どういう巡り合わせか、昨日から右側の陣営に属する人間を褒めるような記事を転載しているが、べつに私が「転向」したわけではない。もともと転向するほど強固な左翼でもない。私の友人知人親戚の大半もほとんどは保守主義者である。私は現実人生では「隠れ左翼」なのである。
何度も言うが、左翼とは、現在の社会を変えなければいけないと切望している人間のことなのだ。今の社会によって苦しんでいる人間が無数にいるのに、その社会をそのままにしておくことは国民全体に対する犯罪的行為である、と思うから社会変革を望むのである。その意味では、「保守主義とは所有に伴う傾向である」という言葉ほど保守主義の本質を示した言葉はない。
つまり、現在の社会から利益を得ている「既得権益層」が保守主義の中心にあり、それが無数の犠牲を要求しているのである。
もちろん、誰でも今の政治社会体制から恩恵を得ている部分はあるが、それが構造的に一部の人間の犠牲の上に成り立っているのなら、そのような社会を肯定することは、私はしたくない。
下記記事は船井幸雄のホームページに掲載されていた記事の一部で、直接には「つむじ風」ブログで知った。
筆者(語り手)は自衛隊の教官の方であるからマルクス思想を敵と見做しているが、実は私にとってもマルクス思想は、ある意味で敵である。つまり、マルクス思想の戦闘性が社会主義(共産主義)の本質と思われたために、本来は多様性をもっていた社会主義全体が世界中で嫌悪され攻撃されるようになったからである。
日本共産党がマルクス主義と決別することができれば、日本の政治に新しい潮流が生まれる可能性もある。
前置きが長くなった。
下記記事にある「江戸社会への回帰」が、私の思想と一致しているので、これを掲載する。
(以下引用)
"本物の情報"を自分で選び取ることが大切
池田:結局、テレビなどで表に流される情報というのは、流す側のPR的要素があって、スポンサーの利益が出るために流しますので、客観的に見て、本物の情報が流れないのは当然なのです。だから本物の情報を知りたいと思うと、自分から選びとるしかありません。そういうこともあって、勉強を始めました。
いま、大量に出回っている食品に含まれる添加物の量というのはすごいですよ。やはり人間にとって、とくに組織のリーダーになるような人にとって一番大切なのは健康管理ですから、食生活も日本人本来の和食に戻るのがいいと思いますね。戦後、牛乳を普及させたのはアメリカの洗脳だと思いますよ。
―牛乳の普及はアメリカの洗脳…。「戦後、アメリカが日本人の高い精神性が復活することを恐れて、食生活や文化、教育などを徹底して欧米化した」と船井も言っていますが、池田さんも同じお考えでしょうか?
池田:そうですね。その通りだと思います。戦後どころか明治維新でまず、主に日本の上層部を洗脳することで日本人の精神性の50%は奪われたと思います。そして第二次世界大戦以降はマスメディアが一気に発達したので、いろいろマインドコントロールできますから、結局、ほぼ100%の日本人の本来の心が失われていったのです。アメリカと同じ考え、すなわち「今だけ、自分だけ、お金だけ」となってしまったのです。
自分の存在を否定してくるものの正体を突き詰める
池田:先ほどお話しました通り、私は少年工科学校にいた時、「税金泥棒」と言われました。その時、自分の存在を否定されたように感じたのです。
人間何がつらく悲しいかというと、自分の人格、そして自分の存在そのものを否定されることほどつらいことはないのです。当時の自衛隊に対して、反対している人は何も考えないかもしれません。しかし言われなき反対で、弱い立場にいる人はずっとつらかったのです。自己存在の否定…すなわち「お前なんかいない方がいい」と言われることが人間にとって一番ショックなことなのです。
そこで私は「自分たちの存在を否定してくる敵の正体は何なのか?」そして敵の弱点をしっかり見つけて、そこに理論的にも勝たないかぎり、自分が否定されたものを克服できないと思いました。
池田さんの読書記録ファイル。池田さんは18才の時から読書記録をつけており、自らの"読書道"をお持ちです。船井幸雄の本の読書記録もたくさんあります。
それで防衛大学では国際関係論という学科に入りました。そこでまず、敵は共産主義、その中でもマルクス・レーニン主義だと思いましたので、マルクスの哲学、基礎を徹底的に検証しました。するとこの理論の人間観には問題点・欠陥があると分かったのです。
マルクスの人間観は要するに、「周りのものが変われば人間は変わる」という唯物史観ですね。しかしそれは人間に対する考え方が甘いと思います。人間というのはまず「心・意識ありき」だと思います。
そのように、根本にある思想が間違っているので、時がたつにつれて、「形だけ、力だけ」で統制していく社会になってしまい、やがては共産主義は崩壊するだろうと予測しました。卒論でも「マルクスの人間観とその欠陥」というテーマで書いたのですよ。見事に当たりましたね。
―そうですか。では今の資本主義についても、矛盾があるからいずれは崩壊するとお思いでしょうか?
