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「こがね丸」1

巌谷小波の「こがね丸」について調べていて、池の内孝という人の「黄金丸」現代語訳という労作を見つけたので、冒頭部分を紹介する。「池の内孝のブログ」というブログに載っている。
気が向いたら残りも随時転載する。全16回と少々になる。(1回がふたつに分かれたりする。)
明治文語文の現代語訳に著作権があるかどうかは知らないが、ネットに載せた時点で著作権は消滅しているというのが私の考えである。まあ、他人が転載することで読者数を増やしたとご寛恕願いたい。

(以下引用)

<朗読>



 
 むかしむかし、ある深山の奥に、一匹の大虎が住んでおった。この虎は長命で幾星霜を経たその体は仔牛よりも大きく、その目は磨きに磨いた鏡かと思われるような光を放ち、その髭は針の山のようであった。その咆哮もすさまじく、一旦吼えれば、その声は渓谷にとどろき渡り、梢に停まっている鳥もその恐ろしい声に気を失い地に落ちるほどであった。この虎はこれほどの力を持っていたので、山に住むあらゆる動物たちはこの虎を畏れ、その威に従わぬものなどいようはずもなかった。誰も刃向かうものがないこの大虎は、ますますその威を高め、自ら「黄金の目の大王=金眸(キンボウ)大王」と名乗り、その山に住むすべての獣を睥睨し、百獣の王ならぬ、万獣の王として君臨していた。



 それはちょうど一月の初めの頃のことであった。一月、初春とはいっても名ばかりで、寒さも厳しく、折しも一昨日からの大雪で野山も岩も木も冷たく深い綿帽子を被り、風が吹きすさび、その寒さといったらこらえようもないほどであった。その日、金眸大王は朝から棲処の洞に籠もって、あまりの寒さにうずくまっていた。



 そこへ普段から目をかけていた聴水(チョウスイ)という古狐が崖道を伝い、降り積もった雪をかき分けて金眸大王の洞穴の入り口までやってきた。聴水は体についた雪を払って、遠慮深く体をにじって洞に入ってきて、まず丁寧に前足を揃えて挨拶すると、こう切り出した。



 「大王様はおとといからの大雪で、お外にもお出にならず、この洞にじっとお籠もりになられ、さぞかし退屈でいらっしゃいましょう」



 金眸大王は横になっていた体を起こすと、



 「おお、誰かと思えば聴水ではないか、この雪の中、よく参ったな。お前が言うとおり、この大雪では外に出て何かするというのも難儀であるから、オレは退屈まぎれに、この洞で眠っておったがの。食い物の蓄えも次第に少なくなってきて、いくらか腹が減ったと思っていたところだ。何か良い獲物はないか。・・・・この大雪だ、獲物と言ってもなかなか手に入るものでもなかろう」



 とため息をついた。すると聴水は金眸大王の言葉を打ち消してこう言った。



 「いえいえ、大王様。大王様がもし本当にお腹がお空きで、何か食べ物が欲しいと思し召されるのであらば、私儀、大王様に良い獲物を進呈いたしましょう」



 「何、良い獲物があると?・・・で、お前はそれをどこに持参して来ておるのだ?」



 「いえ、大王様。ここにお持ちいたしたわけではございませぬが、大王様、大王様の威を以て、またそのお力を惜しまず、この雪道を少しばかりの労は厭わぬというお心づもりがございますれば、私儀、良い獲物のいる場所までご案内することができるのでございますが・・・、いかがなさります?」



 と聴水は言った。



 金眸大王は聴水の言上を聞いて、カラカラと高笑いをしてこう言った。



 「おい、聴水。いかにオレが年老いたといっても、どうしてこれしきの雪を苦にしたり、恐るることがあろうか。こうしてこの洞にしけ込んでいるのは、それは雪も深く寒さが厳しいゆえ、億劫で体を動かすのがイヤだという訳ではない。この雪では獲物になる方もじっとしているであろうから、無駄な外歩きをするほどのこともなかろう。大王として決然としておるだけだ。今、お前が言った良い獲物があるという話がウソでなければ、オレを今すぐにその獲物のおる処まで案内せよ。オレがそこに行って、お前の言うその良い獲物を手に入れよう。で、その獲物はいずこにおるのだ?」



