考えていました。
「グリセリードにロンコンという魔法使いはいるか、アリーナに聞いてみて」
とハンスはヤクシーにたのみました。
「ロンコン? 知らないな」
とアリーナはきょうみなさそうに答えます。どうやら、人さがしは簡単にはいきません。
「だいたい、あんた、魔法なんて信じてるの? ばっかみたい」
アリーナの言葉にハンスはむっとして、魔法がある証拠(しょうこ)を見せようと思いましたが、人前で魔法を使うと危ないというザラストのいましめを思い出してがまんしました。でも、腹(はら)いせに、飛んでいた赤トンボをアリーナの顔に止まらせてきゃっと言わせてやりました。
なにしろグリセリードは広いので、村や町の間はだいぶはなれてます。街道がある分にはいいのですが、道のないところもたくさんあります。でも、大きな山はあまりなく、ほとんどは平野です。
西グリセリードの東側は、山に囲まれた盆地(ぼんち)です。それほど大きな山々ではありません。
「あそこは?」
丘の上から眼下に広がる土地と、その向こうの町を見てピエールがヤクシーに聞きました。
「たぶん、シャングーだと思うわ。もともと一つの国だったけど、グリセリードに支配されているの。パーリみたいなものよ」
「ここに入ると危ないかな」
「でも、ここを通らないと、ずいぶん回り道になるわよ」
 二人の会話にじれて、アリーナが言います。
「何してんだよ。はやく行こうぜ」
 そして、さっさと先にたって道をおりていきました。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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