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「国民を守る」立場の人間は安倍の死の意味をよく考えよ

久しぶりの「反戦な家づくり」記事である。
この意見にまったく同意する。安倍政治によって貧困化を余儀なくされ、自殺した人間や絶望から犯罪を行って人生を破滅させた人間がどれだけいることか。握り飯一個を盗んで逮捕された人もいる。生活保護を受けられず、餓死した人もいる。貧困から家庭が崩壊し、子供が非行に走った家も無数にあるだろう。それだけの人間の死と絶望が、安倍という愚劣で悪辣な人間ひとりの死と引き換えにできるはずがない。
と同時に、一般人にはまったく解決不可能な、この巨大な政治力と対抗できるのは、「たったひとりのテロリスト」だけである、という事実は重い。
あらゆる政治家は、安倍の運命こそ未来の自分を待ち受けている運命である可能性に思いを致すべきだろう。それは与党の共犯者である「無能な野党政治家」も同じなのである。

(以下引用)
2022-07-09(Sat)

お悔やみ申し上げま せん

日本で他殺で死ぬ人は、年間300人近くいる。
どんな人でも、理不尽に殺されたのだから、哀悼の意を表すべきだという人は、毎日毎日殺された人のために、哀悼の誠を捧げ続けていただきたい。
私はそんな考えでは無いので、縁もゆかりも無い人が殺されたからと言って、お悔やみなど申し上げる気はさらさら無い。
まして、私の中では悪い政治家No.1の人物であればなおさらだ。(橋下徹氏と同率1位)

だからと言って、安倍晋三暗殺を、私が喜んでいるかというとそんなことはない。
瞬間的に想起したのは、2.26事件だ。
血盟団テロから2.26クーデターへの道は、民主主義という妥協の知恵を一瞬で破壊し、排外と強権と戦争への道へ日本を突き落とした。
安部銃撃の報を聞いた瞬間、いよいよその行程に入ってしまったのか、と戦慄した。


あらゆる暴力は許せない、とも言わない。
この世には、どうしようもない暴力にさらされて、生きるためにやむにやまれぬ暴力もある。
大きな暴力は見えにくく、小さい暴力は見えやすい故に、軽薄な「暴力反対」は、大きな暴力だけをはびこらせることになる。


それでもなお、テロで生きやすい世の中は作れない。間違いなく。
テロによる政治は、皮肉なことに、安倍晋三がやろうとしていた強権と恫喝の政治と同じだ。
理想を強制する政治は、その理想が間違っていようが正しかろうが、絶対に生きやすさは生み出さない。


もう一点、安倍暗殺を喜ぶわけにいかない理由。
安倍晋三には、生きて地獄を味わってもらいたかった。
名誉も生きる意味も失って、天命を全うするまで、苦役を担ってもらいたかった。


もともとロクでも無い日本の政治を、ほんとにどうしようも無いことにしてしまったのは、小泉純一郎(私的悪政治家No.2)と、安倍晋三だ。
安倍晋三の大きな暴力で、どれだけの人が殺されたか。
こんなにあっさりと死んでいい人だとは、思えない。


これから、安倍晋三を英雄化する動きが、マスコミを総動員して始まるだろう。
絶対に屈しない。
絶対に哀悼の意など表しない。
断固として、お悔やみなど申しあげ ない!


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