他人のブログの無断引用だし、出来事自体も記事が書かれた時もかなり古い。
なぜそんな記事の引用をするかと言えば、「借金をする」とはこういうことだ、というのが実感として実によく分かる内容だからだ。まあ、私は読んだことが無いしテレビ番組化されたものも見ていないが、「闇金ウシジマくん」の世界とはこういうものだろう。それをたまたま電車の中で目撃した一市民の体験談だ。
おそらく、「コロナ後」には、こういう体験をする人が膨大に出てくるだろうから「予習」していると心の準備ができていいよ、という意味での転載だ。爺ィの老婆心ww
(以下引用)書き手の名前はカットする。記事前半もカット。
さて、電車が途中の駅に着いて人々が乗り降りしたとき、前方の5,6メートル先の席が空いたのに気づいた。横長の座席の端に若い男が座っていて、その隣が空いた。数人がまだその周辺に立っていたが、だれもそこに座ろうとしなかったから、チャンスだと思って、私は歩み寄って、男たちの間に挟まれるように腰を入れた。私としては、男たちが並んだところに座るのは、本当は気が進まない。男たちは肩幅があり、足を広げて座ったりしているものだから、私はほとんど標準サイズの体型ながら、窮屈な思いをしなければならないのだ。日本人の体格が昔よりよくなっているから、鉄道会社には座席の幅の標準をもう少し広く取ってほしいと望みたい。定員7人の座席だったが、男ばかり座るなら、6人を定員とするとちょうどよい……。
すこし窮屈なのは仕方ないとして、その席は、座るのをためらうほどの狭さではなかった。私が座ってまもなく、その左隣に座っていた若い男が早口で一気にしゃべった。
「テメー、何こら、ふざんけんじゃねぇ、やるなら、かかってこいゃ」
そう言い放つと、ケータイを股間に下ろし、通話をいきなり切ってしまった。わが耳を疑うような、乱暴な言葉だった。私の方からよく見えなかったが、彼は左手でケータイを耳にあて、電車の中で通話をしていたのだ。ケータイの接続先の、見えない相手に言い放ったことはすぐにわかり、私に暴言を吐いたのではなかったことでひとまず気を落ち着けた。それほど大声ではなかったけれど、そのセリフは私にだけでなく、周りの乗客にもよく聞こえたはずだ。私はあまりの傍若無人ぶりに驚き、その若者の横顔をちらりと見た。
よく車内放送で、「ケータイ電話はマナーモードにし、他の乗客に迷惑にならないようにしましょう」というアナウンスが流れることがある。そもそも彼がケータイで話をしていたことがマナー違反だろう。日ごろ私は、車内でおしゃべりをしている人たちも同様の迷惑行為になってしまうから、ケータイで話すぐらいは大目に見ていいと思っている方だ。しかし、そんな暴言はとんでもないことだ。通話をいきなり一方的に切るのも相当に無礼だ。彼は、私が座る前からケータイで、そんな「乱暴な話」をしていたようだった。周囲にいた乗客たちは、彼に近づきたくないから、隣の座席を空けたに違いない。彼は横長座席の一番端に座っていたから、私がそこに座る前は、周囲の乗客から距離を置かれていた格好だった。
そう言い放った後、彼は何事もなかったかのように平然と前方を見すえていた。私はその非常識ぶりに憮然としながら、第一感として、〈この男は、ひょっとしてヤクザか?〉と思った。でも、外観は少しもヤクザに見えなかった。彼は上下そろいの赤っぽいトレーニングウエアを着てスニーカーをはいていた。頭はスポーツ刈りで、どう見ても、大学の運動部の選手といったところだった。顔だちは、どちらかというと美男に属する方だったし、その顔には怒りの表情が少しも見えていなかった。ほとんど無表情だった。
私は、なぜこんな若者が暴言を吐くのか、わからなかった。理由はなんであれ、相手がどんなことを言ったとしても、そんな無礼な口のきき方は、世の中、許されるわけはない。電話だからいいようなももの、面と向かっていたら、すぐさま相手に殴りかかられるような危険な言葉だ。私は基本的に見て見ぬふりはしたくない性格だから、一言、注意めいたことを言ってやりたかったが、この若者を一言や二言で説き伏せる自信はなかったし、体力的にかなわないと思った。「テメーは関係ねぇ、ひっこんでろ」と、突き飛ばされたりして……。他の多くの乗客も私の味方になりそうもなかった。そんな暴言を吐いた報いは、遅かれ早かれ、必ず彼は受けるに違いない、そのとき、じっくりと反省してもらおうと、ずるく考え、だんまりを決め込んだ。
しばらくして彼は、持っていた小型のバッグから別なケータイをあわてて取り出した。彼は、複数のケータイを使いこなしている?! なぜだろう?
今度は、彼は通話をしなかった。それはメールの着信だったようだ。まもなく次の駅で彼は電車を降りた。走り始めた電車の窓から、彼がホームの階段を上りながらケータイで通話している姿がちらりと見えた。
私は電車に乗っていた間、彼が何者かを考えていた。
――そのとき彼は、激昂して思わず暴言を吐いたようには見えない。そんなセリフは言い慣れていたようにみえる。おそらく彼がゴーマンな口調で高圧的に言ったことに、通話の相手がつい反発し、何かを言い返した。すると反射的に、彼の口からあのセリフが飛び出したのだろう。彼の通話の相手は、常に下手に出なければいけない事情があったようだ。彼は、もし相手が反発するようなら、即座に罵倒してよい立場にあった。あの小型の黒いバッグは、スポーツ選手には似つかわしくない高級そうな一品だった。似つかわしいのは、金融関係の業者だ――という考えに進み、どうやら、彼は借金の「取り立て屋」かもしれないという推測結果に至った。
消費者金融のように個人的な返済が滞ったケースだけでなく、銀行でも、返済が滞るような企業の債権があると、それを不良債権として処理し、債権を専門に扱う業者に渡してしまうことが知られている。彼はそんな債権回収の専門業者に雇われた「社員」であり、取り立てるためには、同情無用で悪態をつきまくることを常とする。債権を持つ側が、債務者になめられては商売にならないわけだ。そのへんのやり方は、業者の社内教育でみっちり仕込まれているのだろう。借りた金を返そうとしない相手に対して、いわば、心を鬼にして罵倒することを職業としているのだ。複数のケータイを使い分けるのも、この業界ではそれなりに必要なんだろう。
負債を抱えた経営者の屈辱が思いやられる。〈あんな若造に罵倒されるぐらいなら、耳をそろえてすぐ返してやる!〉と憤慨する気持ちと、それができないことことによる悲哀の感情がこみ上げるとともに、社会的責任の重圧を背中に感じつつ、
「さっきは私が悪かった。言い方も悪かった。すまん。許してくれ……」
通話を再開し、見えない相手に頭を何度も下げながら話す債務者の姿が、私の目に浮かぶ。