第8章 予言者
私とクィークェグがピークォド号から下りてきた時、どこから現れたのか、乞食のような汚らしい風体の男が私たちに声を掛けた。
「お前たち、あの船に乗るのかい?」
「ピークォド号のことかい? ああ、さっき契約したところだ」
私が答えると、男は首を横に振りながら、
「やめた方がいい。お前ら、エイハブ船長は見たのか?」
と言った。
「いや。なんでも、この前の航海で足を一本無くして、療養しているそうだが、もうすっかり良くなったらしいから、間もなくお目にかかれるだろう」
「無くしたのは足だけじゃないよ」
「他に何を?」
「魂さ。片足と一緒に鯨の腹の中に置いてきたんだ」
私はすっかり馬鹿馬鹿しくなって、クィークェグに、こんな気の狂った奴は放って向こうに行こうと促した。
「おうい、お前ら、船に乗ったら皆の者に、おいらは乗るのはやめたと言っていたと伝えてくんな。この航海は、どうせろくなことにはならんとな」
男の言葉に、私は後ろを振り返った。
「あんたの名前は?」
「イライジャ」
その名前に不吉なものを感じて私は男を見守ったが、男は灰色の空の下を、ふらふらとさまようように去っていったのだった。
第9章 影
二日後、私たちはピークォド号に乗り込んだ。いよいよ出航である。
甲板上は、航海のために運び込まれた荷物でごったがえしている。これから、長ければ三年間にもわたる長旅であるから、食料、燃料のほか、あらゆる家財道具が必要になってくるのだ。
私には、少し気になることがあった。
私とクィークェグの二人は、朝早い時間に宿を出て、このピークォド号まで歩いてきたのだが、十二月の霜の下りた道は霧が深く、下手すると、海岸の端にも気づかず海に落ちそうな具合であった。
私たちは、自分らが一番乗りだろうと思っていたのだが、霧に包まれた港の方を見ると、おぼろな人影のような物が霧の中を動いていく。ずいぶん早い奴らがいるものだと思いながら、私たちは足を速めた。しかし、船に乗り込んでみると、甲板で眠り込んでいる当直の水夫以外には、誰もいなかったのである。
私たちは狐につままれたような気分だった。
しかし、日が高く昇って、出航の喧騒が始まると、そんな奇妙な出来事はすっかり忘れてしまったのである。
私とクィークェグがピークォド号から下りてきた時、どこから現れたのか、乞食のような汚らしい風体の男が私たちに声を掛けた。
「お前たち、あの船に乗るのかい?」
「ピークォド号のことかい? ああ、さっき契約したところだ」
私が答えると、男は首を横に振りながら、
「やめた方がいい。お前ら、エイハブ船長は見たのか?」
と言った。
「いや。なんでも、この前の航海で足を一本無くして、療養しているそうだが、もうすっかり良くなったらしいから、間もなくお目にかかれるだろう」
「無くしたのは足だけじゃないよ」
「他に何を?」
「魂さ。片足と一緒に鯨の腹の中に置いてきたんだ」
私はすっかり馬鹿馬鹿しくなって、クィークェグに、こんな気の狂った奴は放って向こうに行こうと促した。
「おうい、お前ら、船に乗ったら皆の者に、おいらは乗るのはやめたと言っていたと伝えてくんな。この航海は、どうせろくなことにはならんとな」
男の言葉に、私は後ろを振り返った。
「あんたの名前は?」
「イライジャ」
その名前に不吉なものを感じて私は男を見守ったが、男は灰色の空の下を、ふらふらとさまようように去っていったのだった。
第9章 影
二日後、私たちはピークォド号に乗り込んだ。いよいよ出航である。
甲板上は、航海のために運び込まれた荷物でごったがえしている。これから、長ければ三年間にもわたる長旅であるから、食料、燃料のほか、あらゆる家財道具が必要になってくるのだ。
私には、少し気になることがあった。
私とクィークェグの二人は、朝早い時間に宿を出て、このピークォド号まで歩いてきたのだが、十二月の霜の下りた道は霧が深く、下手すると、海岸の端にも気づかず海に落ちそうな具合であった。
私たちは、自分らが一番乗りだろうと思っていたのだが、霧に包まれた港の方を見ると、おぼろな人影のような物が霧の中を動いていく。ずいぶん早い奴らがいるものだと思いながら、私たちは足を速めた。しかし、船に乗り込んでみると、甲板で眠り込んでいる当直の水夫以外には、誰もいなかったのである。
私たちは狐につままれたような気分だった。
しかし、日が高く昇って、出航の喧騒が始まると、そんな奇妙な出来事はすっかり忘れてしまったのである。
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