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例によってお役人仕事

朝日com.から転載。
今のような「効率化」の時代に、従業員数を前年比で10%増やす会社があるだろうか。どの企業も合理化(=人減らし)しか考えていないのに。
まあ、こういう制度や法令は、いわば「政府は働いていますよ。雇用問題をちゃんと考えていますよ」というエクスキューズみたいなもので、実は、申請者が少ないほど政府としては嬉しいはずだ。本来、政府というものは、金は貰いたがるが、金を出すのはいや、というものなのだから。だから政府予算から金を出す時も、自分たち官僚や政治家に余禄やキックバックがある物にしか金は出さない。
というわけで、この「雇用促進減税」は官僚的立場からすれば「成功」であったわけである。つまり、失敗したということが彼らにとっての成功なのである。
それもこれも「前年比10%の従業員数増加」という無茶な基準に原因がある。そして、こうなることは最初から官僚の計算の上だったわけだ。
真に雇用促進を考えるなら、すべての従業員数増加に対し減税をするべきだったに決まっている。1人でも増やしたら減税、というのが当然である。そうすれば本当に雇用促進効果もあっただろう。しかし、それをしたら「本物の減税」になるので、政府や官僚はそれをやらないわけである。
しかし、「想定の3%」という結果は、もしもこれが民間企業の事業計画なら、このプロジェクトに関わった者全員がクビという事態だろう。(まあ、実際には、大会社の権力者の肝入りのプロジェクトは、失敗しても、上の人間はほとんど責任は取らない。アメリカでも日本でもこれは同じだ)
これで役人たちがクビにならないのは、結局役人仕事というものは「誰がやったか国民には分からない」ようになっているからである。プロジェクトの中心となった役人(今回の場合なら、指示した菅総理の責任ではない。これは役人による国民欺瞞の問題だ)の名前をはっきりとマスコミに公表することを慣例にしない限り、役人のやり放題は今後も続くだろう。


(以下引用)

雇用促進減税、申請伸びず 条件厳しく想定の3%どまり
関連トピックス
• 菅直人

 人を多く雇った企業の法人税を軽減する雇用促進税制が低空飛行を続けている。菅直人前首相の肝いりの施策で年間約17万5千人の雇用創出効果があるとうたっていたが、受け付け開始1カ月後の8月末までに想定の約3%しか申請が出ていない。目標達成への道のりは険しい。
 厚生労働省の調べによると、8月末までの申請は全国で705社にとどまり、見込まれる新規雇用者数は5771人足らずだという。9月以降は申請が増えている可能性もあるが、制度の効果が見込みを大きく下回るのは間違いなさそうだ。
 雇用促進税制は、リーマン・ショック後の不況で、完全失業率が5%台に達するなど厳しい雇用情勢への対策のひとつ。雇用者数を年10%以上増やすなどの条件を満たした会社は、法人税額から大企業で10%、中小企業では20%を上限に、次年度に増えた雇用者1人あたり20万円の税額控除が受けられる。今年度の税制改正の目玉として8月から申請の受け付けを開始し、3年の時限措置だ。

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旗を決めよ

以下の文章は、昨日の段階で書いたものである。しかし、今日の井口博士のブログを見て、自分のこういう悲観的な記事は「徽宗皇帝のブログ」には載せないほうがいいか、と思ったので、その「補足ブログ」であるこっちに掲載することにする。まあ、どっちが主体と決まっているわけでもないが。

