(以下引用)
はぐれ雲 aiuv3n
@aiuv3n
斎藤元彦知事は“無双”から絶体絶命に…公選法違反疑惑で刑事告発した上脇教授と郷原弁護士に聞いた(日刊ゲンダイ https://news.yahoo.co.jp/articles/1f433e767234b393ead23ed70283f799611a34cf
3年も4年も掛かるようでは、任期いっぱい知事を続けられる?!
折田楓は命を狙われ兼ねない。
斉藤の背後には部落と統一教会が付いている。
カレードも殺られた
気の赴くままにつれづれと。
はぐれ雲 aiuv3n
@aiuv3n
斎藤元彦知事は“無双”から絶体絶命に…公選法違反疑惑で刑事告発した上脇教授と郷原弁護士に聞いた(日刊ゲンダイ https://news.yahoo.co.jp/articles/1f433e767234b393ead23ed70283f799611a34cf
3年も4年も掛かるようでは、任期いっぱい知事を続けられる?!
折田楓は命を狙われ兼ねない。
斉藤の背後には部落と統一教会が付いている。
カレードも殺られた
2020年から始まった新型コロナ騒動。これを境にして日本は大きく変化したように感じられます。はっきりと潮目が変わったのではないでしょうか。特に変化が大きいと感じられることが、日本人が平気で大嘘をつくようになったことです。
それまでも、嘘をつく人はたくさんいました。それは、大東亜戦争時の大本営発表を知っている人なら理解されることかと思います。実際には負け戦が続いているのに、華々しい戦果を上げたと、まるっきりの嘘の発表をしました。おそらく動機は単純なもので、負け戦が続いていることが国民に知れると、軍部の面目が丸潰れになるからでしょう。そうなると、戦争をやめなければならなくなります。
福島原発の爆発の時もそうでした。当時の枝野幸男官房長官は「直ちに健康に被害はありません」と繰り返しましたが、これは慰めの言葉であって、騒ぎにならないようにするためだけのものでした。原発の爆発に関しては、メルトダウンの嘘、「アンダーコントロール」の嘘が有名ですが、ほかにもいろいろありました。原発をやめたくないからです。
ただし、これらは非常事態下での嘘であって、嘘をついた本人たちもほかの方法が見つからなかった、窮余の一策であったとの事情がありました。嘘をつきたくてついたのではありませんね。
ところが、新型コロナ騒動は、最初から嘘だと分かっていながら、何の必要性もないのに日本政府が意図的に嘘をついてでたらめな対策を推進しました。賢い人は皆さん分かっていたことです。新型コロナ感染症の被害は騒ぐほどのものではありませんでした。さらに、ワクチンの安全性が確認されていないことは、製薬会社も最初から認めていましたから、常識的に考えるのであればそんなものは恐ろしくて接種できません。
しかし、日本政府はさも安全であるかのように国民を騙し、その結果、おそらく30万人程度は亡くなった(殺された)のではないかと私は考えています。恐ろしいことに、日本人の平均寿命はわずかとはいえ短くもなりました。
しかも、驚くべきことに、日本政府は自分たちの過ちを認めません。ツラッとして現在でもワクチン接種を推奨しています。嘘をつくばかりではなく、その嘘がバレても知らんフリをするのですから言語道断です。極めて悪質です。
そして、このような日本政府の誤った政策は新型コロナに対してばかりではありません。ウクライナ戦争でも、能登半島地震でも、まるで日本の利益を損ねる方向へと舵を切っているかのようです。よくそんなことができるものです。
さらには、次から次へと増税ないしはステルス増税を行い、物価の値上がりは放置、実質所得は増えないか増えても微々たるものであるなど、数え上げればキリがありません。
ほかにも奇妙なことが起きています。東京都知事選での石丸旋風、兵庫県知事戦での大逆転劇などです。東京都知事選ではなぜか候補者が数十名も現れました。小池都知事は街頭演説を熱心に行いませんでした。都議会ではこれまでの慣例を破って議員の発言を禁じ、退場させました。
それら以外にもたくさんあると思いますが、新型コロナ以降は政府等の物言いや決定に奇想天外というか、納得できないことがかなり増えたように思います。特に私のようにある程度年齢を重ねて、過去の記憶を有している者にとっては、「一体日本はどうなってしまったのだろう」「この先どうなってしまうのだろう」と強い不安を覚えます。
