忍者ブログ

天国の鍵42

その四十二 三つめの詩

 砂漠の彼方に日がしずみかかっています。
神殿の奥のほうで、火がつくような物音がして、三人が振り返ると、祭壇(さいだん)に灯がともり、そこに人影がありました。いつの間にそこにいたのでしょう。
「*******、******!」
ハンスたちにはわからない言葉でその男が言いました。ハンスは心で相手に伝えました。
(あなたはもしかしたらルメトトですか? ぼくらは賢者ルメトトを探しているのです)
(私がルメトトだ。で、私に何の用だ)
(私たちは天国の鍵をさがしているのです)
(むだなことだ。この世に善が必要なように、悪も必要なのだ。悪のない世界など、人間の世界ではない。天国など、死んでから行けばいいのだ)
(では、何も教えていただけないのですか)
(教えてやろう。行為の空しさを知るために行なう行為は空しい行為ではない。賢者アロンゾのすべての栄光はただ「空」の一語を知るためにあったのだ。聞け、そして覚えよ。この詩が天国への鍵の一つなのだ)
ハンスはあっと思いました。天国への鍵とは、物ではなく、言葉だったのでしょうか。
(荘厳な叡智の森の中、黒い松が影を投げる場所、
ヘルメスが出没する小部屋の近く、
三つの素晴らしい小花が咲く。
あらゆる花の香りに優るダマスコ薔薇
乳白の純潔の百合
紫の愛の花。
赤い太陽は汝にしるしを与えるであろう。
その場はサファイアの菫が輝くところ
見えない黄金の流れに潤うところ
汝、一本の菫を求めよ。
されど、嗚呼、気をつけよ、
百合とアマランスは細心の世話を要する)
ハンスはその言葉を必死で覚えました。なにしろ、これは心に語りかけられた言葉ですから、パロをたよりにするわけにはいきません。ふだん物を覚えることをさぼっていると、こういう時には大変です。
(私がお前に教えるのはこれだけだ。さあ、もう行け。私はもう三千年も生きて、お前たちのような者に会うのにはあきあきしておるのだ)
 ルメトトは、その影のような姿の手を振って、ハンスたちを追い払うようなしぐさをしました。ハンスたちはしかたなくその神殿から出て行きました。

拍手

PR

天国の鍵41

その四十一 二つめの詩

 おたがいの知っていることを教えあおうという少年チャックの申し出を、ハンスは承知する(OKする)ことにしました。アルカードもいずれ行ってみたいと思ってはいますが、これからアルカードまで旅しても、ソクラトンに会えるかどうかわからないのですから。
「わかった、じゃあぼくから言おう。これは、グリセリードのロンコンからもらった巻物だ」
ハンスは巻物を広げて、それをながめながら、パロに何度も言ってもらって暗記している詩を読みました。
「賢者の庭、黄金の戸口の中、
七つの噴水のそば、見張るはヘスペリアの竜。
聖なる見者の夢の中、
永遠に燃える枝のように、アジアの教会の印のように、
あの栄光の噴出が現れる。
魔法の水を三度、
翼竜は飲み干さねばならない。
その時、うろこははじけとび、心臓は二つに裂けるだろう。
放たれた流れに聖なる形が現れ、
太陽と月に助けられ、
魔法の鍵はお前のものになるだろう」
聞き終わって、チャックはむずかしい顔で考えこみました。
ハンスが、チャックに知っていることを言うようにさいそくすると、彼は自分の巻物を広げて読み上げました。
「古き山々のあいだ、頂きは太陽に近く
久遠の流れは黄金の河となり
地の王侯の無数の宝を流す。
されど、驚異の石輝く古き山々を求めんとすれば、
遥かまで、彼方まで
未知の国を越え、海を越え
人は彷徨を余儀なくされん」
ハンスは、肩にとまっているパロにその詩を覚えてもらいました。
「この詩はわかりやすいな。ようするに、天国の鍵があるのは、未知の大陸、つまりロータシアだということだろう」
ハンスが言うと、チャックは答えました。
「たぶんそうだろうが、ぼくの勘では、ただそこに行くだけでは天国の鍵は得られない気がする。つまり、むだな彷徨(ほうこう、さすらうこと)をしてしまうんだ」

