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「努力」とは奴隷階級の美徳かwww

まあ、単純にSNSの普及で、社会は最初から階級が決まっているという真実を多くの人が知ってしまったからだろう。www

(一例)




(以下引用)



       
       
       
       
       
       
7e60c59f8eca3706b03e14731f44219f-e1469068569611 (1)
1: ななしさん@発達中 ID:86soGESv0
なぜ?
    2: ななしさん@発達中 ID:0jSiNvLS0
    どうにもならんことが多いことがバレたから
    13: ななしさん@発達中 ID:YS0aa9yQ0
    親ガチャが全てということがバレたから
    6: ななしさん@発達中 ID:EuNsAtCz0
    努力するのは当たり前として歴然とした差があるのよ
    24: ななしさん@発達中 ID:2sKhL9CV0
    SNSで自分よりも"上"が見れるようになったのアカンわね
    しかも有名人や政治家もおるから青天井の"上"や
    31: ななしさん@発達中 ID:ydx+vt2n0
    >>24
    しかも上は自己顕示欲にとらわれて凡人労働者たちをバ○ですって真実を言ってしまったからね
    ワイみたいなバ○はゲームに参加するのすら嫌になったわけです
    14: ななしさん@発達中 ID:0jSiNvLS0
    5ちゃんも10年くらい前までは努力厨で溢れてた
    5: ななしさん@発達中 ID:bjmDb8A00
    平成の頃から嫌いだったぞ
    3: ななしさん@発達中 ID:XDbV4gZF0
    単純に国民の思想が左に傾いてきてるんや
    9: ななしさん@発達中 ID:oxCcG5e60
    嫌な努力はしなくてもいいんや
    夢中になれることがいつか君をすごい奴にするんやで
    40: ななしさん@発達中 ID:pdFa3LbW0
    >>9
    そう言って夢中になれるもの見つけるのに何十年経ったの?
    19: ななしさん@発達中 ID:1SZJhLIQ0
    個人的には努力は否定できないけど努力努力努力みたいなのは嫌い
    努力信仰者みたいな生存者バイアスバリバリかかった言葉は論理的に見えない
    経済学とか社会学を知らずに努力してるんだから格差は当たり前とか言ってそう
    26: ななしさん@発達中 ID:mlahK7SB0
    努力は嘘つかないとか体制側が広めた嘘だから
    25: ななしさん@発達中 ID:6i6uFGuB0
    中国父さんの若者が社会の本質は親ガチャやルッキズムで努力は無駄と寝そべり族になったのは流石やわ
    韓国も競争が激しくてニートが過去最多やっけ
    27: ななしさん@発達中 ID:q15TChyl0
    手軽にネットと繋がれることで「上」が沢山居ることが可視化されたから
    努力しても追いつけない人達や努力しなくても自分より恵まれてる人がいっぱい見えてしまう
    7: ななしさん@発達中 ID:cpzRWnOc0
    努力信仰が努力の価値を毀損する事もあるんや
    37: ななしさん@発達中 ID:OszX6sjA0
    努力してまで手に入れる価値のあるものが無くなってしまった
    38: ななしさん@発達中 ID:IrT95jDkd
    >>37
    今の日本ってなんかもう別物だよな

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    欧州の王族とカトリック

    「神戸だいすき」パリオリンピックについての記事から、2か所を転載。
    私の言いたいこともこれに尽きる。

    なお、私は、日本の天皇と欧州の王族の歴史的・社会的意味はまったく違うという考えである。それについては前に何度か述べたと思う。

    ただし、明治から敗戦までの天皇制(明治天皇制・帝国主義的天皇制)は日本本来の天皇の在り方とは異なる、まさに欧州的王族絶対主義思想にカトリック的な「神の利用」を加えた複合体だった。
    ただし、それによって江戸幕府の欠陥(主として身分制度による)の大部分が是正されてもいる。だから日本は急激な近代化が可能になったのだ。

    国民全体の福祉(生活向上)の面から見て、明治維新全否定論は愚論の極みである。

    (以下引用)

    あれはね、市民の祭典になっていたのよ。何世紀も自分たちを押しつぶして、窓にまで税金をかけた王族、普通の生活を拘束しまくったキリスト教。

    反キリストって!ローマが、本物のキリスト教を曲げまくったのに、それに反対するのは悪魔なの?


