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電子化される可能性の低い本のこと

別ブログに書いたものだが、その前半をここにも転載する。世の中には、人々の多くにとって未知の貴重な本がたくさんあるわけで、紙の本が無くなったら、それらは世界そのものから消えるわけだ。「切腹論考」など電子化される可能性は無いのではないか。

(以下引用)



八切止夫の「切腹論考」は、存在だけは知っていたがあまり興味も持っておらず、当然、これまで読んでいなかった。
ところが、気まぐれに市民図書館から借りてきて読んでみると、切腹の話だけでなく、日本という国の様々な社会学的現象を根本から考察している、非常に珍しい、貴重な本である。
私も蒙を開かれたことが多くある。
たとえば、羽仁五郎が「都市の論理」の中で、「奴隷制国家においては公的権力が発生。国家は奴隷をもって憲兵・警察官にした」と書いているが、八切氏は日本も同じである、と書いている。実際、それが事実であることの例証を彼はこの本の中で幾つも挙げているが、それは措いておく。

そこで、なぜ身分制社会(奴隷制と言うより、この方が多くをカバーするだろう。)では、奴隷を憲兵・警察官にしたか、という問題だが、これは「憲兵・警察」が犯罪や暴動を扱う危険な仕事であり、また悪と直接に接することで悪を常に間近に見る不快な仕事だ、ということで、高貴な身分にはふさわしくない、とされたのだろう。古代中国で兵士が下賤な仕事とされたのと同じである。そして、兵士が下賤とされたのは日本も同じであり、手を血で染める仕事の者は「殿上には入れない」のが当然だったわけだ。それが平安中期くらいから平家の貴族化が始まり、その最初には平家は周囲の公家たちの軽蔑の対象だったことは「平家物語」に詳しく描写されている。











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