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栴檀は双葉より芳し(あるいは除虫菊もか)

幼少期の顔でも、後年の性格(戦闘性)を何となく感じさせるのが面白い。
「暇空」の「暇」は「假」に似ているから「假空(仮空・架空)」を意味するのではないか。「茜」は「あ、金!」かwww おっと、訴訟されたら大変だww


(以下引用)10の「こういう人でも」が面白い。可愛げゼロの人間、ということか。

10: 名無しさん@おーぷん 24/07/02(火) 14:38:47 ID:WTer
こういうの見るとこういう人でも親がいて可愛がって着物着せたりしてたんだな
ってなんか不思議な感覚


110: 名無しさん@おーぷん 24/07/02(火) 14:59:23 ID:PcR7
天理市…天理市か…

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思考の断片

私の別ブログの過去記事を少し読んで、面白かったのでここにも載せておく。「思考のヒント」のようなものだ。

(以下自己引用)
老化と創作活動ということで、参考になるかな、と思うので転載する。
この前に書かれた内容だが、短い眠りの連続の中で見る夢(妄想)が面白い、ということには大いに同感である。「老いていくと身軽になる」というのも同感。俗世の義理をどんどん捨てて、好きなことだけしていればいいし、周囲への責任もあまり要求されないのが老年だ。

(以下引用)

「1年380日の晩酌!」老いていく自分自身の体を面白がる

公開日: 更新日:

 それに、老いていくと身軽になる。会社や仕事、種々雑多なスケジュールに冠婚葬祭の義理事も減り、書くのも締め切りにそう追われることもなく、毎日だいたい原稿用紙で8枚から10枚くらいを埋めていくばかり。両手をパソコンのキーボードに乗せて、いつものキーの位置にぴたりと指があたらなくなったのは、両手が縮んだのでしょう。ピアニストがピアノの鍵盤の、決まったところに手を置くようなもので、思い通りに指が文字を打てなくなるのはちょっと困りますが、まあ、なんとか工夫して、やっている。

 できなくなった物事を悔やんだって仕方ない。今もできることを全てと思って、やりくりすればいいだけの話。体の変調など大同小異ですよ。 =つづく

(聞き手=長昭彦/日刊ゲンダイ)


「隣のサインフェルド」というシットコムと言うか、ドラマ仕立てのお笑い番組があったのだが、それを見ていた記憶から、「ユダヤ的ユーモア」の本質は徹底的な客観性にあるのではないか、と考えた。もちろん、事物の客観視から、通常は座視されている物事の異常性を発見し、指摘することがユーモアの基本であるが、そこに「弱者」とか「自分自身」「偉い人」「善良な人」「悪の被害者」などの例外を作らないのがユダヤ的だと私は思う。これはユダヤ人が科学的偉人を輩出しているのと同根だろう。そうすると、その笑いはしばしば非倫理的なものになる。ユダヤ人は本質的には神をも信じていないはずである。ユダヤ的ユーモアが、神という非論理的。あるいは論理超越的存在を許容するはずがない。つまり、社会秩序維持、組織維持、民族維持のために神という存在を利用しているのではないか。





ロジャー・パルバースと四方田犬彦の共著「こんにちは、ユダヤ人です」の中に、ウッディ・アレンが一番尊敬しているのはベルイマンだ、というパルバースの発言があるのだが、なかなか面白い言葉である。たぶん、アレンはどう努力してもベルイマンにはなれないし、逆もまた同じである。
たとえば、スタンリー・キューブリックがベルイマンになろうとしても無理だろうし、なる気もないだろう。逆もまた同じだ。
ベルイマンの特徴を一言で言えば、「超真面目でユーモアのかけらも無い」ということではないか、と思う。それでいて、見ていてある種の快感があるのが不思議なのだが、ユーモアとは別に、「厳粛な面白さ」というのが映画や文学には存在するのである。人生について、見る者にひとつの次元上昇を体験させる、というのが一番近いのではないか。これは、トルストイやドストエフスキーの小説にも言えることで、優れた純文学の持つ特長だと思う。一見軽く見える「第三の男」でも、人生についての次元上昇を観る者に与えるから、名作なのである。
プロの漫画家が「趣味の漫画」を描くということ自体が面白いが、漫画家というのはもともと漫画を描くのが大好きだった人間だから不思議なことではない。成功した事業家というのもたいていは仕事をすることが大好きな人達だと思う。
だが、世間の9割がたの人は、残念ながら自分の仕事を辛い労働だとしか思っていないだろう。実際、その仕事を好きになれと言われても無理な仕事がほとんどではないか。闇金の借金(正しくは貸金か)回収の仕事が大好きだ、という人がいたら怖いwww



