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天国の鍵 6

その六 若者と美女

 ハンスは、猿のジルバにたのんで宿屋の前で芸(げい)をしてもらいました。芸とは、たとえば逆立ち(さかだち)とか宙返り(ちゅうがえり)です。ジルバが犬のピントや驢馬のグスタフのせなかの上で逆立ちや宙返りをすると、宿屋のお客さんたちは感心してそれをながめ、芸が終わると、みんな少しずつお金をくれました。ぜんぶかぞえると、七リムと六十五エキュ、七千五百円くらいになりました。
 なかでも気前のいいお客は一人で五リムもくれたのです。
その人は感心して言いました。
「いやあ、よく仕込まれた犬や猿だなあ。まるで人間のことばがわかるみたいじゃねえか」
 言葉づかいは少し下品(げひん)ですが、気の良さそうな若い男です。もっとも、子供のハンスから見れば、大人はみんなオジサンですが。
「坊やたち、どこから来たの?」
その若者のそばにいた恋人らしい女の人が言いました。こちらは、ものすごい美人です。ハンスは思わずその人に見とれてしまいました。生まれてから今まで、こんなに美しい女の人を見たことはありません。でも、この国の人ではなさそうです。色が浅黒く、目鼻立ちが非常にはっきりしています。目は大きくて、瞳が黒いダイヤモンドのようにきらきら輝いています。きっと南国の人なのでしょう。言葉も少したどたどしい感じです。
「トエルペンです」
 男の方が女の人に説明(せつめい)しました。
「トエルペンってのは、アスカルファン中部の町だ。アルプ郡の、三番目に大きい町だな」
 この男はアスカルファンの地理にくわしいようです。旅なれているのでしょう。
「で、これからどこへ行くの?」
「グリセリードに行くつもりです」
 男の人と女の人はおどろいて目を見合わせました。
「おいおい、坊や、グリセリードがどんなところか知ってるのか? アスカルファンとは仲が悪くて、この前も戦争をしたばかりなんだぜ」
 そう言えば、そんなことを聞いたような気がしますが、でも、十歳の子供にとって四、五年前のころの話は大昔です。
「入るのはむずかしいのですか?」
「そんなこともないが、アスカルファンの人間だと知られるとまずいだろうな。殺されるかもしれん」
 ハンスは少し考えて言いました。
「じゃあ、口がきけない人間のふりをします。どうせ、よその国の言葉はしゃべれないんですから」
 男はその言葉に感心したようです。

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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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