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白鯨#19


第23章 セント・エルモの火

舷側に吊られた短艇の一つはエイハブの舟であったが、その舳先からは、彼が白鯨のために特別にあつらえた銛がぐっと突き出ていた。普段は銛先には革の鞘がかぶさっているので、我々がその鋭い刃先を目にすることはないのだが、その鞘を見てさえ我々は、それが作られた時の気味わるい話を思い出すのであった。
彼は、鍛冶屋(つまり船大工だ)に命じて、陸上にいた時から準備してあった極上の鉄と鋼で銛を打たせ、その刃先の焼き入れの時には、水ではなく人間の血を用いたというのである。クィークェグ、タシュテゴ、ダグーの三人がその目的のために呼ばれた。彼らの腕の血管がナイフで切られ、流れ出す血は桶に受けられた。そして、エイハブは、この三人の異教徒の血で銛に洗礼を受けさせながら、悪魔に白鯨への復讐を誓ったというのである。
船が日本海域に入って間もなく、ピークォド号は台風に遭遇した。
激しい風に帆の一部は裂け、帆柱と縄は震えて、ピークォド号は波と波の間に激しく上下した。
船底では、穴が開いて水漏れした箇所の修理が行われ、水がポンプで汲み出された。甲板の騒ぎもこれに劣らない。しっかり縛られていたはずの短艇やオールのあちこちが激しい振動で傾き、外れている。
真っ黒な空に、突然稲光が走った。
「避雷針、避雷針! 避雷針の下の鎖を海に投げ込め!」
落雷を恐れて、スターバックが叫ぶ。
「止めろ!」
いつの間に甲板に現れたのか、エイハブが怒鳴った。
「雷など恐れるな。たとえ神がわしの復讐の邪魔をしようとも、わしは地獄の底まででもあいつを追ってやる。雷ごとき、恐れはせんわ」
この涜神の言が吐かれたまさにその時、
「上を見ろ、火の玉だ!」
と、誰かが叫んだ。
見上げた者の目は、すべての帆桁、帆柱の上に青白い無数の小さな火が燃えているのを見た。
「神様、お助けを! セント・エルモの火だ」
迷信深い水夫たちは、この不吉な火を見て、跪いて祈った。
「うんうん、お前ら、良く見ておれ。あの白い火はな、白鯨への道筋を照らす火だ。こいつはな、神様がわしの復讐に協力してくださろうという深い思し召しだわな」
エイハブは、皆に言い聞かせるように、大声を上げた。
「船長、あなたの舟を御覧なさい!」
スターバックが指し示した小舟の舳先からはあの銛が突き出していたが、その鞘は嵐で外れており、その鋭い刃先にも、青白い炎が燃えていた。
「神様が、あなたを叱っているのです。ご老人、白鯨への復讐などおやめなさい」
スターバックの言葉も耳に入らぬ様子で、エイハブは小舟に近づいていき、舟から突き出た銛を外して手に取った。
乗組員たちは、恐怖の声を上げた。
エイハブは、白い炎に包まれた銛を高々と差し上げた。
「白鯨を殺すという、わしの誓いは、何者にも破ることはできないのじゃ。こんな炎ごときに何の意味がある。お前らが、火が怖いのなら、こんな物、こうしてくれるわ」
エイハブは、手で銛の先をさっと撫でた。銛の火は消えた。だが、その後長く続いた水夫たちの恐怖を消すことはできなかったのである。





































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酔生夢人
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それだけで人生は生きるに値します。

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