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「魔群の狂宴」6


・数日後、道庁近くの公園。晴天の午後。
・人々が公園入口の受付で、あるいはカネを払って、あるいは招待状を見せて園内に入っていく。女性は洋装が半分、着物姿が半分。男はフロックコートや着物姿が多いが、普通の背広姿の者や軍服姿も少数。男は髭を生やした中年や老人が多い。
・公園の中に低いステージが作られ、楽団が背後に並んで演奏をしている。軽いワルツなど。

・入園する佐藤と桐井。
佐藤「あれは田端じゃないか」(少し離れた場所の男に目をやる。軍服姿の男である。)
桐井「インチキ大尉か。いつここに来たのだろう」
佐藤「銀三郎の後を追ってきたんじゃないか」
桐井「まさか、あいつまでアメリカに行っていたわけじゃないんだろう。どうして銀三郎の帰国と同時に現れたんだ」

・田端退役大尉(自称であるが、そう書いておく)は、彼の前を通り過ぎた理伊子を見て、一目ぼれの間抜け顔をする。すぐに真面目な顔を作り、彼女に近づく。
田端「お嬢さん、お待ちください」
理伊子(振り向く)「はい?」
田端「自己紹介をするご無礼をお許しください。何しろ、当地にはほとんど顔見知りがいないので。私、退役大尉の田端という者です。あなたの護衛でも下男でも、御用の節にはこの私にお命じください。この田端、誇り高い人間ですが、あなたのためならいつでも奴隷になります」
理伊子(つんとして)「結構です。間に合ってます」さっさと立ち去る。まったくこたえた様子もなくその後ろ姿をよだれを流しそうな顔で見送る田端。
それを見て不愉快そうな顔になる佐藤。
佐藤「道化者め!」

・ステージでは芸人がアコーディオンの弾き語りで「ディアボロの歌」を歌っている。

・道知事、道警察署長、当地の華族や大物企業家が集まっている一画で、互いに挨拶をし、あるいは話し込んでいる。その中に須田夫人と長身の息子銀三郎の姿がある。銀三郎はお偉方から歓迎の言葉を受けているのが遠くからも分かるが、当人はまったく感情の無い顔で答礼だけしている。
・鳥居教授が兵頭栄三を連れてその一画に進んでいく。

須田夫人「まあ、鳥居先生、遅かったこと」
鳥居「いや、申し訳ない。この人の訪問を受けて、思わず話し込んでしまったんでね。ついでだからお連れしたんだ。面白い方だよ」(銀三郎の方に向く)
鳥居「須田銀三郎君だね。私は鳥居と言って、有難いことに母上から御厚誼を受けている者だ。まあ、元大学教授のただの年よりだがね。お見知り置き願いたい」
・銀三郎は黙って頭だけ下げる。
鳥居「こちらは今日お知り合いになったばかりだが、広い見識の持ち主だ。お名前は、ええと」
兵頭「兵頭と申します」(須田夫人と銀三郎に頭を下げる)
銀三郎「兵頭? もしかしたら、3年ほど前に東京で話題になった方では?」
・周囲の連中が聞き耳を立てる。
兵頭「さて、何のことでしょうか」
銀三郎「恋愛のもつれから女に刺された兵頭という男が話題になったんですよ」
兵頭「ほほう、なかなか面白い話だ」
銀三郎「確か、女ふたりでひとりの男を取り合ったあげく、女のひとりが男を刺したとか」
兵頭「ははは、そういう死に方も悪くはなさそうだが、残念ながら私はそんな艶福家じゃない」
話を聞いていた身なりのいい男「ふしだらな話ですな。女に刺されるとは、男もだらしない」
別の男「例の自由恋愛という思想でしょう。結婚など考えず、好きになった男や女がくっつけばいいという、流行りの思想ですよ」
お転婆そうな若い女「あら、自由恋愛は素敵だと思うわ」
中年女性「自由恋愛など、男に都合のいい思想ですよ。飽きたら女は捨てられるだけです」
頑固そうな老人「恋愛というものがそもそもけしからん。我々の時代にはお互い結婚する当日まで相手の顔も知らなかったもんだ。結婚とは家のためのものなのだ」

・議論の間に、佐藤富士夫が手持ち無沙汰そうな銀三郎の傍に近づいていく。カメラは遠景としてその二人の姿を捉える。
・佐藤が銀三郎に何か言う。銀三郎は冷笑を浮かべて何か答える。
・佐藤は顔色を変え、銀三郎を思い切り平手打ちする。
・一瞬、相手を殺しそうな怒りの表情をした銀三郎だが、その握りしめた拳を後ろに回し、後ろ手を組む。固く結んだ唇が、彼が激情を抑えていることを示している。
・佐藤は、気圧されたように後ずさりし、プイと後ろを向いて公園の出口に足早に向かう。その後を桐井六郎が追う。

・楽団の演奏はこの間、「美しき天然」になっている。

(このシーン終わり)



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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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