そんな状況下で昨日ふと思いついたのは、表題の"AI"になります。"AI"という言葉は聞かれたことがあると思います。"AI"とは「人工知能(artificial intelligence)」のことです。コンピュータの使い方の一種ですね。人がプログラムを組み、設定を行なって、コンピュータが結果を返します。
分かりやすい例が囲碁・将棋でしょう。大変な進歩を見せ、現在はプロでも太刀打ちできないくらいに強くなりました。つまり、人間がコンピュータに勝てなくなったのです。そこで面白いことも生じました。プロ棋士と囲碁の対局を行った際、AIの打った手がどうみても悪手にしか見えなかったのです。並いる一流のプロがこぞって首を捻るような悪手です。
しかし、打ち進むにつれて、その悪手に見えた手が大変な妙手であったことが判明します。プロでさえ度肝を抜かれました。AI(人工知能)会心の一撃でした。興味深いのは、なぜこの一手が生み出されたのかを誰も説明できないことです。コンピュータはその手がいい手であると判断したから打ったのですが、プロであってもこれはこうだからと説明できないのですよね。お分かりになりますでしょうか。
私はこのようなことが、現実の日本の政治で頻繁に行われていると考えています。分かりやすいのが、能登半島地震の復興でしょうか。能登半島地震への対応は最初から理解不能でした。ご記憶の方も多いかもしれませんが、主だった与野党が集まって、地震後の能登半島に出向かないと決めたのです。あり得ません。
災害で死傷者が出たような場合、しかもそれが一人二人ではない場合、政府としては一刻も早く、最大限の救助、救援活動を行うべきであり、また、総理大臣などの要職者が現地に出向いて被災者を励まし、元気づけることがこれまで行われてきました。それを一切無視したのです。
さらに追い打ちをかけるかのように、財務省は「復興が本格化する中、無駄な財政支出は避けたいとの立場を明確にした。」ということです。(「能登の復旧・復興「コスト念頭」 財務省、被災地は人口減」2024.4.9 共同通信)
誰がこんな無茶苦茶なことを日本政府にさせるのでしょうか。私は「ははあ、これはAIの考え出したことを、政府が忠実に行っているな」と感じます。ワクチンに関しては厚生労働省の中井清人医薬品審査管理課長が「日本を魅力ある治験市場にする政策に変えていく必要がある」と狂言を発しました。(「日本を魅力ある治験市場に‐中井医薬品審査課長「RWDで成功事例作る」」2023..9.15 薬事日報)
新型コロナ対策に関しても、最初からAIを活用しての政策だったに違いありません。皆さんお気づきになっていると思いますが、ワクチンに関しては政策全体が非人間的ですよね。何しろ、安全性の確認されていないワクチンをどんどんに日本人に接種させたのですから。おそらくAIの出した指針どおりなのでしょう。
そして、能登半島もAIにそそのかされるがままに、日本政府は非人間的な政策に走りました。災害対応においても「日本を魅力ある”AI”の治験市場にする」ことが、日本政府の方針であると思っていいでしょう。
どうして日本人はここまで愚かなのでしょうかねえ。AIはいくらでも操作可能です。例えば、地元住民や国民の感情にどれだけ重きを置くか、その数値を変えてやればいくらでも違った結果を出力するようになります。偏ったデータを読み込ませればそれに応じて偏った判断を返してきます。その程度のものなんですよ。
囲碁や将棋のように単純な課題に関しては、コンピュータでも人間以上の力を発揮できるようになってきましたが、実際に行われている政治・経済は囲碁・将棋とは比べようもないくらい複雑な事象になります。それにAIを活用するのは100年早いと思って間違いありません。その程度のレベルなのです。
昔、コンピュータが出回り始めた頃、面白い現象が起こりました。日本人の多くが「これはコンピュータによって出力された結果です。」という言葉を聞くと納得してしまうのです。「そりゃコンピュータが間違っている」と言える人はほとんどいませんでした。私などはそれを見ていて笑っていましたが。
