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「夏の終わり」(下)


「行けよ」彼の声は彼自身にも奇妙に響いた。彼は彼女を見た。彼女の唇の動くさま、彼女の頬骨の曲線、彼女の二つの眼、彼女の髪が額から耳に流れ、首筋にかかるさま。
「本気なの? そうよね。ああ、あなた何てやさしいの」彼女は言った。「あなたは私にはもったいないくらいいい人だわ」
「帰ってきたら、どんな具合だったか全部話してくれ」彼の声はとても奇妙に響いた。彼はそのことに気づかなかった。彼女は素早く彼を見た。彼は何かを考えこんでいた。
「あなた、私に行ってほしいと本当に思ってる?」彼女は真剣に聞いた。
「ああ」彼は真面目な調子で答えた。「すぐにな」彼の声は前とは変わっており、彼の唇は乾いていた。「今すぐに」彼は言った。
彼女は立ち上がり、そそくさと出て行った。彼女は彼を振り返らなかった。彼は彼女が行くのを見ていた。彼は、彼女に行けと言った時とはまったく見かけの違う人間になっていた。彼はテーブル席から立ち上がり、二枚の伝票を手にしてバーコーナーに向かった。
「僕は違う人間になったよ、ジェームズ」彼はバーテンに言った。「外側は同じだけど、中身が違うのが見えるかい」
「どういうことです?」ジェームスは言った。
「悪徳」日焼けした若者は言った。「悪徳というのは奇妙なものだ、ジェームズ」彼はドアの外を見やった。彼は彼女が通りを歩み去っていくのを見た。カウンターの向こうの鏡に映る自分の顔が、自分のまったく知らない別の男であるのを彼は見た。カウンター席にいた二人の客は彼に席を譲るために立ち上った。
「まあ、そこへおかけになったらどうです?」ジェームスは言った。
二人の客がさらに少し横に移動したので、彼は座りやすくなった。若者はカウンターの後ろの鏡に映る自分の顔を眺めた。「僕は、自分が違う人間になったと言ったんだよ、ジェームズ」彼は言った。鏡の中の顔は、その言葉が真実であることを示していた。
「いいお顔をしてます」ジェームスは言った。「とてもいい夏をお過ごしになったようですね」  

   

(了)

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「夏の終わり」(中)

「証明しろなんてこれまで言ったことないじゃない。そんなの、優しくないわ」
「君は面白い子だね」
「あなたは違うわ。あなたは立派な人で、私の心を粉々にし、あなたから離れてしまいたくさせる」
「ぜひ、そうすべきだな。当然だ」
「ええ」彼女は言った。「そうすべきね。あなたの言う通り」

彼は何も言わなかった。彼女は彼を見て、また相手を求めて腕を差し出した。バーテンはバーの中のずっと離れた隅にいた。彼の顔は白く、ジャケットも白かった。彼はこの二人を知っていて、若いきれいなカップルだと思っていた。そして、そうした若いきれいなカップルが別れ、新たな、さほどきれいでもないカップルが誕生するのを何度も見てきた。彼はこのカップルのことは考えておらず、ある競走馬のことを考えていた。もう半時間も、彼は前の通りを横切って、その馬がレースに勝ったかどうか見に行きたいと思っていた。

「私に優しくして、あそこに行かせてくれることはできないの?」
「君は、俺がどうするつもりだと思う?」

二人連れの客がドアから入ってきて、バーの方に行った。
「いらっしゃい」バーテンはオーダーを取った。

「すべてが分かっても、あなたは私を許さないの?」少女は尋ねた。
「いやだね」
「あなたと私のこれまでのすべての事も、お互いの理解に何も役立たないの?」
「『売淫は恐るべき容貌をした醜悪な怪物である』」若い男は苦い口調で言った。「『それは必要に応じて何者かに形を変えるが、目には見えない。そしてその何者かを、何者かを、我々は抱擁する』」彼はその後の言葉を思い出せない。「引用できないや」
「売淫なんて言わないで」彼女は言った。「不潔な言葉よ」
「売春」彼は言った。

