時が遷(うつ)るにつれて黄蝋の火は次第に芯の炭化した部分が多くなって暗くなり、燭涙が長く滴って、床の上には千切れた紗、落ちた花びらがあり、前座敷の間食の卓(テーブル)に通う足が次第に繁くなってきた時、私の前を通り過ぎるようにして小首を傾けた顔をこちらに振り向け、半ば開いた舞扇に頤(おとがい)のあたりを持たせかけて、「私を早くも見忘れなさったでしょう」と言うのはイイダ姫である。「けっして」と答えながら、二足三足ついて行くと、「あそこの陶器の間を見ましたか。東洋産の花甕に知らない草木鳥獣などを染め付けたのを、私に解説してくれる人はあなた以外にはありません。さあ」と言って伴って行く。
ここは四方の壁に造り付けた白石の棚に、代々の君が美術に志があって集めなさった国々の大花瓶が、数える指が足りなくなるほど並べてあるが、乳のように白いもの、瑠璃のように青いもの、さては五色まばゆい蜀錦の色であるものなど、陰になった壁から浮き出て美しい。しかし、この宮殿に慣れた客たちは、今宵はこれに心を留めるはずもないので、前座敷に行き交う人がおりおり見えるだけで、足をとどめるものはほとんどなかった。
ここは四方の壁に造り付けた白石の棚に、代々の君が美術に志があって集めなさった国々の大花瓶が、数える指が足りなくなるほど並べてあるが、乳のように白いもの、瑠璃のように青いもの、さては五色まばゆい蜀錦の色であるものなど、陰になった壁から浮き出て美しい。しかし、この宮殿に慣れた客たちは、今宵はこれに心を留めるはずもないので、前座敷に行き交う人がおりおり見えるだけで、足をとどめるものはほとんどなかった。
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