池田:そうですね、そう思います。99.9%の人は今のアメリカを中心とする資本主義の思想の中でやってきていますが、それがどんどん行き詰ってきています。今が本当に大きな変化の時期だと思います。
船井先生もおっしゃっていますが、この地球という星は、まだ『宇宙学』(コスモロジー)で言うところの"不良星"です。それが1段階上の"優良星"に進化できるかどうか、現在が境目の時だと思っています。だから1万年に1回くらいの心の転換が必要になってくるのだと思います。
すばらしい江戸時代文化への回帰
池田:これから先の時代、世の中は、私たちは日本人の本来の姿、すなわち江戸文化的な時代になっていくのだと思います。
―江戸文化? これから私たちは、江戸時代の文化のようになると思われますか?
池田:そうですね。そう思います。私が考える「人間の本来の生き方」というのは、江戸文化的な、自然や共生を大切に思う生き方ですね。だから私たち日本人にとっては、祖先がやってきた当たり前の生き方に回帰するということなんですよ。
―なるほど。江戸時代というとどうしても「封建的であまりよくない時代」というイメージがあるのですが、江戸時代の文化というのはそんなにすばらしかったのでしょうか?
池田:そういう江戸時代に対するマイナスのイメージは明治政府が作為的につくったものなのですよ。明治政府の良さを印象づけるためにね。江戸時代は本当にすばらしかったです。たとえば江戸は人口約100万人で、世界一人口の多い都市でした。当時、ロンドンやパリの人口は60万人前後です。江戸は緑にあふれ、クリーンで美しい町だったのです。
また、日本は縄文時代から土の文化です。土の文化は自然と共に生きています。そこでは今でいうリサイクルが非常に発達していました。
江戸時代の具体的な生活については、渡辺京二さんの『逝きし世の面影』(平凡社刊)という本がとても参考になると思います。これは幕末前後に日本の近代化のために欧米から訪れた約4000人の外国人が残した手記をそのまま訳して編纂されたものです。客観性があり、参考になると思います。
その本には、「日本に行ったら、物乞いをするどころか、子供たちがにっこり笑って『うちに遊びにおいでよ』と誘ってくれ、家に行くと、ごはんは食べさせてくれ、お風呂まで入れてくれた。寝るときは鍵さえかけないで寝られるほど安全で、帰るときにはおみやげまでくれた。なんてすばらしい国なんだ!」と、その人間性の高さにビックリしたことなどがたくさん書かれています。
また各家には庭があり、人間の出した糞尿を肥料にして有機の野菜をつくっていたようです。治安的にも安全で、100万人の都市に警察官はわずかな人数で足りたようです。
写真が趣味という池田さんが最近撮ったマロウ(別名:ウスベニアオイ)。
さらに驚くのは、例えば目の不自由な人に対して、現代の感覚では、お金を寄付するという発想になりますが、そうではなく、按摩(あんま)とか琵琶法師など、目の不自由な人にしかなれない職業を特権として与えていたのです。お金を与えるのではなく、職業を与えていたのです。だから、目が見えなくても自立して一生生きていけるのです。まさに、私たちが今向かおうとしている、本来の人間のやるべきことをすでにやっていたわけですよ。それに感動しましたね。
一方、ヨーロッパは石の文化ですから、確かに見栄えはいいですよ。しかしながら、その実態はどうかというと、まずトイレは、壷の中にするのですよ(笑)。壷に入れたら、窓からポチャンと捨てるだけですよ。だから下に人がいたり、通りに人がいたりしたらたまらないですよね。そのため町中臭いし、日が照るとハエなどが出てきて、すぐに病原菌が流行するのですよ。それで香水の文化が発達したというわけです。
日本人の本来の姿は、武士道精神そのもの
池田:日本人の本来の姿というのは、究極の"誠の道"、すなわち武士道の精神そのものだと思います。映画の『ラストサムライ』などは侍の姿として参考になると思いますよ。