それでも昔は、コンピュータが原始的だったものですから、政策などの複雑なものに対応した結果を出すことはできず、笑っていることができましたが、現在は愚かな人であれば簡単に騙せるような結果を出すことができます。日本の政治家や官僚などは、その簡単に騙される人々の代表例になります。いや、政治家や官僚に限らず、マスメディアも学者もそうでしょう。アホなコンピュータを信用する様子は、全く効果のないワクチンを信じるのと同じです。愚かとしか言いようがありません。
人類には、コンピュータとは比べ物にならないくらいの深遠な知恵があります。地球上で生物が発生してから35億年以上の月日が経っていると言われています。現生人類発生からでも、30万年が経過しているそうです。そして、その間あらゆる種類の数限りない試行錯誤が行われ、生物はその知恵を蓄積してきています。コンピュータなど及びもつきません。
宗教や道徳といったものも人類の知恵の一つになります。聖書の「見失った羊のたとえ」を聞かれたことはありますでしょうか。100匹の羊がいて、1匹がいなくなったら、残りの99匹を放置して1匹を探しに行くという例え話です。私はこの話を聞いて、「ははあ、その方が結果が良いのだな」と理解します。
もちろん、条件があります。残りの99匹が狼に襲われているなどの状況には当てはまらないでしょう。しかし、残りの99匹が危機的な状況でないのであれば、見失われた1匹を探しに行くのが人類に蓄積された知恵の一つなのでしょう。能登半島地震にそのまま当てはまります。日本政府の対策ははっきり間違いなのです。どれだけAIが推奨する回答であっても、そんなものは与える条件やデータを変えるだけで簡単に変化するような回答なのですから。
AIは極めて浅知恵であると思っていいと思います。おそらく、ウクライナ戦争でも戦略や戦術にAIが多用されているはずですが、アメリカはさっぱり成果を上げることができません。当然です。AIを作り、操作している人間が、戦争を理解していないのですから結果が出るはずがありません。
AIは間違いを犯しても、それが間違いであると自分で判断したり感じ取ることはできませんが、人間は違います。結果を見て、後悔の念とともに改めようとする意欲が湧いてきます。うまくできているのですよ、生物は。
岸田元総理を見ているとよく分かりますが、さんざん間違った政策を選択しておいて、微塵も後悔する様子を見せませんよね。そして次々と嘘を繰り出し、間違いを重ねました。「俺の背後にはAIがついているのだから間違いはない」と思っていたのでしょう。「仮に間違ったとしても、それはAIの間違いであって、俺の間違いではない」と平然としていたのでしょう。違うのですよね。コンピュータはいくらでも間違います。そして、それを正すのが人間の役割なのです。
現在の軽薄な政治家の面々を思い浮かべると、今後もAIに騙され放題騙される未来しか想像できません。そんな気がします。
今回の記事も妄想記事になりました。日本政府がAIを悪用しているという証拠を私が握っているわけではありません。ただ、どう考えても、今の日本の低レベルな政治家と、やっていることの非人間的な愚かさをとを考え併せると、そのように推理するのが一番辻褄が合うと感じます。十分にあり得ることだと思いますよ。
シリトーの文壇への登場は、『怒りをこめてふりかえれ』のジョン・オズボーン(en:John Osborne)、『ラッキー・ジム』のキングスレー・エイミス、『急いで駆け降りよ』のジョン・ウェイン(en:John Wain)など、「怒れる若者たち」と呼ばれる一派と時を同じくしていたため、そのメンバーの一人と見なされることが多い。
しかし、この一派の中心となった作家たちは、おおむねオックスフォード大学卒のインテリであった(ただし、オズボーンの学歴は高くなく、出身階級もシリトーと同じ労働者階級である)。この点、工場労働者の息子であり、自らも工場労働者であったシリトーとは異質のものであった。反体制を叫ぶ「怒れる若者たち」の怒りは、体制の改革と共に消えてゆく。しかし、シリトーの主人公たちはなおも怒り続ける。
社会が不当に築いた彼らの周りの規制への反撥、その規制を守ろうとする権力者の偽善に対するアナーキックな憤りから、不道徳行為という方法で権威へのささやかなプロテストを試みる。しかし彼らの行動は、積極的に体制を破壊しようとする方向には向かわない。反体制的反抗ではなく「非体制的」な反逆とでも呼べそうなものである。