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    海流の変化と気候変動

    「大摩邇」所載の岡氏の記事の一部である。
    例によって私の愚説を述べれば、地球の海流の状態変化は、地球の回転軸(地軸)の傾きが変化した結果である。地軸の傾きが変化したら、地表にある海流も影響を受けるのは当然だろう。
    そして、海流に変化が生じたら、それは地表の気候を変化させるという、当たり前の話である。これも毎度言うが、二酸化炭素など、気候変動と何の関係もない。全校生徒の集まった体育館、いや、運動場で誰かが屁をひったら、その場の全員が臭いを感じるか?




    (以下引用)

    海流の問題

    私はずいぶん以前から「地球の海流の消失傾向」ということに興味を持っていました。14年前の「海の終焉: すべての海流が死につつある」という記事が最初ですかね。


    その後、14年間、地球の海流は死んではいないですが、弱体化はし続けていて、2015年には、「メキシコ湾流が減速している」ことが、研究で明らかになりました。


    気候変動研究は、メキシコ湾流の減速を明らかにした


    メキシコ湾流は、地球上で最も重要な熱輸送システムのひとつだ。メキシコ湾流は、効率的に海流を通して北半球に赤道から熱をもたらす。


    しかし、このメキシコ湾流が減速してきていることが最近の研究で示された。


    このことは興味深い。なぜなら、世界の多くが温暖化している中で、世界の一部の地域は寒冷化に向かうことが予測されるからだ。


    ペンシルベニア州立大学の名誉教授であり、気象学が専攻のマイケル・マン氏は以下のように述べる。


    「現在の一般的な気候モデルは、私たちが現在直面している変化を過小評価しています。その理由は、大西洋の熱循環が安定しているためかもしれないですし、あるいは、気候学者たちが、グリーンランドの氷床の融解を正しく見積もっていないか、またはその両方の理由により、過小評価されているのだと思われます」


    Pioneer News 2015.03.25



    Hadal Environmental Science/Education Program


    2015年のこちらの記事に全文の翻訳があります。この 2015年ころから現在にいたるまで続く、ややカオスな気象や天候も、このメキシコ湾流の減速や、あるいは、海流は地球海洋上ですべてつながっていますので、「地球規模の海流の異常」と結びついている可能性も高いです。


    つまり、気候変動の原因のひとつには、この海流の異常や海流の変化というものが関係していると思います。あくまでひとつですが。







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    天皇制の考察

    胸中に成案があるわけではないが、「天皇制とは何か」について考えてみたい。政治学者も、この問題を真剣に考察した人は少ないのではないか。まあ、昔の「神皇正統記」くらいしか思い浮かばないが、あれも多分、南北朝のどちらが正統か、という問題を論じているだけなのではないか、と推測する。
    で、私の腹案としては

    1:天皇とは権力ではなく権威である。
    2:権力でないからこそ、異常な永続性があった。
    3:天皇とは平和の象徴である。

    という3点が、今思い浮かんだものである。特に2は、かなり確信がある。
    1に関しては、「天皇そのものが『錦の御旗』である」と言えば、分かりやすいかと思う。つまり、権力の正当性を保証するのが、「天皇がこちら側に付くこと」だったわけだ。

    権力そのものは武力によってしか保証されないが、それが逆に権力の不安定さや、永続性の無さの理由でもあった。
    古代中国には無数の政権や王朝が成立しては滅んでいったが、それは彼らがただ「権力的存在」でしかなく、その永続性を保証する「権威」の後ろ盾が無かったからだ、というのが私の仮説である。武力で打ち立てられ、武力で維持されてきた権力は、それより強大な武力的存在が出てきた時、必ず打倒され、滅びるのである。
    そして、中国には権力を背後で支える「権威」が無かったから、たとえば黄巾の乱や太平天国の乱など、新興宗教が突然に力を持ち、政府を揺るがしたわけだ。道教も仏教も、それらの新興宗教を阻止する力にはなれなかった。いや、道教など、新興宗教に利用されたのである。
    つまり、宗教を土台にした「権威」は、中世西洋のカトリックくらいのレベルでないと、社会秩序維持の基盤にはなれないのである。で、それは「唯一神」という狂信が疑われるようになると、力を失った。現在の西洋の無道徳さは、その宗教心の崩壊が原因である。