武士道精神を持つ人は、お金も名誉も、地位も、命さえも何もいらない。そして自分の大義、信じるもののために全力で尽くします。これが伝統的な武士道です。これが日本人の"誠の道"だと思いますね。それを体現したのが、江戸時代の侍だったり、時代は違うけれども、特攻隊で亡くなった若者たちかもしれません。そういう意味で自衛官というのは、人のために命をかけて尽くすことを使命としていますから、武士道の精神が残っていると言えると思います。
そしてその武士道に対峙するのが、悪い意味での資本主義だと思います。それは「今だけ、自分だけ、お金だけ」なのですね。
部長室には池田さんの息子さん達の少年野球の写真が大切に飾られています。
そのようなすばらしい"日本人の誠の心"が、明治維新、第二次世界大戦など100年を通じて無くされてきた…というのが私の持論です。確かに明治維新はすごいことでした。戦後の発展も目覚しいものがありました。しかしそれだけでは物事の半分しか見られていないと思うのです。そんな経緯があって、成り立っている社会がいまの日本なのです。
「物事の根本はどこにあるのか」ということを探求するのが私の心の一つの形なのです。
だからある意味、大それたことを言いますと、船井幸雄先生の生き方と同じなんですよ。
「人間は何のために生きるか」「宇宙の構図は何なのだろうか」…ということが、ずっと私の探求のテーマだったのです。
何度も言うが、左翼とは、現在の社会を変えなければいけないと切望している人間のことなのだ。今の社会によって苦しんでいる人間が無数にいるのに、その社会をそのままにしておくことは国民全体に対する犯罪的行為である、と思うから社会変革を望むのである。その意味では、「保守主義とは所有に伴う傾向である」という言葉ほど保守主義の本質を示した言葉はない。
つまり、現在の社会から利益を得ている「既得権益層」が保守主義の中心にあり、それが無数の犠牲を要求しているのである。
もちろん、誰でも今の政治社会体制から恩恵を得ている部分はあるが、それが構造的に一部の人間の犠牲の上に成り立っているのなら、そのような社会を肯定することは、私はしたくない。
下記記事は船井幸雄のホームページに掲載されていた記事の一部で、直接には「つむじ風」ブログで知った。
筆者(語り手)は自衛隊の教官の方であるからマルクス思想を敵と見做しているが、実は私にとってもマルクス思想は、ある意味で敵である。つまり、マルクス思想の戦闘性が社会主義(共産主義)の本質と思われたために、本来は多様性をもっていた社会主義全体が世界中で嫌悪され攻撃されるようになったからである。
日本共産党がマルクス主義と決別することができれば、日本の政治に新しい潮流が生まれる可能性もある。
前置きが長くなった。
下記記事にある「江戸社会への回帰」が、私の思想と一致しているので、これを掲載する。
(以下引用)
"本物の情報"を自分で選び取ることが大切
池田:結局、テレビなどで表に流される情報というのは、流す側のPR的要素があって、スポンサーの利益が出るために流しますので、客観的に見て、本物の情報が流れないのは当然なのです。だから本物の情報を知りたいと思うと、自分から選びとるしかありません。そういうこともあって、勉強を始めました。
いま、大量に出回っている食品に含まれる添加物の量というのはすごいですよ。やはり人間にとって、とくに組織のリーダーになるような人にとって一番大切なのは健康管理ですから、食生活も日本人本来の和食に戻るのがいいと思いますね。戦後、牛乳を普及させたのはアメリカの洗脳だと思いますよ。
―牛乳の普及はアメリカの洗脳…。「戦後、アメリカが日本人の高い精神性が復活することを恐れて、食生活や文化、教育などを徹底して欧米化した」と船井も言っていますが、池田さんも同じお考えでしょうか?
