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白鯨#20

第24章 羅針盤

翌日、風はなおも強かったが、天気はからりと晴れ上がり、青空に黄金のような太陽が輝いていた。
「ははは、わしの船は、まるで天空を行くアポロンの馬車さながらじゃわい。いったい誰がこの航海の前途をあれほど恐れたのか。こんな上機嫌な日には、誰であれ、白鯨などを無闇に恐れた自分の心が恥ずかしくなろうというものだ」
甲板に上がってきたエイハブは、満足そうな顔で呟いたが、ふと、何か気に掛かるように舵取りの所に行き、船の進路について尋ねた。
「もちろん東南東でさ、船長殿」
「この大嘘つきめ、朝のこの時間に東南東をさしていて、何で太陽が船尾にあるのじゃ!」
エイハブの言葉に、人々は驚愕した。確かに、彼らはコンパスに従って東南東に向けて舵を取っていたからである。
しばらく、その場の全員が、この不可解な現象に不審と恐怖の念を抱いて沈黙した。
やがて、エイハブが大声で笑った。
「分かったぞ! あの忌々しい雷のせいじゃ」
嵐の最中には、稲妻があたりを飛び交い、船の磁石を狂わせることがある。この奇怪な出来事は、そのためであった。
だが、スターバックを先頭に、エイハブを除く全員が、これはこれ以上東に進むなという神のお告げだと考えたのは言うまでもない。しかし、この時になってもまだその事をエイハブに面と向かって言える者はいなかったのである。



第25章 レイチェル号

ある朝、ピークォド号の前方に、もう一つの捕鯨船が見えた。
その船が声の届く所まで近づいた時、エイハブは拡声ラッパを手に怒鳴った。
「白鯨見たか!」
「ああ、見た。昨日だ。流れた捕鯨艇見なかったか?」
先方の答えに、エイハブは驚喜して、向こうの問いには答えず、もっと詳しい話を聞こうと、短艇を準備させた。しかし、向こうの船長がいち早く舷側から短艇を下ろすのが見えた。
ピークォド号の甲板に上ってきた男は、エイハブの旧知のナンタケット人だった。
「白鯨はどこにおった! まだ生きとるだろうな?」
気ぜわしくエイハブは疑問をぶつけた。
相手の船長は、白鯨との遭遇の様子を話した。
その時、彼らは他の鯨を追っている途中だったが、突然海面に顔を出した白鯨を見て、間近にいた短艇の銛打ちは、迷うことなく銛を投じた。銛は過つことなく白鯨に刺さったらしく、白鯨は猛烈な逃走を始め、それに引っ張られた短艇は姿を消した。そして、まる一昼夜を経過した今も、その短艇の行方が分からないというのである。
「お願いじゃ。どうか、我々と一緒に、そのボートを探してくだされ。そのボートには、わしの息子が乗っておったのじゃ」
エイハブ船長は厳しい顔で口を閉じていたが、やがてその口から出てきたのは、無情この上ない言葉であった。
「ガーディナ船長。その願いは御免被ろう。わしには今、一刻も無駄にする時間はないのじゃ。さあ、すぐにこの船から下りなされ。スターバック、出発じゃ。全速で東南東に向かうのじゃ!」
我々は、失われた子供を捜すレイチェル号を後に、やっと姿を現した白鯨の痕跡を探して、レイチェル号の来た方向へとすれちがっていったのであった。















































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HN:
酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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