言うまでもなく、日本のアニメの根底には日本人特有の感性があり、それは日本という国の文化が基盤になり、自然に出てくるものだ。
下のコメントは、それを「心情的には」正確に把握したものがほとんどであるが、言語化できていない。madnessでもcrazyでもquirk(気まぐれ、変てこ)でもなく、poetryと「優しさ」である。その「優しさ」は英語には翻訳できない。エゴイズムの世界とは無縁だからだ。(昔のハリウッド映画には存在したが、今は存在しない。ビジネスと闘争の現実社会から「惰弱」「センチメンタル」として失われたからだ。)そして、ネットフリックス資本で作られた「ラザロ」は、そうした「日本的感性」を排除したために、単に「お洒落なアクションアニメ」になってしまった例である。
ただし、欧米でウケているのは、欧米人にも分かり易い「バトルもの」であるから、その背後にある日本的精神は見えないわけである。たとえば、欧米人が「セーラームーン」を作った場合、劣等生でおバカで恋愛脳の女子中学生を主人公(バトル的ヒロイン)にしただろうか。つまり、欧米基準では最初から「敗北者」とされる存在なのである。
日本人が「バックトゥザフューチャー」が大好きなのは、それが日本的感性や倫理観に合っているからだ。つまり、「強者が勝つ」のではなく「(倫理的に)正しい者が勝つ」からである。さて、それはイスラエルの蛮行を是認する現在の西洋社会と一致できるだろうか。そして世界はその「西洋の野蛮さ」を許容するだろうか。
(以下引用)
22:海外の反応
アニメが他では決して見られない、日本特有のクレイジーさを持っている限り上手くいき続けるだろう。
個人的にはそれこそがアニメを見る理由だ。
Westernizationを望む人も多いけど、今のところそれは良い結果にはなっていないよね。
23:海外の反応
>>22
Oh here we go.
また”Westernization”の定義の話が始まっちゃうぞ。
24:海外の反応
>>23
“Westernization”ってつまりなに?
25:海外の反応
>>24
たとえば文字通り日本における青春/ゴールデンタイムであるにも関わらず、多くの作品で高校生が主人公を務めるべきではないと要求する事とか?
26:海外の反応
>>24
「ロボテック」「ボルトロン」「ドラゴンボール」「美少女戦士セーラームーン」等、4kidsがライセンスして英語に吹き替えたアニメのように、吹き替えと一緒にある程度の規制や編集が加えられてアメリカナイズされたアニメとかね。
27:海外の反応
日本以外の視聴者をターゲットにしたアニメは、より広く受けるであろうストーリーテリングにせざるを得ないことが多い。
インターナショナルなコラボは悪いことではないと思う、いやそれどころか双方の努力次第では計り知れない可能性がある。
「サイバーパンク エッジランナーズ」はその典型で、お互いのスタイルに対する妥協と尊重があったからこそ素晴らしい作品となった。
しかしいわゆる海外の一般受けを意識し過ぎると、より個性的な要素や尖った部分が削られて味気ない無難な作品になる。
直近だと「LAZARUS ラザロ」はまさに、現代の欧米の基準で作られているように見えた。
HBOやNetflixの作品として作られててもおかしくないほどに。
これは都合の良い時代になったという見方もできるが、少し不安に思うところもある。
だってこれまでのアニメファンは文化的現象の愛好者であったわけだ。
そんな愛好者の求めるあの”より日本的な狂気”が消えてしまうのが怖いから。
28:海外の反応
>>27
個人的にはそれは、アニメというストーリーテリングのメディアをとても狭く見てしまっていると思う。
全てのアニメにクレイジーな瞬間や、ド派手なシーンが必要なわけではない。
「もののけ姫」や「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」のようなステレオタイプなアニメのお決まりがない作品も、またアニメの一つなんだから。
29:海外の反応
>>28
わたしの第一言語は英語じゃないが、日本のアニメがもつユニークで独特な魅力をより表現するにはcrazyやmadnessよりも、quirksといった方がより的確かもしれない。
日本のクリエイターの考え方や創り方は、日本人にしか再現することはできない。
これは単なるスタイルの話だけじゃなく、文化的背景や考え方や物語やディテールのこだわりなど。
日本以外の国でそれを真似ようとしても、ほとんどが上手くはいかないだろう。
しかしこの独自性を再現することは困難だが、破壊することは容易だ。
利益のために海外市場を拡大させ、必然的にWesternizationされたタイトルに傾倒すると深みとアイデンティティの喪失につながる。
アニメを文化的な産物から、単なるビジュアルのスタイルへと貶めてしまう。