池田:そうですね。その通りだと思います。戦後どころか明治維新でまず、主に日本の上層部を洗脳することで日本人の精神性の50%は奪われたと思います。そして第二次世界大戦以降はマスメディアが一気に発達したので、いろいろマインドコントロールできますから、結局、ほぼ100%の日本人の本来の心が失われていったのです。アメリカと同じ考え、すなわち「今だけ、自分だけ、お金だけ」となってしまったのです。
自分の存在を否定してくるものの正体を突き詰める
池田:先ほどお話しました通り、私は少年工科学校にいた時、「税金泥棒」と言われました。その時、自分の存在を否定されたように感じたのです。
人間何がつらく悲しいかというと、自分の人格、そして自分の存在そのものを否定されることほどつらいことはないのです。当時の自衛隊に対して、反対している人は何も考えないかもしれません。しかし言われなき反対で、弱い立場にいる人はずっとつらかったのです。自己存在の否定…すなわち「お前なんかいない方がいい」と言われることが人間にとって一番ショックなことなのです。
そこで私は「自分たちの存在を否定してくる敵の正体は何なのか?」そして敵の弱点をしっかり見つけて、そこに理論的にも勝たないかぎり、自分が否定されたものを克服できないと思いました。
池田さんの読書記録ファイル。池田さんは18才の時から読書記録をつけており、自らの"読書道"をお持ちです。船井幸雄の本の読書記録もたくさんあります。
それで防衛大学では国際関係論という学科に入りました。そこでまず、敵は共産主義、その中でもマルクス・レーニン主義だと思いましたので、マルクスの哲学、基礎を徹底的に検証しました。するとこの理論の人間観には問題点・欠陥があると分かったのです。
マルクスの人間観は要するに、「周りのものが変われば人間は変わる」という唯物史観ですね。しかしそれは人間に対する考え方が甘いと思います。人間というのはまず「心・意識ありき」だと思います。
そのように、根本にある思想が間違っているので、時がたつにつれて、「形だけ、力だけ」で統制していく社会になってしまい、やがては共産主義は崩壊するだろうと予測しました。卒論でも「マルクスの人間観とその欠陥」というテーマで書いたのですよ。見事に当たりましたね。
―そうですか。では今の資本主義についても、矛盾があるからいずれは崩壊するとお思いでしょうか?
池田:そうですね、そう思います。99.9%の人は今のアメリカを中心とする資本主義の思想の中でやってきていますが、それがどんどん行き詰ってきています。今が本当に大きな変化の時期だと思います。
船井先生もおっしゃっていますが、この地球という星は、まだ『宇宙学』(コスモロジー)で言うところの"不良星"です。それが1段階上の"優良星"に進化できるかどうか、現在が境目の時だと思っています。だから1万年に1回くらいの心の転換が必要になってくるのだと思います。
すばらしい江戸時代文化への回帰
池田:これから先の時代、世の中は、私たちは日本人の本来の姿、すなわち江戸文化的な時代になっていくのだと思います。
―江戸文化? これから私たちは、江戸時代の文化のようになると思われますか?
池田:そうですね。そう思います。私が考える「人間の本来の生き方」というのは、江戸文化的な、自然や共生を大切に思う生き方ですね。だから私たち日本人にとっては、祖先がやってきた当たり前の生き方に回帰するということなんですよ。
―なるほど。江戸時代というとどうしても「封建的であまりよくない時代」というイメージがあるのですが、江戸時代の文化というのはそんなにすばらしかったのでしょうか?
