精神科医療の現場でバイブルとされている専門書があります。『精神疾患の診断・統計マニュアル』という本です。
最新の第5版は900頁を超える大部ですが、ひとつ前の第4版は世界中で100万部以上も売れたのだそうです。買ったのは、精神科医だけでなく、生命保険や損害保険を扱う会社、あるいは裁判で犯罪者を担当する弁護士などでした。
さらに、この本を陰で支えたのが、巨大な多国籍製薬企業(ビッグ・ファーマ)です。本連載の何回か分を割いて、「薬漬け医療」とビッグ・ファーマとの関係を探っていくことにします。
この本は、改訂版が出るたびに膨大な数の病名が追加されていき、今や一般市民の半数が、なんらかの精神疾患ありと決めつけられかねない状況に至っています。たとえば最近、メディアでときどき話題になるADHD(注意欠如・多動性障害)という病名です。
落ち着きのない子供につけられるもので、米国のある精神分析医は皮肉を込めて、「子供であれば落ち着きがないのは当たり前。昔は、単に『元気な子』と呼んでいたはず」と述べています。
「恥ずかしがりや」や「ひとみしり」もありふれた性格を表す言葉でした。多少にかかわらず誰にでも認められるもので、少なくともこのマニュアルに「社交不安障害」という“病名”が掲載されるまでは、そのことになんの疑いもありませんでした【註1】。同書の執筆者のひとりは、「恥ずかしがりやは、この病気と大きくオーバーラップしており、多くが薬を必要とする状態だ」と述べたのです。
ちなみにこの病気は、同書によれば、
(1)人前に出るのが怖い、恥ずかしい、あるいは恥をかいたという感情が半年以上続いているか?
(2)その感情は非常に強いか、あるいは特別な理由がなく生じているか?
(3)自分では解決できないものか?
(4)まともな社会生活ができなくなるほどか?
という質問に全部イエスと答えると、診断されてしまうことになっています(最新版で若干の改定がなされている)【註2】。
この陰に、ビッグ・ファーマの存在がありました。新薬を売るためにもっともらしい病名を次々に考え出し、有名医師を操って世の中に広めたとされているのです【註3】。たとえば英国のアイザック・マークス医師は、前述した病名(社交不安障害)を最初に使った人ですが、日本の精神科医たちは当時、これを画期的な研究業績だと評価していました。
■薬の宣伝のために論文量産
しかし、この医師は後年、ジャーナリストのインタビューに答えて「数々の論文はうつの治療薬を宣伝するために書いた」と告白しているのです【註1】。PTSDという言葉が、大事件や大事故のあとのニュースでよく出てきます。
「心的外傷後ストレス障害」という病名の略号で、意味は読んで字のとおりです。
1980年代に用いられるようになった言葉ですが、当時はまだぴったりの薬がなく、多くのビッグ・ファーマがこの病名に合った薬の開発と発売許可を求め、しのぎを削っていました。そこで登場したのがゾロフト(日本ではジェイゾロフト)という、うつ病の薬でした。
製薬企業はPTSDに有効であることを示すための臨床試験を繰り返しましたが、何回行っても有効性を証明することはできません。そこで、この薬を開発したビッグ・ファーマはいろいろ考えたあげく、薬が効きそうな女性だけを集めて臨床試験を行い、ついに発売許可を役所から得ることに成功したということです【註4】。
ビッグ・ファーマがこれらの病名を、本当にでっち上げたのかどうかはわかりません。しかし新しい病名が、突然世間で注目を集めるようになったとき、それは医学の進歩を意味するものではなく、陰で誰かが大儲けしていると思ったほうがよさそうです。
●参考文献
【註1】Lane C, How normal behavior became a sickness, shyness, Yale University Press, New Haven, 2007.
【註2】Crome E, et al., DSM-IV and DSM-5 social anxiety disorder in the Australian community. Aust N Z J Psychiatry 49: 227-235, 2015.
【註3】マーシャ・エンジェル、『ビッグ・ファーマ 製薬企業の真実』、栗原千絵子・斉尾武郎共監訳、篠原出版新社、2005.
