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「魔群の狂宴」4


・話の中での「現在」に戻る。(大正時代中期から末期くらい)

・トランクを手に下げ、須田屋敷の玄関の前に歩み寄る長身の人影。夕刻。
・玄関の扉を開けて玄関に立つ人物を、玄関部屋の奥で何か仕事をしていた菊が振り返って見る。その人影は夕日を背後にしていて顔は見えない。
菊「銀次郎様!」(懐かしそうで、思慕の情の籠った顔。)


・役人富士谷の家での過激派社会主義者の会合。夜。
・中央に富士谷、その横にゲスト格で兵頭が退屈そうな顔で座っている。
・ほかには、神経質そうな若者、栗谷。

兵頭「結局、佐藤と桐井には声はかけなかったのか」
富士谷「あいつらとは思想が違うんで」
兵頭「議論して説得し、こちらの陣営に入れればいい。仲間の数を増やさんとこの運動はどうにもならん」
栗谷「あんたが奴らを説得したらいいでしょう」
兵頭「俺はここでは新参者だからな。あんたらは古い顔なじみだろう」
富士谷「だからこそ話が合わんのだ」
兵頭「まあいい。そのふたりは穏健派社会主義、つまり改良派だな?」
他のふたり頷く。
兵頭「改良派が我々の敵であるのは事実だ」
栗谷「そこが俺にはよく分からんのだが、説明してくださいよ」
兵頭「簡単なことだ。改良派は、今の法律の下で、社会主義思想を取り入れながら社会を少しずつ良くしていこうという思想だ。するとどうなる。この社会は結局今の体制のままで延命することになる。つまり、それだけ革命が遠のくことになるわけだ」
栗谷「しかし、世の中が少しずつ良くなるならいいんじゃないですか」
兵頭「まあ、民衆の生活程度がミミズ程度から芋虫程度に変わるくらいの進歩だろう。それよりは、暴力革命で今の体制を一気に引っくり返すほうがマシだ。お前らも民衆の暮らしの悲惨さはよく知っているだろう。自分の目で革命を見たくないか」
栗谷「だからこそこんな集まりに出ているんで。だが、革命なんて本当にできるんですかね。相手は警察もあれば軍隊もある。俺らに何があります?」
兵頭「まあ、革命もすぐにはできんさ。しかし、労働者の意識を高め、社会の現実を教え、資本家への敵意を盛り上げていけば、それに近づくわけだ。ロシア革命という成功例が現にある」
富士谷「ところで、兵頭さんはアナーキストだと聞いたが、アナーキズムというのは無政府主義なんだろう? そうすると、革命が成功しても政府は作れないことになるはずだが、それはどうなんだ?」
兵頭「政府など要らんさ。政府が民衆に何かしてくれたか。カネを搾り取り、兵役で命を召し上げるだけだ」
富士谷「まあ、道路を作ったり、いろいろしているだろう。そういうのは政府があるからできるんじゃないのか」
兵頭「民衆が協力すれば道路でも何でもできる。病院でも消防署でも、別に政府があるから存在するわけではない」
富士谷「軍隊はどうだ」
兵頭「軍隊や警察が守るのは高位高官という、政府に巣食う寄生虫だけさ。あいつらはいざとなれば同じ国民にも銃を向ける。まあ、俺たちなど、いつも狙われているがな」
一同、暫時沈黙。
兵頭「ところで、ここには我々に協力しそうな人間はいないのか」
富士谷「鳥居教授くらいですかね。あの人はリベラリストだという話で、社会改革にも関心があるようだ」
栗谷「気の小さい人だから、我々が近づくだけで逃げますよ」
兵頭「ほかには」
富士谷「須田銀三郎という華族の息子が大学で社会主義研究会に入っていたと聞いている」
兵頭「ほう、それはいい知らせだ。利用できるかもしれん」
栗谷「近づくのは難しいでしょう」
富士谷「確か、佐藤と桐井が同じ研究会の仲間だったはずです」
兵頭「話が一周して元に戻ったな」(笑う)
栗谷「須田というのは確か須田伯爵の息子で、須田伯爵は開拓使時代にこの土地の産業基盤を作って官有物を資本家たちに安く払い下げているから、この土地のお偉方たちは須田家に頭が上がらないという話らしいです」
富士谷「アメリカに行っていたのが、今日明日帰ってくると噂に聞いたが」
兵頭「問題は、どうして渡りをつけるかだな」
栗谷「俺たちみたいな貧乏人は家にも入れてくれんでしょう」
三人沈黙する。



(この場面はここで終わる)


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