久世番子さんの『クリスタはじめて物語』の1コマ力(ちから)が強すぎて、見るたびに笑ってしまう。かく言う僕の来年の目標の一つは、iPad Pro買ってクリスタ入れて趣味の漫画を描くことなんだけど、趣味ならばまあ苦労ではないだろう(笑)


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言語と性格

「神戸だいすき」記事の一部(遠藤誉の本にあるらしい)だが、これは面白い。つまり、性格は言葉(言語)で作られるという話である。江戸弁を使うから「五月の鯉の吹き流し(威勢がいいが中身が無い)」の江戸っ子になり、京都弁を使うから京都の「イケズ」になるww
欧州でもラテン系は陽気で中身がなく、アングロサクソン系はしんねりむっつりの皮肉屋のイメージである。

(以下引用)


「中国動漫新人類」

漫画、アニメで、育った中国の子供たちが日本人化してしまった。
日本語を話すようになると、しとやかになってしまった。

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菩提樹

とあるブログからシューベルトの「菩提樹」の歌詞を引用する。
と言うのは、先ほど言及した「子供たち」の中に、金原瑞人の訳だと「リンデンの木」という言葉が出てきて、非常な違和感を抱いたからである。これは明らかに「菩提樹」だろう、と私は思ったのだが、私より若い世代の人には「菩提樹」という名前は耳慣れないのだろうか。

(以下引用)詩中の「ゆかし言葉」は、私の記憶では「愛の言葉」だったが、記憶違いか、それとも、そういうヴァージョンもあるのだろうか。

わたしにとって、そこで歌われているシューベルトの菩提樹の歌詞の意味が以前から少し謎であった。ここではWEB上で渉猟し検索したものを挙げてみる。はなはだ勝手なことをして、ここまで資料をまとめられた関係者の皆様方、ごめんなさい、そして大変ありがとう。
 わたしの仕事に引きつけて言うならば、菩提樹は日本の中部地方や東北・北海道ほかの山野にあるシナノキの仲間、インドのお釈迦さまの説話に出てくる菩提樹と科が別物である。
 これは都市のオープンスペースや都市近郊ではあまり見かけない樹木である。樹形は円錐形から広卵形で自然に整形を保つ、落葉高木。大径木になる高木性で、ケヤキやサクラと同じく庭木としてはふさわしくない。この樹木は、都内文京区小石川の東大植物園に植樹した樹林がある。

 原語はドイツ語であるが、上段は直訳で詩の文であり、下は日本語訳でよく見聞きする歌詞であるが、近藤朔風さんの名訳とされているもの、その曰くも転載する。
 
Winterreise D 911
Liederzyklus nach Gedichten von Wilhelm Müller
--冬の旅-- ヴィルヘルム・ミュラーの詩による連作歌曲集
5. Der Lindenbaum 菩提樹

Am Brunnen vor dem Tore, 市門の前の 泉の側、
Da steht ein Lindenbaum, そこに一本の菩提樹が立っている。
Ich träumt' in seinem Schatten 僕はその木陰で見たものだった、
So manchen süßen Traum. とてもたくさんの甘い夢を。

Ich schnitt in seine Rinde 僕はその皮に刻み込んだ、
So manches liebe Wort; とてもたくさんの愛の言葉を。
Es zog in Freud' und Leide 嬉しい時も悲しい時も
Zu ihm mich immer fort. 僕はいつもその樹に惹かれていった。

Ich mußt' auch heute wandern 僕は今日も木の側を通って
Vorbei in tiefer Nacht, 真夜中に旅立たなければならなかった。
Da hab' ich noch im Dunkeln その時、僕は真っ暗闇にもかかわらず
Die Augen zugemacht. 目を閉じてみた。

Und seine Zweige rauschten, するとその枝たちがざわめいた、
Als riefen sie mir zu: まるで僕に呼びかけるように。
Komm her zu mir, Geselle, 「こっちへ来なさい、友よ、
Hier findst du deine Ruh'. ここにあなたの安らぎがあります」

Die kalten Winde bliesen 冷たい風が僕の顔に向かって
Mir grad' ins Angesicht, 正面から吹いてきた。
Der Hut flog mir vom Kopfe, 帽子が僕の頭から飛んでいっても、
Ich wendete mich nicht. 僕は振り返りはしなかった。

