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白鯨#4


第7章 ピークォド号

ナンタケットの港には、まもなく遠洋漁業に出かける捕鯨船が何隻か停泊していた。捕鯨は、およそ二年から三年もかかる仕事である。その目的は、鯨油を取ることだ。船一杯の空き樽に鯨油が詰め込まれるまでは、帰ることはない。従って、家族のいる者は、家族の顔を見ない期間の方がずっと長いわけである。こんな因果な商売を彼らが好んでやっているとも思われないが、中にはこの仕事が好きでたまらない人間もいるのだろう。
私とクィークェグは、港に停泊している船の一つに上がってみた。その船の名はピークォド号である。この時、他の船を選んでいれば良かったと、つくづく思う。
ピークォド号の甲板には、船主らしい老人がいて、船に乗せる荷物を一々帳簿につけていた。
私は、老人に「船に乗りたいのだが」と言った。
「捕鯨船に乗った経験は?」
「捕鯨船はありませんが、大西洋航路の商船には何度か乗ってます」
「商船か!」
老人は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「あまり役に立つとは思えんが、乗りたいというならいいじゃろう。ただし、給料は七百七十七番配当じゃ」
数が多いからいい配当だとは限らない。これは、船の航海の利益の七百七十七分の一の配当ということである。まさしく、雀の涙というものだろう。もちろん、船の航海のための資金を出している株主全員への配当を考慮すれば、只の船乗りにそう多くの配当は出せないのは知っているが、これではあんまりだ。
交渉の末、三百番配当という数字で話がまとまり、次はクィークェグの番である。こちらは話が早かった。
「お前、鯨を捕ったことはあるか?」
老人の言葉に、クィークェグは手にした銛を見せ、舷側に吊られた小舟に飛び乗って言った。
「あそこの水の上の小さいタールの滴、見えるか? あれ、鯨の目とする」
クィークェグは、一瞬の動作で銛を投げた。銛は光を放って飛んでいき、海上に光る小さなタールの滴を砕いて海面に没した。
「お前、雇った! 九十番配当じゃ! このナンタケットの銛打ちに、そんな配当を出した船はかつてないぞ!」
老人は叫んで、契約書にクィークェグのサインを求めた。クィークェグは、それにサイン代わりの花押(ただの✖印だが)を書いて、めでたく契約は成立したのであった。










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酔生夢人
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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