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白鯨#16


第20章 水中の産婆術


夜の間中、鮫どもは鯨を食い散らかし、そのままにしておけば朝までには鯨は見る影もない姿になっていただろう。だから、水夫達は交代で鯨に群がる鮫どもを追い払う役目をしなければならなかった。主にその役目をしたのはクィークェグ、タシュテゴ、ダグーの三人であった。というのは、舷側から下ろされた足場に乗って、鮫どもに槍を振り回し、威嚇するという作業は並大抵の仕事ではなかったからである。考えてもみるがいい。わずか1メートル下には悪鬼のような鮫どもが口を開けて待っており、足を滑らせれば鯨の代わりに自分が即座に鮫の餌になろうという仕事だ。
しかも、この三人には、翌日には鯨の解体という大作業が待っていたのである。前日死ぬほど舟を漕いで、徹夜で鮫を追い払った後でやる鯨の解体は、これがまた一瞬の油断もできない危険な作業であることを考えれば、この三人の野蛮人ほど献身的に働く人間はこの世に滅多にいないと思われる。
さて、鯨の解体というのは、脂身のたっぷり付いた鯨の皮膚をはぎ取る作業である。舷側に吊り下げられた鯨の皮の一部にクレーンの鈎をひっかけ、皮に切れ目を入れながら巻き上げていく。すると、リンゴの皮むき同然、鯨からリボンのように細長いが分厚い皮がくるくる巻き取られていく寸法である。その間、皮に切れ目を入れる役目の者は、回転する鯨の上で、危なっかしいダンスをしているわけだ。下の海面には相変わらず貪欲な鮫の群れが騒いでいることを考えると、この仕事を任務とするスターバックとスタッブの立場は、あまり嬉しいものではないはずだが、捕鯨船には、自分の与えられた任務について疑問を持ったり文句を言ったりする者などいない。
鯨から巻き取られた皮は、毛布皮と呼ばれるが、脂肉室に運び込まれ、後に油を取られることになる。
皮膚のはぎ取られた鯨の残りは、海に流されるが、その前に鯨の頭部だけは切り離されて次の作業を待つ。それは、鯨の頭部にのみ存在する、貴重な油の汲みだしである。この作業は、不注意にすると、高価な油が海に流れ出してしまうので、皮はぎが終わった後で、ゆっくり行われる。
事件が起こったのは、この脳油の汲みだしの最中だった。
事件の哀れな犠牲者は、タシュテゴである。彼は大マストの下の桁に乗って、そこから縄を伝って、鯨の頭部に下りた。鯨の頭部に開けられた穴から竿に付けたバケツを下ろし、彼は貴重な油を汲み上げていく。ところが、いかなる悪魔のいたずらか、彼は突然足を滑らせて、鯨の頭の中に落ちてしまったのである。
すぐに行動を起こしたのはダグーであった。彼はその巨体に似合わぬ敏捷な動作でマストに飛びついてよじ登り、タシュテゴの落ちた穴の上にロープで伝い下りて、上から竿を突っ込んで哀れなインディアンを救出しようとした。だが、ああ、何ということだろう。まさにその瞬間に、鯨の頭を吊っていたロープが切れて、鯨の頭は轟音とともに海面に落ちたのであった。ピークォド号は、その反動で激しく揺れ、水夫たちは転倒した。
この騒ぎの中で、海に落ちた鯨の頭はゆっくりと沈んでいき、タシュテゴの運命もこれまでかと思われたが、この時、甲板から槍を手にした裸身の者が海に飛び込んだ。クィークェグであった。
船上の者は、静まり返った海面をじっと見つめた。一分、二分と過ぎるにつれ、みんなの顔に絶望の表情が浮かんできた。
「はっ、はっ!」
マストの上に登っていたダグーの声に、みんなははっと上を見た。彼は船からかなり離れた海の上を手で示している。そこには、今しも一本の腕が波間から現れたところであった。クィークェグの腕であった。
「よし、よし、二人じゃ!」
ダグーの声に、船上は歓声で溢れた。
やがて船上に引き上げられたクィークェグとタシュテゴは、みんなから手厚い看護を受けた。しばらくして元気を取り戻したクィークェグから話を聞いてみると、彼はゆっくりと海底に向かって沈んでいく鯨の頭の適当なところに鋭い槍で切れ目を入れ、そこから手を突っ込んで、中で気絶しているタシュテゴの辮髪を探り当て、それを引っ張り出したのであった。
あのような状況の中で、このような冷静さを持ち、的確に行動できる人間がこの世にいようとは、まさに信じがたいことであるが、それが目に一丁字も無い蛮人の行為であることを考えると、いったい文明は人間を進歩させたのか退歩させたのか、にわかには決め難いものがあると私はつくづく思ったものである。






































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