    日本の「天皇制」というか、天皇の存在は、宗教ではないのに、動揺する人心をひとつにまとめる不思議な力があった。明治以後の「国家神道」は、宗教でもない神道を宗教化し、天皇を神格化するという異常なやり方で近代国家形成の土台とし、それは国力増大の大きな力になったが、それが第二次大戦での破滅の原因にもなったわけだ。
    それは「天皇という権威」を「権力と一体化する」歴史的失敗だった、というのが私の説である。(現在の「象徴天皇制」こそが、「権威」としての天皇制のもっとも純粋な形だろう。天皇は、「ただ存在するだけでいい」のである。それが存在することで、人の心の奥底に安心感が生まれ、日本の歴史や伝統や日本人への誇りと信頼が生じ、日本という国が安定するのだ。それが「天皇は日本の象徴である」ということの意味だ。)

    3についての考察は宿題として、「権力」と「権威」の違いを簡単に言っておく。
    権力とは文字通り、力である。それは「武力」や「資力」を土台とする。現代世界では資力こそが政治や社会を動かす権力なのである。そして、天皇には資力も武力もないのは明白だろう。天皇家の資力など、雀の涙程度のものとしか私には思えない。
    だが、大富豪の資力も天皇の前では無力である。それが1000年以上もの歴史の上に成立する「権威」というものだ。
    武力は、簡単に天皇を殺せるだろう。だが、それをやる時、その権力はこの日本で存続する力を失うと思う。だから、信長も秀吉も家康も天皇制に手を触れなかったのである。


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    地球の傾きの変化と気候変動

    「大摩邇」から転載。
    日本など、部分的な気象だけを見ていると分からないことが、視野を大きくすると見えてくる。
    明らかに、中国西部の寒冷は、そこが冷帯化していることを示しているかと思う。そして、日本の場合(酷暑に関して)は温帯が亜熱帯化しつつあるのだろう。つまり、地球の自転の回転軸の傾きの変化で、気候区分に変化が生じているのである。これまでの、赤道を中心とした気候区分(地軸を垂直にして気候帯をその真横にして決めた気候区分)は、かなりズレてくるわけだ。将来はシベリアまで一部温帯化し、農業が発展するのではないか。欧州はかなり寒冷化すると思う。つまり、衰退する。

    (以下引用)

    中国甘粛省で突然の夏の大雪

    BrainDead Worldさんのサイトより
    https://nofia.net/?p=21294
    <転載開始>

    東アジアで 7月の雪は珍しいですが、気温分布を見てみますと、日本はたいそう暑いですけれど、中国のかなりの部分が平年より極度に気温が低いようです。


    2024年7月7日の平年との気温の差異

    tropicaltidbits.com

    甘粛省張掖市の突然の大雪で苦情が噴出

    ntdtv.com 2024/07/04


    肃张掖夏日突降大雪 网民



    中国本土では異常気象がますます頻繁になっている。暑い夏の日、甘粛省張掖市に突然大雪が降った。 Weiboネットユーザーたちは「深刻な問題があるに違いない」とコメントした。


    7月4日は旧暦 5月29日で、あと 2日で旧暦 6月になる。その日ネット上に投稿された動画には、張掖山脈に突然の大雪が降った様子が映っていた。


    動画でも見られるように、山道には雪が舞い、多くの人が傘を差してバスを待っている。彼らは夏服を着ていたが、寒さを防ぐためにコートを追加していた。動画を撮影した男性は「2024年7月4日、夏なのに雪が降りました」と語った。