拍手

天国の鍵40

その四十 魔法使いチャック

パーリに入って十日ほど歩くと、前方に岩山が見えました。そして、ハンスが目をこらして見ると、そのふもとには神殿らしいものが見えます。
ハンスたちはその神殿に向かって進んでいきました。
神殿のまわりには、町も村もありません。砂漠の中に、神殿だけがあるのです。
神殿に近づくと、どうやら廃墟のようで、人のいる気配(けはい)はありません。とにかく、ハンスとアリーナは、ここで一休みすることにしました。
少し昼寝をして、ハンスが目をさますと、ピントがううっと低くうなりました。ピントがうなった方角を見ると、砂漠の向こうに、小さな人影が見えます。こちらに近づいてくるようです。
(あやしい奴が近づいてきますよ)
とピントの心はハンスに言っています。
やがてその人影は完全に人のすがたになりました。十二、三歳くらいの少年です。アスカルファン風の身なりをした、金髪の少年です。
その少年は笑顔を浮かべて、ハンスとアリーナに近づきます。なんとハンサムな少年でしょう。アリーナが一目でぽーっとなったのが、ハンスにはわかりました。
「やあ、君たちも天国の鍵を探しているのかい」
金髪の少年は、アリーナに目を向けて言いました。ハンスのほうは無視しているようで、ハンスはおもしろくありません。
「あなたもなの? じゃあ、あなたも魔法使い?」
 少年はうなずいて、右手をぱっと一振りしました。すると、その手には、一輪の真っ赤なバラの花が現れました。少年は、軽くおじぎをしてそのバラをアリーナにささげました。アリーナは大喜びです。女の人がおくりものに弱いのは、いつの世もかわりません。
(ちえっ、あんなの、魔法じゃなくて手品だ)とハンスは心の中で考えましたが、口には出せません。男のヤキモチはみっともないですからね。
「ぼくの名前はチャック。君たちは?」
「私はアリーナ、この子はハンス」
(この子、なんて言い方はないだろう)とまたしてもハンスは心で考えます。たしかに、なにか、よそよそしい言い方です。
「ぼくは、アルカードから来たんだ。そこで、ソクラトンという賢者に会って、天国の鍵のてがかりとなる巻物をもらった。でも、それだけではよくわからないから、もしも君たちが知っているてがかりがあったら、教えてくれないか。ぼくのてがかりも教えるから」
 アリーナはハンスの顔を見ました。
 ハンスは少しまよいました。せっかく苦労して手に入れた巻物を、こんな正体不明の少年に見せていいものでしょうか。

拍手

天国の鍵39

その三十九 独立の戦いについて

パーリの国は、お隣のボワロンという国に侵略(しんりゃく、攻められること)されて、国民はみなボワロンの人たちに仕えていますが、ボワロンはもともとグリセリードに仕えている国なので、パーリも今はグリセリードの一部みたいなものです。でも、パーリの人々はなんとかしてボワロンやグリセリードの支配(しはい、治めること)からぬけだしたいと思っているのです。
こんなのは昔の話だと思っている人がいたら、それは大間違いです。今でも、世界中のあちこちの国で、国の一部が独立しようとして大騒ぎを起こすのは、もともとそれらの国が別の国だったからです。日本だって、沖縄なんかは明治時代になって、強引に日本の一部にされた国です。すっかりその国の一部になった後では、今さら独立してもしょうがない、という考えもありますけど、吸収された国がその国の中で差別的な扱いを受けていたら、独立運動を起こすのも当然でしょう。だから、たとえば、アイルランドのように独立のために暴力的な事件があったとしても、事件を起こす側だけを一方的に責めるわけにはいかないのです。平和的に解決できれば、それが一番なんですけどね。残念ながら、平和的な話し合いでは、ちっとも相手の言い分に耳を貸さない人たちが多すぎるのです。なぜかというと、それらの地方を独立させないことが、その国全体の利益、あるいはその国を支配する人たちや階級の利益だからです。もちろん、その地方の人たちの大部分は不利益を受けているわけですが、現実の世界は、道理(どうり、正しいこと)ではなく力によって動くものです。
数の多さも力です。たとえば、多数決(たすうけつ)が常に正しいなら、三百円を三人で分けるのに、A君とB君の二人が、C君をのけものにして、二人で百五十円ずつ分けようと決めれば、これも多数決にしたがった決定だということになります。これって変ですよね? 君がC君なら、どうします? だから、大事なのは、それが道義(どうぎ、人間として本当に正しいこと)に合っているかどうかであって、形式的(けいしきてき、うわべや形)に正しいかどうかではないのです。
まあ、これはただのお話だから、現実はまた別さ、と思う人には、こう言っておきましょう。お話が面白いのは、それがうそだから、というのも正しいのですが、それが本当だから、という点もあるのです。むしろ、すべてうそで物語を作るほうがむずかしいことでしょう。もちろん、それらの「本当」は、作者の目から見ての本当なのであって、他人から見たらゆがんだ見方ということになります。しかし、人それぞれの見方はすべてゆがんでいるのです。自分の見方はゆがんでいないと言い張る人、(特に、特定の宗教を信じる人に多いのですが)ほどこわいものはありません。自分は間違っているかもしれないという謙虚(けんきょ、ひかえめなこと)な人間のほうが、間違うことは少ないのです。
作者のおしゃべりが多くて、ずいぶん変なお話だなあ、とお思いでしょうが、これはそういうお話なのです。脱線のところこそ、いずれあなたたちの役にたちます。

