防護服が透明である、というところがミソで、ベッドで診察を待っている爺さん患者の視線も釘付けwww
なかなか美人の看護婦さんというか、マスクで顔の下半分が隠れているので美人に見える。「夜目遠目傘のうち」の法則である。
この看護婦さんには懲罰よりボーナスを与えるべきだろう。コロナ騒ぎで客の減った病院などに「水着着用看護婦」システムをお勧めする。ただし、年齢制限、プロポーション制限あり。勤め先を失った銀座ホステスなどの再就職先として、養老院などでもいい。
(以下引用)
気の赴くままにつれづれと。
5月16日、ドラマ『古畑任三郎』3rd season「最も危険なゲーム 前編・後編」(フジテレビ系)が関東地区で再放送された。警部補・古畑任三郎の久々の登場に、喜びの声が上がっている。
同番組は、1994年から2006年にかけて放送された三谷幸喜氏脚本の刑事ドラマ。田村正和(76)演じる警部補・古畑任三郎がゲスト俳優演じる犯人の完璧なアリバイやトリックを巧みな話術と卓越した推理力で崩し、真相を解明していく人気シリーズだ。
ツイッターなどでは再放送を喜ぶ声が多数あがったことはもちろん、関東地区のみの再放送であったことを残念がるツイートも。またネット上では自身の「古畑最強回」を紹介するコメントなども相次いた。
《古畑任三郎トレンド入りしてたのでめっちゃテンション上がった。名シーンは数えきれないから全話再放送してほしい、、》
《東京で古畑任三郎再放送されてたの!?ズルいズルいズルい!!!関西でもやってw》
《私が一番好きなのは“古畑任三郎vs SMAP”あれは半端なく面白かった!!皆がリアタイで古畑最強回を紹介してる笑!やっぱり皆の心に残る作品なんだなぁ…》
また三谷氏が朝日新聞に連載している「三谷幸喜のありふれた生活」の特別版で、全4回の小説「一瞬の過ち」内でも、古畑任三郎が刑事役そのままで登場している。
これは“新型コロナウイルスの影響で家でじっとしている人達に楽しい話題を提供しよう“という三谷氏の強い想いから発案された企画で、三谷氏自身も犯人役として登場。小説内で古畑警部補と対決する構造となっている。この企画にも、読者を中心に大きな反響が上がっている。
そんななかで再放送されたことで、三谷氏に続編の脚本を期待する声が高まっているのだ。
《今日古畑任三郎やってたね!ちなみにいま三谷幸喜さんが新聞のエッセイで(普段は直近の舞台について書いてるんだけど)コロナのタイミングもあって、三谷さん本人が犯人役で古畑任三郎書いてて面白い!これそのままテレビで放送して欲しいんだけどww》
《お昼にフジテレビで古畑任三郎の再放送2時間分もやってくれて、大事に録画して今見た。やっぱり古畑任三郎大好きだわー。ほんと色あせない。基本的に田村正和も三谷幸喜も好きだけど、その中でも古畑任三郎は秀逸。永遠に放送し続けてほしいなー》
不朽の名作『古畑任三郎』は果たして、復活となるのだろうか。
さて、電車が途中の駅に着いて人々が乗り降りしたとき、前方の5,6メートル先の席が空いたのに気づいた。横長の座席の端に若い男が座っていて、その隣が空いた。数人がまだその周辺に立っていたが、だれもそこに座ろうとしなかったから、チャンスだと思って、私は歩み寄って、男たちの間に挟まれるように腰を入れた。私としては、男たちが並んだところに座るのは、本当は気が進まない。男たちは肩幅があり、足を広げて座ったりしているものだから、私はほとんど標準サイズの体型ながら、窮屈な思いをしなければならないのだ。日本人の体格が昔よりよくなっているから、鉄道会社には座席の幅の標準をもう少し広く取ってほしいと望みたい。定員7人の座席だったが、男ばかり座るなら、6人を定員とするとちょうどよい……。
すこし窮屈なのは仕方ないとして、その席は、座るのをためらうほどの狭さではなかった。私が座ってまもなく、その左隣に座っていた若い男が早口で一気にしゃべった。
「テメー、何こら、ふざんけんじゃねぇ、やるなら、かかってこいゃ」
そう言い放つと、ケータイを股間に下ろし、通話をいきなり切ってしまった。わが耳を疑うような、乱暴な言葉だった。私の方からよく見えなかったが、彼は左手でケータイを耳にあて、電車の中で通話をしていたのだ。ケータイの接続先の、見えない相手に言い放ったことはすぐにわかり、私に暴言を吐いたのではなかったことでひとまず気を落ち着けた。それほど大声ではなかったけれど、そのセリフは私にだけでなく、周りの乗客にもよく聞こえたはずだ。私はあまりの傍若無人ぶりに驚き、その若者の横顔をちらりと見た。