「オキュパイ・ウォールストリート」デモは、全米的な広がりを持ちつつあるが、これが新自由主義的資本主義、つまり私の言う「冷酷な資本主義」への「革命」になるには、決定的な要素が不足している。それは
1 有力な指導者
2 明確な革命の目標
の二点である。おそらく、オバマ政権が「ウォール街の支配に歯止めをかける」何かの公約をやって、それでなし崩し的にこの運動は力を失って終焉するだろう。
仮に、これが本当の革命になるとすれば、それは米政府がはっきりと富裕者擁護の姿勢を見せ、デモ隊に向って発砲した場合である。
私は、米独立戦争は植民地アメリカの、宗主国イギリスからの独立戦争であるだけでなく、社会システムの変更、つまり革命であったと見做している。それが成功したのは、ジョージ・ワシントンという指導者の下に米国が結束していたことと、「我に自由を与えよ。しからずんば死を与えよ」というパトリック・ヘンリーの見事なスローガンのためだと思っている。
人は思想によって動くものであり、思想は簡潔で強い言葉で表わされた時に、その最大の効果を持つ。
その点では「ウォール街を占拠せよ」というフレーズはあまりに弱い。もっと強く「搾取階級を殺せ」くらい言わないと人々を行動に駆り立てる力がない。なぜなら、「ウォール街を占拠」してどうするのかが、このフレーズには無いからだ。
パトリック・ヘンリーの言葉を現代風に言うなら「我に生きるための金を与えよ。そして収奪者には死を与えよ」である。
下記記事の中には、筆者(何しろ、「ウォールストリート」擁護新聞の記者である)の欺瞞的意見でしかない部分もある。最後の段落がそうだ。だが、その前の部分には、ある程度の有益な情報もあるので、ここに掲載する。


(以下「ウォール・ストリート・ジャーナル」から引用)


【津山恵子のアメリカ最新事情】立ち上がった「沈黙の世代」の若者

2011年 9月 28日 13:49 JST

http://jp.wsj.com/US/node_315373#
ウォール・ストリート・ジャーナル
こんなデモは今までに見たことがない。
 なにせ参加者のほとんどは、幼な顔の10代後半から20代前半。団塊の世代や、1960~70年代の反戦運動を経験した世代など、「戦争反対」「自治体予算削減反対」「人種差別反対」などのデモで毎度おなじみの顔は全くない。いや、彼らは今までデモに参加したことすらないのだ。


