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少年騎士ミゼルの遍歴 55

第五十五章 最後の戦い

「なかなかの腕前だが、たった二人だけになってこの私と戦えるかな」
 再び空中から声が聞こえた。
「二人ではない。この私もいるぞ」
 ミゼルとマリスの後ろからプラトーが大声で言った。
「プラトー、リリアとピオはどうするのです?」
 ミゼルが振り返って言うと、プラトーは、
「二人は眠らせて仮死状態にしてある。あとで甦らせればいい」
と答えた。
「その魔法使いも戦うのか。なら、いっそう面白い。それでは、こちらもあと二人甦らそう。神の武具とやらの力を頼んで自惚れておるようだが、わしは、その力を封じてみせよう。それでもわしの手下に勝てるか、やってみるがいい」
 カリオスの言葉とともに、空の闇の中に青白い炎が現れ、人の姿になった。
「エルロイ! それにお前はルシッドではないか」
 ミゼルは驚きの声を上げた。
「……そうだ。ミゼル、久しぶりだな。だが、今の私はお前の友人ではない。カリオス様の手下だ。遠慮なく掛かってこい」
 エルロイは、生きていたときの美しい顔のままだが、無表情にそう言った。 
「ミゼルとやら、わしはお前の手に掛かって死んだが、わしの力がお前より劣っていたとは思わぬ。あの馬の助けを借りずに、自分だけの力でこのわしともう一度戦ってみるがよい」
 ルシッドは、良く響く低い声で言った。その声は、万軍を叱咤し率いてきた威厳に満ちている。
「待て、お前達の相手はここにもいるぞ」
 マリスが声高く言った。
「マリスか、一度お前とは戦ってみたかった。だが、わしはミゼルの方を相手にしよう」
「マリス殿は私が相手をする。生きているうちは叶わなかったが、死んでからとはいえ、かの伝説の騎士マリスの相手ができるとは、光栄だ」
 ミゼルの前にはルシッドが、マリスの前にはエルロイが、それぞれ立って、剣を抜き放った。
 エルロイは、生きていた時と違って、ルシッド同様、肩当てと胸当てだけの軽装備である。そのためか、生きていた時の動きとは段違いの素早さで、彼はマリスに斬りかかった。マリスはその攻撃を剣で受け、受けると同時に剣を滑らせて攻撃に転ずる高度な技を見せた。彼のこの技をかわした者はこれまでいなかったが、エルロイはそれを予期していたかのように、左手の小さな盾でそれを受けた。
「マリス殿の戦い方は知っている。その手は私には通じない」
 エルロイは続け様に剣を打ち込んだ。マリスは、それを払い、かわすのに精一杯である。これほどの剣士と出会った事は初めてであった。
 一方、ミゼルの方も苦戦していた。
 ルシッドの剛力は、盾で受けても体全体が跳ね飛ばされるほどのものであり、その疾風のような打撃は、しばしばミゼルの神の鎧を通して彼の体を痛めつけていた。時折ミゼルが出す攻撃も、予期していたかのように簡単にかわされる。
 プラトーは、カリオスの魔法を封じるのに全精神を集中していて、二人の援護まではできない。 
何かがおかしい、とミゼルは考えた。これは単なる技量の差ではない。こちらの考えが、相手に読みとられているのだ。
「お父さん、奴らは、こっちの考えを読んでいます。どうしたらいいでしょう!」
 ミゼルはマリスに向かって叫んだ。
「やはりそうか。ミゼル、目を閉じて剣を大上段に構えろ! 気配を感じたら剣を振り下ろすのだ」
 ミゼルはマリスの言葉を理解した。目で見ている限り、次の行動について何かを考えざるを得ない。相手がそれを読みとるなら、こちらに勝ち目はない。目を閉じて相手の気配と殺気で相手を迎え撃つというこの危険な方法に賭けるしかない。
 ミゼルとマリスは心を空白にして、目を閉じ、静かに立った。
 はっと驚いたようにエルロイとルシッドは後ろに下がった。
「何をしておる、相手はかかしのように突っ立っているだけではないか。早く行かぬか!」
 カリオスの声がじれたように響いた。
 エルロイとルシッドの二人は、その声に促されたように、跳躍してマリスとミゼルに向かって斬りかかった。
 エルロイとルシッドの剣はマリスとミゼルの頭に打ち下ろされた。しかし、それとまったく同時に、マリスとミゼルの剣も渾身の力で振り下ろされていた。
 マリスとミゼルの兜は、真っ二つに割れた。そして、二人の頭から、一筋の血が流れ落ちた。
 だが、マリスとミゼルの剣は、エルロイとルシッドの頭部を完全に断ち切って、胸まで斬り下げていた。
 エルロイとルシッドは、二人の足元に崩れ落ちた。
「神の兜が斬られるとは……。何という力だ」
 ミゼルは呆然と呟いた。神の武具の力も、もはや通用しないのだろうか。いや、神の武具の力など無くても、カリオスは倒す!
 その時、空中に二つの影が浮かび、それは人の姿になった。一人は六十歳くらいの逞しい老人で、黒い頭巾に黒い服を着ている。鷲鼻の下に、長い口髭を生やしており、目には冷酷な光と奇妙なユーモアを漂わせている。これがカリオスだろう。アドラムの王ロドリグに少し似た風貌である。もう一人は、これはミゼルがこれまで見たこともないような美青年であった。エルロイよりもずっと美しい顔をしているが、カリオス同様、残酷そうな顔でもある。こちらがカリオスの息子のミオスに違いない。
