日本の北の方に「イーハトーブ」と名付けられた国がある。面積は日本の県のなかで一番大きい。四国よりほんの少し小さく、イスラエル国よりも少しだけ小さいほどだ。
 そんなイーハトーブ国からは、少ない人口に見合わず、人口比で当然といえる東京都を除けば、山口県に次いで二番目という、たくさんの総理大臣を輩出している。

 有名人も数多いのだが、この数年になって、とんでもない物凄い野球キャラクターが数名登場してきて、世界中にイーハトーブの名が一気に広まった。
 それが大谷翔平と佐々木朗希で、もう一人菊池雄星もいる。後に続く佐々木麟太郎も三名に匹敵する活躍が予想されている。
 すぐ隣の地域でも、落合博満という凄い選手を出した。

 そもそもイーハトーブとは「葉っぱを食べる国」(イート・ハーブ)という意味で、その理由は名付け親の童話作家Mが仏教の敬虔な信者で、殺生を嫌い、精進食を好んだからといわれている。
 でも、葉っぱを食べて2m近い高身長の世界的スポーツ選手が育つとは思えないのだが。
 イーハトーブ国からは、随分前だが、三船久蔵と藤原敏男という、これも歴史に残る物凄い格闘家を輩出している。しかし彼らがイーハトーブ食だったかは分からない。

 私は大谷翔平の報道を見ていて、日本中が夢中になっているなかで、彼の純粋な精神性に惹かれるのだが、それは名付け親のMに共通するものを感じるのだ。
 Mは、生きているうちには誰からも、何一つ正当な評価を受けず、無名で貧しいまま結核で死んでいったが、とてつもない純粋純真な心根だけをこの世に残していった。
 まるで大谷が、Mに与えられるべきだった評価を、まとめて受けて無念を晴らしているようにさえ見える。

 イーハトーブの住民は、全員が子供の頃からMの純真さに打たれ、その心を受け継いでいるように見える。だから、政府に割り当てられた県名よりも、Mの名付けたイーハトーブ国という名前に誇りを持っているのだ。
 イーハトーブは、Mの精神を受け継いで、とてつもなく優しい人が多い。
 だから、全国犯罪率ランキングでも、隣の「もうアキター国」と並んで47都道府県中最低なのだ。
 http://area-info.jpn.org/CrimPerPop.html

 イーハトーブの小学校では、全員がMの残した詩を朗読して記憶するので、大人になっても淀みなく話せる人が多い。
 https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/45630_23908.html

 雨ニモマケズ
 風ニモマケズ
 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
 丈夫ナカラダヲモチ
 慾ハナク
 決シテ瞋ラズ
 イツモシヅカニワラッテヰル
 一日ニ玄米四合ト
 味噌ト少シノ野菜ヲタベ
 アラユルコトヲ
 ジブンヲカンジョウニ入レズニ
 ヨクミキキシワカリ
 ソシテワスレズ
 野原ノ松ノ林ノノ
 小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
 東ニ病気ノコドモアレバ
 行ッテ看病シテヤリ
 西ニツカレタ母アレバ
 行ッテソノ稲ノ朿ヲ[#「朿ヲ」はママ]負ヒ
 南ニ死ニサウナ人アレバ
 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
 北ニケンクヮヤソショウガアレバ
 ツマラナイカラヤメロトイヒ
 ヒドリノトキハナミダヲナガシ
 サムサノナツハオロオロアルキ
 ミンナニデクノボートヨバレ
 ホメラレモセズ
 クニモサレズ
 サウイフモノニ
 ワタシハナリタイ
 南無無辺行菩薩 南無上行菩薩 南無多宝如来 南無妙法蓮華経 南無釈迦牟尼仏 南無浄行菩薩 南無安立行菩薩 
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 こんな詩を、幼い頃から暗誦していれば、いったいどんな子供が育つだろうか?
 それが、イーハトーブの犯罪率が日本最低であることの秘密だと私は思う。
 そして大谷や佐々木を輩出した本当の秘密なのだ。

(中略)

 もう一つ、イーハトーブの人々の人間性を定めてきた、Mの悲しい詩がある。
 日本の詩集の最高傑作として、知らない人はいないのだが、こんな詩を読みながら育ったイーハトーブの人々の人間性が、どうして大谷翔平や佐々木朗希につながるのか、あえて説明する必要もないだろう。

 永訣の朝
 https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1058_15403.html

 けふのうちに とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
 みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
   (*あめゆじゆとてちてけんじや)
 うすあかくいつそう陰惨いんざんな雲から
 みぞれはびちよびちよふつてくる
   (あめゆじゆとてちてけんじや)

 青い蓴菜じゆんさいのもやうのついた
 これらふたつのかけた陶椀たうわんに
 おまへがたべるあめゆきをとらうとして
 わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
 このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゆとてちてけんじや)

 蒼鉛さうえんいろの暗い雲から
 みぞれはびちよびちよ沈んでくる
 ああとし子
 死ぬといふいまごろになつて
 わたくしをいつしやうあかるくするために
 こんなさつぱりした雪のひとわんを
 おまへはわたくしにたのんだのだ

 ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
 わたくしもまつすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
 はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
 おまへはわたくしにたのんだのだ

 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
 そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
 みぞれはさびしくたまつてゐる
 わたくしはそのうへにあぶなくたち
 雪と水とのまつしろな二相系にさうけいをたもち
 すきとほるつめたい雫にみちた
 このつややかな松のえだから
 わたくしのやさしいいもうとの
 さいごのたべものをもらつていかう

 わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
 みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
 もうけふおまへはわかれてしまふ
(*Ora Orade Shitori egumo)

 ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
 あああのとざされた病室の
 くらいびやうぶやかやのなかに
 やさしくあをじろく燃えてゐる
 わたくしのけなげないもうとよ

 この雪はどこをえらばうにも
 あんまりどこもまつしろなのだ
 あんなおそろしいみだれたそらから
 このうつくしい雪がきたのだ
  (*うまれでくるたて こんどはこたにわりやのごとばかりで     くるしまなあよにうまれてくる)

 おまへがたべるこのふたわんのゆきに
 わたくしはいまこころからいのる
 どうかこれが天上のアイスクリームになつて
 おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
 わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ
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 私はMが書いた「銀河鉄道の夜」を読んでいて、大谷翔平が、この世の小さな欲望の交錯するカオスのなかで、まっすぐに銀河だけを見つめて、ひたすら登ってゆく姿を見せているような気がする。
 大谷も佐々木も、たぶんMの人間界を超越した壮大なビジョンのなかで、ジョバンニとカンパネルラのように、銀河鉄道の乗客になっているのだと思える。
 それがイーハトーブの人々なのだ。