【註4】デイヴィッド・ヒーリー、『ファルマゲドン 背信の医薬』、田島治監訳、中里京子訳、みすず書房、2015.
http://biz-journal.jp/2017/06/post_19590.html
http://biz-journal.jp/2017/06/post_19590_2.html
>運動しないと死ぬ
>運動すると死ぬ
>とりあえず安倍が悪いな
そういうことw 「長期的には、われわれはみんな死んでいる」(ケインズ)
走るのが好きなら走ればいいだろう。 好きでもないのに「健康のため」に走るのは論外だが。
日曜は3キロほど歩いて買い物に行って、帰りも歩いて帰ってきました。 10分おきのバス便があるのですが、216円の買い物に412円もバス代払う気になれなくてw これくらいなら害はなさそうです。
芝生のうえを裸足で歩くのが一番いいみたいだw
わが粗国でこれやると管理人から<オイコラ!>になりそうww
一日10000歩→7000歩にダウンで誤魔化すだけではダメだよwww
頭も使うだけでは消耗するんだろうな俺はもともと使わんがwwww
「よく歩く」が当てはまる段階をとっくに過ぎて、
筋肉の付け方を間違い骨変形してるのに歩けなど狂気の沙汰。
で、手術怖い怖いと脅し、子供騙しの歩きましょうというパターン。
骨を正しい位置に置くのは筋肉一択。
ズラしちゃった人は、誰かに確認してもらいながら、
気長に体重をかけない自重などの筋トレから。
いるでしょ、足の間から向こうが見える様な内転筋が失せた爺婆とか。
傴僂のように腰でなく背中が湾曲した爺婆とか。
正しい歩様を見てくれるとこ、病院では無いんだな。
正しい歩様で正しい位置に骨が収まるような筋肉の付け方をせず、
歪んだ蝶番をバッタンバッタン回数動かすと良いなどというおトロしいこと、
ちょっと頭のまわるひとはいいまっしぇん。
年寄りに限らず、若者でも運動は体を損ないます。
やっぱり肉体労働の限界はこのあたりにあるわけです。
働ける期間が短い。
建設労働者は六十くらいになるとガタガタになってる人が多く、還暦の意味が分かります。働けなくなったからあいりん地区に集まるのです。
最初から乞食同様だったわけではありません。
若い頃はいなせな鳶だった人もいるわけです。
坊主云々の話がありますが、学者とか医者とか頭脳労働者のほうが
やはり働ける期間は長い。最悪はスポーツ選手で肉体を削りながら仕事しているようなもので三十代でもサイボーグみたいにあちこち工事している人が大半です。
同時に健保食いでもあるわけで、柔道整復師のインチキマッサージで六千億円も医療保険食いつぶしている大半がこいつらです。
そして建設労働者は立派な社会資本を地上に残し人の役にたつが、スポーツ選手は何も残しません。全く存在自体が無価値です。
スポーツは傾城の遊戯。オリンピックは亡国の祭典です。
さて、何でスポーツ至上主義がこの世で生まれたかといえば、兵士の育成のためということにつきるわけです。オリンピック陸上競技は大部分、ギリシャ時代の戦技。
スポーツで豊かになるのは本人ではなく侵略国家なのですよ。
使い過ぎも使わな過ぎもよろしくないですね。
使わなければ身体はそれを不要な機能として維持しなくなるし
使い過ぎればすり減るし。
機械モノ同様、定期的に動かし続けるが無理させないのが一番
保つでしょう。クルマだって毎日エンジン掛けてあげるのが油が
回って長持ちする。新陳代謝で組織を作り直す仕組みを持つ人体
ならば適切な負荷の効果はもっと大きいと思います。
適切な負荷と言うのも、個人差が大きく、アスリート級は
明らかにおかしいとしても、普通の問題ない負荷であっても、一度
退化した人には無理筋。考えたら数ヶ月の間、10キロを毎日自転車
通勤してて、別に何ともなかったが、今ならそれは無理筋。
数ヶ月に一度20キロぐらい趣味で自転車乗るが、毎日となると別で
循環器系や呼吸器系がついてきません。