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感情と論理

音楽表現や情的表現(詩など)の分野は社会認識力や論理性とは別次元の能力で、むしろ後者の能力が欠如した人間のほうが前者の表現能力が高いことはよくある。これは、グルジェフ(ロシアの神秘思想家)が、「知性のセンターと感情のセンターは異なる(ちなみに、性欲のセンターも異なる)」と言っているのが的を射ていると思う。
論理性とは「(思考過程が)正か誤(不正)か」の基準で思考するものであり、感情性(感動)は「好きか嫌いか、快か不快か」の基準で思考するものだろう。何かが快感を与えると認識した時に、そこに論理性を交えず、飛躍的にその快感の中心に到達できるのが感覚的人間だと思う。
白井氏は論理的人間であるだけに、「偉大な詩人に偉大な知性を期待する」という、子供じみた間違いをしたのだろう。まあ、偉大な詩人の知性は偉大ではあるが、白井氏の期待する類の知性ではない、ということだ。文学史(芸能史、文化史)を見れば、人間のクズのような人間が偉大な作品を作った例はゴマンとある。そもそも、文学や芸術は現実では得られない妄想を作品の中で実現することだろう。そこでの偉大な知性とは、常人を超えた妄想を思考できる能力であり、偉大なキチガイだとも言える。


白井 聡/Shirai Satoshi(新刊『武器としての「資本論」出しました!)
実にその通りだと思います。偉大な詩人には偉大な知性を期待したくなってしまう。要するに私は、ひどくがっかりしたのです。
引用ツイート
小田嶋隆
@tako_ashi
·
「間違った人間に才能が宿ったケース」の実例なら、いくらでも挙げられます。でもあえて沈黙を守ります。「才能のあるクズの話」は、ファンを怒らせるからです。特定の誰かの才能に惚れ込んでいる人たちは、彼または彼女が才能に見合った立派な人格者であることを期待するものなのですね。
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