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高校生のための「現代世界」政治経済編6

第五章 国の中のお金の流れ

 ここで、少しクールダウンして、国の経済の大きな構造を勉強してみましょう。と言っても、やはり一般の高校生にも理解できる範囲での話です。
 国民は働いて収入を得ますが、その大多数は企業に勤めています。企業は事業によって収入を得ると同時に、被雇用者に給与を払い、また、事業活動に必要な資金(運転資金など)を銀行から借ります。銀行は、預金者から集めた金を企業に貸し出して、その利息によって銀行経営をします。また、企業も銀行も、そうした中心的業務以外に、株式や債券を購入することで利益を上げる活動もします。こうした本業以外の業務が、いわゆる「財テク」です。(露骨に言えば、こうした投機的行為は、バクチにしかすぎませんから、成功するよりは失敗する可能性が高いのですが、1980年から1990年頃までのバブル経済の頃には、日本中が財テクに狂っていました。そして、現在でもその後遺症としての不況が続いているのです。しかし、バクチなら、必ず勝った人間がいるはずですが、それは誰なのでしょう。)
 国民も企業も収入の一部を税金として国(正しくは、政府)に納めます。社会保険も税金の一種だというのが、私の考えですから、これは膨大な金額になります。税金は、もちろん国の予算に使われますが、年金も、国民が郵便貯金に預けた金とともに、本来の予算とは別に、国の予算の一部として使われています。これが財政投融資です。この金は生産的事業に使われるものではありませんから、どんどん目減りしていきます。その負担は、やがては税金となって国民に跳ね返ってくるしかないものです。
 さて、政府は国民から金を吸い上げるだけではなく、公務員給与や公共事業の形で民間に金を還元します。ただし、民間とは言っても、公共事業はたいていが何かの建設工事ですから、直接にうるおうのは建設関係の企業だけです。公共企業を受注することは大変な儲けになりますから、どの企業も争って受注しようとします。そこで、企業はお役人や政治家に賄賂を贈ったりするわけです。日本の政治家のかなりの割合が土建屋上がりであるのは、こうした政治と企業の癒着関係に理由があります。
 どの地方に行っても、一番立派な建物は県庁や市役所で、また、どんな貧乏な県でも、不釣合いに立派なコンサートホールや道路や橋があるのは、こうした土木工事、建築物優先の予算に原因があり、これを「箱物行政」と言います。このような公共事業が、自然破壊や景観破壊の原因になっている例も多いのです。
 さて、そもそも、そうして国の中を流れていくお金は、いったいどのようにして作られるのでしょうか。
 現在の不況を克服するためには、お金そのものをどんどん印刷して、流せばいいという考えがあります。はたして、それは可能なのか。また、それで起こる問題は無いのか。
 
