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鳥尾子爵論文という、驚異的慧眼の文章

目覚めの床で、寝床の傍らの本棚からたまたま手に取った「小泉八雲集」を読んでいると、その中に素晴らしい一節を見つけたので、その一節の(全体の転記が面倒なので)さらに一部を転記することにする。全日本人に読んでほしい文章だ。その文章は、八雲が「日本人の微笑」という小論の中に引用している鳥尾子爵(鳥尾小弥太)の論文の一節である。(この「日本人の微笑」そのものが素晴らしく面白いものなので、一読をお勧めする。私の持っているものは上田和夫訳の新潮文庫のものである。この中にはほかにも魅力的な作品がたくさんある。)鳥尾子爵のこの小論が書かれたのは1890年らしい。実に、その慧眼に驚く。その後の西洋や日本の闘争主義や資本主義的堕落を完全に予測している。

(以下引用)論理が引用(文章抜粋)のため不明確になった部分だけ私が少し変えた。引用冒頭の一文の最初にあった「皮相な見地からすると」を、それが意味上修飾する言葉の前に持ってきた。また、適宜段落分けをした。


西洋流の社会形態は、古くより人間の欲望を自由に発達させた結果、華美と浪費をきわめ、皮相な見地からするとはなはだ魅力的である。要するに、西洋で一般に行われている物事の状態は、人間の利己心の自由な活動にもとづいているから、そうした特質をじゅうぶんに発揮することによって、はじめて到達されるのである。社会的混乱など、西洋ではほとんど注意も引かない。が、そうした混乱こそ、そのまま現在の悪しき社会状態の証明であり、またその要因でもあろう。……西洋かぶれの日本人は母国の歴史を、西洋流に書くつもりでいるのか。彼らは、本気で自分の国を、西洋文明の新しい実験の場にしたいと考えているのであろうか。……
 東洋では、古来、一国の政治は慈悲心にもとづき、国民の権利と幸福の確保に向けられていた。どのような政治的信条も、弱者や無知な人間を搾取するために知力を磨くべきであると考えたものはかつてなかった。……(中略)
 人間社会にあって、その存在を労働に負うていないものはありえない。ところが、一人の贅沢な人間の欲望を満足させるためには、千人の労苦を必要としているのである。労働によって、彼らの文明から快楽を提供されている連中が、労働者のおかげであることを忘れて、あたかも彼らを、同じ人間でないかのように扱っているのは、まことに奇怪といわねばならない。しかし、西洋流の解釈にしたがえば、文明は、大きな欲望をもつ人たちを満足させるためのものにすぎない。大衆にとってなんの利益もなく、ただ野心家たちが、その目的を果たすために競う制度にすぎない。……
 西洋流の制度が、一国の秩序や平和を途方もなく乱しつつあることは、目のある人には見え、耳のある人はこれを聞いている。そうした制度の下における日本の将来は、まことに憂慮すべきものがある。
 倫理も宗教も人間の野望に奉仕するように作られた原理に立脚した制度は、当然、利己的な個人の欲求と一致する。自由や平等という近代的な公式に具現された理論は、すでに確立している社会的諸関係を壊滅させ、礼儀作法を無視する。……絶対の平等、絶対の自由など得られるはずもないから、権利・義務によって規定された制限がいろいろ置かれることになっている。しかし、だれもが、多くの権利をもとめて、義務はできるだけ少なく負おうとするから、結果は、果てしない論争と法的な争いに終始する。自由と平等の原理は、国家の組織を変え、社会階層の正当な区分をくつがえし、あらゆる人びとを一つの名目だけの水準に引き下げることに成功するかもしれない。しかし、冨と資産の平等な分配は決して達成できない。アメリカを見よ。……もしも、相互の人権や身分が、財産の程度に応じてあたえられるなら、国民の大多数は、財産などあるはずもないから、権利を確立することができない。これに対し、資力のある少数者は、みずからの権利を主張し、社会の承認のもとに、人間愛と慈悲の命ずるところを無視して、貧者に圧倒的な義務を強要するであろう。こうした自由と平等の原理を日本で採用するならば、わが国の良風美俗はたちどころに損なわれ、国民の気風を冷酷無情なものとし、ついには一般庶民に災厄をもたらす要因となるだろう。(夢人注:青字は夢人による強調。これが当時もそうだったが現在はそれ以上に激烈になったアメリカ資本主義、あるいは新自由主義の姿であり、そして日本で現在進行中の状況であることは言うまでもないだろう。)
 一見したところ、西洋文明は、利己的な欲望を満足させるのに適しているから、いかにも魅力的に見えるが、しかし、人間の欲望が自然の法則をつくるという仮説を基にしている以上、究極するところそれは、失望と堕落に終るにちがいない。……西洋諸国は、最も深刻な闘争と幾多の消長をへて、今日の有様となった。だから、闘争を続けるのが彼らの運命なのである。今のところ、動機となる要素はいくらか平衡を保ち、社会状態もだいたい安定している。しかし、こうしたわずかの平衡も、かりに乱されることがあれば、新たな闘争と苦難の一時期をへてふたたびつかの間の安定が得られるまで、またもや混乱と変化の淵に投げ込まれるであろう。今日の貧しい無力な人びとは、将来の富裕な強者になるかもしれず、その逆もまた同様である。永遠につづく混乱こそが、彼らの宿命なのである。平和な平等は、滅亡した西洋諸国の廃墟と、絶滅した西洋人の死灰のなかに打ち立てられるまでは、決して達成されまい。(夢人注:赤字は夢人による強調)
 

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