拍手

天国の鍵38

その三十八 海

グリセリードの西の端にあるアズマハルは、大きな河のそばにできた町です。昔はこのあたりに古代文明のひとつがあったということですが、いまはごくふつうの田舎町です。かつての宮殿は、今は廃墟(はいきょ)しかのこっていません。
ハンスとアリーナは旅籠(はたご、昔の旅館のこと)に泊まって、数日をのんびりとすごしました。
二人は町のあちこちを見てまわりましたが、たいして見るものはありません。町の大通りにも山羊や羊がうろうろと歩きまわり、ニワトリがけたたましい声で鳴いたりします。
砂漠に近い南の町ですが、もう冬になっているので、空は曇り気味で、雨の多い日が続きました。
雨のふる日は、旅籠にとじこめられて、たいくつです。雨の日にゆっくり読めるような本なんか持ってませんからね。そこで、ハンスはロンコンからもらった巻物を広げて、パロに詩を読み上げてもらいながら、その巻物をながめました。もとの言葉の発音がわからないので、実際にどんな音かはわからないのですが、これがこの単語かな、というくらいは見当がつきます。
詩の意味はよくわかりませんが、とにかく七つの噴水のある庭をさがせばいいようです。
約束の日にちになっても、ピエールたちは姿をあらわしません。それから一週間ほど待ちましたが、それでもピエールたちは来ないので、ハンスたちはしかたなくここを去ることにしました。
次の目的地はパーリです。アズマハルからは、砂漠を越えて行くことになりますが、海ぞいに行けば、わりと湿地帯も多く、木や草も生えています。
グリセリード生まれのアリーナは、海を見るのは初めてですから、大喜びです。
「これが海か。すげえでっかいなあ」
男の子の言葉でアリーナは言いました。
 ハンスにしても、初めての海です。でも、遠目を覚えてからは、すでに何度か遠目では見ていますから、それほど感激はしません。ちょうど、みなさんが、いろんなものをテレビで見て育ったために、本物を見ても何の感激もないようなものです。みなさんは、ハンスの持つ超能力を、科学の力で、みんなが持っているわけです。でも、それが必ずしも幸福につながるとはかぎりませんけどね。
海づたいに南へ進んで、少し内陸部に入ると、そこがパーリの国です。
 ここからは完全に砂漠になります。驢馬のグスタフも初めての砂地にとまどって、歩きにくそうです。
子犬のピントは、このころになるとすっかり大人の犬になってました。犬の成長は早いですからね。大人になったピントは、大きくてたくましく、なかなか強そうです。虎やライオンは無理(むり)でも、狼くらいとならケンカもできそうで、たのもしい仲間です。

