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「私的所有」と「個人的所有」の個人的解釈

タイトルどおり、これから書くのは私の「個人的解釈」にすぎない。

思考の出発点は「私的」の対立概念は「公的」だということだ。
つまり、「私的所有」とは、「公的所有」すなわち共同体全体の所有となるべきものを、個人が、その社会の合意に反して所有することである。たとえば、地下資源や生産手段や、労働の結果を個人が不適切に(そしてしばしば過度に)所有することだ。この行為は資本主義社会では当たり前に行われているが、社会主義国家では不適切な行為(反社会的行為)となる。
それ以外のもの、つまり「社会の共有財産」以外のものの所有は、「個人的所有」が許される。たとえば、人間という存在の社会的所有(共有)は「非常識(アンコモン)」な行為であるから、結婚や恋人関係は「所有概念」に属さないことになる。個人的創作物の創作者自身による所有も同様だ。社会的資本を使った利殖行為の結果は、基本的に社会の所有になる。
マルクスの言う「共産主義」が、上記の「公的所有」概念にとどまるなら、それはキチガイ思想ではなくなるわけである。しかし、その場合、それと通常の社会主義との境目も無くなるわけで、そこに「共産主義と社会主義の同一視」「共産主義(社会主義)嫌悪思想」の発生源があるのではないか。つまり、人間というのは平等・公平が実は大嫌いなのであるwww

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