Nun bin ich manche Stunde いま 僕は何時間も
Entfernt von jenem Ort, あの場所から離れたはず。
Und immer hör' ich's rauschen: けれど僕にはずっとざわめきが聞こえたままだ
Du fändest Ruhe dort! 「あなたはここで安らぎを得られたのに!」

1.
泉にそひて、繁る菩提樹、慕ひ往きては、
美(うま)し夢みつ、幹には彫(ゑ)りぬ、ゆかし言葉、
嬉悲(うれしかなし)に、訪(と)ひしそのかげ。

2.
今日も過ぎりぬ、暗き小夜なか、眞闇に立ちて、
眼(まなこ)とづれば、枝は戦(そよ)ぎて、語るごとし、
来(こ)よいとし侶(とも)、こゝに幸あり。

3.
面をかすめて、吹く風寒く、笠は飛べども、
棄てゝ急ぎぬ、遙(はるか)離(さか)りて、佇まへば、
なほも聴こゆる、こゝに幸あり。


泉に添いて 茂る菩提樹
したいゆきては うまし夢見つ
みきには彫(え)りぬ ゆかし言葉
うれし悲しに といしそのかげ

今日もよぎりぬ 暗きさよなか
まやみに立ちて まなこ閉ずれば
枝はそよぎて 語るごとし
来よいとし友 此処に幸(さち)あり

おもをかすめて 吹く風寒く
笠は飛べども 捨てて急ぎぬ
はるかさかりて たたずまえば
なおもきこゆる 此処に幸あり
此処に幸あり

 詞は明治時代の訳詞家近藤朔風(さくふう:1880-1915)の手になる。「菩提樹」「ローレライ」「野薔薇」などの訳詞はあまりにも有名ですが、35歳余りで早世したこともあり、その業績も上記の数曲を除き遠い過去のものになってしまっているようです。『雀の子』のように、クラシック歌曲の日本語化は原詩と関係ない替え歌であった時代に、原詩に沿った訳詞を試み、その後100年も歌い継がれている名訳を残した朔風の偉大さは忘れられてはならないでしょう。
 楽譜により歌詞や漢字と仮名の使い分けなど異同がかなりあります。そこで今回、国会図書館で生前の出版譜(明治43年『女聲唱歌』)を参照して来ました。朔風自身が眼を通した一次資料としてまずは決定的と言って良いのではと思います。

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殺人における男女差の考察

「キリコ役に女性俳優を使う」のは、まあ、製作者側のくだらない「思い付き」だろうが、その深層心理を考えると少し面白い。
「ポリコレ風潮への挑戦」、「フェミニズム風潮への挑戦」、というのがその深層心理にあるのではないか、というのが私の仮説である。

つまり、「産む性」としての女性が、フェミニズム運動とともに男性化し、「産む性をやめた」ことは、誇張的に言えば「死の使者」であるDrキリコと同じだ、というわけだ。現代の少子化は、まさにフェミニズム運動と同期しているからだ。

Drキリコがなぜ男であるかというと、男というのは戦争では必ず「殺す側」であり、命を粗末に扱う側だからだ。中には私のように「人道主義」から「安楽死」を推進すべしという、半キチガイの論理主義者もいる。まあ、男は論理が感情より優先しがちなわけだ。だからこそ「モラルのために死を選ぶ」、切腹という儀式も男特有になる。感情優先ならただ死ねばいいが、それを儀式化する(様式美にする)のが男であるww カッコつけである。
で、「ブラックジャック」のDrキリコは、まさしく「自分の論理のために人を殺す」人間であり、これは女性らしくないわけである。もちろん、実際は感情で人を殺しながら、殺す方便として「論理」をこじつけるのは男も女も同じだろうが、キリコの場合は、いつの場合も冷静そのもので人を殺すのだから、それとは話が違う。そこが「女性キャラには似合わない」と私が思う理由だ。
まあ、単に、知り合いから「この女優を使ってくれ」と言われて、適当に「男キャラを女性化したら面白いんじゃね」と軽く考えただけだろう。
ついでに言えば、私は高橋一生という俳優は嫌いではないが、「ブラックジャック、似合わねえ」と心から思うww むしろ、彼にキリコをやらせた方が、「どう見ても善人顔で、ニコニコ笑いながら患者を殺す」不気味さが出るのではないかww

