前に「金持ち倒産」のことを書いた時に、ロバート・キヨサキのセオリーは要するに、「大富豪になるには経営者になるか投資をすることだ」と書いたが、サラリーマンのままだと絶対に小金持ちにしかなれない、という事を某ブログで今読んだばかりなので、そこに書かれた面白い計算を紹介する。ただし、「無断転載禁止」と書いてあるし、いちいち許可を取るのも面倒なので、そのままのコピーはやめて、私が適当にまとめておく。
たとえば時給が2000円だとする。これは今の不況の世の中では悪くはないだろう。高度な専門職以外では、これほどの時給をくれるところはあまり無いと思う。
で、この時給で1日8時間、週休2日でひと月働いたらどうなるか、というと、わずか32万円なのである。そこから税金や年金分を引かれた後の実質給与はその半分程度だろう。名目賃金の32万円で計算しても、年に384万円にしかならない。
つまり、これが特に資格や特殊技能の無い庶民が得られるほぼ最高の「給与」なのである。
ここから家賃を払い、光熱費や公共料金を払い、医療費や教育費を払った残りで貯蓄までできるのは、よほど堅実な人だけだろう。富豪どころか、生活に追われるだけである。
では、どうするか、というと「他人を働かせる」ことだ、というのがそのブログの冗談交じりの答えなのだが、これは冗談でも何でもなく、ロバート・キヨサキが言っているのはまさしくそのことであり、またこれはマルクスがとうの昔に言っていることなのである。
他人を働かせ、その実質的収益と相手に支払う給与の差額によって金を手に入れる。働かせる人間の数が増えれば増えるほど、そして労働者に支払う給与が少なければ少ないほど、経営者や資本家は儲かる、というのが資本主義の基本原理だ。
大富豪とは、そうした営みの結果生まれるものであり、まあ、吸血鬼の一種だと見ていい。現在のグローバリズムが、「少しでも安く労働者を使いたい」という資本家の欲望の結果である、ということは言うまでもないだろう。
(補足)
念のために言っておくが、私は経営が容易だとは一言も言っていない。経営者には経営者の苦労があるし、また特に中小企業の経営者には、従業員に満足な給与を支払おうという姿勢のある良心的な人間も多いと思う。ただ「大富豪になる」という観点からは、むしろ良心的姿勢は邪魔になるはずだ。
一般的に言って、下に仕事は押し付け、成果は上の者が横取りする、というのは昔から変わらないことなのである。これを「一将功成って万骨枯る」と言う。
たとえば時給が2000円だとする。これは今の不況の世の中では悪くはないだろう。高度な専門職以外では、これほどの時給をくれるところはあまり無いと思う。
で、この時給で1日8時間、週休2日でひと月働いたらどうなるか、というと、わずか32万円なのである。そこから税金や年金分を引かれた後の実質給与はその半分程度だろう。名目賃金の32万円で計算しても、年に384万円にしかならない。
つまり、これが特に資格や特殊技能の無い庶民が得られるほぼ最高の「給与」なのである。
ここから家賃を払い、光熱費や公共料金を払い、医療費や教育費を払った残りで貯蓄までできるのは、よほど堅実な人だけだろう。富豪どころか、生活に追われるだけである。
では、どうするか、というと「他人を働かせる」ことだ、というのがそのブログの冗談交じりの答えなのだが、これは冗談でも何でもなく、ロバート・キヨサキが言っているのはまさしくそのことであり、またこれはマルクスがとうの昔に言っていることなのである。
他人を働かせ、その実質的収益と相手に支払う給与の差額によって金を手に入れる。働かせる人間の数が増えれば増えるほど、そして労働者に支払う給与が少なければ少ないほど、経営者や資本家は儲かる、というのが資本主義の基本原理だ。
大富豪とは、そうした営みの結果生まれるものであり、まあ、吸血鬼の一種だと見ていい。現在のグローバリズムが、「少しでも安く労働者を使いたい」という資本家の欲望の結果である、ということは言うまでもないだろう。
(補足)
念のために言っておくが、私は経営が容易だとは一言も言っていない。経営者には経営者の苦労があるし、また特に中小企業の経営者には、従業員に満足な給与を支払おうという姿勢のある良心的な人間も多いと思う。ただ「大富豪になる」という観点からは、むしろ良心的姿勢は邪魔になるはずだ。
一般的に言って、下に仕事は押し付け、成果は上の者が横取りする、というのは昔から変わらないことなのである。これを「一将功成って万骨枯る」と言う。
PR