拍手

天国の鍵37

 その三十七 女性についての真理など

「なんか、すてきな人だったわね、ブッダルタって」
 アリーナがつぶやくように言いました。
「うん」
と短くハンスは答えます。
魔法使いになってから、ハンスはどうも無口になったようです。頭の中ではいろいろなことを考えているのですが、それを言葉で他人に説明するのがめんどうに感じられるのです。だから、アリーナはハンスのことを軽く見ているところがあります。女の人にとって、おしゃべりのできない相手なんて、まったく存在価値はないんですからね。でも、ハンスには二度も命を救われているので、それに感謝はしています。だからといってそれでハンスを好きになるとはかぎりません。嫌いではないが、どうも物足りないなあ、というのが正直なところです。まったく、主人公だのに、女にももてない人間なんて、ちょっとつまらないですね。でも、世の中、いい人というのはだいたい女の人にはもてないものなのです。なぜなんですかね。念のために言っておきますが、それだからといって、女にもてない人はいい人だ、ということにはなりません。これは、逆は必ずしも真ならず、という数学的真理です。
さて、ブッダルタに会う用は済(す)んだので、ハンスたちは西に進んで、グリセリードの南西部にあるアズマハルという町に向かうことにしました。思ったより簡単にブッダルタが探せたので、ピエールたちよりはだいぶ先にアズマハルに着きそうです。
アズマハルまで行けば、パーリはすぐです。そこにルメトトという賢者がいるそうですから、その人を見つければ、七人の大魔法使いのうちザラスト、ロンコン、ブッダルタ、ルメトトの四人には会ったことになります。のこりはアルカードのソクラトンと、名前のわからない二人ですが、ハンスは、もしかしたらロレンゾがそのうちの一人ではないかと思いました。じっさい、ロレンゾから教えてもらった魔法で何度も助かっているのですから、彼と出会った事が一番大きな出来事でした。そして、ピエールやヤクシーに出会わなければ、ロレンゾと会うこともなかったのですから、ハンスはまったく幸運だったと言っていいでしょう。皮肉な読者なら、これを単なる作者のご都合主義と言うかもしれません。
ギオン寺からアズマハルまではけっこうかかりましたが、例によって、とちゅうは省略します。ここがお話の便利なところで、人生の大部分をしめる日常的な作業や、あまり大きな出来事のないところは書かなくてもよいのです。だって、物語の主人公だって、本当はトイレにもいくし、顔を洗ったりおふろに入ったり、いろんな事をしているのですが、主人公やその他の人物がトイレに行く場面なんて読みたくないですよね。こっそり教えますけど、あのかわいいアリーナだって、本当はトイレに行ったりするのです。もっとも、旅のとちゅうですから運良くトイレがあるとはかぎりませんし、……まあ、そんなことはどうでもいいか。とにかく、ハンスとアリーナはアズマハルに着きました。

拍手

天国の鍵36

その三十六 ブッダルタ

 ブッダルタはハンスを見てほほえみましたが、何も言わず、また話を続け出しました。ハンスは怒られずにすんだので、ほっとしました。
 人々もブッダルタの弟子たちも、ブッダルタがいっしゅん説法をやめたことを不思議に思いましたが、それがハンスのせいであることには気づきません。
 説法が終わると、ブッダルタはハンスのところに歩み寄りました。ハンスはどきどきしました。みかけはやさしげな人なのに、なんともいえない威厳(いげん、おごそかな感じ)があって、ハンスはきんちょうしてしまうのです。
(さっき私の心を読もうとしたね)
 ブッダルタは心でハンスに語りかけました。
(はい、すみません。ぼくはここの言葉がわからないのです)
(そうか、少し、君の阿頼耶識を読ませてもらうよ)
阿頼耶識(アラヤしき)とは、人間の心の奥底の記憶です。本人も気づかないすべての出来事の記憶ばかりでなく、その先祖からの永遠の記憶が阿頼耶識の中にはあるのです。人間が思い出せるものは、その中の本当にごく一部で、大海の上をただよう一滴の油くらいのものです。……これはお話ですから、本気にしないでくださいよ。まあ、そういう説もあるのです。面白い説でしょう?
(そうか、君は天国の鍵をさがしているのだね。残念ながら、私には手助けできないよ。私の教えは、天国も地獄も人の心の中にあるというものだからね。多くの人はそれに気づかず、自分で地獄を作り出している。それを私は救おうとしているのだ。もしも私にとっての天国の鍵があるとしたら、それは言葉だね) 
(言葉、ですか?)
(そうだ、ただし、言葉は地獄への鍵でもある。人は言葉によって自分自身を作っていくものなのだ。ある言葉を信じれば、それがその人の生き方を決めていく。まさしく、天国や地獄への鍵だろう?)
(はあ。なんとなくわかりますけど)
 でも、ハンスは、やはりこの世をそのままで天国に変えるほうがいいと思いました。だって、こうしている間にも、多くの人々が飢えや寒さで死に、暴力や悪事がおこなわれているのですから。
 ブッダルタはハンスの心を読み取って、笑いました。
(君の考えはとうとい。君は菩薩行を行なっているのだ。私と方向はちがうが、同じことをしているのだよ。では、もう行きたまえ。私の記念にこれをあげよう)
 ブッダルタは腕にまいていた水晶の腕輪をハンスにくれました。
(ありがとうございます。さよなら)
 ハンスはブッダルタの優しい顔に別れがたいものを感じながら、ギオン寺を去りました。

拍手

カレンダー

04 2024/05 06
S M T W T F S
10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

カテゴリー

最新CM

プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

アクセス解析