「ジェームズ」客の一人がバーテンに言った。
「とても元気そうにみえるね」
「あなたもとてもお元気そうです」バーテンは言った。
「古い顔なじみのジェームズ」もう一人の客が言った。「あなた太ったわね」
「それはヤバイですね」バーテンは言った。「なんで脂肪がついたやら」
「ブランデーのこと、無視しないでくれよ」(訳者注:ここは意味不明)最初の客が言った。
「はい」バーテンは言った。「大丈夫ですよ」
バーの二人はテーブルの二人を見やって、再びバーテンに視線を戻した。バーテンに向かう姿勢の方が心地よかった。

「そんな風な言葉を使わないほうが私は好きだわ」少女が言った。「そんな言葉を使う必要など無いじゃない」
「君は、それをどんな言葉で言ってほしいんだ?」
「言う必要など無いわ。どんな名前も付ける必要など無いわ」
「さっきのあれが、そいつの名前さ」
「いいえ」彼女は言った。「私たちはいろんな関わりがある。あなたも知っているでしょ。自分でもたくさんあるでしょ」
「そのことは繰り返して言う必要は無いよ」
「あなたに説明するために言ってるの」
「分かった」彼は言った。「分かった」
「あなたの考えているのは全部間違い。私には分かる。全部間違い。でも、私は戻ってくるから。戻ってくると言ったでしょ。すぐに戻るから」
「いや、戻らないね」
「戻るわ」
「いや、戻らない。俺のところにはな」
「後で分かるわ」
「そうさ」彼は言った。「それが最悪なところだ。君は思う通りに行動するだろう」
「もちろんよ」
「それなら、行きな」
「本当?」彼女はその言葉を信じられなかったが、彼女の声は幸福そうだった。


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「夏の終わり」(上)

別ブログに書いた翻訳だが、書くのに使った2日の時間がもったいないので、ここにも載せておく。翻訳とは言っても、分からない言葉や意味の取りにくい文章は適当に訳しているので、いわゆる「超訳」であり、むしろ「二次創作」に近い。
作品はヘミングウェイの「THE SEA CHANGE」という短編で、リラダンの『残酷物語』の現代版という趣の、残酷さと詩情がミックスしたような作品である。あるいはケストナーの何とか言う大人向けの小説にも状況が少し似ている。まあ、恋人が「枕営業」をした(する)ことで絶望する若い男の話だ。と私は思っているが、まるで勘違いかもしれない。辞書などロクに引かないで訳したので、解釈自体間違っている可能性は大だ。だから「二次創作」と思ってくれればいい。短編だが容量の問題があるので念のために3回に分けて掲載する。題名も変更して「夏の終わり」とする。



   「夏の終わり」


「分かったよ」
若者が言った。「それでどうだい」
「いやよ」少女が言った。「できないわ」
「やる気が無いってことだろ」
「できないって言ったの」少女は言った。「そう言ったじゃない」
「そりゃあ、やる気が無いって意味だろ」
「いいわ」少女は言った。「何とでも好きなように取ればいいわ」
「そういう問題じゃない。俺はそうしてほしいんだ」
「しつこいわよ」少女は言った。

朝の早い時間で、カフェの中にはバーテンと、隅のテーブルで向かい合っている若い二人以外には人がいなかった。今は夏の終わりで、その二人は日に焼けており、パリの街では場違いに見えた。少女はツィードのスーツを着て、肌はなめらかな金褐色をし、そのブロンドの髪は短くカットされ、額の周りを美しく飾っていた。若者は少女を見た。

「あの女、殺してやる」彼は言った。
「お願い、やめて」少女は言った。彼女の腕はほっそりとし、日に焼けて美しかった。彼はその腕を見た。
「やってやる。神に誓ってな」
「あなたが不幸になるだけよ」
「ほかにやりようがあるか?」
「何も思いつかないけど、本気なの?」
「言っただろ」
「だめ、本当に、だめよ」
「自分でも分からないんだ。どうすればいいのか」彼は言った。少女は彼を見て、手を伸ばした。「可哀そうなフィル」彼女は言った。彼は彼女の腕を見たが、その腕に触れようとはしなかった。