お金は「銀行券」とも言われますが、銀行券を独占的に発行できる銀行を中央銀行といいます。日本では日本銀行がそれに当たります。
 日本銀行は政府の一部のようにも思われますが、名目的には政府から独立した立場で、日本経済の舵取りをしていることになっています。しかし、たとえば、銀行券の最高発行限度は、大蔵大臣が日銀政策委員会の意向を聞いた上で、閣議を経て決定されることになっています。それなら、日銀は政府の一部と見なしてもいいかもしれません。
 銀行券が発行される際には、
① 政府への貸し出し
② 民間金融機関への貸し出し
③ 金(きん)または外貨との交換
によるという条件がありますから、無闇やたらに発行されるわけではなさそうです。ただし、①や②の場合、その際に担保を取るというわけではないでしょうから、日銀の存在は、政府の財政失策の最後の切り札となる可能性があります。つまり、いざとなればいくらでも銀行券を印刷してばらまけばいい、という考えです。
 その場合、どういうことが起こるかというと、ご想像通り、インフレーションです。
 インフレ(インフレーション)とは、お金の供給量が多すぎるためにお金の価値が下がり、物価が上がることです。その反対に、物価が下がり、お金の値打ちが上がることをデフレ(デフレーション)と言います。現在の日本はデフレ不況と言われています。
 インフレの場合は、物価が上がるのだから、国民が生活に困るのは当然ですが、デフレはなぜ悪いのか、ピンと来ない人が多いでしょう。
 実は、これまでの日本は、インフレに苦しみはしても、デフレに苦しんだことはありません。現在でも、不況で苦しんでいるのであって、デフレ(物価安)で苦しんでいるわけではありません。不況とは、物を作っても物が売れず、社会全体の経済活動が不活発な状態を言います。生産は縮小し、失業者が増大しますから、そのために苦しむ人は確かに出てくるわけですが、それはデフレの結果ではありません。現在の不況は、国民の間にお金が無い、というのが一番の原因なのです。もっとも、そういう貨幣流通量不足がデフレだと言えば、デフレではあります。
 お金が無いから物を買わない。人々が物を買わないから企業は商品の値段を下げ、生産を縮小する。そのために余った人間を首にする。失業者はますますお金が無いから、物を買えない。政府は、失業給付を捻出するために、他の福祉予算を削減する。削減された部分ではお金が無くなるから物が買えない。
 こういった悪循環で、不況が続いているわけですが、それの原因をデフレに求めるのはおかしな話です。デフレは、不況の一側面でしかありません。むしろ、今の不況でも国民生活がなんとか成り立っているのは、デフレのおかげとも言えます。一番の問題は、国民の間にお金が無いことです。
 では、なぜ国民の間にお金が無いのでしょう。その最大の原因は、政府が税金や社会保険として国民から収入の三分の一ほども吸い上げ、しかもそれを国民に還元しないこと、つまり公共事業をどんどん削減し、福祉費用をどんどん削減してきたせいですが、それ以外にはどんな理由があるのでしょうか。
 前に書いたように、企業は銀行からお金を借りて事業を行います。しかし、銀行がお金を貸さなかったら、その企業はつぶれます。(銀行から借りないでやっていける企業はわずかなものです。)国内の銀行の大半が、企業に対し、貸し出しを渋るようになったらどうなるでしょうか。もちろん、多くの企業が倒産し、日本は不況に陥ります。これが、不況の大きな原因でしょう。つまり、国民の大半を占める中小企業関係者(経営者だけでなく、被雇用者も関係者です)は、銀行から金を借りないと企業活動ができない。しかし、銀行が金を貸さない、という状態なのです。
 バブル(バブルとは、社会の投機的活動が過熱し、株や債権、土地の値段などが実質価値以上に高騰した状態です。)の時期に、銀行は貸し出しを大幅に増やしました。むしろ、銀行が率先してバブルを作り出したと言えます。しかし、バブルの崩壊で、その融資の大半は、返済不能の不良債権となりました。そこで、銀行はそれまで貸していた資金を強引に取り立て、新規の融資はほとんどしなくなりました。もちろん、それで多くの企業は倒産し、大量の失業者が生まれたのです。(その一方では、もちろん、株や債権を高値で売って大もうけし、さらに破綻した企業の土地や建物を底値で買って自分の資産とした存在があるわけです。それが日本人か、それとも世界金融資本かどうかはわかりませんが。)
 しかし、企業に融資して、その利息で生活している銀行が、融資をしないでどうして生活できるのでしょうか。不思議な話です。その種明かしは、公的資金の導入です。つまり、国が銀行にお金を上げます、ということです。銀行が倒産したら、預金者が困るし、社会全体の経済活動に与える影響が大きい、そこで国がお金を出して銀行を救おうということで、何度にも渡って、膨大な金額の公的資金の導入が行なわれました。
 その結果、銀行は、企業に融資しなくてもやっていけるわけですから、ますます企業への融資をせず、遊んで生活するようになりました。遊んでばかりだと外聞が悪いので、国への胡麻すりに国債(日本国債と米国債です。その米国債は、アメリカからのお達しで、売ることが不可能な紙くずになっています。)だけを買っています。つまり、政府が銀行に与えた金のうちから、銀行の人間への高い給料を差し引いた残りが、日本政府とアメリカ政府に行き、その日本国債の返済には国民の税金が使われるという構図です。
 こうして、国民の間からはお金がどんどん減り、不況がいっそうひどくなっていくわけです。
 要するに、国内を循環するはずのお金が、銀行という破れ目から逃げていっているわけです。もちろん、それ以外にもお金の抜け穴はありますが、日本経済に与える影響という点では、やはり銀行が大きいでしょう。
 国民にお金を渡すことが、不況を克服する最善の手段です。好景気に向かい始めたら、国民総生産も増え、税収も上がります。つまり、呼び水としての資金投入が必要なのですが、それが銀行などに向けられたら、かえって不況を悪化させるというのは、前に述べたとおりです。
 では、どういう形で国民にお金を渡すか。当然、明日の食事にも困っている貧乏人、失業者、社会的弱者を救済するようにお金を使うのです。そうすれば、そのお金はすぐに消費に回り、企業の売上を好転させます。その結果、企業の事業拡大、雇用増進、失業者の減少、好景気というサイクルが生まれてくるのです。そのためなら、日本銀行がお金の発行限度額を増やして、お金を印刷してばらまいてもいいでしょう。そうすれば、今お金を大量に抱え込んでいるお金持ちの人々は、お金の価値が下がりますから、お金を使うようになるでしょう。つまり、不況脱出のための意図的インフレ操作(インフレ・ターゲット)はこの場合正しい選択です。しかし、金のある人々にお金を上げても、決して消費には回りません。どこに金を回すかでインフレターゲットの正否は決まるわけです。
 こうした、お金の大きな循環を考えることは、大事なことですが、経済の専門家は、国民のためになる処方を出してくれません。我々国民が、自分で判断し、間違った政策に対してはノーと言えるようになる必要があるのです。

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