別ブログに載せた記事だが、私の基本思想に関する記事なのでここにも載せておく。
私は体質的に道学者的なので、書くことが説教臭いが、書きたいことを書くのが私にとってのブログの意味なので、ご容赦願いたい。まあ、社会の底辺の人間が「負けることの哲学」を説教しても何の説得力も無いのだが。
なお、タイトルに書いた「経験」は昨日の「谷間の百合」ブログで引用されていた森有正独自の用語の「経験」(引用2参照)ではなく、普通の意味である。森有正流で言えば「体験」か。もっとも、「体験」のすべてが「経験」であるような生き方もあるのかもしれないが、そういう生き方も疲れそうである。「体験」の中に、時折自分自身を新たな存在に変える「経験」が混ざる。人生はそれでいいのではないだろうか。そして、「失敗」こそがそういう「経験」となりうる大きな機会だろう。まあ、失敗するのもチャレンジの結果なのだから、それを誇りにしていいのである。と、面倒なことからはいつも逃げてきた私は思うw 「逃げちゃいけない、逃げちゃいけない」と碇シンジ君のように頑張るのもいいが、頑張った挙句、キチガイになる者も多いのである。時には進み、時には退く。これが大事。
(以下転載)
素晴らしい結論である。ツィートした人は彼を揶揄しているのだろうが、実は24年間の人間的成長がここにはある。
逆に言えば、
負けることも大事。投げ出すことも大事。逃げ出すことも大事、ということだ。
負けることで得られる教訓がある。投げ出すことで泥沼からの脱出がある。逃げ出すことで新しい道が開ける。ただし、投げ出すこと、逃げ出すことが習性になってはいけない、というだけだ。

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