今日の「徽宗皇帝のブログ」の補完である。前にどこかで掲載した記事かもしれないが、何度でも読む価値はある。
「馬鹿国民帝国日本の滅亡」から転載。
過去の記事だが、現代の世界経済の根本問題を非常に分かりやすく説明している。これを高校の社会科の授業で教えるくらいの教師がたくさん出てきてほしいものである。
もっとも、そうなると、親が金融業者だという生徒の肩身が狭くなるだろうが、なあに、銀行なんて、昔は金貸しと呼ばれて、ゴウツクバリの仕事だと一般には認識されていたものだ。それがいつのまにか社会のエリートになったのは、三百代言が弁護士先生になったのと同じである。
(以下引用)
「供給の過剰」と末期資本主義
2013-09-11 00:39:31
テーマ:マネー
産業革命以降、資本主義の生産力の源泉は、機械化された工場である。
最近は、頭脳労働までコンピューターにやらせるようになって、省力化は加速している。
人がいらなくなったのだから、人々には”余暇”を与えれば社会は豊かになるのに、貴族ら資本家が労働者に与えるのは、まさに「ヒマ」であるから、貧困と社会不安が拡大する。
人員カットをする以上は、新しい雇用を与えねばならないが、その責任は果たさない。
そうして儲けを独り占めして、解雇した者たちを「怠け者」呼ばわりするのである。
どこまでも薄汚い連中である。その連中の”犬”に成り下がっている連中にいたっては、人間以下である。
それで、話を戻すが、現代資本主義の中枢は”機械文明”である。
機械によって、巨大な生産力が維持され、供給が過剰に行われる。
過剰な供給が、価格破壊を招き、過剰競争でさらに失業や倒産を増やしている。
そのこととは別に、機械で大量に生産することで必然的に生じることがいくつかある。
第一に、資源、エネルギー問題である。
第二に、環境問題である。大量生産は大量にゴミも排出する。
そして、作った以上は売らねばならないので、熾烈な販売競争や過剰なマーケティング、情報統制の問題が、第三に生じる。
また、第四に労働問題である。成長期には労働力不足が問題になり、今とは違って、住宅や社会インフラの不足をどう解決するかという問題が中心だった。
まああとは、学術や金融の腐敗問題が付随してくるであろうか…
内田樹氏が、宮崎駿氏の『風立ちぬ』を観て、「いまは失われてしまった、ゆっくり流れる時間を描きたかったのではないか」という感想を述べていたが、こうした問題も大きい。
時間を失った現代人は、思考力を奪われている。思考停止している。簡単なことがわからない。
これが”B層”だの、”バカの壁”だのという問題になってくるのである。
まあ、ともかくも、現代社会には「いろいろな問題がある」とされ、資源、エネルギー、環境、ストレス…などと指折り数えるのだが、つまるところ「機械文明」による「大量生産」の問題なのである。
つまり、ひとこと、ふたことで言い尽くせてしまう!
あと、つけたすとすれば、コンピューター・ネットワークによる超監視社会の恐怖…だろうか…
この機械工場を、資本家が所有し、そこから生じる富を独占している。
現代資本主義の問題の根本も、このひとことに尽きる。
彼らが富を分配すればいいだけ。それが多くの問題を解決する。
職を奪うのではなく、余暇を与え、設備投資ではなく、社会福祉を充実させればよい。
だが、幼子が握りしめたオモチャやお菓子を離さないように、彼ら資本家は抵抗する。
だから、資源がないから人口を削減するのではない。
分配するべき人間を無き者にしてしまえば、自分の取り分を取られずに済むと思っているのだ。
一定以上の知能があれば、人間こそが富の源泉であるから、これを養わねばならないと思うのだが、知能も低く、機械化文明に慣れて、欲の突っ張った彼らのオツムでは、逆に考えてしまうのだ。
彼らの発想は、とにかく”儲け”=カネを独り占めすることしかない。
だから、最近は金融業が流行っている。
いま、あなたが工場を所有しているとしよう。巨大生産力の工場は莫大な富を生む。
ところが,その巨大な設備は損益分岐点を越えていなければ、富どころか巨大な負債を生む。
機械文明資本主義のネックは、常にここである。
彼らの富の源泉は、同時に破滅の要因になりかねないものである。
さあ、あなたなら、そこでどうしよう?
彼らは、工場をカネ(=金融)と、工場設備のふたつに分けて所有することを考えた。
株式を発行し、工場が潰れたら、一般投資家に損をなすりつけるのだ。
自分たちの儲けは金融企業もしくは持ち株会社に避難させ、溜めこんでおくのだ。
金融企業から融資させて、利息を工場から取りつつ、危なくなったら真っ先に自分が資金を回収する。
そのうち、彼らは工場を直接所有することを止める。
銀行や保険会社を経営しながら、株式で「運用」する。(株主として工場を所有)
業界の一位から三位の企業の株を買って、互いに競争させておけば、どこが勝とうと儲かる。
いまや、ソニーもイオンもセブンイレブンも金融企業をもっている。
儲けをそこに集中して、リスクやコストを現場や、そこの従業員になすりつけるのだ。
つまり、これが「ブラック企業」である。
この仕組みを横に見ながら、改めて「消費税」という税制を見てみよう。何か気がつかないか?
消費税は、現物の取引のひとつひとつにかかる。人件費にかかる。儲けがなくてもかかってくる。
では、資本家が分離した金融企業には「消費税」がかかるだろうか?
コンピュータ・ネットワークにより省力化され、現物をやりとりしないから「消費税」は基本的にかからない。
賃金カットで、さらに借金まで追わせられる労働者に課税して、資本家や金融企業からは税を取らないのである。納税を免れている銀行が多いのも、そういう仕組みだからである。
しかも、労働者から”利息”を剥ぎ取っているのが金融機関という、二重三重の搾取である。
よくも、こんな不平等な税制を、産経や読売は「公平な税制」などと言ってきたものである。
こんな嘘つき新聞を読んでいて賢くなるわけがあるまい。
そして、さらに問題は、こういう仕組みになっていることに気づきもしないで「仕事がない」「不景気だ」「政治が悪い」くらいのことしか言えない低能な国民が多数ということである。
ここまでバカでは「騙される方が悪い」と言われても仕方があるまい。