(追記2)こういう裏事情らしい。なお、Vシネマで、隆大介のBJ、草刈正雄のキリコの配役があったらしい。これは適役。特に草刈正雄の、善人顔で、平気で悪いこともやりそうな雰囲気というのは面白い。もちろん、原作の雰囲気とは別で、原作のキリコに近いのはむしろ隆大介のほうだろう。ちなみに、キリコに女性を配役するなら夏木マリ、という意見も多かった。これも同感。妖艶な悪女をさせたら天下一品。貴重な役者である。「キリコ=森山未来」という案も出ていたが、それだとただの悪人(冷血漢)顔で、面白みがない。キリコの哲学性に欠ける。年齢的にも不十分な感じだ。

  • moyashi@moyashiim

    この女優、鎌倉殿の静御前で初めて見たけど、コレジャネェがすごかった記憶


  • Dursanのアイコン
    Ikunao Sugiyama@Dursan

    悪い女優じゃないよ石橋静河、二世だけど(石橋凌✕原田美枝子)。あかん使われ方になったなぁ。


(追記:前の記事を書いて、だいぶ経ってから別記事を見たら、高橋一生はキリコの方がいい、というコメントがたくさんあって驚いた。同じようなことを考える人はいるものだww キリコ=佐々木蔵之介、伊勢谷友介説もいいと思う。)
        • 2. ななしさん@スタジアム
        •  
        • June 20, 2024 16:26
        •  
      ID:CEbo9.Yl0
      • 高橋一生が一番ろくでもない
        • 11. ななしさん@スタジアム
        •  
        • June 20, 2024 16:34
        •  
      ID:XOdtCDM40
        • 高橋一生がキリコの方が合ってるんじゃ
        • 17. ななしさん@スタジアム
        •  
        • June 20, 2024 16:41
        •  
      ID:.7gU1QKi0
        • まあ高橋がやった方が良いキリコになるわな
          BJは吉沢亮みたいなのがおちゃらけとシリアス同時にやる感じで
        • 18. ななしさん@スタジアム
        •  
        • June 20, 2024 16:41
        •  
      ID:nsx5Ug5K0
        • むしろ、キリコに高橋一生じゃね?
        • 26. ななしさん@スタジアム
        •  
        • June 20, 2024 16:52
        •  
      ID:Le6bwszt0
      • 高橋一生がキリコだろ
        • 28. ななしさん@スタジアム
        •  
        • June 20, 2024 16:56
        •  
      ID:c32Regyj0
      • 高橋一生は好きな役者だけどこれは見なくてもいいかな…
        • 38. ななしさん@スタジアム
        •  
        • June 20, 2024 17:17
        •  
      ID:39fF33Ut0
      • 佐々木蔵之介とかでよくね?キリコ
        • 52. ななしさん@スタジアム
        •  
        • June 20, 2024 17:43
        •  
      ID:CyhivOgD0
        • キリコが女w w w
          真面目に名も無きプロ目線で言うなら
          キリコを女に提案したやつはアホ

          対比というのは共通するものがあるからこそ対比になるのであって
          なんもかんも変えてたらそれは区別になってカタルシスの綺麗な対比表現が難しくなる

          キリコを女にしたらより対比になるだろうとかいう
          素人思考が馴染んでる時点で能力が二流よりなのは確実だから
          あんま期待するなよみんな
        • 53. ななしさん@スタジアム
        •  
        • June 20, 2024 17:45
        •  
      ID:Fh4mLPB90
      • キリコを女にするなら杏とか冨永愛みたいな長身の人にやってほしい
        • 64. ななしさん@スタジアム
        •  
        • June 20, 2024 18:01
        •  
      ID:WOQpDF.e0
        • キリコは伊勢谷友介あたりが似合いそうなんだけどなぁ…
        • 65. ななしさん@スタジアム
        •  
        • June 20, 2024 18:10
        •  
      ID:OwtBoPvp0
        • >>2
          菅田将暉よりはいいんやない?
          最初のオファーは菅田やったそうやし
      • 66. ななしさん@スタジアム
      •  
      • June 20, 2024 18:26
      •  
    ID:IawatZZU0
    • >>11
      当初の予定通りブラックジャックを菅田将暉にして
      キリコは高橋一生の方が合ってる
(以下引用)

テレ朝「ブラック・ジャック」の実写ドラマ 「なんで女に」「また原作改変か」放送前からネット大荒れ


配信

中日スポーツ

「ブラック・ジャック」の予告動画(テレビ朝日の公式YouTubeより)