 ところが、「Occupy Wall Street(ウォール街を占拠しよう)」を標語に、ウォール街から北に200メートルの広場に数百人が9月17日から野宿を続け、午前9時半の株式市場取引開始時と、午後4時の取引終了時の2回、段ボールのプラカードや太鼓、ラッパを持って、ニューヨーク証券取引所前を練り歩いている。
 彼らはなぜここに集まっているのか。
 「経済危機や貧困など、解決しなくてはならない問題がたくさんあるのに、企業の拝金主義が、こんなに僕らに消費を押し付けているのはおかしい。何とか仕組みを変えられるはず」(メイン州在住の男性、20歳)
 「金融街など人口のわずか1%の人たちが世界を仕切っていて、99%の人々が苦しんでいるのはおかしい」(メリーランド州在住の男性、24歳)
 「友達と15人でメイン州から来た。貧しい人も生きていかれるように、資本主義を変えるべき」(ベルギー人男性、19歳)
 「父親が家を失い、自殺した。今の経済の仕組みを変えたい」(サンフランシスコ在住の女性)
 このデモが変わっているのは、年齢層ばかりではない。参加者が訴えているのは、上記のように漠然とした「拝金主義のウォール街を占拠して、世界を変えよう」という主張だけで、次にどんな行動をするのか、課題をどう設定していくのかは毎日、「ジェネラル・アセンブリー」という話し合いで議論を同時進行させながら活動しているのだ。
 私は18日夜、初めて広場に行って、週明けの翌朝、初めてウォール街でデモを展開する方法について決める合議を5時間見ていた。夜中ちかく、デモに行く「アクション班」と、今後の問題を考える「ディスカッション班」に分かれること、逮捕につながるような行為はせず、ウォール街の通勤者の歩行をさまたげないなどを議長団が提案。挙手による投票で満場一致で提案を承認し、「これがデモクラシーだ!」と胸を張った。
 しかし、24日の週末は、全米からさらに若者が加わったため、1000人あまりの自発的なデモがニューヨーク市警と衝突し、100人近い逮捕者が出た。
 現場にいたスペイン人のマリウスさん(19)によると、警察は何もしていない女性2人に催涙ガスを使用し、動揺した通行人も含む90人あまりが、警察が広げた赤い網の中に囲い込まれ、逮捕された。警察は、逮捕者を運ぶ車両が足りないため、通りかかったニューヨーク都市交通局のバスを止め、全員を警察署まで運んだという。
 こうしたリスクを冒しても、参加者たちの表情はみな明るい。広場には市内や全米各地からの注文で届いたピザや水が常にある。組織はかなり確立されてきており、合議を導く「ファシリテーター班」、救急箱を持って歩く「医療班」、食料の寄付や調達を仕切る「フード班」がある。
 なかでも、メディア班は重要な役割を果たしている。広場の真ん中に発電機を備え、常に数人がパソコンに向かい、合議やデモの様子をほぼ24時間オンラインの動画で流すほか、ツイッターやウェブサイトの更新から、警察の暴力を撮影したビデオを動画共有サイト「ユーチューブ」に貼付ける作業をしている。オンラインで情報を発しているお陰で、全米から若者が次々と参加し、さらに、当初は見向きもしなかった大手メディアが取材に来始めた。
 このデモ活動はもともと、カナダのバンクーバーに本社がある環境問題を扱う雑誌「アドバスターズ」が、「9月17日にウォール街を占領しよう」と呼び掛け、それがツイッターなどのソーシャル・メディアを通して、若者層に広がった。
 ニューヨークで広場の占拠に成功したため、シカゴ、サンフランシスコ、フィラデルフィアなど全米の10数都市でも「座り込み」が次々と始まっている。ツイッターでは、「シカゴで警察から歩道にいてはいけないと言われたが、法律に詳しい人の知恵を乞う」などと、情報交換もリアルタイムに進む。
 「中東と同じように、デモを大きくすれば、何かが変わる」
 母国スペインで失業問題を訴える数万人のデモに参加し、ニューヨークのデモの支援に来た女性はこう語る。
 米国は中東と異なり、世界最大の経済大国で、言論の自由も保障され、失業率も中東や欧州ほど高くない。その米国の若者が立ち上がった。それだけ、目先の失業問題や経済危機の懸念だけでなく、将来の見通しの不透明感を、彼らが肌で感じ始めている証拠だ。彼らにどこまで何ができるのか、そして、ニューヨーク市警がいつ彼らを一掃するのか、はらはらしながら毎日広場をのぞいている。
*****************
津山恵子(つやま・けいこ) フリージャーナリスト
 東京生まれ。共同通信社経済部記者として、通信、ハイテク、メディア業界を中心に取材。2003年、ビジネスニュース特派員として、ニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。08年米大統領選挙で、オバマ大統領候補を予備選挙から大統領就任まで取材し、AERAに執筆した。米国の経済、政治について「AERA」「週刊ダイヤモンド」「文藝春秋」などに執筆。著書に「カナダ・デジタル不思議大国の秘密」(現代書館、カナダ首相出版賞審査員特別賞受賞)など。

http://jp.wsj.com/US/node_315373#

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どういう人間が維新の会を支持するのか?

「反戦な家づくり」から一部転載。大阪維新の会に牛耳られた吹田市が今、どのようなことになっているかという記事である。まあ、維新の会だけでなく自民公明みんなの党など、すべて維新の会と同じ穴のムジナだが。
要するに、福祉関係予算はすべてばっさり切られて、貧困者の生活はいっそう貧困化したということである。今どき、新自由主義を支持する人間などそうはいないだろう、と思っていたら、超新自由主義の大阪維新の会を吹田市住民は第一党にしてしまったわけだが、その結果がこれである。
自分は貧乏人ではないからいいさ、と思っていたら大間違いで、いつ自分がそういう身に転落するか分かったものではない。それ以前に、弱者への同情という自然な感情を持たない人間が吹田市にはそんなに多いのだろうか。
まあ、この政治的実験が今後どうなっていくか、見ものである。


(以下引用)

そんな事情もあって、吹田市は維新の会の市議はいないにもかかわらず、自・公・み・など維新の会になびく勢力が過半数を占めている。

大阪市は、維新が第一党とは言え、他が対立しているから過半数にはならない。その意味では、吹田市は大阪市以上にこの男の支配下に置かれているのである。

それゆえに、9月には吹田版事業仕分けが行われ、モノの見事に福祉関係だけを切り捨てた。
見出しを見ると、高齢者、生活困窮者、保育園、小学校、幼稚園、安全対策、学校給食、介護、障害者、ゴミ回収。
福祉や子どもに関係しない分野は、市民会館くらいだ。