 大王を乗り気にさせると、古狐の聴水はしてやったりという顔をしてこう言った。



 「大王様には、早速、私儀の申し出をお聞き届けいただきまして、身に余るほどありがたく存じます。では、これから仔細を言上させていただきます。大王様におかれましては、今すぐにでもその天を衝くお力をご発揮されようと奮い立たるる勇猛なお姿、いかにもご立派で、恐れ多いことでございますが、なにとぞ、今しばらくお心をお鎮め願いまして、私の話をお聞きたまわりたく存じます。どうぞ、今しばらくお心お静かに・・・。そもそも私が申し上げましたその獲物と申すは、この山の麓の里にございます庄屋の家に飼われている犬の奴のことでございます。何を隠しましょう、私はその犬に深い深い怨みがあるのでございます。今、大王様にお出ましいただき、その犬に天誅を加えていただけるのであれば、これこそ私の敵討ち、復讐の介添えを賜ったものと、我が喜びこれに勝ることはござりません」



 ここで金眸大王は、聴水の話を少し訝ってこう言った。



 「いや、その話、解せぬな。お前の今言った怨みというのはどういうことだ。苦しゅうない、構わぬから言って聞かせよ」



 「ありがたき幸せ。大王様、実は一昨日のことでございます。私が今申しあげました庄屋の家の際を通った時のことでございます。その時、その庄屋の納屋と思われるあたりで、ニワトリの鳴く声が聞こえました。お、これはいい獲物がおるな、と思いましたので、私、すぐに裏の垣根の隙より庄屋の邸内に忍び入って鶏小屋へ向かおうとした時でございます。あの憎き犬め、あの犬の奴めがめざとく私を見つけ、まっしぐらに飛びかかって来たのです。私もニワトリに目が行っておりましたので、恥ずかしながら不意のことで大いに慌てふためいて、このままでは命も危ないと思い、この窮地から逃れようと先の垣根の隙の穴に一心不乱に向かいました。そして今その穴を走り抜け逃れようとしたとき、あの犬の奴め、まだ垣根の中に残っていた私の尻尾を咬えて、私の体を中に引き戻そうとしたのでございます。私は、これで戻されたら一巻の終わり、と、その咬んだ尾を払って逃げようとしました。その勢いが余っていたため、私の尻尾の先を、あの犬の奴め、あの犬の奴めに少し噛み取られてしまったのでございます。私は尻尾を咬み切られて、命からがら逃げて参りました。切られた傷口の痛むこと甚だしく、今日のこの日まで五体満足に過ごして参りましたのに、残念なことに、この歳になってそれも儘ならぬことにあいなったのでございます。それもあのにっくき犬の奴めのおかげなのでございます。大切にして参りました私の尻尾も、年寄りの襟巻きにもならぬほど短くなってしまい、最早何の役にも立たぬ代物になってしまったのでございます。それはそれは私は気も折れ、今は目の前も暗くなり、残念で残念で、くやしくてくやしくて仕方がありません。とは申しても、奴は犬、私はキツネ。復讐しようにも奴にはとても歯が立ちませなんだ。仇を討ちたし、それもならず。ただただ怨みを飲み込んで日々を過ごしているのでございます。大王様、私、聴水を不憫だとお思いになられるのであれば、大王様、どうか私のためにあの犬の奴に仇を返してやっていただけませなんだでしょうか。大王様、先ほどは獲物を進呈すると申し上げましたのも、実を申しますと、この念叶わぬものか、願叶わぬものかの由でござります」



 と、古狐の聴水はいかにも哀れらしく金眸大王に訴えたのだった。金眸大王はこの話を聞いて、いかにもと頷いて、



 「その犬の振る舞いはまったくもって憎むべきものだ。よし、よし、オレが行って、その犬の奴を一つかみにして、目に物を見せてくれるから、お前は心安らかにしておれ」



 と大王は聴水を慰めつつ、犬の行いに憤慨したのだった。



 やがて金眸大王は聴水を先に立たせ、脛よりも深く降り積もった雪を踏み分けながら、山越え谷を渡り庄屋の家に向かった。ほどなく山の麓に出ようという時、先に立って歩いていた聴水は急に立ち止まるとこう言った。



 「大王様、あそこに見える森の陰、そら、今、あの煙が立ち上っている処が、お話いたしました庄屋の屋敷でございます。ただ、大王様、今、大王様が自ら先頭に立たれ、あの庄屋が屋敷に踏み込んでいただきますと、おそらく家の者たちは驚ろき腰を抜かすばかりで、あの憎き犬の奴め、いち早く逃げ出し、それでは却って仇を逃すことにあいなるかもしれません。ここに当たって、私、聴水、計略がございます」



 と言うと聴水は金眸大王の耳に口を寄せ、何やら耳元で小声でささやいた。



 すると、今度は金眸大王が先に立つや、大王はドヤ顔をして庄屋の家に向かって進み出した。




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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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