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「卑下する」の用法の問題

これは、私としては珍しく、ひろゆきと同意見であり、この発言はある意味勇気のある発言だと思う。と言うのは、「卑下する」は「自分を卑下する」場合に用いるものだ、というのはおそらく日本語の「暗黙のルール」であって、言葉のいい加減なネット社会では「他人を卑しむ」意味で用いるのはわりとよく見られるからである。
つまり、自称国語学者たちが、「卑下する」を他人を卑しむ場合に使うのはもはや「普通」なのだから、それでいい、と言うことが予想されるのである。最近ネットでは人気の無いひろゆきの発言なので、ネットではひろゆきのこの発言を攻撃するコメントが続出することも予想される。
私は「発言の是非はその内容で判断すべきだ」と考えている。上越市長の場合は、市長本人の学歴差別意識が、その発言から明らかになったわけで、「謝罪する」対象は大学に進学しなかった日本国民全員だろう。
なお、私は、これからの時代は「工業高校卒」の人間は重宝な存在になるのではないかと思っている。実際、産業界では大企業経営者がそれに近い発言をしている。農業や工業(たとえば電通的な虚業ではなく、真の意味での実業)の世界では現場の人間が主役だろう。上越市長発言は「社会が見えていない」「意識が低い」ということだ。大学の工学部を卒業しながら、工学と無関係な「環境運動」で政治家への足掛かりを作った人間だから、もともと工業系への自己卑下があり「しかし、同じ工学系でも俺は大卒だ。工業高校卒とは違う」という変なプライドがあるのではないか。まあ、その発言からそう見られても当然だろう。

(以下引用)
ひろゆき氏© 東スポWEB

2ちゃんねる開設者で実業家のひろゆき氏(47)が20日、「X」(旧ツイッター)を更新。新潟県上越市長の謝罪の言葉を疑問視した。


上越市の中川幹太市長は、18日の市議会一般質問で工場誘致に関して質問された際、「工場では高校を卒業したレベルのみなさんが働く。頭のいい方だけが来るわけではない」と発言。この発言が問題視され、19日に報道陣に対し「深くおわびする」と謝罪。「人材確保に困っている状況を指摘したかった」と釈明した上で「高校を卒業したみなさんは、工場などで上越の産業基盤を支えてくれている。卑下するつもりはない」と話した。


ただ、ひろゆき氏は「卑下するつもりはない」という発言が引っ掛かったようで「大卒の中川市長が言ってることは、日本語として意味が通じない気がするのですが、、」と言葉の使い方について疑問視した。


「卑下」は一般的に、自らをいやしめる、へりくだるといった意味で使われる。市長は「見下す」といった意味合いで使ったようだが、ひろゆき氏の指摘通り、かなり違和感のある発言ではある。


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「二瓶のソース」か「二瓶の調味料」か

ロード・ダンセイニと言えば、殿堂入り的な古典的名短編推理小説の作者として有名だが、その短編集を新古書店で見つけたので買って読んでいるが、その題名が、かの殿堂入り作品の名前である。
問題は、それが「二壜(瓶)の調味料」となっていることで、これは昔から「二瓶のソース」と訳されていたと思う。そこで、原題を見ると「The Two Bottles of Relish」と書かれている。

確かに「relish」は「調味料」と訳できるし、中学生レベルの英和辞書には「味、調味料」のふたつくらいしか載せていないものもある。しかし、沖縄の人間ならよく知っているように、何やら得体の知れない緑色の(小さな赤色も点在する)物体を詰めた瓶詰の瓶の表示が「relish」であるわけだ。さて、かりにそれが「調味料」という漠然とした表示なら、それが塩なのか醤油なのか、砂糖なのか、さっぱり分からないではないか。それで買う人がいるのか。
そこで、少し程度の高い英和辞書で調べると、relishは「①趣、面白み、味わい②(ホットドッグに載せる刻んだピクルス、パプリカなどの)香味料、薬味 etc」とあり、この推理小説のrelishは明らかに、この②である。訳するなら「二瓶の香味料」だろう。(「薬味」は、子供だと「薬の味」かと思うかもしれないww)まあ、「ソース」という言葉も「薬味」的な意味で使うこともあるから、昔どおりの「二瓶のソース」が正解なのではないか。
海外書の新訳には、こういうことがわりと多いのである。物、新しきがゆえに尊からず。

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HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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