ちなみにゴミ回収というのは、地域の子ども会が古新聞などを回収したモノに少額の報奨金をだしているのをやめようと言うせこい話。
その割に、回収業者は随意契約だったり、しかも年に4億円も補助金出していたり、しかもしかもその都市クリエイトという会社は、藤木という自民党市議のスポンサーだったりする。

それ以外にも、無駄な箱物とか、事業見直しするものはいくらでもあるのに、よりによって福祉と子どもだけを狙い撃ちにして切り捨てにかかるところが、いかにもあのファシスト一派らしい。

そんなわけで、吹田の保育園も民営化が始まることが、ほぼ間違いないということになった。
今後7年間で5つの公立保育園を民営化するのだという。職員(保育士)も90人削減。

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左の奴隷に殴りかかる右の奴隷

「ブロゴス」から転載。長い記事の一部である。
小林よしのりにはあまり興味はないが、どちらかというと右翼系の思想の持ち主だと思っていたので、ネット右翼に対する下記記事のような発言は面白く思った。右翼もいろいろなのか、それとも保守と右翼は別と見るべきか。
自分が社会的に恵まれないことの怒りを、自分たちをそういうどん底に陥れた社会体制や富裕者にではなくその社会を改革しようという左翼に向ける、右翼の若者たちの逆立ちした思考はどうにもアホらしいものだが、まあ彼らには彼らの論理があるのだろう。
憲法が悪いから、日教組が悪いから、民主主義が悪いから、左翼が悪いからこの社会はどんどん悪化してきたのだ、とか。
そのうちに、自分たちの給料が悪いのは日教組や労働組合のせいだ、と言いだしかねない。
小林よしのりではないが、「なんかこう、もっと有効に怒ったほうがいいんじゃない?」という感じである。有効に、というのは、自分の本当の敵が誰なのか考えなさいよ、ということだ。

(以下引用)

なんかこう、もっと有効に怒ったほうがいいんじゃないかなっていう気がするね。

―有効に怒る、とい言いますと?

小林:そういうネトウヨ系のヤツは、強硬なことを言っときさえすれば保守なんだ、愛国者なんだ、と思ってるから、「原発推進だ!」とか簡単に言うけれども、だったらもう、お前たち経団連の思うままに操られるだけだよっていうことであって。左翼と一緒になって「原発反対!」って言ったほうが、世の中それこそすっかり変わるんじゃない?と思いますけどね。

しかも、君たち年収200万円以下の下層でしょ?っていう。それでいいわけ?と。自分が選んでるんだよそれをって。お前らもう30、40(代)になってるだろ、ほんとはよっていう。匿名でやってるけども若くはねんだぞっていう。結婚もできないっていうような身分に置かれてそれで満足してるわけ?って。全然何に対して怒ってるのか全くわからない。怒らなければいけないのは、違うところにあるんじゃないかっていう。自分の立場に対して満足してないって、そこをちゃんと怒れよって言いたくなるよね。

―メディア批判が不満のはけ口というか、すっきりするためだけになってしまっていると。

小林:長いこと君たちは階層の下におかれるんだよ、あんたたちどんどんオッサンになるよ、醜くなるよ、っていう話でね。デモなんかに出かけられないよ醜くって、ということになるよね。

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高齢社会の産業化

日本の進路について、これまで何度も考えてきたが、「高齢社会」の観点から考えたことはあまりなかった。「岸田コラム」というコラムを読んで、少し考えさせられたので、今日はこの観点から考えてみる。
ただし、きっかけとなった「岸田コラム」はコピー不許可なので、転載や紹介はできない。私は、自分の言葉をネット上に発表するのは、多くの人に読んでもらいたいためだろうと思うから、コピー禁止のものをネットに載せるということの意味がよく分からない。「きっこの日記」なども同様だ。コピーされ、転載されて多くの人に読まれるほうがネット言論としては望ましいのではないか。だが、人それぞれだから、それはどうでもいいだろう。私は、自分の考えなど、誰かの考えの焼き直しでしかないと自覚しているから、断片的発言にまで著作権を主張するのは愚劣だと思っているのだが。