    Weiboネットユーザーは、このビデオが甘粛省祁連山脈の合流点にある甘粛省張掖市で撮影されたことを明らかにした。


    ここ数日、中国本土で夏に雪が降る映像が報道されている。


    6月24日、四川省甘孜県の哲多山で大雪が降り、高速道路で交通渋滞が発生し、閉じ込められた車の所有者は寒さに震えた。6月21日には一部のネットユーザーも雪の動画を投稿した。


    近年、この奇妙な現象は中国本土全土に広がり、そのため「夏の雪」は中国共産党当局による禁止の対象となっている。上述の夏の降雪のニュースは本土のメディアでは報じられておらず、散発的な動画がソーシャルメディア上で拡散しているだけだ。




    <転載終了>

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    「私的所有」と「個人的所有」の個人的解釈

    タイトルどおり、これから書くのは私の「個人的解釈」にすぎない。

    思考の出発点は「私的」の対立概念は「公的」だということだ。
    つまり、「私的所有」とは、「公的所有」すなわち共同体全体の所有となるべきものを、個人が、その社会の合意に反して所有することである。たとえば、地下資源や生産手段や、労働の結果を個人が不適切に(そしてしばしば過度に)所有することだ。この行為は資本主義社会では当たり前に行われているが、社会主義国家では不適切な行為(反社会的行為)となる。
    それ以外のもの、つまり「社会の共有財産」以外のものの所有は、「個人的所有」が許される。たとえば、人間という存在の社会的所有(共有)は「非常識(アンコモン)」な行為であるから、結婚や恋人関係は「所有概念」に属さないことになる。個人的創作物の創作者自身による所有も同様だ。社会的資本を使った利殖行為の結果は、基本的に社会の所有になる。
    マルクスの言う「共産主義」が、上記の「公的所有」概念にとどまるなら、それはキチガイ思想ではなくなるわけである。しかし、その場合、それと通常の社会主義との境目も無くなるわけで、そこに「共産主義と社会主義の同一視」「共産主義(社会主義)嫌悪思想」の発生源があるのではないか。つまり、人間というのは平等・公平が実は大嫌いなのであるwww

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    フェミニズムと「結婚制度の崩壊」

    私は古い意味でのフェミニスト、つまり女権拡張論者なのだが、それは女性が不利な面においてその権利を拡張すべきだという思想であり、「男と女をすべて同じに扱え」という、現代の狂人的フェミニズムには反発する者だ。
    そのキチガイフェミニズムの結果のひとつが、「自己認識が女性ならスポーツの女性部門に出場していい」というあれだ。
    男性か女性かは肉体的に最初から決まっているのであり、その性別を不満に思うかどうかは各自の精神的問題にすぎない。社会が関与すべき問題ではないわけだ。それを、性別を自己認識で決めるなら、もはや性別は実質的に存在しないということになる。
    この場合は運動競技で男性と女性を分けることこそが、女性の権利なのである。それを昔は当然のこととして認めていたのである。ここでは、男女の区別を無くすことは、女性の権利の喪失なのだ。
    結婚という制度も、女性の権利を守るものでもあったが、女性も社会に出て労働せよ、となると、男性が結婚する意味はほとんど無くなる。つまり、「家庭維持業務」を誰がするのか、ということであり、育児も老人介護もやりたくない男は、結婚もしなくなるに決まっている。当然、少子化になる。
    まあ、女性の社会進出は、とある権力層の計画によるものだろうと思うが、その結果も、彼らの狙い通り地球人口削減になったわけであるwww 
    言うまでもないが、これは大局論であり、結婚などより社会でバリバリ働きたいという女性は、それはそれで結構、という話だ。下 の言葉のような「結婚は男が女を養う制度だ」というのも、それも間違いだろう。結婚とは、お互いにそれぞれが得意な仕事を家の外と内で分け合う制度である。(この考えも、女性差別だと騒ぐフェミニストが出てきそうであるww)

    (以下引用)

    女性の権利を守るようになったら

    男は女を養わないようになり、未婚の男女ばかりが増えた。

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