「慰めてくれなくてもいいよ」彼は言った。
「御免なさい、って言っても無駄かしら」
「無駄だね」
「あの事が、どういうことなのか言っても?」
「聞きたくないね」
「あなたをとっても愛しているの」
「そうだな。君があそこに行くことでそれが証明されるさ」
「御免なさい」彼女は言った。「どうしても理解してもらえないのね」
「理解しているさ。理解しているのが問題なんだ」
「そう」彼女は言った。「もちろん、あなたには気分のいい事じゃないわね」
「確実にね」彼は、彼女を直視して言った。「これから先ずっと、俺は理解しているさ。昼も夜もずっとな。特に夜には一晩中考えるだろうよ。俺は理解しているよ。その点に関しては君の心配は要らないさ」
「御免なさい」彼女は言った。
「その相手がもし男ならーー」
「言わないで。男のはずが無いでしょ。私を信用しないの?」
「面白いな」彼は言った。「君を信用する? ほんっとうに面白い」
「御免なさい」彼女は言った。「私の言えることは全部言ったわ。でも、私たちが信頼し合っていたら、そうじゃないふりをするのは無意味よ」
「いや」彼は言った。「たぶん、信頼など無いと思うよ」
「あなたが私を望むなら、私は戻ってくるわ」
「いや、そうしなくていい」
それから二人はしばらく黙り込んだ。
「あなたを愛していると言っても、信じてくれないでしょうね」少女は聞いた。
「どうしてそれを自分で証明しないんだ?」


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町の名は (4)-3


二階から階段で下りてきていた者が彼を背後から撃ったのである。
一瞬気が遠くなりかかったが、弾は防弾チョッキで防がれている。
振り返って、機関銃を浴びせかける。その男は蜂の巣になって倒れた。
注意深い足取りで、二階に上る。
二階は、廊下で二部屋に分かれている。
手前の部屋のドアを開けると同時に、中から銃弾がドアに向かって降り注ぐ。
そちらは放っておいて、奥の部屋のドアを開けると、そこには一人、初老の男が椅子にかけているだけである。
「何だ、お前は」
(さっきから同じセリフばかりだなあ)と思いながら、刑士郎は構えていたCZ75の引き金を引いた。機関銃よりは、近距離での正確性はこちらが上だ。ヤクザなどと問答するのは無意味である。相手は人間からただの肉塊になった。
部屋から出ようとしたのと、先ほどの部屋から中にいた男が顔を出したのと同時であった。
奥の部屋の様子を見に行こうと出てきたのだろう。
相手が撃つのと刑士郎が撃つのと、ほぼ同時だった。相手の弾は外れ、刑士郎の弾は相手のど真ん中を射た。

列車の窓から見える景色が後ろに流れていく。
イヤホーンを通して聞こえてくるのは、男の好きな曲だ。オスカー・ピーターソンの「you look good to me」。目を閉じていれば、生きるのもたやすい。過去に目を閉じていれば。
男はコート下の背広のポケットから取り出したラッキー・ストライクの箱から1本を抜きだしかけて、少し思案した。箱に戻す。
(吸い過ぎだな。少し健康に気をつけよう)
列車の車輪の音が単調なリズムを作り、男を眠りに誘う。男の傍に置かれた新聞には「北**市の暴力団抗争で旭組明治会とも壊滅。死者128人、重傷24人。両組の組長死亡」と書いている。男はやがて安らかな眠りに落ちる。





1998年1月3日作  2016年7月15日第二稿(笑)

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町の名は (4)-2


刑士郎は防弾チョッキを着て、脇の下にチェコ製CZ75(弾数が15発ある軍用拳銃で、大石が調達したものだ。)を専用ホルスターで吊るし、背中には軽機関銃を背負ってその上からコートを着た。頭には鉄板で内貼りされたヘルメットをかぶる。ぱっと見はただのオートバイ用のヘルメットだが、軍用ヘルメットに等しい防御力がある。