さて、「岸田コラム」で私が面白く思ったのは、日本は社会全体の構造を高齢社会向きに作り替えるべきだ、という考えである。産業なども、高齢者向けの製品を、本腰入れて作る努力をするべきではないか。何しろ、あと数年も経てば、全人口の4分の1くらいが高齢者になるのに、今の工業製品も文化も、そういう老人市場をほとんど考えていない。というような主張である。
私もそれに賛成である。
今時の老人は、ロックを聞き、漫画を読み、アニメを見るのが普通かもしれないが、だからと言って、「若者向けに作れば、それで老人にも対応できる」とばかりは限らない。たとえば、電子機器なら、複雑な多機能電子機器よりも、シンプルで分かりやすい機器が老人には必要だ。もちろん、携帯などには老人向け商品もあるが、まだまだ老人向け商品は少ない。それに、社会システム全体は、言うまでもなく健康な生産年齢の人間を念頭に置いて作られている。老人など、町に出るな、と言わんばかりだから、老人は家に引きこもり、ボケていく。
私は「アンファニズム」というブログも持っていて、そのタイトルの意味は、「子供主義」というような造語である。つまり、我々は肉体年齢がどんなに老いても、頭の中身は子供の部分がある。むしろ、そういう子供の要素こそが物事への生き生きとした興味や想像力や創造力、ひいては生命力や精神の健康につながるのではないか、ということだ。
しかし、精神的には若々しくても、肉体的には老いることは避けられない。今の社会は、そういう「精神子供、肉体老人」という生き物に対応していないように思われる。
まあ、そういうボヤキを言うくらいなら、自分でそれをチャンスとして、商売でも考えるのがよい、と言われそうだが、残念ながら、私は商売事には頭が働かない人間のようなのである。そこで、誰かもっと頭のいい人間に、この高齢社会を明るくするような商売や社会システムを考えてもらいたい、と思う。

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工業中心の日本の終焉

「阿修羅」記事のコメント欄から転載。
日本の工業の空洞化は最終段階に来ている、というわけだが、役人や政治家はそれに対してまったく無関心なのではないか。彼らにとっては自分の生活さえ安泰であれば、国民生活がどん底に陥ろうが、平気なのだろう。
では、この工業の空洞化に、どのように対処するか。
私は、工業の空洞化には抵抗しても無駄だと思っている。すべて産業は人件費の高い先進国から人件費の安い後進国へ中心が移っていくものであり、「技術」や「知識」は、それこそ「マニュアル」として簡単に移転できるものである。IT社会となり、情報が世界を飛び交う現在では、物造りの「秘伝」など隠しようはない。資本さえあれば後進国でも物造りはできる。
では、工業の衰退した日本社会を今後どのように運営していくか。
それは、何度も言ってきたように第一次産業へのシフトと、「教育・看護・環境」がちゃんと利益産業になるような社会体制造りをすることによってである。その詳細については、私より頭のいい人々にまかせるが、この大筋は間違っていないことには自信がある。


(以下引用)


06. 2011年9月29日 23:01:00: Pj82T22SRI
2011年09月29日 10:32 am JST

空洞化は最終段階
投稿者 久保信博

タグ: 企業, 自動車, 通貨政策, 金融市場, 雇用, ドル, 円高, 海外投資, 輸出産業, 韓国

JAPAN-AUTOS/

「円高で空洞化がさらに加速する?いや、空洞化はもう最終段階を迎えたと思う」──久しぶりに会った旧知の自動車メーカー関係者は、ビールを飲みながらこう語った。

このメーカーは年内に主力車を全面改良する。企画が始まったのは2009年。国内では年間20万台弱のペースで生産する計画だったが、2年が経過した今、計画を大幅に変更した。国内での生産予定数を8割減らし、海外生産に切り替える。

当時対ドルで90円台後半だった円相場は、76円台と20円以上の円高に。新モデルは国内向けの販売がごくわずか。ほとんどを輸出に振り向けるため、採算が合わない。「日本で生産するのはやめたいという話も出た」と、同氏は語った。

