淡い緋色の地に同じ色の濃い唐草模様を織り出した長椅子に、姫は水色衣のスカートの、威厳のある大襞(ひだ)が、舞いの後でも少しも崩れたところが無いのを、身をひねって横向きに折りながら腰掛け、斜めにある中段の棚の花瓶を扇の先で指さして私に語り始めた。
「早くも去年の昔になりました。突然にあなたを手紙の使者として、その後お話する機会もなかったので、私の事をどうお思いになっておられたでしょう。けれども、私を煩悩の闇路から救い出しなさったあなたを、心の中では少しも忘れておりません」
「近頃、日本の風俗を書いた書物をひとつふたつ買わせて読んだところ、あなたの御国では親の結ぶ縁組があって、まことの愛を知らない夫婦が多いと、こちらの旅人がいやしむように記したところがありましたが、これはあまり良く考えていない言葉で、こういうことはこの欧羅巴でも無いことがありましょうか。いいなずけするまでの交際が長く、互いに心の底まで知り合うことの意義は、結婚を諾(はい)とも否(いいえ)とも言い得る中にこそありましょうが、貴族仲間では早くから目上の人に夫婦と決められた男女が、心が合わなくても拒む手段が無いまま、日々に互いに見て相手を忌む心がこの上なく募った時、女がその男に嫁がされる習いは、実に道理の無い世の中です」
夢人注:3行目の「斜めにある中段の棚の花瓶を扇の先で指さして私に語り始めた」が、その後の姫の話と無関係な動作なので、その後の話を読むと、この動作の意味不明さに悩む読者もいるだろうが、これはおそらくこの部屋で二人が話をしているのを、部屋の外を通り過ぎる人に怪しまれないためのカモフラージュだろう。逆に、こういう部分に作者の周到さが分かる。行間の読めない読者は最初から切り捨てているわけだ。
夢人注:2行目の「身をひねって横向きに折りながら腰掛け」は、ほぼ原文直訳。「折りながら」の主語は、ドレス(スカート)だと思うが、自信はない。原文は「身をひねりて横ざまに折りて腰掛け」。「裳」をスカートとしたのは間違いかもしれない。ドレスが適訳か。古語辞書は持っていないのである。
「早くも去年の昔になりました。突然にあなたを手紙の使者として、その後お話する機会もなかったので、私の事をどうお思いになっておられたでしょう。けれども、私を煩悩の闇路から救い出しなさったあなたを、心の中では少しも忘れておりません」
「近頃、日本の風俗を書いた書物をひとつふたつ買わせて読んだところ、あなたの御国では親の結ぶ縁組があって、まことの愛を知らない夫婦が多いと、こちらの旅人がいやしむように記したところがありましたが、これはあまり良く考えていない言葉で、こういうことはこの欧羅巴でも無いことがありましょうか。いいなずけするまでの交際が長く、互いに心の底まで知り合うことの意義は、結婚を諾(はい)とも否(いいえ)とも言い得る中にこそありましょうが、貴族仲間では早くから目上の人に夫婦と決められた男女が、心が合わなくても拒む手段が無いまま、日々に互いに見て相手を忌む心がこの上なく募った時、女がその男に嫁がされる習いは、実に道理の無い世の中です」
夢人注:3行目の「斜めにある中段の棚の花瓶を扇の先で指さして私に語り始めた」が、その後の姫の話と無関係な動作なので、その後の話を読むと、この動作の意味不明さに悩む読者もいるだろうが、これはおそらくこの部屋で二人が話をしているのを、部屋の外を通り過ぎる人に怪しまれないためのカモフラージュだろう。逆に、こういう部分に作者の周到さが分かる。行間の読めない読者は最初から切り捨てているわけだ。
夢人注:2行目の「身をひねって横向きに折りながら腰掛け」は、ほぼ原文直訳。「折りながら」の主語は、ドレス(スカート)だと思うが、自信はない。原文は「身をひねりて横ざまに折りて腰掛け」。「裳」をスカートとしたのは間違いかもしれない。ドレスが適訳か。古語辞書は持っていないのである。
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