ベランダの鉄柵越しに双眼鏡で見ると、明治会前の道路には黒い車が何台か停まっている。門の前には黒服の男たちが並んで、来客に頭を下げたりしている。

1時、見張り2名を門の外に置いて、明治会の鉄の扉が閉まった。
5分後、遠くから列をなして7,8台の車がやってきた。明らかに旭組の殴り込みである。
刑士郎は、大石大悟に顔を向けた。大悟の顔に、さすがに心配そうな色が浮かんでいる。
「お別れだな、大悟、生きていたらまた会おう」
「ああ、死なないでくれよ、冬木さん」
大悟と握手をして刑士郎はマンションを出た。背中で軽機関銃が重い。
あらかじめ大悟が準備してあった中古オートバイで、旭組の事務所に向けて出発する。
道の半分ほど来たところで、遠くで轟音が聞こえた。
大悟が明治会の屋敷に迫撃砲を打ち込んだのだ。
続いて、2発、3発、4発……。
その前の旭組の殴り込みと、この砲撃で、はたして何人が生き残るだろうか。

旭組のビルの入り口には、見張り役のチンピラが二人立っていた。
遠方からそれを見てとった刑士郎は、オートバイをビルから離れたところで止め、歩いて近づいて行った。
ビルの角で曲がって、銃にサイレンサーを着ける。都合よく、チンピラの一人が、ビルの角で曲がった刑士郎の行動に不審を抱いて、近づいてきた。その胸に、籠ったような音をたてて銃弾がめり込む。その死骸の傍を通って、旭組の入り口前に刑士郎は進んで行った。銃はコートの下に隠れている。
「おい、お前……」
誰何の声がしたかどうかの間に、刑士郎の放った銃弾が相手の体のど真ん中を射抜く。
コートを脱ぎ捨て、銃はホルスターに戻して、軽機関銃を背中から抜き出して構えながらビルの中に入る。
雑居ビル風の見かけとは異なり、入ったすぐそこが広い事務所になっている。そこに、留守番役の組員が数人いた。
「何だ? お前……」
と言いかけた男が、刑士郎の構えている機関銃に気づいて絶句した。
刑士郎は引き金を引いた。
立ち上がりかかっていた男たちの数人に弾が当たってのけぞる。
数人が、ソファの陰に身を隠してピストルを撃ってきた。
だが、機関銃の猛烈な弾数に圧倒されている。ソファを射抜いて当たる弾もある。
一階にいた数人はわずか1分ほどの間でほぼ全滅した。
だが、その瞬間、刑士郎は車に跳ね飛ばされたような衝撃を受けた。

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町の名は (4)-1

(4)

12月25日の朝、刑士郎は早めにチェックアウトしてホテルを出た。

彼が、アジトとしているマンションに着いたのは12時少し過ぎだった。

「おう、大丈夫だったか。旭組に襲われたそうじゃないか。心配してたよ」
大石大悟は本気で心配している顔で彼を迎えた。
「準備はすべていいか」
「ああ、総会が始まったら、ここから迫撃砲のタマをあの屋敷にぶちこむ」
「いや、始まったら、ではダメだ。始まって、少し待て」
「なぜだ?」
「面白いことになるはずだからだ」
「と言うと?」
「旭組が、あの屋敷に殴りこんでくると思う」
「なぜ、それが分かる」
「俺がそう仕組んだからだ。昨日、旭組の親分の高校生の息子を誘拐して、今朝旭組に手紙を放り込んできた。明治会が、自分たちが誘拐をしたから、悔しかったら奪い返しに来い、と挑戦状を叩きつけた、という体裁の手紙だ」
「息子はどこにいる」
「女子高生強姦事件の犯人だ、という名目で井上巡査が留置所に入れている。実際、そうかもしれんがね。だが、まあ、逮捕した時は、私も井上巡査も私服だったから、目撃者には逮捕ではなく誘拐に見えていたはずだ。今頃、旭組の中は右往左往、議論百出だろうが、殴り込み賛成派が反対派を抑えると思うよ。他人に舐められたらヤクザは終わりだからな」
「だが、相手がてぐすねひいて待ち構えているところに殴りこむかねえ」
「あんたのような元自衛官と、ヤクザの思考形態は違うさ。連中は戦略よりも面子で行動する」
「では、我々は具体的にはどういうスケジュールでどう動く」
「何も起こらなければ、1時半、いや、2時までは待とう。実は、井上巡査に頼んで、12時に旭組ビルに銃弾を2発撃ちこんでもらうことになっている。つまり、今頃旭組は大騒ぎのはずだ。それでも連中が動かなければ、明治会だけ先に攻撃するしかない」
「関ヶ原の、小早川秀秋への家康の督戦砲撃か」
「何だ、そりゃあ」
「ドンパチが始まるまでの待ち時間の間に教えるよ。日本史の豆知識だ。まあ、俗説かもしれんがね。で、殴り込みがあったら、その後の手順は」
「旭組のほぼ全員が敷地内に入ったら、10分くらい待って、あんたはここから砲撃してくれ。10発全部打ち終わったら、あんたは即座にここを撤去だ。旭組の殴り込みがあったなら、旭組ビルへの砲撃は不要になったということだから、その傍のT**マンションのアジトも撤去だ。あんたは、両方から回収した武器をトラックに積んで、この県から逃亡してくれ」
「了解した。後は、あんたがカタをつけるということだな?」
「そういうことだ。いろいろと有難う。気をつけて行けよ」
「心配ご無用。またどこかで会おう。こんな仕事ならいつでも手伝うぞ」