とりわけ今は対韓国ウォンでの円高が韓国車との競争で不利に働き、日本から輸出していたのでは対抗するのが難しくなっているという。

電機業界で起きたのと同様、自動車業界でも韓国メーカーに人材が流出している。今や電子部品のかたまりと言われる自動車だが、基本は機械。サスペンションの微妙な調整やドアが閉まる音など、数値化できない熟練エンジニアの技によるところが大きく、日本からの人材獲得は韓国車の品質を向上させた。

「少し値段が高くても日本車が選ばれてきたが、差別化できなくなってきた」と、同氏は語る。そこに円高/ウォン安による韓国車の一段の価格優位性が追い打ちをかけているという。

1台当たり2万─3万点の部品で構成されている自動車の生産には、約79万人がかかわっている。原材料メーカーも含めれば、100万人以上に膨らむ。生産の海外移転は、当然ながら国内の雇用が減ることを意味する。

日本では産業構造の転換の必要性がずっと叫ばれてきた。しかし空洞化が「最終段階を迎えた」今も、製造業に取って代わる産業は育っていない。政府がピーアールに力を入れる観光は、豊富な観光資源を抱えるギリシャの状況を見る限り、柱の産業になれるかどうか疑問符がつく。

アニメや映画、音楽などソフト産業はどうか。「俺はミュージシャンで生きていく──そんな風に言う子供の姿と重なる」と話す同氏に、筆者も思わずうなずいた。

暗い話ばかりがさかなでは酒もまずく、2人とも2杯目を注文せずに店を出た。

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セロリの簡単料理

今日は料理の話である。野菜の好き嫌いと、その解消法の話だ。

私は嫌いな食べ物がまったく無いか、と言えば、それはある。というより私が食べる気になれないのは「昆虫」と「爬虫類」と「両生類」である。まあ、「漂流教室」みたいな状況になったら、昆虫でも爬虫類でも両生類でも食うかもしれないが、平和な世界でわざわざそんな「サバイバル食い物」を食う気にはなれない。というより、まず側に寄るのもいやだ。特に昆虫の幼虫など大嫌いで、オーストラリアのアボリジニーが芋虫を食うなどというのは、傍で見たくもない。またアラスカのエスキモーが、セイウチか何かを解体する時に、その皮膚の下の寄生虫が奥に逃げ込もうとするのを素早く捕えてぱっと口に放り込んで食べる、というのも気味が悪い。
こういうのは幸い、日本では普通の食べ物ではないから、料亭でセイウチの寄生虫の生き作りを出す、ということは無い。
もちろん、日本でも地方に行けば、「蜂の子」や「イナゴ」などを食うところはあるし、蛙を食うところもあるだろう。そんな野蛮な土地には旅行しないに限る。晩飯に蜂の幼虫やイナゴの佃煮など出されたら、私は卒倒する。まあ、おフランスのように上品ぶっていてもカタツムリを食う野蛮な土地もあるが。
しかし、野菜に限っては、どんな野菜でもそういう「気味悪さ」は無いのだが、嫌いな野菜のある人は非常に多い。これは概して、親の料理下手によるトラウマのためだ。最初に下手な料理をしたもので、子供はそれを野菜自体の不味さとして頭に刷り込んだのである。ゴーヤーなどはもちろん、「苦さ」という、子供の苦手とする味であるから、そのままでは子供が受け入れるわけはない。薄切りにして水でさらすなどして、少しでもその苦味を和らげる工夫が要る。そしてもちろん、卵や麩や三枚肉やポーク缶詰などと一緒にチャンプルーにすれば、子供はゴーヤー以外の物を中心に食べ、「うっかり」ゴーヤーを食べて、それが案外いけることに気づくのである。そうなれば、ゴーヤー好きになるまで時間はかからない。(ここまで私が「ゴーヤ」でなく、「ゴーヤー」と表記していたことからも分かる通り、私は沖縄の人間である。まあ、沖縄でも「ゴーヤ」と発音する人もいるが、それは「ゴーヤ・チャンプルー」などの場合で、単独では普通「ゴーヤー」と発音する。)

