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天国の鍵29

その二十九 空中浮遊

 四人は顔を見合わせました。
「ピエール、あんた飛びこみなさいよ」
「おれは、泳ぎはだめなんだ。ヴァルミラは?」
「私もだめだ。ヤクシーは?」
「私もやったことないわ」
 三人はハンスの顔を見ました。もちろん、ハンスだって泳げません。この時代、泳ぎをする人なんて、めったにいません。でも、飛び込んだアリーナだって、泳げるわけではなさそうです。見ていると、おぼれながら川に流されているみたいです。
「しかたねえ、おれが……」
ピエールが思い切って飛びこもうとした時、ハンスは崖の上に身をおどらせていました。
 空中で、ハンスは自分が空中に浮けることを一心に念じました。
「だいじょうぶ、ぼくは飛べる、飛べる、飛べるんだ!」
 自分の心を二つに分け、自分の体のほうはただの物として、命令する自分がその体に向かって「浮かべ!」と命令すると、ハンスの体は空中で止まりました。
 今、ハンスの心は体の外にあって、浮かんでいる自分を見ています。その心がハンスの体を念力で宙に浮かせているのです。
 もう一つの心はハンスの体の中にあって、川の上を流れていくアリーナを助けようと、今、手を伸ばしました。二つの心は互いにはなれながら結びつき、そこにはなんのうたがいもありません。もしも少しでも今の自分の状態(じょうたい)を疑問(ぎもん)に思ったりしたら、ハンスの体は下に落ちたでしょう。
 ハンスはアリーナの手をつかんで水から引き上げ、そのまま崖の上まで浮かび上がりました。
 他の三人はおどろきあきれて、そのようすを見ています。
 すっかりおぼれて気絶しているアリーナのおなかを押して水をはかせると、アリーナは気を取りもどしました。
「むちゃをするなあ。泳げもしないくせに水に飛びこむなんて」
ピエールが言いました。
「それにしても、ハンス、すごいことができるのね。見直したわ」
ヤクシーにほめられて、ハンスはてれました。
「そのへんでアリーナを休ませよう」
ヴァルミラの言葉で、一行はぐったりとなっているアリーナを木陰にはこんで、そこによこたえました。
水にぬれたアリーナの服を着替えさせる間、男たちはおいはらわれます。
いつの間にか、夕暮れがせまり、カラスが夕焼け空を飛んでいます。そしてコウモリも。

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HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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