「お前達の力は大したものだ」
 カリオスは、空中に浮かんだまま、ミゼルたちに言った。
「わしは、お前達を殺すには忍びない。それに、わしには、時空を越える力がある。このようなつまらぬ世界に恋々とする気はない。無駄な戦いはやめて、わしはこの世界からしばらくは消えることにしよう。またいつの日か会える日を楽しみにしているがいい。もっとも、それは何百年後かは分からんがな。ハッハッハッ。ミオス、わしの共をせよ。地獄に戻るのだ」
「はい、父上」
 二人の姿は、かき消すように見えなくなった。やがてあたりの闇が晴れて、ミゼルたちは神殿の奥の部屋にいた。
「カリオスは? どこへ逃げたのです」
 ミゼルは、プラトーを振り返って聞いた。
 プラトーは首を横に振って言った。
「無駄じゃ。もはや、我々の手の届かぬ所に行ってしまった。だが、奴の言葉どおり、いつかまた現れるじゃろう。その時には、我々はもはや生きてはいまいがな。おお、そう言えば、ここには不死人が一人いたな。マリス、お前は、もしかしたらカリオスを再び見ることができるかも知れんな」
 プラトーの言葉に、マリスは肩を竦めて答えた。
「もう二度と会いたくはないですな」
 プラトーは笑い声を上げた。
「さて、ピオとリリアを担いで山を下りよう。長い旅もこれで終わりじゃ。後は、お前達の好きなようにするがよい。この国の王になるのも良し、ヤラベアムに帰るのも良し」
「この国の王には、アロンがいいでしょう」
 ミゼルの言葉に不審そうな目を向けたマリスに、ミゼルはアロンの事を説明した。
「そういう人物がいるなら、ちょうどいい。帰りにアドラムに寄ってアロンとやらに会おう」
「アドラムに寄るまでもない。アドラムでの内乱はすでに終わって、アブドラたちの反乱軍が勝っておる。その戦いでは、アロンとロザリンの伝で呼んだヤラベアムの救援軍が力を発揮したようだ。ゲイツとやらは、お前達と一緒に見つけた、あの燃える水を使った商売が当たって、大富豪になっておるらしいぞ。アロンは、アドラムの再建はアブドラに任せて、今はヤラベアムの宮廷にいる。ヤラベアムに行けば、アロンにもロザリンにも会える」
 プラトーの言葉に、ミゼルはびっくりした。
「なぜ、それが分かるんです」
「ここに来る前に、ヘブロンの島で、魔法の鏡ですべて見ておるよ」
「そうですか」
 ミゼルは、アロンやロザリンが無事であったことを知って安心した。彼らのことは、ずっと気になっていたのである。
「この、神の武具はどうしましょう。兜は壊れてしまいましたが」
「もしも、お前がいらないのなら、どこか人知れぬ所に隠しておくのが良いじゃろうな。何しろ、一人で数万人もの軍隊に相当する恐ろしい力を持った武器じゃからな。野心家の悪人の手に渡っては、事だ」
「どこがいいでしょう」
「それは私が預かろうか。おそらく、私は、父のシゼルやミゼルが死んだ後までも生きているのだから、その後は神の武具の番人でもすることにしよう。そして、カリオスのような者がまた現れたら、戦うことにしよう」
「それはいい考えじゃな。もっとも、お前には神の武具は使えんぞ」
「きっと、その時はまた、このミゼルのような若者が現れますよ。さあ、ミゼル、故郷へ帰ろう。お祖父さんが待ってるぞ」
マリスは、ミゼルの肩を軽く叩いて、優しい目を向けた。
これでやっと、父が家族の元に戻ったのだ。長い旅もこれで終わりなのだと思うと、ミゼルの目には涙が溢れ出るのであった。
 
                   完

後書き:この作品は、ロールプレイングゲーム的な話が書いてみたくて、試作品として書いたものであり、その中のプロットやデティールにはまったくオリジナル性はありません。中でも、幻惑的な敵との戦いで、目を閉じることで対抗するというのは、五味康祐の時代小説以来、何度も使われたパターンではないかと思われますが、まあ、あらゆる創作は先行作品を下敷きにした二次創作から始まるのだから、と、寛大に見てください。文中の地名は聖書などから適当に頂いた地名をそのまま用いたり、アレンジしたりして使っています。書いているうちに、レハベアムとヤラベアムがごっちゃになったところが、もしかしたらあるかもしれません。情景描写も心理描写も面倒なので、ほとんどしておりません。ひたすら、エンドマークに向かって進むだけの作品です。そういった欠点にもかかわらず、最後まで読んだ人が一人でもいれば嬉しいです。

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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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