池田:そういう江戸時代に対するマイナスのイメージは明治政府が作為的につくったものなのですよ。明治政府の良さを印象づけるためにね。江戸時代は本当にすばらしかったです。たとえば江戸は人口約100万人で、世界一人口の多い都市でした。当時、ロンドンやパリの人口は60万人前後です。江戸は緑にあふれ、クリーンで美しい町だったのです。
また、日本は縄文時代から土の文化です。土の文化は自然と共に生きています。そこでは今でいうリサイクルが非常に発達していました。
江戸時代の具体的な生活については、渡辺京二さんの『逝きし世の面影』(平凡社刊)という本がとても参考になると思います。これは幕末前後に日本の近代化のために欧米から訪れた約4000人の外国人が残した手記をそのまま訳して編纂されたものです。客観性があり、参考になると思います。
その本には、「日本に行ったら、物乞いをするどころか、子供たちがにっこり笑って『うちに遊びにおいでよ』と誘ってくれ、家に行くと、ごはんは食べさせてくれ、お風呂まで入れてくれた。寝るときは鍵さえかけないで寝られるほど安全で、帰るときにはおみやげまでくれた。なんてすばらしい国なんだ!」と、その人間性の高さにビックリしたことなどがたくさん書かれています。
また各家には庭があり、人間の出した糞尿を肥料にして有機の野菜をつくっていたようです。治安的にも安全で、100万人の都市に警察官はわずかな人数で足りたようです。
写真が趣味という池田さんが最近撮ったマロウ(別名:ウスベニアオイ)。
さらに驚くのは、例えば目の不自由な人に対して、現代の感覚では、お金を寄付するという発想になりますが、そうではなく、按摩(あんま)とか琵琶法師など、目の不自由な人にしかなれない職業を特権として与えていたのです。お金を与えるのではなく、職業を与えていたのです。だから、目が見えなくても自立して一生生きていけるのです。まさに、私たちが今向かおうとしている、本来の人間のやるべきことをすでにやっていたわけですよ。それに感動しましたね。
一方、ヨーロッパは石の文化ですから、確かに見栄えはいいですよ。しかしながら、その実態はどうかというと、まずトイレは、壷の中にするのですよ(笑)。壷に入れたら、窓からポチャンと捨てるだけですよ。だから下に人がいたり、通りに人がいたりしたらたまらないですよね。そのため町中臭いし、日が照るとハエなどが出てきて、すぐに病原菌が流行するのですよ。それで香水の文化が発達したというわけです。
日本人の本来の姿は、武士道精神そのもの
池田:日本人の本来の姿というのは、究極の"誠の道"、すなわち武士道の精神そのものだと思います。映画の『ラストサムライ』などは侍の姿として参考になると思いますよ。
武士道精神を持つ人は、お金も名誉も、地位も、命さえも何もいらない。そして自分の大義、信じるもののために全力で尽くします。これが伝統的な武士道です。これが日本人の"誠の道"だと思いますね。それを体現したのが、江戸時代の侍だったり、時代は違うけれども、特攻隊で亡くなった若者たちかもしれません。そういう意味で自衛官というのは、人のために命をかけて尽くすことを使命としていますから、武士道の精神が残っていると言えると思います。
そしてその武士道に対峙するのが、悪い意味での資本主義だと思います。それは「今だけ、自分だけ、お金だけ」なのですね。
部長室には池田さんの息子さん達の少年野球の写真が大切に飾られています。
そのようなすばらしい"日本人の誠の心"が、明治維新、第二次世界大戦など100年を通じて無くされてきた…というのが私の持論です。確かに明治維新はすごいことでした。戦後の発展も目覚しいものがありました。しかしそれだけでは物事の半分しか見られていないと思うのです。そんな経緯があって、成り立っている社会がいまの日本なのです。
「物事の根本はどこにあるのか」ということを探求するのが私の心の一つの形なのです。
だからある意味、大それたことを言いますと、船井幸雄先生の生き方と同じなんですよ。
「人間は何のために生きるか」「宇宙の構図は何なのだろうか」…ということが、ずっと私の探求のテーマだったのです。
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