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町の名は (3)-3


刑士郎がホテルの部屋の鍵を開けて中に入ると、中にいた何者かが彼の後頭部を鈍器で殴った。
気がつくと、床に倒れている彼の前には4人の男が立っていた。
「おめえ、何をたくらんでやがるんだ。こんなモノを持っているようじゃあ、堅気じゃあるめえ」
正面に立っている、五十がらみの、猪首で五分刈の巨漢が言った。白いスーツの下が黒いダボシャツというのがいかにも田舎ヤクザ風である。
(旭組若頭、金山義光。性格、凶暴そのもの。知能は不明)
男の顔の情報が刑士郎の頭に入力され、答えを出した。
金山の手にしているのは刑士郎のワルサーPPKである。気絶している間に探り取られたのだ。おそらく、(ロシア製ではなく)中国製の安物のトカレフくらいしか手にしたことのない田舎ヤクザにはヨダレの出る代物だろう。
「実は、私、明治会に恨みがあるんです。親父が明治会の大東不動産に騙されて破産した上に、妹も明治会のチンピラに回されて殺された仇を討とうとしているんです」
そういう人間が10年前にいたという事を井上から聞いていて、いざとなればその話を使おうと考えていたのである。
「本当の名前は竹田ではなく、島田です。調べてもらえば分かります。家は隣町のS**町でした」
「S**町なら俺は住んでいたことがあるぜ。でも、こんな奴は知らねえな」
下っ端組員らしい男が言った。刑士郎はギョッとして観念しそうになった。
「いつ頃だ」
金山がドスの利いた声を出す。
「三年前かなあ」
「馬鹿野郎! 大東不動産が島田工務店から3000万円を騙り取ったのは10年くらい前の話だ。俺もその話は当時聞いていた」
刑士郎は心の中でほっと溜息をついた。
「もしかして、明治会の池永を殺(や)ったのはてめえか」
池永とは、繁華街の路上で刑士郎が殺した3人のうちの一人だ。
「は、はい、あの男が、妹を回した一人で」
「そうか。まあ、素人にしちゃあよくやった。だが、これ以上手を出すんじゃねえ。話が面倒になる。まあ、怪我しねえうちにここから逃げるんだな。こいつは俺が貰っとく」
言いながら、金山はワルサーを背広の内ポケットに入れた。
「は、はい、有難うございます」
刑士郎はぺこぺこと頭を下げた。


武器の類いを例のマンションの一つに移しておいたのは刑士郎にとってこの上ない幸運であった。井上から貰ったあのジュラルミンのトランクには、拳銃二丁と銃弾が多数入っていたのである。それを見つけられていれば、どう言い逃れをすることも不可能だっただろう。
刑士郎、井上、大石の三人のアジトであるマンションには、そのほかに、大石がどこからか持って来た軽機関銃と迫撃砲がある。
刑士郎は、用心のために、自分はアジトに近づかないことにした。大石はアジトの一つに寝泊まりし、井上は二人の中継役となった。


明治会の総会までに、刑士郎にはまだやることがある。できれば、の話だが。

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HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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