第28章 追跡・第二日
翌日、白鯨を再び発見するまでのエイハブの焦燥は、いかばかりのものだっただろう。もしかして、このまま白鯨を見失い、この一年の労苦が無駄になるとしたら?
しかし、神への、あるいは悪魔への祈りが通じたのか、白鯨はやがて我々の前に再びその純白の姿を現した。
今や、エイハブの執念を我が物としているピークォド号の乗組員たちは皆、歓声を上げた。
一マイルの彼方に姿を現した白鯨は、まるでその姿を我々にもっとよく見せてやろうとでもいうかのように、雄大な跳躍をしてみせた。あの巨体が、完全に海上十フィート以上の高さに離れ、その全身が見えたのである。
「よしよし、わしをからかっておるな。だが、貴様の悪ふざけもこれまでだ。今日こそは、貴様がこの世とおさらばする日だぞ」
忌々しげに、エイハブは呟いた。
エイハブの命令で、予備の短艇も含め、三つの短艇が下ろされた。
だが、ピークォド号の姿を認めた白鯨は、何と、自分からその三つの短艇に向かって進んできたのである。
三つの短艇からは、銛と槍が雨あられと投げられた。そして、その中の数本は、確かに白鯨の体に刺さった。しかし、モゥビィ・ディックは、何の痛痒も感じないかのように、自らに刺さった銛のロープを引っ張って、逆に三つの短艇を引きずり回したのである。
エイハブは、三つの小舟が衝突する危険を感じ、もつれにもつれたロープを咄嗟にナイフで切って難を逃れた。だが、残る二つの舟は、白鯨の巧みな動きによって、ぶつけ合わされたのであった。
スタッブもフラスクも、舟を木っ端みじんにされて、海に落ちた。
海に潜り込んだ白鯨は、海面に上昇しながら、残るエイハブの舟を突き上げ、これも転覆させた。
かくして、二度目の戦いも人間の完全な敗北に終わり、本船は海に漂う水夫たちを救助した。
本船に救い上げられたエイハブは、船の乗員全員を呼び集め、いない者がないかどうか確かめた。
「フェデラーがいません」
スターバックの言葉に、エイハブはうろたえた表情になった。
「何を? 馬鹿な、そんなはずはない。よく探してみろ!」
エイハブの命令で、船じゅうが捜索されたが、やはりフェデラーの姿は見当たらなかった。
「ねえ、船長。あんたの舟の索に絡まっちまって、奴が吹っ飛んでいくのを、俺、見たような気がするんですがね」
スタッブの言葉に、老人は黙り込んだ。
「奴が死んだだと? そうか、わしの地獄行きの水先案内をしようというのだな? よかろう、だが、少し待ってろ、お前に会う前に、わしは白鯨を倒さねばならんからな……」
エイハブの言葉に、スターバックが青ざめた顔で進み出た。
「船長、もうこんな事はやめましょう。これは神意に背いているのです。二日追って、二度とも舟を粉々に打ち砕かれた。あなたは、これ以上何を望むのです? この船の全員を破滅させるまで、この復讐劇をやめないのですか?」
「スターバックよ、他の事なら何でも君の言うことを聞こう。だが、白鯨に関する限り、わしに何を言っても無駄だ。このわしの心はな、あいつに痛めつけられれば痛めつけられるほど、憎しみで燃え上がるのだ。もしも、わしをやめさせようと思うなら、わしを殺すしかない。……だが、あと一日、あと一日わしに貸してくれ。あいつも決して無傷ではない。もう一太刀くれれば、あいつを倒せる、わしにはそう思えるのだ」
スターバックは口をつぐんだ。
その夜、水夫たちはほとんで徹夜で予備短艇の艤装をし、道具を整えた。
そして、エイハブは白鯨の姿を見つけんものと、昇降口に立って、夜明けの光が射すのを待っていた。
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