セロリが嫌いな子供を持つ人に、いい料理法を二つ教えよう。

1 セロリの葉を味噌汁の具にする。これは、お雑煮のミツバなどと同じくらいに少しでいい。一椀に3~4枚程度がベストか。あまり入れすぎると、子供をうんざりさせる。セロリの香りによって「洋風味噌汁」とも言うべき不思議な味わいになる。これで、子供のセロリへの抵抗感を減らすわけだ。
ついでだが、一般に女性の作る味噌汁は具が多すぎて、汁ではなくオカズになってしまう傾向があるので、注意したい。汁の中の具は全体の4分の1以下がいい。

2 セロリの茎を短冊に切って、(輪切りにしてはいけない。味が変わる。野菜の切り方は舌ざわりや噛み心地に関係し、味覚に大きな影響を与える。短冊の長さは5~6センチで、幅は適当、厚みは2~4ミリ程度。薄い方がいい)油で炒める。味付けは塩と化学調味料だけ。胡椒を加えてもいい。セロリ以外の野菜を加えないこと。肉なども不要。ただセロリだけを油でいためるのである。炒め方の程度は適当でいい。生でも食えるのだから、気にすることはない。まあ、少し黄ばむ程度がベストだろう。酒のツマミにもなる。油はバターでもサラダ油でもいい。ごま油などを試すのもいいだろう。
注意しておくが、「炒める」のであって、「蒸す」のではない。間違っても蓋などして蒸してはいけない。蒸気をどんどん発散させ、汁は出ないようにすること。

一般に、複数の野菜を同時に炒めると、味が濁って、それぞれの野菜の味わいがなくなるものである。料理下手な主婦が作る「野菜炒め」はたいてい子供が嫌うものだが、たいてい、その中には、人参だのブロッコリーだの、子供が嫌う野菜が紛れ込んでいるので、子供は野菜炒めを見ただけで食欲を無くすのである。しかも、味は幾つもの野菜の味が混じったわけのわからない味だから、不味いのだ。沖縄の「味クーター(ごちゃまぜの味)」がいいなど、味覚の鈍感な人間の言い草だ。
それに、「野菜炒め」と言いながら、フライパンに蓋をして「蒸す」馬鹿もいる。蒸したら汁気が野菜の外に出て、野菜自体の旨味は無くなるのである。そして、その汁は捨てられるだけなのだ。
セロリには、それ自体のおいしさがある。そのおいしさを引き出すには、塩だけの味付けが一番だ。だが、化学調味料を使えば、もっとおいしくなるのだから、遠慮せずに使って、子供にセロリのおいしさを教えればいい。化学調味料を使う時点で、私の言葉は聞くに値しないって? まあ、それで結構。化学調味料を使わないレストランがどれだけあるだろうか。化学調味料がいやなら、別のダシを使えばいいが、自然食品的なダシは料理との相性があって使うのが難しいのである。まあ、べつに塩だけを使ってもいいのだが。


(以下「ネットゲリラ」から引用)



1 ◆zzzbb2c.e6 (東京都) 2011/09/30(金) 20:28:00.76 ID:IaCa4p7v0
■セロリ、ゴーヤに続きトマトがランクイン
子どものころに苦手だった野菜で、今でも食べられないものはありますか?
はい……39.4%(343票)
いいえ……60.6%(528票)
なんと4割もの人が、今でも苦手とする野菜があるということです。子どものころ嫌いだった野菜の定番といえばニンジン、ピーマンなどが浮かびますが、大人になった今、はどうなのでしょうか。
Q.嫌いな野菜を教えてください(複数回答)
1位 セロリ  36.1%(124票)
2位 ゴーヤ  20.1%(69票)
3位 トマト  15.2%(52票)
4位 ピーマン 12.5%(43票)
5位 オクラ  10.5%(36票)
6位 ナス   9.0%(31票)
7位 ニンジン 6.1%(21票)
7位 キュウリ 6.1%(21票)
9位 ブロッコリー 5.5%(19票)
10位 ニラ   4.1%(14票)
その他   22.7%(78票)
1位、2位はセロリやゴーヤのように苦みのある野菜でした。3位のトマトは意外な気もしますが、言われてみると、「トマトが苦手で」という友人や同僚が周りにいます。
そのたの野菜としては、しいたけ(10票)、グリーンピース(6票)、カリフラワー(4票)、かぼちゃ(3票)が続き、パクチー、ホワイトアスパラガス、モロヘイヤなどがありました。

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