よく車内放送で、「ケータイ電話はマナーモードにし、他の乗客に迷惑にならないようにしましょう」というアナウンスが流れることがある。そもそも彼がケータイで話をしていたことがマナー違反だろう。日ごろ私は、車内でおしゃべりをしている人たちも同様の迷惑行為になってしまうから、ケータイで話すぐらいは大目に見ていいと思っている方だ。しかし、そんな暴言はとんでもないことだ。通話をいきなり一方的に切るのも相当に無礼だ。彼は、私が座る前からケータイで、そんな「乱暴な話」をしていたようだった。周囲にいた乗客たちは、彼に近づきたくないから、隣の座席を空けたに違いない。彼は横長座席の一番端に座っていたから、私がそこに座る前は、周囲の乗客から距離を置かれていた格好だった。
そう言い放った後、彼は何事もなかったかのように平然と前方を見すえていた。私はその非常識ぶりに憮然としながら、第一感として、〈この男は、ひょっとしてヤクザか?〉と思った。でも、外観は少しもヤクザに見えなかった。彼は上下そろいの赤っぽいトレーニングウエアを着てスニーカーをはいていた。頭はスポーツ刈りで、どう見ても、大学の運動部の選手といったところだった。顔だちは、どちらかというと美男に属する方だったし、その顔には怒りの表情が少しも見えていなかった。ほとんど無表情だった。
私は、なぜこんな若者が暴言を吐くのか、わからなかった。理由はなんであれ、相手がどんなことを言ったとしても、そんな無礼な口のきき方は、世の中、許されるわけはない。電話だからいいようなももの、面と向かっていたら、すぐさま相手に殴りかかられるような危険な言葉だ。私は基本的に見て見ぬふりはしたくない性格だから、一言、注意めいたことを言ってやりたかったが、この若者を一言や二言で説き伏せる自信はなかったし、体力的にかなわないと思った。「テメーは関係ねぇ、ひっこんでろ」と、突き飛ばされたりして……。他の多くの乗客も私の味方になりそうもなかった。そんな暴言を吐いた報いは、遅かれ早かれ、必ず彼は受けるに違いない、そのとき、じっくりと反省してもらおうと、ずるく考え、だんまりを決め込んだ。
しばらくして彼は、持っていた小型のバッグから別なケータイをあわてて取り出した。彼は、複数のケータイを使いこなしている?! なぜだろう?
今度は、彼は通話をしなかった。それはメールの着信だったようだ。まもなく次の駅で彼は電車を降りた。走り始めた電車の窓から、彼がホームの階段を上りながらケータイで通話している姿がちらりと見えた。
私は電車に乗っていた間、彼が何者かを考えていた。
――そのとき彼は、激昂して思わず暴言を吐いたようには見えない。そんなセリフは言い慣れていたようにみえる。おそらく彼がゴーマンな口調で高圧的に言ったことに、通話の相手がつい反発し、何かを言い返した。すると反射的に、彼の口からあのセリフが飛び出したのだろう。彼の通話の相手は、常に下手に出なければいけない事情があったようだ。彼は、もし相手が反発するようなら、即座に罵倒してよい立場にあった。あの小型の黒いバッグは、スポーツ選手には似つかわしくない高級そうな一品だった。似つかわしいのは、金融関係の業者だ――という考えに進み、どうやら、彼は借金の「取り立て屋」かもしれないという推測結果に至った。
消費者金融のように個人的な返済が滞ったケースだけでなく、銀行でも、返済が滞るような企業の債権があると、それを不良債権として処理し、債権を専門に扱う業者に渡してしまうことが知られている。彼はそんな債権回収の専門業者に雇われた「社員」であり、取り立てるためには、同情無用で悪態をつきまくることを常とする。債権を持つ側が、債務者になめられては商売にならないわけだ。そのへんのやり方は、業者の社内教育でみっちり仕込まれているのだろう。借りた金を返そうとしない相手に対して、いわば、心を鬼にして罵倒することを職業としているのだ。複数のケータイを使い分けるのも、この業界ではそれなりに必要なんだろう。
負債を抱えた経営者の屈辱が思いやられる。〈あんな若造に罵倒されるぐらいなら、耳をそろえてすぐ返してやる!〉と憤慨する気持ちと、それができないことことによる悲哀の感情がこみ上げるとともに、社会的責任の重圧を背中に感じつつ、
「さっきは私が悪かった。言い方も悪かった。すまん。許してくれ……」
通話を再開し、見えない相手に頭を何度も下げながら話す債務者の姿が、私の目に浮かぶ。